80.アルトゥース工房の見学
間に合いましたー!
アルトゥース侯爵様とゼファス様はそれぞれ作業着へと着替えに行かれたため、私たちは侯爵夫人の案内で工房内へと足を踏み入れた。
応接間のある建物から繋がっているこの部分は、元から見学用として作られているのか一段高くなっていて工房全体をよく見渡すことが出来た。
そんな私たちに対しても作業をしている人たちは手を止めることなく、黙礼だけしてひたすら目の前の仕事に打ち込んでいる。
「ごめんなさいね。侯爵様の方針で、私たちや来客者の方に対しても手を止めてまでの挨拶はいらないと言ってあるのよ」
侯爵夫人の説明になるほど、とうなずく。
そりゃ、フランズベルト王国ではかなりの高位貴族であるアルトゥース侯爵様が一緒に働いているのだもの、いちいちへりくだってたら大変よね。
でも、私たちはそれが合理的だからと判断できるけど、来訪する貴族の中には納得しない方もいるんじゃないのかな?
そう思ってたら、同じことをアームズ様が質問なさった。
それに対しての答えは非常にシンプルで、「そういう些末なことにこだわりそうな方はそもそも案内しない」のだそうだ。
侯爵夫人の話によると、アルトゥース工房へは大変多くの方が訪れるのだとか。
単に魔道具の購入だけが目的という人は、別棟にあるアルトゥース商会のショールームのような場所に行くが、特注品として魔道具を注文したい人や新規に魔道具取り扱いの店を開きたい人なんかは工房を見学して職人と直接話すこともある。
場合によっては別の魔道具工房から、技術の相談にやって来ることもあるらしい。
そういった方々は、たいていしっかりした目的があってやって来るので、挨拶がどうとかそんなことにこだわる方はいないのだとか。
ごくたまに実際に工房に来てもらった方が話が早い、だけどおそらくこの人は挨拶だの礼儀だのにうるさい、という方もおられるらしい。
そういう場合は、ちゃんと専用の見学スペースがあるらしい。
その場所に人が立つことがあれば、そこから見える範囲の者たちは全員一斉に作業を止めてきちんと挨拶する。
だけど元から小さい範囲しか見えない様に作ってあるスペースらしいので、ほんとに数人が気をつければいいだけなのだとか。
なので、そのあたりにはよく気が付いて愛想のいいベテラン職人さんたちが配置されている。
「でも、これだけオープンだと、たとえば技術を盗まれたりということはないんですか?」
前世では産業スパイだのなんだのという言葉があったけど、ライバル企業の情報や技術を盗むなんてのはそれこそ国家単位で行われてきた。
アルトゥース工房は、長年フランズベルト王国の魔道具生産業のトップシェアを誇っている。
それにとって代わろうとする輩がいても、おかしくないと思うんだけど。
そんな風に考えて聞いてみると、それに対しては後ろから返答があった。
「技術を盗まれる?大いに結構、出来るだけ盗んでもらいたいものじゃな」
振り返ると、作業着姿のアルトゥース侯爵様とゼファス様が立っていた。
はわあああああ!スチルと一緒だあああ!
長いズボンの裾を入れたごつごつしたブーツが、すらりと伸びた長い足に似合っている。
袖をまくった作業シャツから覗く、筋肉質な腕。
邪魔にならない様に元から短くしている髪をタオルで縛り、落ちないようにしている。
学院の制服であるブレザーとズボンの姿より、こっちの姿の方がめちゃくちゃ好きだった。
頭が沸騰しそうになるぐらい内心興奮してたけど、必死でそれを押さえる。
まずい、さすがに貴族令嬢が鼻血吹いて倒れるのはまずい。
冷静に、冷静に・・・深呼吸~!
こっそりすーっと息を吸って、吐きかけたその時にアルトゥース侯爵様がおかしそうな顔でいきなりおっしゃった。
「お前のその姿に嫌悪感を示すことなく、ここまで見惚れてくれるお嬢さんはそうそうおらんかったな」
・・・ので、ごほっごほっと思わず咳き込んでしまう。
「あらあら、大丈夫?」
侯爵夫人に背中をさすってもらい、「だ、大丈夫です」と答えたものの・・・何を言い出すんだ、侯爵様!!!
むぅ、と侯爵様を見ると、当の侯爵様は苦笑して頭をかく。
「いやいや、からかって申し訳ない。どうも貴族のお嬢様方は、この作業着の良さをわかってくれなくてな」
「え、そうなんですか?!こんなに機能美に溢れていてカッコいいのに!」
日本では○○男子、なんていう写真集があったぐらい作業着や仕事の制服を着た男性は人気だった。
なのに、この世界ではやっぱり正装であるタキシードとかの方がいいのかしら?
異世界の美意識はわからない。
「ゼファス様もですが、アルトゥース侯爵様もその姿の方が素敵です」
思わず力説すると、侯爵様は一瞬きょとんとした後、うわっはっはと大声で笑いだして私の頭を撫でてくれた。
「いやはや、可愛いお嬢さんにそんなことを言ってもらえるとはな。そういうことを言うのは、オリガぐらいだと思っていたが」
「ふふふ、よかったですわね。私以外にもいてくれて」
そう言ってコロコロと楽しそうに笑う侯爵夫人。
そうか、侯爵夫人のお名前はオリガ様というのか。どことなく気品があって、凛とした響きがよくお似合いだ。
「・・・父上が、女性の頭を撫でるなんて初めて見た」
ぽつりとつぶやくようにゼファス様が言う。
「俺たちはもう慣れた」
「・・・うちの父上も、彼女の頭はよく撫でてますから」
「宰相様が?!」
アームズ様とノルディスの答えに、心底驚いたという顔をするゼファス様。
そしてまじまじと私の顔を見て、ちょっとおかしそうに笑った。
「普通の子なのにな」
普通!普通って言ってくれた!
「ですよね!私、普通の伯爵令嬢ですよ!」
嬉しくなってそう答える。やっぱり、ゼファス様は違うわあ~。
「「普通じゃないぞ」」
そこ!セリフかぶってるから!!
『シャ~ル~!!』
パタパタッと羽音がしたかと思うと、頭の中に聞こえた声。シマだ。
さっきから存在だけはチラチラとしてたんだけど、多分寄っていいかわからずに様子をうかがっていたんだろう。
今、皆が笑っていて雰囲気が良さそうなのを見越して飛んできたに違いない。
シマ、空気の読めるいい子だね!
「シマ!」
手を出すと、シマが嬉しそうに一直線に飛んできて、私の手のひらに止まる。
『もう終わった?大切なお話は終わったの?』
シマの問いにうんうんとうなずいて、そっと撫でてやる。
それを見たアルトゥース侯爵様と侯爵夫人が、感心したような顔をしているのがわかった。
「予想以上に懐いておるな・・・」
「よっぽど可愛がってくれていたのでしょうね」
「本当にシャルリア殿が好きなんだな、こいつは」
そう言いながら、ゼファス様が私の手のひらの上にいるシマをくすぐる。
おお、大きな手。シマがすっぽり収まりそうなぐらい。
『やめてよ~くすぐったいよ!』
シマはピッと短く鳴いて、ゼファス様に抗議する。
ハハッ、なんて軽く笑うゼファス様は、シマといい関係を築けているようで嬉しい。
これならば、学院在学中にはシマに精霊使徒として任命され、エレメンタルプリンセスも選ばれるに違いない。
・・・それがたとえ、マリーアンジュ王女様であっても構わない。
今こうやって人々が働いているのを見ていたら、どうかこの世界がこのまま続くようにとしか願えないから。
「じゃあ、ワシはあっちへ戻るから。ゼファス、頼んだぞ」
「はい」
そう言うと、侯爵様は片手を上げて工房の奥の方へと向かわれた。
それを待ち構えていたかのように数人の人が駆け寄り、何か質問したり作業中の品物を見せながら話をしている。
「アルトゥース侯爵様は本当に素晴らしい職人なのだな」
ノルディスがぽつりとつぶやいた。
視線を向けると、少し照れたように彼は笑う。
「いや、今まで魔道具というものを真剣に考えたことがなくて」
「それは、俺もだな」
アームズ様も言う。
2人はこの場所から工房をぐるっと見渡し、魔道具に関わっている人の多さとその真剣な表情に何かを感じ取ったらしい。
そういえば、前世では工場見学などは学校でのお約束行事だったけど、この世界ではこういった大人が働いている姿を見ることはあまりないのだろうか。
だとすると、こうやって直に職人さんたちが働いている姿を見れたのは、2人にとってもよかったのかもしれないな。
「ねえ、シャルリアさん」
不意に、アルトゥース侯爵夫人が私の名を呼ぶ。
「はい、なんでしょうか」
「あなた、何か欲しい魔道具はないかしら?」
「・・・欲しい魔道具、ですか?」
「ええ。日常に必要なものでも構わないし、いざという時に役に立つようなものでもいいの」
侯爵夫人はにっこり笑って続けられる。
「なんだか、あなたならいいアイデアを持ってそうな気がして」
・・・どういう意味なんだろう。
やっぱりあれかな。こいつちょっと変わり者だから、とかそういうのかな?
『シャル、それはぜひ考えて欲しいな!新しいアイデアは、新しい循環にもなるんだ!』:
いつの間にか私の肩にちゃっかり収まっているシマも、そう口を出す。
アイデアねえ。
そんなの急に言われてもな、思いつかないな・・・。
ネタを探すように周囲に目をやるけれど、特にこれといって思いつくものはない。
と、ゼファス様が近くの職人さんが作っておられた魔道具の設計図に目を留められたようで、何か質問をされている。
その真剣な表情に、またうっとりしそうになる。
この工房内で仕事するゼファス様のスチル、好きだったんだよな・・・。
作っていた物はマリーアンジュ王女の髪飾りだったけど、それでも作業着姿と真剣な眼差しがめちゃくちゃかっこ良くって。
まてよ、スチルか。
「あの、こう・・・見えたものをそのままとどめて絵に残すようなものって作れないでしょうか」
「見えたもの?」
「はい」
首をかしげる侯爵夫人に見えるように、私は両手の人差し指と親指で四角形を作ってみせる。よく絵描きさんが構図を決めるときにするようなポーズだ。
その四角の中に職人さんと話しているゼファス様の姿を収めて、説明する。
「こうやって、切り取りたい瞬間ってありますよね。表情とか姿とかをそのままの形で切り取りたい時」
「それは、確かにあるわね」
納得したのか、侯爵夫人はうなずいてくれた。
「それを、そのまま残す。肖像画のように長い時間をかけずに、この瞬間だけを切り取って残す。そういうものがあればいいなあと思います」
「瞬間だけを切り取って残す・・・」
私の言葉を繰り返し、侯爵夫人は黙ってしまわれた。
無理かなあ。
この世界、割と何でもあるんだけどカメラはないんだよね。
何度も何度も「スチルで見たー!」って思うシーンにぶちあたるたびに、カメラがあればなあ~とぼんやり考えていた。
でも確か前世でも発明されたばかりのカメラは、結構長時間露出のために身動き取れなかったような気がするんだよね。
そういうのが魔力とか精霊力とかそういう不思議パワーで解決できないのかな?
『シャル・・・不思議パワーって何なの・・・』
シマのツッコミに、あれっ聞こえてた?と内心舌を出す。
そこへ帰ってきたゼファス様が、考え込んでいる侯爵夫人に首をかしげる。
なので、今の話をもう一度繰り返したところゼファス様まで考え込んでしまった。
「私はそれが発売されたら欲しいですね」
空気を和らげるかのように、ノルディスが穏やかな口調で言う。
「以前、父上に連れられてナシャーヴ連合との境にあるカッサータ領へ行ったことがあります。そこの物見の塔から見た、果てしなく広がる草原地帯とその草原に沈む真っ赤な夕日は今でも忘れられません」
ああ、あの時か。そうアームズ様もつぶやいて、思い出すように目を閉じた。
「空も草原も真っ赤に染まって、その中を走るナシャーヴ族の馬の影が黒く伸びてすごく印象的だった。確かにあれは、誰かに見せたい景色だった」
2人の共通の思い出か。そういう時にも、カメラや写真は欠かせないよね。
そんな話を聞いて、侯爵夫人も少し微笑みながら思い出すようにおっしゃった。
「そうね・・・私なら、ゼファスの小さい頃を残したかったわ。この子ったら、じっとしているのが嫌いでなかなか肖像画家の前で止まっててくれないんだもの」
へえ、意外。大人しい子だったようなイメージがあるのに。
私が思わずゼファス様を見上げると、その視線に気づいた彼は困ったなという感じで笑う。
今の表情!今!まさしく今!
その顔を写真に残したい!スチルにしたい!
「・・・侯爵様に進言してみましょう。いいアイデアをありがとう、シャルリアさん」
ゼファス様に見とれている私にはもうつっこむこともなく、侯爵夫人はそう言って力強くうなずかれた。
具体的な話をノルディスが持ち出してくれたことで、魔道具の想像がついたようだ。
「いえ、思いついたことを言っただけなんで・・・」
ゼファス様のスチルを集めたいとか馬鹿なことから思いついたアイデアだったけど、ちょっとでもお役に立てたのならよかった。
使い道は色々ありそうだ、などとゼファス様やアームズ様、ノルディスが色々と話をしている中、すっと侯爵夫人が近づいて来られて私の耳元でささやかれた。
「開発する過程で、ゼファスの姿が残せたらあなたに差し上げるわね」
・・・やっぱりバレてたし・・・。
明日は日曜日なので、投稿お休みいたします。
また月曜日から再開しますのでよろしくお願いいたします。




