78.アルトゥース侯爵夫妻
アルトゥース工房は、中央部分が前世で言うドーム型球場のような形をしている。
そして、その周りに小型のドーム型の建物が林立していて、それは研究所であったり細かい作業場であったりするらしい。
立地的にはいわゆる貴族たちが生活するエリアと平民たちが生活するエリアのちょうど境目のあたりにある。これは魔道具を出荷したり、その材料が納品されたりすることの利便性を考えてのことだろう。
また、働いている職人さんも貴族の次男三男だったり、平民であったりと様々なので通うことを考えても合理的だ。皆、身分に関係なく平等に働いているということで、平民にとっては人気の就職先らしい。
とはいえ、魔道具を作る過程で魔力を込める必要もあるらしく、それなりに魔力が高い者しか雇ってもらえない。本来魔力が低い傾向にある平民にとってはなかなかの狭き門なのだとか。
高位貴族たちの住むエリアからは若干離れているため、寮も完備されている。
ゼファス様も学院入学前は、普段そちらの方へ寝泊まりして下働きをしていたのだとゲーム内では描かれていた。
アルトゥース侯爵家邸はもちろんハーディエンス侯爵家邸とさほど離れていないのだけれど、たいていアルトゥース侯爵夫人しかいらっしゃらないらしい。
アルトゥース侯爵様にしろ、ゼファス様にしろ、ほとんど昼間は工房に詰めっぱなしなのだとか。
なので、今回私たちが向かう先もアルトゥース侯爵家邸ではなく、工房の方なのだ。
アルトゥース工房に近づくにつれ、賑やかな音が聞こえてきた。
正面から少し離れたところへ馬車は止まり、私とアームズ様とノルディスが降り立つ。
工房はそのドーム型の屋根が開閉できる仕組みになっているらしく、今は半分ぐらい開いている。
そして、正面部分も大きく開いているので、なんというか、野外音楽堂とかそういう形の建物に見える。
その中で大勢の人が行ったり来たりしており、カンカンと何かを叩く音やら、ゴオッと火が燃える音、何やら声高に話す声。
活気があるその光景に、人々の生活しているエネルギーのようなものを感じて、なんだか少し胸が熱くなる。
その時。聞きなれた羽ばたき音とともに、白い小鳥が飛んでくるのが見えた。
「シマ!」
声をかけると、シマはまっすぐに私の方へと降りてきて、差し出した手の平に止まった。
『シャル!来てくれたの!』
私はそっとシマを撫でながら、不自然じゃない程度に話しかける。
「シマ、今日は大事なおつかいでやってきたのよ」
『そうなの?ついてっちゃダメなの?』
・・・どうだろう。さすがにダメな気がする。
大切な文書を持ってきました、って言って肩に小鳥が止まってたらなんか困るよね。
「・・・あの鳥は何なんだ」
「シャルが、フロンターレ領で助けた小鳥だそうです。本来はこの工房の鳥らしいのですが・・・」
アームズ様の質問にノルディスが答えてくれているみたいなので、こっそりシマに言う。
「多分、ダメだと思う。本当に大事な用事なの。アルトゥース侯爵様にお会いして、お話ししなくちゃダメなのよ」
『そっかあ。それで、さっき仕事中断して出て行っちゃったんだな』
どうやら先触れが届いているようで、アルトゥース侯爵様はすでにお待ちのようだ。
「ごめんね、シマ。あとで工房を見学させてもらうようにお願いするから、その時にまた」
『わかった!』
シマは心得たとばかりにピュイ、と一声鳴くと手の平から再び飛び立って工房の方へと戻って行った。
ちょうどノルディスの説明も終わったようで、アームズ様から感心したような声がかけられる。
「あんなに懐かれるなんて、よっぽど心を込めて世話をしてやったんだな」
・・・いや、それはなんか違う気もするけど・・・まあいいか、肯定しておこう。
「はい。元気になってよかったです」
「小動物に懐かれるのは、エレメンタル・プリンセスの特徴らしいからな。いいんじゃないか」
さらっと重要な話が出たので、思わず「そうなんですか?」と聞き返す。
とりあえず工房の応接間に向かおうか、と促されて歩きつつアームズ様の話を聞く。
前回のエレメンタル・プリンセスの出現からかなり時が経っているため、伝聞等の資料という形でしか残っていないが、エレメンタル・プリンセスの傍らには常に小動物が寄り添っていたというように伝えられているらしい。
資料ではそれだけエレメンタル・プリンセスは心が清らかで優しい女性なのだとされているのだとか。
それって多分、小動物に身をやつした精霊様ってことだよね。
そういえばシマは小鳥だけど、フレアは何なのだろう?
今度会えたら聞いてみたいけど・・・そもそもどこにいるんだろ。
やっぱり、アンドレア侯爵家にいるのかな?それっぽい動物は見なかったけど。
そんな話をしているうちに応接間があるらしい建物についた。
ここも工房から繋がっているけれど、貴族のお客さんを迎えるためなのか他の建物がシンプルなのに比べると、ちょっと華美と言うかいかにも貴族の小さなお屋敷風だ。
入り口に立っていた守衛の人に声をかけると、話は通っていたようですぐに中に案内された。
廊下には工房で作られた芸術作品なのか、美しい細工の置物や宝石が埋め込まれた時計などが飾ってある。
インテリアの傾向としてはバラバラなんだけど、これはどっちかといえばインテリアじゃなくて物を売るためのギャラリーなんだろうなあと思ってみたり。
応接間の前に立っていた執事さんらしき人が恭しく礼をして、ドアを開けてくれた。
私たちが中に入ると、すでにアルトゥース侯爵夫妻が立って迎えてくれていた。
園遊会ですでにお姿は拝見していたのだが、身近でお会いするのは初めてだ。
少し小柄でがっちりした体格のアルトゥース侯爵様。RPGなんかで「頑固だけど腕のいい職人」としてよく描かれていた、ドワーフ族みたいな感じだ。
反対に侯爵夫人はすらっと背が高く、細身のたおやかな感じがする女性だ。
「・・・よく来てくれた」
一言だけおっしゃったアルトゥース侯爵様に続き
「わざわざこのようなところまでお越しいただき、ありがとうございます」
と、アルトゥース侯爵夫人が美しいお辞儀をしつつおっしゃられた。
「アームズ・ハーディエンスです」
「ノルディス・ハーディエンスです」
アームズ様とノルディスが挨拶した後、アームズ様が一歩前にでる。
「父、ダリウム・ハーディエンスの代行としてやって参りました。まずはこちらをお納めください」
そう言ってアームズ様はお辞儀をした後、手にしていた文書を侯爵様に渡された。
すぐに侯爵様はそれを開いて中を確認し、うむとうなずくとそれを侯爵夫人に渡される。
侯爵夫人も内容に目を通すと、軽くうなずいてその文書を傍らに控えていた執事さんに渡した。
そして侯爵夫人が私を見て、「このお嬢さんがシャルリア様で間違いないのですか」と尋ねられた。
アームズ様がうなずいてこちらを見られたので、その場で足をひいてカーテシーをする。
「シャルリア・フロンターレと申します。よろしくお見知りおきください」
アルトゥース侯爵ご夫妻はまじまじと私の顔を見つめられた後、侯爵様がやれやれと言いたげに首を振る。
「・・・全く。あいつにも困ったもんだ」
あいつ?
何のことだろう、と思っていると、侯爵夫人が苦笑しつつおっしゃられた。
「私たちが聞いた話とは全然違うお嬢さんだったから・・・こんなに可愛らしい方なのにね」
どういう話を聞いていたのか。というか、誰から?バカ王子かな?
まずはどうぞお座りください、とソファをすすめられて3人で腰を下ろす。
その正面に侯爵ご夫妻もお座りになり、メイドさんたちがお茶を出してくれた。
おそらくアルトゥース侯爵は職人さんにありがちな口下手な方のようで、侯爵夫人が私たちに向かって事情を説明してくれた。
そもそも、魔道具と魔鉱石の取引の関係で、ハイゴッサム王国の王族とアルトゥース侯爵家は以前より親密なお付き合いをしてきた。
エドワルド王子のことも幼い頃からよく知っており、何かの折にはいつでもフランズベルト王国に遊びに来て欲しいと常々話をしていた。
今回、ハーディエンス学院にナシャーヴ族のヴァネッサさんが留学されるということで、それに必要な魔道具の注文がクレイモス公爵家から入った。それと同時にエドワルド王子の側近より連絡が入り、ヴァネッサさんに贈るための髪飾りを注文したいとのことだった。
実はハーディエンス学院では女生徒は皆、髪飾りをつけているのが慣例だ。
全員貴族のお嬢様だから髪を長く伸ばしているのが普通であるのだが、学院の授業によってはそれが時々邪魔になってしまう。なので、髪飾りを常に付けておき、必要に応じて1つにまとめたり、サイドだけ上げて顔にかからない様にしたりして使うのだ。
ゲーム内で出てきたゼファス様の作ったマリーアンジュ王女様の髪飾り、というのも実はそれなのだ。
なので、てっきり学院で必要となることを知っての注文だと思ったアルトゥース侯爵様は、学院生徒向けのごくシンプルなデザインのものを作って納品した。
煌びやかな髪飾りを注文したつもりだったエドワルド王子が怒って送り返そうとした時に、側近の方が気づいたのだとか。これはハーディエンス学院の生徒向けの髪飾りであり、ヴァネッサさんがフランズベルト王国へ留学するという噂があると。
側近、優秀だわ。まあ、あの王子の側近だから優秀じゃないと国が滅びかねないか。
そこから先は、先日クレイモス公爵様に聞いた通りだ。
エドワルド王子様は無駄なアクティブさを発揮して、あっという間にフランズベルト王国にやって来たのだ。
そして、事件は起こる。勘違いして私を罵倒し、謝罪もせずにヴァネッサさんを連れて帰った。
その後、クレイモス公爵家は「一応」王子本人に事情を確認したところ、ヴァネッサさんが心無い貴族の娘から危害を加えられたと知り、慌てて公爵邸から飛び出して店に向かった。
店に着いたが肝心の実行犯はおらず、共犯と思われるシャルリア・フロンターレとか言う生意気な女がいただけだった。大変凶悪な面構えの田舎者で、ヴァネッサさんの美しさに嫉妬し、手下を使ってやらせたに違いない。今すぐ糾弾すべきだ、と臆面もなく言ってのけたらしい。
かなり違う。というか、真実がどこにもない。
はぁ~と思わずため息をついてしまうと、アームズ様が私の顔を見る。
「凶悪・・・?」
ノルディスも無言で見ているけど、多分同じことを思っているだろう。
侯爵夫人も苦笑して、私たちに向かってうなずいてみせる。
「全然凶悪になんか見えない、可愛らしいお嬢さんなのにね。だから、本当のことを話すようにとクレイモス公爵様にとがめられたらしくて」
あの女はここにまで手をまわしていたのか、真実を知るものを探す!と言い出したエドワルド王子は、なぜかこのアルトゥース工房に現れた。
なぜかというか、彼にとっての知り合いがクレイモス公爵を除けばアルトゥース侯爵家の方しかいなかったのが理由なわけだけど。
そして、年齢が近い(エドワルド王子はなんと私たちの1つ上らしい。あれで?!)ので以前から多少は交流のあったゼファス様を捕まえて、私の所業をぶちまけたのだ。
・・・まって!!!
ちょっとまって、ゼファス様にそんなこと言ったの、あのバカ王子が?!




