77.帰郷の準備
先日のお騒がせ王子様の一件から数日。
ハーディエンス侯爵様からお聞きしたのだけれど、カリーナ様はヴァネッサさんがナシャーヴ族長の娘と知って、慌ててロング伯爵と共にお詫びに行かれたらしい。
やっぱり元々はそんなに気の強い人でもなかったみたいで、立ち会われたクレイモス公爵様の前では小さくなって震えている姿にヴァネッサさんも戸惑ったみたいだけど、快く許してくださったのだとか。
目撃者である私や店長さんは他言する気もないし、これでこのことは一件落着と言うことでいいらしい。
もちろん、フランズベルトの国としても民族衣装を貶したことについてはナシャーヴ連合に詫びを入れたらしいけど、文化の違いは仕方がないからと寛容な対応だったとか。よかったな。
そして、あのお騒がせバカ王子はハイゴッサム王国に強制送還となった。
クレイモス公爵様がかなり圧力をかけられただけでなく、国王様自らが「次代の王がこのようなことをしでかすようでは困る」とハイゴッサム王に直接おっしゃられたのだとか。
さすがに王太子が友好国で問題を起こすのはかなりまずかったようで、慌ててお迎えの人がやってきてあっという間に連れて帰られたらしい。
そうなんだよね、あの王子は次の王様なんだよ。ハイゴッサム王国、大丈夫なの?
ちなみに、私の名前も一応上まで上がったらしいけど、問題はなさそうだった。
非公式ではあるものの、ハーディエンス侯爵様を通じてハイゴッサム王国からもフランズベルト国王様からも詫びのお言葉をいただいた。
私はあくまでも被害者扱いなので、父様にも報告は行くらしいがうまく説明しておくから安心しなさいと侯爵様には言われた。
結局あの日は王都図書館にも行けず、後でノルディスに「だから1人で行かせたくなかったんだ」と文句を言われた。
私のせいじゃないよ!と反論したものの、横からナタリーさんに「半分ぐらいはシャルリア様のせいです」と言われたので素直にごめんなさいをしておいた。
ナタリーさんに迷惑をかけたのは事実なので、仕方がない。
そんなこんなで日々はあっという間に過ぎ、私がフロンターレ領へ戻る日がとうとう明日になった。
今日の内にうちから迎えの馬車が来て、王都の宿で1泊。明日の朝、ハーディエンス侯爵家まで来てくれる予定になっている。
昨日、モーリス先生の授業も終わりを迎えて、先生には丁寧にお礼を言った。
「シャルリア殿は大変、勉強熱心で教えがいのある生徒でしたな・・・残念ですじゃ」
モーリス先生はそのふさふさの眉をきゅっと下げて、別れを惜しんでくださった。
「先生、私お手紙書きますね!自分で勉強してて、わからないことがあったら手紙で聞いてもいいですか?」
「もちろんですとも!」
モーリス先生は何度もうなずきながら、快く引き受けてくださる。
これからもこの先生の指導を受けられるのかと思うと、ノルディスが本当に羨ましい。
そう言うと、ノルディスは少し微妙な顔をした。
「いや、それがそうでもなさそうなんだ」
その言葉にうなずいて、モーリス先生が後を引き取る。
「王城から至急の呼び出しが続いておりましてな。しばらくは、あちらへ日参することになりそうでして」
おっと。そりゃ精霊王様の件は何よりも大切なことだからね。
引退されているとはいえモーリス先生のように優秀な方は、対応に追われてしまうのだろう。
「じゃあノルディスも私と一緒だね。頑張って自分で勉強していかないと」
「ああ、そうだな」
そうそう、アムリータ様と一緒にドレスアトリエ『ソレイユ』にも行ってきた。
店長さんは「ハーディエンス侯爵夫人がうちの店に・・・!」って驚愕してたけど。
まあ、そりゃそうだよね。高位貴族の方々はお抱えの商会があって、そこの人を自邸へ呼ぶのが普通だもの。
「お忍びなのよ、うふふ」なんてアムリータ様は笑っていたけど、王都でも有名な貴婦人が自分の店にやってきたとなれば一大事だよね。
先日ヴァネッサ様にお勧めしていたドレスを見せてほしいとお願いすると、あれは少しデザインを手直ししたのでと新しいドレスを持ってきてくれた。
新しいドレスは、先日のマーメイドラインのドレスに、腰のあたりからパレオのような薄い布が美しいドレープを作っているものだった。
「この間、お嬢様にお教えいただいたものを取り入れてみたんですが」と言われたけど、めちゃくちゃ綺麗だ!
「アムリータ様、こういうドレスだとデイジー様に似合うと思うんですけど、どうでしょう?」
「いいわね。ここをもう少し絞れば、今の流行にも重なっていいんじゃないかしら」
「なるほど!参考になります!」
アムリータ様の的確なアドバイスに、店長さんは目を輝かせながら聞き入っていたっけ。
もちろんトルバドール商会との付き合いがあるわけだけど、若い子たちにはきっとここのデザインの方がいいわねと私とデイジー様のデビュードレスはここでお願いすることになった。
店長さんも張り切ってくださっているので、今からとても楽しみだ。
「これとこれは父様と母様へのお土産で、あとこっちのは・・・」
ぶつぶつと独り言をつぶやきつつ、荷物整理に勤しむ。
かなり長い間王都に滞在していたため、予想以上に荷物がたまってしまった。
だけど、学院のために必要なドレス等は置いておいていいとアムリータ様から許可を頂いたので、そのあたりは遠慮なく甘えさせてもらうつもりだ。
ハーディエンス家の図書館から借りてきた本もいくつか入れる。
こちらも、いつでも読み終えたら交換すると言ってもらっている。その時はシェアト兄様にお願いして、交換してもらうつもりだ。
朝食後、ひたすらそれに没頭していたところ、部屋にノックの音が響いた。
さっきから、時々メイドさんたちがお茶を持ってきてくれたり、料理人のカインツさんがお土産にってパウンドケーキを持ってきてくれた。
これがまた美味しいんだ。独自の工夫がされてすっかり進化してしまい、素人のお遊びから超一流パティシエの作品になってしまった。
そんな訪問者が絶えなかったので、てっきり今回もそうだろうと思い込んで「はーい、開いてまーす」と声だけかけてぎゅうぎゅうと荷物をトランクに詰め込む。
「・・・忙しそうだな」
後ろでドアが開く気配がして、そんな声がかかる。
あれ、と思って振り返ると、扉口にアームズ様が立っていた。
「アームズ様?学院はどうしたんですか?」
手は離せないので、失礼ながら首だけそちらに向けて問う。
今日は、お休みでもなんでもなく普通の平日だ。そして明日も。
私をフロンターレ領まで送っていくつもりだった兄様は、馬車の都合で平日にしか迎えに来てもらえないことがわかって嘆いてたっけ。
「午前中だけで帰ってきた。昼からは、ちょっと用があってな」
「そうなんですか」
「うん」
うなずいた後、アームズ様は少しいたずらっ子のような表情になってニヤリと笑った。
「喜べ、シャル。アルトゥース工房へ連れてってやるぞ」
「ええ?!」
驚きすぎて思わず手を離してしまうと、せっかく詰め込んでいたおみやげやら何やらがぽーんとはじけ飛んで散らばっていく。
「うわあああ!」
慌てて拾い集めると、それをぽかんとして見ていたアームズ様がいきなり爆笑した。
「あはははは!!!喜劇舞台かよ!」
「・・・笑い事じゃないです。やり直しです」
むすっとして言い返すと、アームズ様はまだ笑いが収まらないとばかりにクスクス笑いながら拾うのを手伝ってくれる。
「ククク・・・こんなに色々集めて・・・小動物かよ・・・」
笑うかディスるかどっちかにしてくれないかなあ、全く。
再びトランクに詰め直した後、アームズ様がぎゅっと押さえてくれたのでしっかりと封をする。これで大丈夫だ。
「ふう、ありがとうございました」
「いや・・・」
アームズ様は荷物の詰まったトランクを少し見つめていたかと思うと、「明日、帰っちゃうんだな」とつぶやいた。
「はい、お世話になりました」
「・・・」
「・・・アームズ様?」
なんだかアームズ様が変?
首を傾げて顔を覗き込むと、アームズ様は片手で顔を覆ってしまう。
「・・・シャル、お前さ、本当にエレメンタル・プリンセスになれよ」
何をいきなり言い出すのか。
「はあ、努力します」
「何でそんな気の抜けた返事なんだよ・・・」
「え、なんでいきなりそんなことをおっしゃるのかなって思ったんで」
私の返事にアームズ様は黙ってしまう。そして、ぽつんと「なんでだろうな。俺にもわからん」とだけ言って苦笑された。
「兄上」
その時。アームズ様の紳士の嗜みとして開いたままだったドアから、ひょっこりとノルディスが顔を出した。
「こちらにいらっしゃったんですね。父上からの文書が、先ほど王城から届きました」
「お、そうか。ありがとう。お前も行くんだろ?」
「はい。お供するようにと父上から聞いています」
うなずくノルディスから文書を受け取るアームズ様。
巻紙が赤い紐でくくられており、それがハーディエンス家の印璽で封蝋されている。
「これを届けに、父上の代行としてアルトゥース工房へ行くんだよ」
アームズ様は私に向かってそう言うと、「この間の件でね」と続けられた。
「ハイゴッサム王国にナシャーヴ族の姫君の情報が伝わったのは、どうやらアルトゥース侯爵家経由だったみたいなんだ。あそこは、魔道具の関係であの国とは関係が深いからさ。
もちろん故意ではなくたまたま偶然が重なって伝わっただけなんだけど、一応今回の関係者ってことで軽いお咎めがあるみたいだ。それの通達なんだよ」
「えええ?!」
ゼファス様の家が?お咎め受けちゃうの?私のせいで?
ショックで頭が真っ白になる。私の顔色が変わったことに気づいたのか、アームズ様が慌てて言い足す。
「いや、お咎めってほどでもないぞ?単に、シャルに謝れってだけみたいだから。アルトゥース侯爵様も納得されているし」
「えっ、私に?!私、別に謝ってもらう必要ないですよ!」
「いや、それが妥当な線だと私も思うぞ」
横からノルディスも口を出してきた。
「こういうのは『お咎めがあった』という事実が大事なんだろう。対外的にも、国内の貴族達に対する建前的にも」
うーん。故意じゃないけど情報漏らしちゃったから怒られた、っていう事実は必要ってことか。
それがお家取り潰しだの拘束だのっていう物騒なものじゃなくて、被害者とされている私に謝るってことだけですむなら構わないってことなのかなあ。
「だから、俺が父上の代行としてこれを持参して、ついでに連れて行ったシャルに侯爵様から謝ってもらえればそれでこの件は終わりってことだよ」
「う、うーん・・・。じゃあ、仕方ないですけど・・・そんな、謝ってもらう必要ないのになあ」
ぶつぶつと言っていると、アームズ様は軽く肩をすくめてみせる。
「父上も多分シャルは謝罪などいらないって言うだろう、って言ったらしいんだけどさ。なんかクレイモス公爵が可憐な少女を傷つけた罪は重いって聞かなかったんだってさ」
「可憐な少女・・・」
ちょっとノルディス、そこに食いつくの?
でも、でもね。
「クレイモス公爵様みたいにすごいカッコいい人から可憐、とか言われたらちょっと嬉しいかも」
思わずそうつぶやいて、うふふふふと笑っていると、なんだか兄弟そろって微妙な顔つきで見られてしまった。
「シャル、さすがにクレイモス公爵家は高望みしすぎだろ」
呆れたように言うアームズ様に、ちょっとむっとして反論する。
「わからないですよ!私がエレメンタル・プリンセスになったらワンチャン・・・じゃない、可能性はあるかもしれませんよ!」
「シャル、まさかそんなことが目当てでエレメンタル・プリンセスを目指すのか?!」
生真面目なノルディスが、目を三角にして怒ってくる。
別に不純な動機でもなんでもいいじゃないの~。何で怒るのよぉ。
というか、そんな話じゃなくて。
「そもそも、私がたとえエレメンタル・プリンセスになったところでこんな子供が相手にしてもらえるわけないでしょ。よしよしとか頭撫でられて、完全に子ども扱いでしたよ」
「「頭撫でられたのか?!」」
お、なんか兄弟でハモった。
「はい。なんか、優しい顔して笑っておられましたよ」
そう言うと、なんか複雑そうな顔で2人とも黙り込んでしまった。
そして、アームズ様が一言。
「シャル、お前やっぱりエレメンタル・プリンセスは目指すな。どこまで行ってしまうのか心配になる」
「兄上に全面的に同意する」
・・・なれとかなるなとかややこしいなあ、全く。




