81.王都を去る日
後書きに今後の予定について書いておりますので、よければお読みください。
・・・寂しいな。
窓の外、馬車の揺れに合わせるようにどんどんと遠くなっていく王都を見つめながら、純粋にそう思った。
私の家はもちろんフロンターレ領の邸であり、今からそこへ帰るわけだから寂しいも何もないんだけど。
だけど、王都で過ごした毎日があまりにも楽しくて素敵だったからか。
今、両親の待つ家に帰ることが寂しくて仕方がない。
今日の朝、ハーディエンス侯爵家に迎えに来てくれたのはエスバンとニーナとアルルだった。
久しぶりに会ういつものメンバーに嬉しくなって、思わずニーナに飛びついてしまったけど。3人はそんな私を見て「相変わらずお元気ですね」と笑ってくれた。
ハーディエンス家を出発するときは、侯爵様はすでに王城へと向かわれていて、アームズ様は学院なのでおられなかったけれど、お2人とは昨夜きちんと挨拶した。
ハーディエンス侯爵様は、いつものように頭を撫でてくれながらまたいつでも遊びに来なさいと言ってくれた。夏の宴は両親と一緒に来ればいいし、秋の宴も忙しいのなら迎えを寄こすから1人でも来ればいいと。
さすがに1人では~と言うと、宴はハーディエンス家の一員として出ればいいとまで言われてしまった。うれしい。
周囲には遠縁だからとは言ってあるものの、さすがにそこまでご一緒しちゃうと他の娘持ち高位貴族の目が怖いので、多分遠慮するけど。
アームズ様も秋に学院祭があるので、その時にはぜひ来るようにと言ってくださった。
学院祭か!それはいわゆる学園祭で、ゲームの中でも親密度が上がりやすい人気イベントだった。
ぜひ予習を兼ねて行きたいのは山々だけど、どうかなあ。
馬車を見送ってくれたのは、アムリータ様とノルディス、そしてカインツさんはじめ使用人の皆さんだった。
並んでいる人たちに向かい、カーテシーでお辞儀をする。
もう足はぷるぷるすることはない。体幹をしっかり鍛える方法をデイジー様に教わったし、負担がやわらぐお辞儀の仕方をアムリータ様に教わった。
これは習ったことを指し示す時だ、とばかりに張り切ってやってみたのだけど、なんだかアムリータ様は泣きそうな顔になっていた。
「ええ・・・ええ、よく出来ました」
そう言いながら何度もうなずいてくださったけれど、がまんできなかったのか小走りで近寄って来られた。
そして私をぎゅっと抱きしめながら、「必ずまた来て頂戴ね」となんども繰り返された。
王都での母として、優しく厳しくご指導くださったアムリータ様。
母様の親友として、学院時代の話を色々話してくださったアムリータ様。
間違いなく王都では一番お世話になったこの方に、私も感謝でいっぱいだ。
「アムリータ様、ありがとうございました。また必ず遊びに来ますね」
「ええ。幸福堂のお菓子を準備して待っているわ」
幸福堂、とは先日ノルディスに連れて行ってもらった例の桜餅が食べられる店だ。
今日私がフロンターレ領に帰るのに合わせて、お土産としてアムリータ様がたくさん注文してくださったのだ。
アムリータ様だけじゃない。リンナ様からは春摘紅茶の詰め合わせが届いていたし、昨日アルトゥース工房からの帰り際には侯爵夫人のオリガ様より素敵なティーカップ&ソーサーと、ティーポットを頂いた。
王都の淑女たちに揃って期待をされている、と思うといやがうえにも気分は引きしまる。
「ちゃんと、家に戻ってからも勉強しますね」
「ええ、もちろん。次に会う時にはまたその成果を見させてもらいますからね」
アムリータ様は、厳しいけど優しい先生の顔でそうおっしゃった。
アムリータ様から体を離すと、ノルディスに向かい合う。
相変わらずの冷静な無表情だけど、なんとなく落ち着かない様子なのは気のせいかな?
まずはお世話になった貴族令嬢として、お辞儀をして挨拶する。
「ノルディス様、いろいろとお世話になりありがとうございました。ご一緒に勉強をさせていただいたことを感謝しますわ」
「・・・こちらこそ、いい刺激になったと思います。ありがとうございました」
形式ばった挨拶を終えたところでちらりとアムリータ様を見ると、うなずいてくださった。
ここにいるのはアムリータ様とこの1か月ですっかり私になじんでくれた使用人さんたち、それから昔から私と一緒にいてくれたニーナたちだ。
だからいいんだよね、と勝手に判断してあらためてノルディスに一歩近づいた。
ノルディスも、一瞬目を泳がせたものの仕方ないと判断したのか自分から片手を差し出してくれた。
「・・・元気でな」
「うん、ノルディスも!」
差し出された片手を両手でぎゅっと握り締める。
握手だろう、ここは!なんて怒られるかなって思ったけど、意外にもノルディスは何も言わずに黙って私を見つめているだけだった。
・・・何。なんだろう、これは。
いつもの彼と少し違って、なんだかちょっと落ち着かない。
長いような、ほんの一瞬だったようなそんな時間が過ぎて、ノルディスはフッと小さく笑った。
「また、会える日を楽しみにしているから」
「・・・うん。私も、楽しみにしてる」
私が答えると、ノルディスは少し後ろを振り返る。
そちらに視線を向けると、ノルディス付きのメイドさんがやってきて何か細長い箱を彼に渡した。
「これを、君に」
受け取ったノルディスが、そのまま私に渡してくれる。
「・・・開けてみていい?」
うなずいてくれたのでその細長い箱を開けてみたところ、驚きのあまり言葉が出なくなる。
中に入っていたのは、シンプルだけど美しい文様が入った1本のペンだった。
これは、イベントアイテムだ。
学院で一緒に勉強するというイベントを何回かこなした後、ノルディスが友情の印にと渡してくれるアイテム。それがこのペンだった。
これをもらうと親密度が跳ね上がるのに、マリーアンジュの時はあっさりもらえたものが、シャルリアではなかなかもらえずにめちゃくちゃ苦労したのだ。
それを、ゲームの中ではなく今ここでもらえるとは。
「たくさん、レターセットを買ってもらっただろう。シェアト殿と・・・兄上に。その、私も、何か・・・と」
口ごもりながらもそうやって説明してくれるノルディスに、胸がいっぱいになる。
イベントアイテムをもらえたからじゃない。イベントとかアイテムとかどうだっていい。
ノルディスが、何か私にしてくれようとしたその気持ちが嬉しい。
ゲーム内のように友情の印なのか何なのかはわからないけれど、それだけ私を大事に思ってくれているというその事実が何よりも嬉しい。
「ノルディス、ありがとう!嬉しい!」
感激のあまり飛びつくと、ノルディスは「わっ」とのけぞる。
のけぞったって逃がさないぞ!とぎゅっと身体に腕をまわすと、「だから・・・そういうのは・・・やめろって・・・」ともごもご言っているのが聞こえた。
後で怒られるだろうな。でもいいや、怒られたって!
開き直ってぎゅうぎゅうと抱き着いていたその時。
もごもごむがむがと暴れていたノルディスは不意にその動きを止めて、一瞬、ほんの一瞬だけど私を軽く抱きしめ返してくれた。
え、と思う間もなく次の瞬間にはばっと身体を無理やり引きはがされる。
「だから!君は!もう少し伯爵令嬢としての嗜みをだな!」
・・・ほら、やっぱり怒られた。
でも、こうやってノルディスに怒られるのももうしばらく無いんだろうな。
そう思うと、なんだか寂しくて泣き笑いみたいな顔になってしまう。
それに気づいたのか、ノルディスがぐっと口を引き結ぶ。
それからそっと手を伸ばして、私の頭をゆっくりと撫でた。
あまり身長が変わらないせいか、ノルディスに撫でられるのは初めてかもしれないな。
「・・・また、すぐ、会える」
「うん」
「だから、泣くな、泣かれると困る」
「・・・うん」
その優しい口調が逆に泣けてきて、ポケットからハンカチを取り出して涙をぬぐう。
「・・・それ、私のじゃないか」
「うん。返すの忘れてた」
幸福堂で、懐かしくて涙ぐんだ時にノルディスが渡してくれたハンカチだ。
やれやれというようにため息をつくのが聞こえた。
「いいよ、もう。やるから」
「うん。ありがとう」
遠慮せずいただいておくことにしよう。
「では、帰ります!お世話になりました、ありがとうございました!」
馬車の窓からそう言うと、大きく手を振った。
皆も振り返してくれて、その姿が馬車が進むにつれてどんどん小さくなって行き。
やがて、見えなくなったところでまた少し泣いた。
「シャルリア様、どうぞ」
私が落ち着いたことに気づいたのか、ぼうっと外を眺めていた私に美味しそうなパイが差し出された。
袋に入れてあり、馬車の中でも手を汚さずに食べられるようになっている。
「これは・・・」
聞くと、差し出していたニーナが「マーカスからですよ」と微笑む。
アルルもマグカップにポットから紅茶を注いでくれて、「奥様が、きっとシャルは泣くだろうからっておっしゃったんです」と渡してくれる。
「母様が・・・」
さすが、母様はよくわかっている。
私が王都で色々楽しく過ごして、寂しい思いで帰路につくだろうってことを。
だから、マーカスが私の好きなお菓子を作ってくれた。うちの名産のブドウとリンゴが入った美味しいパイを。
「うん。・・・ありがとう、ごめんね」
謝ると、2人は笑顔で首を振る。
パイは、カゴにたくさんあった。だからニーナとアルル、前で手綱を握るエスバンにも渡してみんなで食べた。
久しぶりのマーカスの味に、寂しかった気持ちも霧散していく。
帰ろう。
美味しいご飯と優しい両親、いつも私を見守ってくれている皆がいるあの家へ。
いつもこの小説を読んでいただき、ありがとうございます。
まだ予定の段階ではありますが、一応ここで第一部終了となります。
この後は、第三者目線の話をいくつか挟んで、来週ぐらいからいよいよゲームが始まる学院編を第二部として書いていく予定です。
自分が最初に思った限りでは100話ぐらいで終わるかなという感じだったのですが、81話にしてようやく一区切りという感じなので、いったいどこまで続くのやら・・・。
楽しく読んでくださる方がいる以上、出来る限り連載を続けていきたいと思っています。
また、感想などお聞かせいただいたら幸いです。
よろしくお願いいたします。




