閑話4.シェアト
※同級生の名前をマリーナ→メリッサに変更しました。
秋月の空はどこまでも高く、澄んだ青空が広がっている。
暑くも寒くもない、絶好の学院祭日和といえるだろう。
会場の案内と共に学院内へと足を踏み入れた方々が、のんびりと校内地図を見ながら行く場所を話している。いたって平和な光景だ。
・・・もっとも、僕の心は全然平和じゃなかったわけだけど。
アームズとラルフにむりやり学院祭実行委員の一員とさせられてから、ずっと忙しい。
その忙しさも、おそらく今日がピークとなるだろう。
「入場者が増える前に、屋台の最終チェックだな」
リストの一覧を見つつ、そう呟いて中庭の方へ足を早める。
中庭には、あちこちの商会へと頼んで飲食物の屋台を出してもらっている。
本日は本来ならば休日なので、学院の食堂も閉まってしまう。なので、来場者及び学院生の食事はここで各自とってもらうことになるのだ。
調理用魔道具の使用に関して気を付けてもらうよう最後の念押しをしつつ屋台をまわっていると、「シェアト!」と上から声が降ってきた。
見上げると、ラルフが大きく手を振っている。
「ラルフ!競技場の点検は終わった?」
「まだ!なあ、それより今日はシャルが来るんだろ?どこから見るって?」
能天気な返事に、思わず声を大きくする。
「時間ないんだから頼むよ!それから・・・シャルはお前の家族と一緒にいるんだろ?」
「そうだけど、俺昨日帰れてないから聞けてないんだよー」
そうなのだ。
シャルは、昨日王都に出てきたもののアンドレア侯爵家に泊まらせてもらっているはず。
昨日、ラルフは帰りたがっていたが、学院祭の前日で皆が殺気立っていたために帰してはもらえてなかった。
実行委員の分際で帰れるとは思うなって、アームズがすごんでいたな。
僕だってシャルに会いたい。だけど今日は、シャルに会いたがっている人がいっぱいいるのがわかっているから、我慢しているのに。
自分だけ会えると思うなよ、ラルフ。
屋台の点検を終わらせて、そろそろ各団体の催しが始まる舞台の方へと向かう。
最初の演目はなんだったかな・・・そうだ、騎士団志望の学院生による演武だ。
学院祭は、自分をアピールする絶好の機会でもあるのだから。
「シェアト殿!」
・・・当然、この人がいるよな。
かけられた声に礼で答えると、アンドレア侯爵様がゆっくりと近寄ってきた。
「君は、演武には出ないのか?」
「残念ながら、私は騎士団志望ではありませんので・・・」
「むう」
唸りつつも、アンドレア侯爵様はきょろきょろと僕の周りを見渡す。
「シャルリア嬢は一緒ではないのか?」
「・・・一緒なのはご夫人と、デイジー様なのでは?」
何を言ってるんだろうな、この親子は。
ちょっと呆れつつそう言い返すと、「おおそうだった!」とぽんと手のひらをひとつ叩く。
「確かに、昨日我が家に来てくれるとは聞いていたのだが、仕事が溜まっていてな・・・ここへ来ればリンナ達とも会えるかと思っていたのだが、未だに会えてないのだよ」
仕事をためる癖があるのは、親子ともどもか。
まあ、さすがに侯爵様は忙しいゆえ仕事がたまるのだと思いたいが。
舞台の設備に不備がないかを再度確認して、その場を離れる。
その時に演武を見に来たらしいリンナ様とデイジー様にお会いしたので挨拶だけ交わし、今度は校舎の中へ。
一度実行委員の控室に戻ると、アームズが今年入った1年生に何か指示を与えていた。
僕と入れ替わりにその1年生が出て行くと、アームズは頭をガシガシとひっかく。
「どうした?」
「んー・・・なんか、お忍びでハイゴッサムの王子が来てるという情報があるらしい」
「はあ?!あの、例のバカ王子か?」
「ああ、例のバカ王子だ」
こともあろうにシャルのことを侮辱した、隣国ハイゴッサムのバカ王子。
国王様とクレイモス公爵家から詫びの文書が届いた時は、父上があまりの恐れ多さに1日寝込んで母上が激怒した一幕さえあったらしい。
今年の1年生にバカ王子が執着しているらしいナシャーヴの姫君が留学してきているのだが、目当てはおそらく彼女だろう。
「でも、確か彼女は今、ナシャーヴ連合に帰っているのではなかったか?」
「ああ。あちらでも秋月は行事が多いらしく、学院祭の準備期間も合わせて向こうへと戻っている」
「・・・それを知らずに勝手に来たってことか・・・」
「だから、クレイモス公爵家に問題を起こす前に引き取って欲しいと一報を入れてもらう」
そこまで話した時に、また1人の生徒が入ってきた。
「メリッサ!いいところに来た、ちょっと留守番頼む」
「・・・わかったわ」
僕らと同じ2年生の実行委員であるメリッサに後を頼むと、僕たちは揃って控室を出て行った。
学院長を通じてクレイモス公爵家に連絡を取ってもらうというアームズと一緒に、廊下を歩く。
僕の役目は次は校舎内の見回りなので、途中まで同行する。
「シャルは?」
・・・アームズ、お前もか。
「さっき、リンナ様達にお会いしたから聞いたんだけど、今はエステンス伯爵家のご令嬢と一緒にいるらしい。ご両親と小さな妹たちがいらっしゃってたらしいので、シャルも今頃は可愛いおちびさんとはしゃいでるのではないかな」
「そっか。今回もうちに泊まってくれたらよかったのに、って母上が嘆いてたぞ」
「さすがに毎回お世話になるわけにもいかないだろ」
それに、アームズには言えないがハーディエンス侯爵家はアームズとノルディスの2人の息子がいるからでもあるのだ。
あまりしょっちゅう出入りしていることがどこかに伝わったら、シャルのためには良くないからな。
それに対してアンドレア侯爵家はデイジー様がおられるので、まだ外聞的には悪くないのだ。
「そういえば、今日はノルディス殿は?」
「あいつ、なんか風邪ひいたみたいでさ。今日は留守番してる」
「最近急に寒くなったからね」
歩きながら話していると、不意に聞きなれた小さな羽音と共に、1匹の小鳥が真っ直ぐ飛んでくるのが見えた。
「あれ?シマ?」
「ピュイ!」
シマは僕の頭の上に器用に降りてくると、頭上でピュイピュイと鳴いている。
「あれっ、この鳥。確かアルトゥース侯爵家の・・・」
アームズがそう呟いたとき、「シマ!」と声を上げてこちらへ近寄ってくる少年とその後ろをゆっくり歩いている男性の姿が見えた。
「ああ、やっぱり。アルトゥース侯爵様と、息子のゼファス殿だ」
あの方々がそうなのか。シャルから話は聞いている。
・・・ついでに、この少年に憧れの感情を抱いているらしいというのも薄々察している。
アームズが紹介してくれたので、僕は胸に片手をあてて挨拶する。
シマが頭の上にいるから、なんだか妙に見えるだろうけど仕方ない。
「ほう、シャルリア嬢の兄上か。彼女がアイデアを出してくれた魔道具は、開発が順調にすすんでおるぞ。その報告をしたいのだがな」
にこやかにそうおっしゃるアルトゥース侯爵様。
何の話かわからないけど、多分シャルが何か言ったんだろうな・・・。
「・・・シャルリア殿が、シマを助けてくれたと聞きました。シェアト殿にもお世話になりました」
そう言って、律儀に頭を下げてくれるゼファス殿。
2人に加えシマもシャルを探していたようだけど、どこにいるかわからないというと少しがっかりしていたようだった。
「みんな、シャルを探しすぎだろ」
「お前もだろ、アームズ」
そんな軽口を叩きつつ学院長室へ向かい、廊下の端の階段でアームズと別れる。
上の階から順番に、展示物の強度を確認したり、何か困りごとがないかを聞いたりしつつ各部屋を覗いていく。
1階まで降りてきた時に、ふと入り口近くに佇んでいたナタリー殿を発見した。
「ナタリー殿」
「シェアト様!」
ナタリー殿は僕の姿を見ると深々とお辞儀をする。
「先日の一件では、シャルがお世話になったんだって?ありがとう」
「いえ!こちらこそ、シャルリア様をお守りできずに大変申し訳ございません・・・!」
頭が地面につくんじゃないかと思うぐらい平伏されて、かえってこちらがあたふたする。
「いやいや、シャルが騒動を起こすのはいつものことだから。それに巻き込んじゃってごめんね」
「いえ!私がもう少ししっかりお止めしていれば!」
・・・お止めしていれば、ってことはやっぱりやらかしたのはシャルだよなあ。
我が妹ながら、どうしてあれだけ自由奔放に出来るのか逆に少し感心してしまう。
「あら。誰と話しているのかと思えば」
そんな声が後ろからかかり、見るとハーディエンス侯爵夫人が絵の展示がされていた部屋から出て来られたところだった。
侯爵夫人に挨拶すると、にこやかな笑顔が返ってきた。
「さっきまでね、シャルちゃんとそこでお茶してたのよ。果物とクリームを薄いパンケーキで巻いたお菓子を一緒に食べたのだけど、とても美味しいって嬉しそうだったわ」
「・・・すみません、ご馳走していただいて・・・」
絶対そうに違いないと思って言うと、「いいのよ、久しぶりに会えたのだもの。そのことがとても嬉しかったものだから」とお優しい言葉が返ってきた。
ナタリー殿も「ますますお可愛らしくなられていました」と笑顔で言ってくれた。
シャルは、お2人との別れ際に今度はアルトゥース侯爵夫人につかまったらしく、先ほどもアルトゥース侯爵様がおっしゃっていた魔道具の話をしていたのだとか。
次は舞台を見に行くというお2人を見送り、さっきからずっと話題に上っている妹のことを考える。
ナタリー殿が言ったように、最近のシャルは少し背も伸びて一気に大人っぽくなった。
今までは子供の可愛らしさがあったのだけれど、それを少し保ったまま、今度は大人の女性の美しさが見られつつある。
子供と大人のちょうど合間の、可愛らしさと大人っぽさが同居したアンバランスな美しさ。
彼女のことを魅力的に思わない男性はいないのではないかと考えると、来年の学院入学が正直少し心配ではある。
「シェアト」
少しその場にとどまっていたからか、ふと気づくと階段からアームズが下りてくるのが見えた。
「連絡取れたのか?」
聞くと、ああとうなずいてアームズは状況を教えてくれた。
どうやら学院長いわく、クレイモス公爵家ではとっくにバカ王子の動向を掴んでいたらしい。
ただ、どうせ自分の目で見ないと信用しないだろうからとわざわざ学院まで来させた挙句、ナシャーヴの姫君であるヴァネッサ殿のお付きの人より直接説明してもらったと。
そして、せっかく静止を振り切って学院まで来たのに、お目当てがいないとわかって愕然としているところをさっさと回収して行ったのだとか。
さすがに、若いのに優秀だと名高い公爵様だけあるな。
「で、なんかクレイモス公爵様はついでに学院祭を見て回られているんだとか」
「え、そうなのか?」
「ああ。案内がいるかもしれないから行って来いって言われたよ・・・って、あの方だな」
アームズの視線の先を見ると、いくつかの行事で遠目にお見かけしたことのあるクレイモス公爵様が、こちらに向かって歩いて来られていた。
「あれ。父上もご一緒しているのか」
確かに、横にいらっしゃるのはハーディエンス侯爵様だ。
お2人が僕たちの前までいらっしゃったので、アームズと2人で膝をついて挨拶する。
「ああ、そんな丁寧に挨拶なんてしていただかなくても。思ったより早く用事が終わったから、懐かしい気持ちで見て回っているだけですから」
にこやかにそうおっしゃるクレイモス公爵様に、ハーディエンス侯爵様が僕たちを紹介してくださる。
「妹がお世話になり、ありがとうございました」
「シャルリア嬢の兄上殿ですか。いや、こちらこそ彼女の分かりやすく丁寧な説明には大変助かりましたよ」
穏やかにうなずかれた公爵様は、周りをきょろきょろと見回される。
「・・・シャルリア嬢は、来られてないのですか?」
「シャルなら、来てはいるんですが・・・どこにいるかまでは」
僕が首を振ると、公爵様は残念そうに「そうですか」とつぶやかれた。
「シャルリア殿に何か用事ですか?」
ハーディエンス侯爵様がそう問われると、クレイモス公爵様はいいえ、と少し照れ臭そうに微笑まれた。
「先日のお礼に、何か美味しいものをご馳走しようかと思ったのですが・・・またの機会にいたしましょう」
それでは失礼、と去って行かれるお2人を見ながら、ふーっと息を吐く。
「なんだかさあ、どうも公爵様もシャルのこと気に入ってるみたいなんだよな」
「・・・そんな感じがするね」
ふん、と不服気に腕を組むアームズと、やれやれと肩を落とす僕。
「あの、すぐ餌付けされるのをどうにかした方がいいな」
「すぐ愛想振りまくのも、どうにかした方がいいかもね」
人気者の妹を持つと、兄達の苦労は絶えないよね、全く。




