閑話2.ラルフィード
まずい、遅くなっちまった!
王城の中庭へ続く廊下を、全速力で駆け抜ける。
「わっ・・・ラルフィード様!」
「ごめん!」
角を曲がってきた侍女にぶつかりそうになり、彼女が抱えていたカゴから白いタオルがバサバサと落ちる。
「わわわ・・・」
思わずたたらを踏み、くるっと方向を変えてタオルを拾い集める。
「ごめんね、洗い直しかな」
侍女の手間を増やさせてしまったことが申し訳なくてそう聞くと、彼女は苦笑しながら「いいえ、これから洗うものですから大丈夫です」と答えてくれた。
それにほっとして急いですべて集めると、カゴにバサバサッとタオルを放り込む。
乱雑すぎたかな、とちらっと侍女の顔を見るけど怒ってないみたいだ。
「あとはこちらでやりますから、ありがとうございます」
ぺこっと頭を下げられたので、手を振って行こうとするとなぜか呼び止められた。
「あの、ラルフィード様、どちらへ?」
「え?中庭だけど」
「・・・王女殿下とクリシュナ様なら、水の庭の方でお待ちですよ」
「あああ!そうだった!ありがとう!」
慌てて方向転換をすると、元来た方向へ。
そしてまた、俺は走り出す。
今日は、月に1回のお楽しみの日だ。
俺たちが幼い頃から何度となく行われてきた、お茶会の日。
大勢ではなく、俺たち3人だけのヒミツのお茶会だ。
幼い頃、父上に連れられて初めて王城へと上がった時に、俺は精霊に出会った。
「ちちうえ、せいれいさまはほんとうにいたんですね!」
感動して言った俺の言葉に、大人たちが大笑いしたことを今でも覚えている。
俺が精霊だと思ったその美しい少女は、名前をマリーアンジュといった。
マリーアンジュ・ディア・フランズベルト。
我がフランズベルト王国の、麗しき至宝とされる姫君だった。
マリーアンジュ、とうまく発音できなかった俺に「マリーでいいわ」と笑ってくれた笑顔はとても可憐で、彼女は本当は姫様のふりをした精霊なんじゃないかって思った。
その時同時に、クリスにも出会った。
クリシュナ・リンドグレーン。大聖堂を司る、大司祭様の息子だ。
王城に上がるのだからと最低限のマナーを叩き込まれた俺とは違い、幼いのに完璧なマナーと高位貴族に相応しい優雅さを兼ね備えた恐るべき存在だった。
その顔は一瞬女の子なのかな、と見間違うぐらいの美しさで、人形のように整っていた。
恐る恐る話をしてみると、穏やかで優しく、俺の多少の不作法にも不機嫌になることもなく「ここはこうするといいよ」などと教えてくれた。
あれから10年近く経つが、今も変わらず俺のフォローをしてくれている。
学院生活では、良きパートナーであり親友でもある存在だ。
年も近いのだから仲良くなりなさい、と言われて始まった子供だけのお茶会。
もちろんまわりにお付きの人はいっぱいいたけれど、大人たちの退屈な政治話を聞かされるわけではないそのお茶会は、思った以上に楽しいものだった。
だから俺たちはすぐに仲良くなった。
あれからずっと俺とクリスとマリー王女は、たぐいまれなる友情で結ばれている。
「えーっと、こっちだったかな」
何度も来ているはずなのに、王城は広すぎて時々混乱する。
お茶会の場所は大抵中庭で、マリー王女お気に入りのガゼボで行われるのが通例だ。
だけど、夏月のお茶会だけはどうしてもそちらだと日差しがきつすぎるので、大きい噴水が見た目にも涼しい水の庭と呼ばれる場所で行われるのだ。
マリー王女の希望でそちらにもガゼボが建てられて、風通しが良くて日差しをしっかり遮るものになっている。
きっと冷たい飲み物もあるんだろうと思うと、否応にも足は早まる。
廊下を曲がると、目の前に噴水が見えた。よかった、こっちで合ってた。
夏月にしかこちら側には来ないから、ちょっと自信なかったんだ。
「マリー王女!クリス!お待たせ」
手を振って、お茶を飲んでいる2人に駆け寄る。
マリー王女の前で一度止まり、片膝をついて臣下の礼を取る。
「ラルフ、気にしなくていいのよ。さあ、お座りなさい」
王女はそう言うと、にこやかに席を指し示してくれる。
なのでほっと息をつきながらそちらへ座ると、侍女が冷たい果実水をグラスに注いでくれた。
一気に飲み干したいのをがまんして、それでも半分ぐらい飲んでからグラスを置く。
すぐに侍女が継ぎ足してくれたので、「ありがとう!」と声をかけた。
横からクスクスと、軽やかなマリー王女の笑い声が耳をくすぐる。
「ラルフは相変わらずとても元気なのね」
「ああ、毎日忙しいけど楽しいよ!」
「おや、忙しいってどうして?夏の試験は終わったし、これからは休みに入るだけだろう?」
クリスから質問が飛んできたので、そちらを見る。
走って来たばかりで汗だくで、服装も乱れている俺とは違って、一部の隙も無くきっちりと整った服装。
相変わらずサラサラの髪は軽く結わえてあるだけなのに、それが汗で張り付くこともなく。
この暑い昼下がりに、冷たい果実水ではなく熱い紅茶を涼しい顔で嗜んでいる。
この幼馴染には驚かされてばっかりだけど、最近は多分俺とは違う存在なのだろうと思うことにした。
いちいち比べて劣等感を感じるよりまし、いつも前向きなのが俺のいいところだって母上も言ってるしね!
俺は、クリスとマリー王女の顔を見比べながら、ふふんと少しいばってみせた。
「俺はね!なんと、学院祭実行委員になったんだよ!」
どうだ!って感じで言ったんだけど、意外に反応は薄かった。
あれ、ひょっとしてあまり大したことないのかな?
年に1度のお祭りだから、盛大に楽しく盛り上げたいって気持ちだけで立候補したんだけど。
「・・・そう。君には似合うかもね。頑張って欲しいな」
ニッコリ笑って言うクリス。
多分、その笑顔の裏では「面倒くさいこと引き受けたんだね」なんて思っているに違いないけど。長い付き合いだ、それぐらいわかる。
だけどなぜクリスが面倒がるのかわからない。お祭りって楽しいのに。
「学院祭・・・それのせいで、ラルフは忙しいの?」
少しつまらなさそうな顔で言うマリー王女。
「いや、そんなことはないよ!今日はさ、実行委員会が終わった後でアームズやシェアトと話してたから遅くなっちゃっただけだから」
「・・・ふうん」
俺の言い訳?には、マリー王女からではなくクリスから反応があった。
「最近、アームズ殿と仲が良いんだな、ラルフは」
「んー?そうかな?」
特に意識をしていないので、仲が良いのかどうかはわからない。
ただ、うちでのあのお茶会があってから、ハーディエンス侯爵夫人がよく母上やデイジーのことを気にかけてくれているらしいということはわかる。
今日も、来年のデビュードレスの件で近々またお茶会を開こうかという話を母上に打診しておいてほしいと、アームズに頼まれたのだ。
シェアトがいたのでシャルも来るのかと聞いたら、お茶会のためだけに王都に来るのはさすがに大変だからと断られた。
シャルに会いたかったなあ、と漏らすとギロッと睨まれたっけ。
それをまたアームズがおかしそうに笑って・・・。
「・・・ラルフ?」
「あ、ごめん!えーっと、今日はアームズの母上殿からの伝言があったんだよ。それを聞いていたんだ」
「ハーディエンス侯爵夫人から?アンドレア侯爵夫人とは、親しいのかい?」
驚いたようにクリスが聞く。
確かに、母上は他の貴族夫人と交流を持たない方だ。いや、持たない方だった。
だけど、あのお茶会で。
シャルが、母上を笑わせてくれたあの日から、母上は少しずつ以前良くしていただいた方々に連絡を取っている。
先日はアルトゥース侯爵夫人からも手紙の返事が来ていた。母上の社交界復帰を楽しみにしているという内容だったそうで、心強いとおっしゃっていた。
「うん、昔から親しくさせてもらっていたらしいよ。最近、そのお付き合いも復活したみたいだ」
「そうなのか・・・母上が元気になられたのなら、よかったな」
クリスが穏やかに微笑む。俺の母上が社交界を好きではないのは知っているはずなので、病弱であまり宴に出られないという表向きの理由を言ってくれたのだろう。
「私も、その学院祭には行けるのかしら?」
マリー王女の問いには、首をかしげる。
どうなんだろう。あの日は普段は部外者出入り禁止のハーディエンス学院も、お祭りということで広く王都民に開放される。
さすがに訪れるのは生徒の家族である貴族がほとんどだけれども、大商会の商人や工房の職人など、普段多少なりとも貴族にかかわっている平民たちも見に来るのだ。
だからこそ、マリー王女の来訪には警備上問題があるかもしれない。
「ねえ、騎士団長に頼んでくれる?」
マリー王女はそう言って、無邪気に祈るようなしぐさをする。
それが可愛らしくて、俺もクリスも思わず頬をゆるめてしまう。
「うん、父上に伺ってみるよ」
「そうだな、マリー王女様の頼みだ。きっと大丈夫だろう」
俺たちは口々にそう言うと、マリー王女は花がほころぶかのように笑った。
「それからね」
マリー王女は、まだ何か思いついたかのように続ける。
「私も、アンドレア侯爵夫人にお会いしたいわ。そのお茶会、参加できないかしら?」
「えっ」
「だって、まだお会いしたことないのだもの」
そう、母上はまだマリー王女にお会いしたことはない。
幼い頃父上に連れて来られた時も、母上は一緒には来なかった。
その理由をきちんと理解したのは、園遊会の時だったわけだけど。
マリー王女をうちへ招くわけにもいかないし、かといって母上に王城へ来てもらうのはまだ無理だろう。
困ったな、とクリスを見る。
クリスはそんな俺の顔を見て、苦笑しながらマリー王女に声をかけた。
「マリー王女様、アンドレア侯爵夫人は身体がお弱い様子。中止になるかもしれません」
「まあ、そうなの?」
「あ、うん、そうなんだ。だから、また母上が元気になったらでいいかな?」
「残念だわ・・・」
マリー王女は少し沈んだ声を出したけれども、クリスがすかさず今日学院であった出来事などを話してフォローしてくれている。
ほっと息をつきつつも、なんとなく今までとは違う感覚に落ち着かなくてむずむずする。
別にマリー王女が悪いわけじゃなくて、もちろん母上が悪いわけでもないんだけど、こんな時マリー王女じゃなくてシャルならどうするかな、とか考えたり。
きっと母上は大歓迎だろうし、シャルも心から喜んできてくれるだろう。
ダメだな、そんな風にマリー王女とシャルを比べても仕方ないのに。
マリー王女は可愛いし、クリスは俺の良き相棒だ。
だけど、シャルは気が利いて頭のいい子で、こちらを気遣ってくれる。
アームズとシェアトは、俺に対してそっけないけれど対等な友人として接してくれる。
・・・月に1回のお楽しみの日に、違うことを考えるようになるとは思いもしなかった。




