79.謝罪と和解
よりによってゼファス様に・・・そんな訳の分からないことを言うなんて・・・。
「おい、顔が真っ青だぞ。大丈夫か?・・・勘違いにもほどがあるな」
アームズ様に言われて、慌てて取り繕う。
「あ、大丈夫です。なんか、ちょっと、びっくりしちゃって」
「・・・確かに、ひどい言いがかりだ」
ノルディスも、顔をしかめつつ言う。
アルトゥース侯爵夫人は私たち3人を順番に見比べた後、何やら納得したようにうなずかれた。
「そうね。ゼファスも、同じように答えたわ」
「同じよう、に?」
聞き返すと、それまで黙って話を聞いていたアルトゥース侯爵様が口を開かれた。
「シャルリア殿はシマの恩人だ、そのような人ではないと思う、とな」
ゼファス様・・・!
アルトゥース侯爵様の言葉に感動して、泣きそうになる。
そっか、そんな風に言ってくれたんだ・・・そっか・・・。
「あの、白い小鳥を助けてくれたんですって?」
侯爵夫人に問いかけられたので、はいとうなずく。
「たまたま我が領に迷い込んで来ていたので・・・」
「フロンターレ領じゃな。あそこの酒はうまい」
「まあ、ありがとうございます!両親が喜びますわ!」
侯爵様がうんうんとうなずきながらおっしゃったので、思わず両手をパチンと合わせてそう言ってしまう。
侯爵ご夫妻が目を見開いたので、あ、行儀悪かったかなと首をすくめると、侯爵夫人はとても優しそうな笑みを見せられた。
「ふふふ・・・フロンターレ伯爵ご夫妻のことは少ししかしらないけれど、皆さん口をそろえて裏表のない信用できる方々だっておっしゃるわ。あなたを見てると、それがわかるわね」
・・・ほめられたのか、たしなめられたのか。
ちょっと微妙なラインだと思うので、黙ってぺこりと頭だけ下げておく。
「あの小鳥はな、工房の守り神なんじゃよ。昔から工房にいて、ずっと見守ってくれておる。おそらく・・・」
アルトゥース侯爵様は何か言いかけて、口ごもる。
多分、侯爵様は気づいているんだろうな。シマが『何か』だということに。
精霊なのか精霊使徒なのか、そのあたりの何か加護をもたらす存在だと。
「まあ、いい。とにかく、ワシらにとっては大事な存在なのだ」
侯爵様は膝に手を置き、私に向かって頭を下げられた。
「あいつを助けてくれて、ありがとう。あんたは工房の救い主だ」
びっくりした。侯爵様という立場の方が、こうやって簡単に小娘に頭を下げられたことに。
だけど、それだけアルトゥース侯爵様にとって工房が大事だということなのだろう。
職人気質で頑固な父親、とゲーム内では表現されていたけれど、こういう方に育てられて教えを受けているゼファス様だからこそあれだけ真っ直ぐな方なのだろうな。
「侯爵様・・・お顔を上げてください、私はただシマが可哀想だっただけなんで」
「そう、それからその名前だ」
「え?」
顔を上げて、侯爵様は満足げにニッカリと笑われた。
厳めしい感じだった顔が破顔一笑、とても親しみやすい雰囲気になる。
「あんたがつけてくれたシマと言う名前を、ゼファスが呼ぶから皆そう呼ぶようになった。すると、なんだか風の加護が高まった気がするんじゃ。工房全体が活気にあふれている」
確かに、私たちがさっき見た工房はとてもいい空気だった。
人々の活動力と言うか、生命力のようなものが満ちている気がした。
それも、シマの力なんだ。あの小鳥、ではなくシマという存在として認識したことによって、『循環』の効率が上がったとか、そういうことなのだろうか?
「エドワルド王子殿下の言葉が信用できるのかその時の私たちには判断できなかったけれど、少なくとも息子が嘘をつくような人間でないことは知っているわ。だから事情を詳しくお聞かせくださいと申し上げたのだけど・・・」
アルトゥース侯爵夫人は、その時のことを思い出したのか少し困ったような顔つきで頬に手をあてられた。
結局、そのすぐ後に王城からの捜索人たちがやってきて、さすがにフランズベルト国王の指示ともなれば王子といえ無視するわけにもいかず、連れていかれたのだとか。
アルトゥース侯爵ご夫妻にはあらためて事情を説明するからと告げられ、その翌日にさっそくクレイモス公爵様のお使いの方がいらっしゃった。
そしてエドワルド王子様のしたことが全部暴露され、侯爵ご夫妻はもちろんゼファス様も絶句していたらしい。
「昔から少し思い込みが激しい性格だとは思っていたがな・・・」
侯爵様は首を振り振り、ため息をつく。
幼い頃から知っている相手がやらかしたと聞けば、そりゃそうよね・・・。
その時のアルトゥース侯爵ご夫妻の心情を考えると、なんだかちょっと申し訳なく思う。
皆がそれぞれの思いに沈んだのか少し会話が途切れた時、ノックする音が聞こえたので執事さんがドアを開けた。
入って来られたのは・・・ゼファス様、だ。
わざわざ仕事着から着替えて来られたんだろうか。服は整っているものの、額にはまだ汗が浮かんでいる。
「遅くなりました」
そう言って頭を下げるゼファス様に、侯爵ご夫妻はうなずかれると立ち上がられた。
私たちもそれにつられるように立ち上がる。
侯爵ご夫妻はゼファス様に並んで立つと、まっすぐに私の方を見つめられた。
「シャルリア・フロンターレ殿。今回の一件、私どもが迂闊に情報を漏らしてしまったために貴女に大変迷惑をかけてしまった。謹んでお詫びいたします」
アルトゥース侯爵様がそうおっしゃると、3人揃って頭を下げられた。
あああああ~やめてえええ~!
謝ってもらう必要なんて全くないのに!
心の中ではそう叫びたくて仕方がなかったけれど、こういう時の作法は事前にアムリータ様から聞かされていた。
身分は関係ないので、へりくだる必要もなく、一言言えばいいのだ。
「はい、許します」
私の返事に、ほっとしたように肩を下げられるアルトゥース侯爵様。
アルトゥース侯爵夫人はそのまま近寄って来られて、軽く私を抱きしめられた。
「本当にごめんなさい。あの勢いで一方的に攻められたら、さぞかし怖かったでしょうに」
「いえ・・・大丈夫です」
いや本当にあの時は「こいつ何言ってんだ」感がひどくて、怖いとかそういう感情より先にバカじゃないのかって真面目に思ったからなあ。
でも普通の貴族令嬢なら、男性にあの勢いで詰め寄られたら泣いててもおかしくないよね・・・いや、私も普通だけど!普通の伯爵令嬢だけど!
侯爵夫人は、私の身体を少し離して
「こうやって実際にお会いしたら、ゼファスの言う通り優しそうなお嬢さんなのにね」
とおっしゃった。
「母上!」
慌てたようなゼファス様の声に、一瞬呆ける。
え、私のこと?
優しそうなお嬢さんって私のこと?ゼファス様がそうおっしゃったの?
瞬間、顔にかあっと赤みがさすのがわかった。
頬が熱くて、斜め前に立っておられるはずのゼファス様の顔が見れない。
せっかく久しぶりにお会いしたのに。
多分、今日を逃せばまたしばらくお会いできないのに。
侯爵夫人は私の反応とゼファス様を見比べて、あらあらという感じで微笑まれた。
これは多分、侯爵夫人には私の気持ちがバレたなあ。
私が一方的にゼファス様に憧れているだけなので、バレたところでどうってことはないけれど、なんか恥ずかしい。
「・・・シャルリア殿」
ゼファス様の声に、反応して顔を上げる。
まだ顔が赤いだろうけど、もう気にしないことにしてしっかりゼファス様を見た。
ああ、園遊会からまた少し背が伸びた?少し顔の角度が違うように思う。
どんどん、私の好きだった私の知っているゼファス様に近づいていく。
「迷惑をかけた、すまない」
・・・ゼファス様は何も悪いことをしてないのに。
「いえ、ゼファス様がかばってくださったとお聞きしました。ありがとうございます」
笑ったつもりだけど、泣きそうな顔になってないかな。
それだけ嬉しかったんだよ、ゼファス様が私はそんな人間じゃないって言ってくれたことが。
「あとで、よかったら工房へ寄ってくれないか?さっきからシマがピュイピュイうるさいんだ」
ゼファス様が苦笑する。その笑みはシマへの愛情にあふれていて、ちょっと羨ましい。
「はい、来るときにシマには会いました。行かせていただいてもいいですか?」
少し侯爵様の方へ顔を傾けて聞いてみると、侯爵様はうなずいて「無論」とおっしゃってくださった。
「私も行っていいかしら?」
不意に侯爵夫人もそんな風に、侯爵様に問いかけられる。
「そりゃ構わないが。商会の方はいいのか?」
「ええ。夏月の打ち合わせの目途は立ったから、ちょっと時間が空いておりますの」
そうか、確かアルトゥース侯爵様が魔道具を作成する工房の方を、侯爵夫人が流通を取りまとめる商会の方を責任者として見ておられるんだっけ。
うちの母様なんかは父様と一緒に領地経営に携わっておられるけれど、王都住まいの貴族女性はそのほとんどが家を守られていて特に仕事はなさっていない。
むしろ、主な仕事は社交といってもいいと思う。お茶会や夜会で情報収集したり、贔屓の商会に来てもらって買い物をしたりするのが主な役割だ。
その中では、アルトゥース侯爵夫人は珍しい立場におられる。
魔道具を中心に扱うアルトゥース商会の代表として、名前だけの存在ではなく実質経営に直接かかわっておられるのだ。
平民と貴族、季節ごと、国内と国外などありとあらゆる状況の中で使われている大量の魔道具をすべて理解されていて、決して儲けに走ることなく必要なところに必要な魔道具が届くように常に気を配っておられるとしてその評判は高い。
アルトゥース侯爵様のたぐいまれなる技術と、侯爵夫人の行き届いた流通手腕でこの国の魔道具文化が成り立っていると言っても過言ではないだろう。
優しさの中にどこか凛とした厳しさが見え隠れするアルトゥース侯爵夫人は、前世で私を新入社員時からずっと可愛がってくれていた、有能な女の先輩を思い出させてくれた。
先輩、相変わらずバリバリ仕事してるのかな・・・身体壊してないといいけど。
「では行こうか」
そうアルトゥース侯爵様がおっしゃられて、ドアを執事さんが開けてくれた時。
「ちょ、ちょっと待ってください」
慌てたようにアームズ様が止められる。
なんだろう、と思ったけど侯爵ご夫妻は「あ」という顔で立ち止まられて、しっかりとアームズ様に向き合われた。
そんなお二人にアームズ様も真面目な顔つきで姿勢を伸ばされる。
「アルトゥース侯爵様のシャルリア・フロンターレ殿に対する謝罪および和解、しかと確認いたしました」
「お手数をおかけしました」
そう言って互いに頭を下げられたので、私も一緒になって下げておく。
形式的なものだけど、この一連の流れが謝罪して許して和解したという文書になって残るのだ。
そういうのは王都内務省の役割なのか。宰相様も忙しいなあ。
でも、アームズ様が代行なさるというのはなかなかすごいよね。
「ふぅ、やれやれ」
頭を上げて、思わずといった形でため息をつくアームズ様にアルトゥース侯爵夫人がクスクスと笑われた。
「ふふ、素晴らしい仲裁者ぶりでしたわね。ご立派な後継ぎがいて、ハーディエンス侯爵家も安泰ですこと」
「いやいや、からかわないでください」
照れたように笑うアームズ様だけど、本当にすごいと思う。
横のノルディスも兄を誇らしそうに見ている。兄弟仲は安定のようだ。
「ではあらためて、工房へ参ろうか」
いよいよ、アルトゥース工房の見学だ!楽しみだな~!
明日の土曜日ですが、ひょっとしたら更新無理かもしれません。
出来るだけ更新しようと思ってますが、無理だったらすみません・・・。




