75.話を聞かない王子様(仮)
マリーアンジュ王女様のご学友、という言葉に私がひるんだと思ったのか。
カリーナ様はふふん、と勝ち誇ったように笑ってみせた。
でも、その瞳は少しほっとしているようにも見える。
別にカリーナ様と争いたいわけでもないので、黙っておくのが吉かな。
と、お付きの人がそわそわしながらカリーナ様に言った。
「お嬢様、そろそろお時間ですが・・・」
「あら!そうね」
カリーナ様は私たちの方を横目で見ながら、まるで聞かせたいかのように声高で言う。
「今日は王城でのお食事会に呼ばれているんですもの!早く行かなくちゃ」
そして、いそいそとお付きの人を連れて、店を出て行ってしまった。
ゲーム内でのシャルリアもあんな感じだったのかなあ?
ごく普通と言うか本当に突出したところのない平凡な少女として、描かれていたような気がしたけれど。
ただ、マリーアンジュ崇拝者だったのは間違いないから、当たらずとも遠からずってところなのかな。
「シャルリア様、お身体は大丈夫ですか?」
「え?ああ、うん。大丈夫よ。えっと・・・」
ナタリー様の問いかけにうなずいたあと、無言で立ったままの銀髪美人さんを見る。
怒ってはいないみたいだけど、無表情。
反応がなさ過ぎて、正直どうしていいのかわからない。
と、その時だった。
「ヴァネッサ!無事か!」
不意に店の扉が開いたかと思うと、大声と共に1人の男性が入ってきた。
いや、男性・・・じゃないな。まだ少年だ。
その声の大きさと、なんというか醸し出す存在感で大人に見えたけど、その姿は紛れもなくまだ年若い。
しかも金髪に薄い青の瞳、真っ白な肌に見るからに上質な服が映えている。
胸元に飾られた金細工は、ゲーム内でゼファス様が作り出したような繊細で美しいものだ。
まるで絵の中から抜け出した王子様のような、その姿。
その彼はつかつかとこっちへ近づいてくると、銀髪美人をぎゅっと抱き寄せる。
「すまなかった。女性の園だからと遠慮したが、やはりそなたを離すのではなかった」
おおぅ、美男美女が寄り添うと絵になるなあ。
まあ、美男の心底心配したという表情に対し、美女が相変わらず無表情なのが若干気になるけど。
ぼけっとそんな風なことを考えていた私を、少年がそのアイスブルーの瞳でぎっとにらんだ。
「ヴァネッサを族長一族の娘と知ってのことか!彼女に何かあったら、ナシャーヴ族はもちろん、ハイゴッサムも黙ってはいないぞ!」
・・・なに?
言っている意味が分からなくて、瞬間混乱する。
ヴァネッサさん、が銀髪美人さんよね。彼女が族長一族の娘、ってことはやっぱりナシャーヴ族ってことで。
ハイゴッサムがなんで関係あるんだろ・・・。
というか、そもそもなんで私が怒られるの?
「あの、私別に何も・・・」
「嘘をつけ!彼女の選んでいたドレスを取り上げた上に、突き飛ばしたのだろう!」
・・・いや、それ私じゃないし。
「シャルリア様は・・・!」
「あの、こちらのお客様は・・・」
ナタリーさんと店の方が口々に言ってくれたが、「うるさい!身分をわきまえろ!」と一喝されるとどうしようもない。話を聞いてくれない。
身分を、ってこの人マジで王子様なんだろうか?
そういえば、マリーアンジュ王女様にはお兄さん、王太子様がいるんだっけ。
存在だけは知っているけれど、今はもちろんゲーム内ですら出てこなかったのでわからない。
金髪なのは一緒だけど、王女様と顔はあんまり似ていないようにも見える。
「名乗れ。逃れられると思うな」
私がずっと黙っていたからか王子様(仮)は、ふんっと鼻息荒く声高に言い放つ。
仕方ない。誤解はあるみたいだけど、逆らうことなど出来ないし。
「シャルリア・フロンターレと申します」
アムリータ様仕込みの、自分でも上出来だと思うカーテシーで挨拶する。
「フロンターレ・・・知らんな。物知らずの田舎貴族が、王都で調子に乗って他国の姫にケンカを売るとはな。身の程知らずめが」
田舎貴族は否定しないけど、調子にも乗ってないし、ケンカも売ってない。
困ったな、と思っているとようやく事態を把握したのか、ヴァネッサさんが私と王子様(仮)をしきりに見比べ始め、彼女の言語らしい言葉で話し始めた。
途端に王子様(仮)は、とろけるような笑顔になり、彼女を優しく見つめてそっと手を取る。
「大丈夫、心配しなくてもいい。私に任せてくれ。必ずこの女を処罰するから」
彼女、そんなこと言ってない気がしますが。
この人、私たちだけじゃなく大事な人の話すら聞かないの?!
そこへ再び店の扉が開き、さっき出て行ったヴァネッサさんのお付きの人が慌てた様子で入ってきた。はあはあと息を切らしている。
「エ、ドワルド様・・・」
「イダ、今頃ついたのか。もう相手も把握した、帰るぞ」
イダと呼ばれたお付きの人は、店内を見回して不思議そうな顔をする。
そうだよね。カリーナ様居ないものね。
エドワルド様とやらは冷たい顔でこちらを見て「改めて沙汰を出す」と言うなり、ヴァネッサさんの肩を抱いてさっさと店を出て行こうとした。
「रुको!」
ヴァネッサさんが急に何かを言ったかと思うと、肩に置かれていた手を振り払う。
その後はイダさんに向かって、一生懸命話をしているようだ。
振り払われたエドワルド様は、ぽかんとして手を宙に浮かせたままだ。
イダさんはうなずくと、エドワルド様に向かって言った。
「姫様も言っておられますが、そこにいらっしゃる方は関係ありません。姫様を突き飛ばしたのは別の方です」
「・・・なんだと?」
「その方はすでに店を出て行っているそうです」
このお付きの人が通訳も兼ねているのか。
エドワルド様は「チッ」と盛大に舌打ちすると、私の方を向いて不機嫌な顔で言う。
「ヴァネッサを突き飛ばした女は誰だ。どこへ行った」
「・・・さあ。存じ上げません」
私の答えに店の人が少し驚いた顔になったのがわかったが、何も言わないでいてくれる。
この人に、カリーナ様の名前は言いたくない。何が起こるか想像がつくから。
「使えないやつだな・・・もういい」
エドワルド様は再度ヴァネッサさんの肩を抱くと、スタスタと勢いよく店を出て行った。
ヴァネッサさんは困ったように眉を下げてこちらをチラチラ見てたけど、どうしようもない様子。
イダさんもそれに続いて出て行ってしまい、店内には私とナタリーさんと店の人の3人が残された。
「シャルリア様・・・!」
ナタリーさんがすごく怒ったような表情で言う。
「私、すぐに王城へ行って侯爵様に申し上げてきます!この店でしばらくお待ちいただけますか?」
「ええ?!でも、侯爵様めちゃくちゃ今忙しいんじゃないの?こんなつまらないことで・・・」
「つまらなくなんかありません!」
物凄い勢いで怒られた。
「あの方は、シャルリア様を誤解して罵倒した挙句、謝罪もせずに行かれました。たとえ、相手がハイゴッサムの王子とはいえ許されることではありません!」
「え、あの人ハイゴッサムの王子なの?道理で偉そうだと思ったよ」
「感心している場合ですか!」
また怒られた。
「どういうことが起こったのかを明確にしたうえで、侯爵様の指示を仰ぎましょう。ロング伯爵家にも知らせる必要があると思いますが、そのあたりもお聞きしないと」
「え、でもそれじゃあカリーナ様がやばくなるんじゃないの?」
ナタリーさんは呆れたような顔で私を見る。
「他人のことを考えてどうするんですか・・・!」
いやいや・・・だって、カリーナ様だって彼女がナシャーヴ族の姫だって知ってたらあんなことはしないでしょ。知らなかったから仕方ないよ。
いや、仕方ないで済ませられないってのはわかってるけど、さ。
結局、ナタリーさんは王城へと向かってしまった。
1人で貴族街をうろうろしたかったけど、さっきの人たちにまた会うとややこしくなりそうだったので、このお店で待たせてもらうことにした。
店の人(どうやら店長さんらしい)が近くの飲食店から、サンドイッチとフレッシュジュースのセットを取り寄せてくれた。
「お嬢様のお口に合うか・・・」なんて言われたけど、お腹が空いていたのもあってめちゃくちゃ美味しい!
食事代を払うって言ったんだけど、迷惑をかけたからと受け取ってはもらえなかった。
ちなみに、さっきのパレオに使った布代もいらないと言われた。
「本来なら私が止めなければいけなかったのに申し訳ありませんでした」と何度も謝られてしまった。
なので、さっき途中だったパレオ風の布の巻き方をレクチャーしておいた。
役に立つのかわからないけど、店長さんはデザイナーでもあるらしく、新しいデザインに生かせそうです!と喜んでくれたのでまあよしとしよう。
お腹もいっぱいになって、ドレスを色々見せてもらいながら最近の王都の流行の話などを聞く。
やっぱり、マリーアンジュ王女様の社交界プレデビューは話題になっているらしく、本格的なデビュー時にはどこのどんなドレスをお召しになるのかと水面下で熱い戦いが始まっているらしい。
「うちみたいな小さい店には関係ありませんが」と苦笑する店長さんだったけど、ここのデザインはマリーアンジュ様に似合いそうなキュートなドレスだけじゃなく、ちょっと大人っぽいデザインのドレスも置いてあって幅広い。
デイジー様のドレスは、ここへお願いするのもいいんじゃないだろうか。
店名は・・・ドレスアトリエ『ソレイユ』か。覚えておいて、アムリータ様に打診してみよう。
そんな風に時間をつぶしているうちに、馬車の止まる音が聞こえた。
ほどなくして店内に入って来たのは、ハーディエンス侯爵様とナタリーさん、それから見覚えのない青年とそのお付きの人だった。
「シャルリア嬢」
ハーディエンス侯爵様から名前を呼ばれたので、立ち上がって迎える。
いつもと変わらない冷静な感じに見えるけど・・・なんとなく、心配そうな顔をしておられる気がする。
「ナタリーから聞いた。・・・大変だったな」
侯爵様にはお説教されるかと思ったけれど、最初に言われたのはねぎらいの言葉だった。
「いえ。お忙しいのに、わざわざご足労戴きましてすみません」
頭を下げると、「子供がそんなことは気にしなくていい」と大きな手でその頭を撫でられてしまった。
「ケガはないか」
「はい」
「打撲は翌日に症状が出ることも多い。注意しておきなさい」
「はい、ありがとうございます」
やっぱり心配してくれているんだ。ノルディスと一緒で顔には出ないけど、侯爵様がとても優しい人だというのはこの1か月近くですっかり理解していた。
そんな会話をしていたら、横から侯爵様と一緒に店へと入って来られた青年が一歩前へと進みだした。
その人に向かい、侯爵様は私を手のひらで指し示した。
「私の遠縁の娘になります。シャルリア・フロンターレでございます」
・・・ん?
その話し方にふと違和感を覚える。
フランズベルト国内では、貴族の位で言えば最上位グループにいるのがハーディエンス侯爵様。
その侯爵様がこれだけ丁寧な話し方をするということは、つまり。
「シャルリア嬢、この御方はアデルフェル・クレイモス公爵閣下であらせられる。この度の件で、そなたと直接話がしたいとのことで足をお運びくださった」
やっぱり!超高位貴族の方が現れたよ?!




