74.ナシャーヴ族の少女
声がしたのは、どうやら店の奥の方かららしい。
こういう時はあわてず騒がず自分の用を済ませるのがいいんだけど、別に特に欲しいものがあって来たわけでもないので、ちょっとそっちへ近寄ってみることにした。
いや、だって気になるもの!
「私を誰だと~」なんて、どこの悪役令嬢よ!テンプレ過ぎない?
相手は平民ヒロインだったりして?そんなキャラはいなかったけど、この世界はゲームとは違うこともいっぱいあるんだし、いてもおかしくないよね。
物見高いとか野次馬根性とか、まあ、そういうことなんだけどね!
「シャルリア様」
戸惑ったような小声のナタリーさんに、「見るだけ!ちょっと見るだけだから!」と返して、ドレスの海の中をすり抜けつつ奥を覗き込む。
あれかな?
店の一番奥、ドレスを広げて見られるように一段高くなって絨毯敷きになっている場所がある。
その前に立っているのが、数人。
・・・わぁ、あれは・・・!
真っ先に目についたのは、フランズベルト王国では珍しい褐色肌の美少女だった。
切れ長のヘーゼル色の瞳。怖いぐらい整っているその顔は、不機嫌そうに眉を寄せている。
サラサラの長い銀髪が腰まで伸びていて、その褐色の肌にとてもよく映えている。
そして、なんと表現したらいいのだろう。
砂漠のオアシスにある宮殿に住む王女様がいたら、こんな感じだろうか。
水着に長いパレオがついたような、そう、有名RPGの「おどりこのふく」に似た露出の多い恰好をしている。
スタイルがいいから嫌でも目が惹きつけられるが、その立ち姿は気品があって全然いやらしさを感じない。どこか高貴な人の雰囲気がある。
多分、彼女はナシャーヴ連合の人だ。ナシャーヴ族の特徴は、褐色肌なのだから。
それと、その服装。踊り子のようなその服は、おそらくナシャーヴの民族衣装だ。
ナシャーヴはサバンナのように広い草原が広がっていて、昼間の温度が高い。
男性は騎馬服を着ていることが多いようだが、居住地を移動するときにしか馬に乗らない女性は、このような肌をさらした格好をしているのだ。
横に立っているのは、その彼女のお付きの人だろうか?褐色肌だけど、服装はフランズベルト王国で普通に見かけるワンピースだ。ナタリーさんぐらいの年頃だと思う。
そして、その2人に相対するように立って居るのが・・・あ、カリーナ様だ。
園遊会で出会った、マリーアンジュ王女様の取り巻きその3だわ。
ゲーム内のシャルリアと同じ立ち位置と思われる、伯爵令嬢だ。
・・・ものすごい顔を真っ赤にして、怒った顔をしてるな・・・。
ってことは、さっきの声の主はカリーナ様か。
せっかく本物の悪役令嬢に会えるのかと思って期待してただけに、ちょっとがっかり。
その横のいかにもメイドな人は、カリーナ様のお付きなんだろう。可愛そうに、めちゃくちゃおろおろしまくってるよ。
もう1人は店の人かな。真っ青な顔色で、対峙している4人の間に立ってる。
店内には数人のお客さんがいたけれど、皆関わり合いを恐れたのかさっさと出て行ってしまった。
どうやら、諍いに無関係な人間は私とナタリー様だけになってしまったようだ。
ナタリーさんに無言で袖を引かれたが、両手で拝むと呆れたような顔でため息をつかれた。
申し訳ないとは思うけど、なんか嫌な予感がするんだよ。
園遊会で会ったカリーナ様は、おどおどとしたあまりぱっとしないご令嬢で、こんな店の中で大声をあげて相手を責めるような人ではなかったように思う。
イザベラ様達と一緒ならともかく、今日はどうやら1人っぽいしね。
なのに、一体何があったのだろう?
「ロ、ロング伯爵令嬢様・・・その・・・」
店の人が恐る恐るカリーナ様に声をかける。
カリーナ様はキッとその人をにらみつけ、また大声を上げた。
「あなたも私じゃ似合わないって言うの?!」
「い、いえ、そうではなくてですね・・・この方が最初にご覧になってたので、お待ちくださいと申し上げただけでして・・・」
「その目よ!その目がそう言ってるのよ!あなたもだし、この人たちもよ!」
そんな無茶な。
思わず心の中だけでツッコむ。
「そんな・・・」
店の人も唖然とするしかないよね。
そんなやり取りをムッとした表情をしつつも冷静に見ていたナシャーヴ出身らしきお付きの人が、銀髪美人さんに声をかける。知らない言葉だ。
銀髪美人さんは仕方ないわね、という顔つきで髪をかき上げ、くるっとカリーナ様たちに背を向けた。
そのしぐさもめちゃめちゃ様になっているというか、まるで女優さんのようだ。
ただ、それがカリーナ様の癪に障ったのだろう。
「何よ、逃げる気?!」と言うなり、ぐいっと彼女の手首をつかんで引っ張ったのだ。
いや、引っ張ろうとした。
だけど銀髪美人さんが一瞬先に手を引いたせいか、勢い余ってそのまま体ごとぶつかる形になってしまった。
ドタン、という人が倒れる大きな音。
ガチャガチャっというドレスを吊ったハンガーが揺れる音。
そして。
「危ない!」
ドレスが飾られたトルソーが、横たわっている銀髪美人さんとカリーナ様の上に倒れそうになっている・・・!
咄嗟にそのトルソーを止めようとして飛び出して・・・捕まえた!
ここで、ちゃんとトルソーを支えることが出来たらかっこよかったんだけどね。
残念ながら私はチートなメインヒロインではなく、モブに近いサブヒロインだ。
すでにかなり傾いていたトルソーを支えることなど無理で、トルソーに抱き着いた状態でひっくり返ってしまった。
「シャルリア様!」
慌ててナタリー様が飛んでくる。
幸いだったのはひっくり返った方向は倒れていた2人とは反対の方向で、トルソーの下敷きになったのは私1人だったってことだ。
「い、た、たた・・・」
「राजकुमारी!」
「カリーナ様!」
「お客様!」
「シャルリア様!大丈夫ですか!」
誰が誰やらわからないぐらい声が飛び交う。
とりあえず顔の上に合ったトルソーがドレスごと取っ払われると、決死の表情をしたナタリーさんがいた。
幸いにもトルソーは軽く、かけてあったドレスはすこしボリュームがあったけど、所詮ドレス。大した重さではなかった。
むくっと体を起こすと、私の横を走って出ていく人影。
あ、銀髪美人さんのお付きの人か。誰か呼びに行ったのかな。
ナタリーさんに手を差し出されて、その手を借りて立ち上がる。
「痛いところはないですか?」
「うん、多分」
「多分、って・・・」
困ったような声で言われたが、仕方ない。多分どこか確実にぶつけてるし、明日あたり青あざが出来ていてもおかしくはない。
だけど、今はそれよりもだ。
カリーナ様と銀髪美人さんの方を見ると、カリーナ様はお付きの人に立たせてもらってドレスの埃をはたいてもらっている。
少し、呆然としたような表情だ。さぞかしびっくりしたことだろう。
店員さんは倒れた状態から体を起こした銀髪美人さんの前で、おろおろしているようだ。
ひょっとして、言葉が通じないんだろうか。
私はその2人に近寄って、銀髪美人さんに手を差し出した。
「立てますか?」
なるべくゆっくり発音しながら声をかける。
銀髪美人さんは私の顔をじっと見た後、無言で手を取って立ち上がった。
ケガしてないかな、とざっと全身を見回すと、下半身を覆っていた薄い布が少し裂けていることに気づいた。
「あ・・・ちょっとこれは、目の毒だなあ」
さすがにこの格好で外を歩くのは目立つだろうから、店員さんに声をかける。
「こういった薄い布ありませんか?お金は後で払います」
「は、はい!」
店員さんは返事をして奥へ引っ込むと、1枚の薄い布を持って出てきた。
お、シルクかなあ。さわっとして手触りのいい布だ。白っぽいベージュのような色だけど、光沢もあって彼女には似合いそうだ。
「これ、巻いときましょう」
身振り手振りをしながら、銀髪美人さんに腰に巻くように説明する。
言いたいことは伝わったようだけど、どうすればいいのかわからないみたいなので手を出す。
巻きスカートの要領でパレオ風に腰に巻いて、ひだを作って寄せる。それを破れていない側でしっかり結ぶ。
「まあ・・・不思議、1枚の布がこんな風に・・・」
思わずといった感じで店員さんが言葉を漏らす。
「簡単ですよ。ここの端っこから・・・」
褒められていい気になって、説明しかけた時だった。
「あなた、園遊会の時の・・・」
こちらのやりとりなんて気にしていない風だったカリーナ様に声をかけられた。
仕方ないので、挨拶をしておこう。
「はい、カリーナ様。ご機嫌うるわしゅう」
「うるわしくなんかないわよ!なんなの、あなた、急に!」
あ、怒られた。
「いや、単なる通りすがりなんで気にしないでください」
言いつつも、銀髪美人さんの様子をうかがう。
「歩けます?」
歩くジェスチャーをすると、少しその場で数歩歩いてみた後で、彼女はうなずいてくれた。
よかった、これでどうにか家か宿泊場所かぐらいまでは帰れるだろう。
「こんな美人が裂けた服で歩いてたら、王都民には目の保養を通り越して目の毒ですから!」
うふふ、と笑うとナタリーさんが「それは確かに」と同意してくれた。
と、そこへ空気を読まないカリーナ様のお声。
「なによ!そんな・・・お、男の方をたぶらかすような恰好をしている方が悪いんでしょ!」
自分が責められたとでも思ってるのだろうか。
確かにカリーナ様にも原因はあるけど、おそらく不注意から起きた事故的なものだからそこまで自己防衛しなくてもいいのにな。
銀髪美人さんは私とカリーナ様を見比べていたが、やはり言葉が理解できないようだ。
だけど、カリーナ様が自分に対して嫌な言い方をしたのはわかったのだろう。その綺麗なヘーゼルの瞳をぎゅっと細める。
これは、ちゃんと説明した方がいいかな。
「カリーナ様、これはナシャーヴ族の民族衣装ですよ」
「ナシャー・・・え?」
そうか、知らないんだ。学院で習うことだから、まだ知らなくても無理ないか。
「だから、こういう格好で当たり前の国があるということです。別に男の人をたぶらかすとか、そういう意味は全くないと思いますよ」
カリーナ様は最初私の言葉が理解しにくかったようでぽかんとしていたけれど、「そんなの・・・そんなの知らないわよ!」とまた顔を赤くして声を張り上げた。
「そうですね、ハーディエンス学院に入学した後で習うと思います」
当たり前の反応だなあと思ってうなずいたのが、どうやら悪かったらしい。
「何よあなた、私をバカにするの?!」
「え?いや、バカになんか全然してないですけど」
「私を誰だと思ってるの?!私は、ロング伯爵令嬢よ!マリーアンジュ王女様のご学友なんだから!」
・・・あー、それか。
そうか・・・。
一気に事情が理解できて、ちょっと気持ちが重くなる。
カリーナ様は、シャルリアの立ち位置だ。
『エレプリ』の中のシャルリアは、あまり知り合いのいない状況で一気に「マリーアンジュ王女のご学友」という立場を手に入れた。
勉強も嫌いだったから無知だったし自分が無知であることも知らなくて、学院では劣等生。
それでも王女の親友であるということがシャルリアにとっては唯一のアイデンティティだったのかもしれない。
実際に、学院の卒業前にマリーアンジュ王女がエレメンタル・プリンセスに選ばれた時だって、悔しいとか羨ましいとかそういう表現はなかったのだ。
ゲームオーバーの画面を見ながら、「またこのエンドだよ!!!」と嘆いていたのはあくまでもプレイヤーである理亜であり、シャルリアは親友がエレメンタル・プリンセスになったことを心から祝福するのだ。
今のカリーナ様も、きっとそうなんだ。
マリーアンジュ王女の権威を笠にかけて、まるで自分が選ばれし存在になったかのような気分なのだろう。
選ばれし存在なのではなく、ただの引き立て役。
それに気づくのはいつになるのだろう。いや、気づいているのかもしれない。
「私を誰だと思っているのよ」という言葉は、劣等感の裏返しなのかもしれない。
「シャルリア」の役割が他人に渡ってしまったのは、前世の記憶を取り戻してしまったことの弊害なのだろうか・・・。
明日は日曜日なので投稿お休みします。
また月曜日から再開しますので、よろしくお願いします。




