72.エレメンタル・プリンセスの必要性
この世界が・・・滅びる?
え、そんなことあるの?
火の精霊様の言葉とはいえすぐに信じられなくて、私はシマを見る。
シマは困ったようにうつむいていたけれど、私の視線を感じたのかその姿勢のままで答えた。
「ボクはよくわからないんだ。ボクが生まれた時に精霊王様に会ったのは事実なんだけど、その後はずっと『土、水、火の』3人が面倒を見てくれていたから」
「先代の『風の』からなかなか次の子が生まれなくて」
自信なさげなシマに火の精霊様が言葉を続ける。
「この子を生み出すだけで精霊王様が力を使い果たしてしまわれた。出来るだけ早く力を取り戻してもらうには、エレメンタル・プリンセスの存在が必要だわ」
・・・そういえば、『エレプリ』の話もそんな始まり方をしたんじゃなかったっけ。
長く平和な状態が続いてきたフランズベルト王国やその周辺国も、精霊王様の力が弱まることにより、魔の国との境を隔てる結界が弱まりつつあった。
辺境にはぐれ魔獣などがたびたび出没するようになり、それに危機感を抱いた王都の中枢部はハーディエンス学院におけるエレメンタル・プリンセスの選定を急ぐよう内々に通達する。
今まではエレメンタル・プリンセスは自然に発生するものと思われていたんだけど、学院内で優劣を競ってより優秀なものが皆の目に留まるようになった。
なぜならエレメンタル・プリンセスになるためには自身の精霊力を高めるだけでなく、他者からの憧れや尊敬、好意といったプラスの感情を身に受ける必要があるからだ。
それの最たる例が精霊使徒からの愛情、すなわち攻略対象を「落とす」わけだ。
「エレメンタル・プリンセスは、あと4年以内には出現すると思いますけど・・・」
『エレプリ』には、3年間という時間制限がある。学院生活を送る3年のうちにエレメンタル・プリンセスとなる必要条件を満たす必要があるのだ。
だけど、マリーアンジュルートの場合はおよそ1年ほどでそれを達成した。
元から高かったステータスと、何をしなくとも上がっていく攻略対象との親密度。
年間を通じてのイベントをこなすだけで、あっという間だった。
それに対し、シャルリアルートは3年かけてその条件が満たされないと、卒業直前にマリーアンジュがエレメンタル・プリンセスに選ばれる。
どっちにしろ、「エレメンタル・プリンセスが選ばれない」ということはないのだ。
「それよ。あなた、何を知っているの?」
「シャル、君の『前世』の話を、『火の』にも教えてほしいんだ」
どうやら、火の精霊様の一番の目的はそのことらしい。
もちろん教えることに異存はないので、シマに話したことより少し詳しく『エレプリ』の内容について話をすることにした。
話を聞き終わった火の精霊様は、その可愛らしい眉をぎゅっとひそめて腕組みする。
「つまり、あなたがいた世界には「自分で作るお話」のような遊びがあった。あなたが遊んでいたお話の舞台がこの世界で、そこであなたとマリーアンジュがエレメンタル・プリンセスを目指していたということね」
ざっくりいえばそうなるだろう。私は黙ってうなずいた。
「そして、あなたとマリーアンジュが学院を卒業する前には、そのどちらかがエレメンタル・プリンセスになるのは確定だった、と」
「私・・・シャルリアがエレメンタル・プリンセスになれたことはなかったですけどね」
「マリーアンジュ相手じゃ難しいでしょうね」
言い切られて、驚いて火の精霊様を見る。
彼女は眉間にしわを寄せたまま、頭の中を整理するように言葉を紡ぐ。
「マリーアンジュは特別だわ。私たち精霊の加護ではなく、『精霊王の加護』を受けている。いわば、私たちと同じぐらい精霊王様に近い存在なのよ」
「えええ?!」
ガチでチートな話だった!そりゃ勝てるわけないよ!
「だけど・・・今はその『精霊王の加護』自体が弱まってしまっている。おそらく彼女は、本来の力を発揮できていないはず」
そうか、精霊王様の力が弱まっているから、相乗効果でマリーアンジュの力も弱まるのか。
え、それってちょっとまずくない?
エレメンタル・プリンセスの出現はなるべく早い方がいいよね?
「何か方法はないのですか?」
聞くと、今度はシマが答えてくれた。
「ボクたちが精霊使徒を選定して、強い『循環』が始まれば彼らとの絆が深い者には力がたまるはずだ」
「ああ、それなら大丈夫・・・なのかな・・・」
マリーアンジュ王女を一目見た者は、彼女の虜になる。
それがあのゲームでのお約束だったから、問題ない。
精霊使徒たち、つまりは攻略対象者たちとの深い絆なんて速攻で出来るに違いない。
ただ、気になるのはノルディスのことだ。
本来なら、彼はマリーアンジュ王女に一目ぼれするはずだ。
なのに、あの園遊会での彼にはそんな様子は全くなかった。実際スチルのような光景も見なかったし、隠しているわけでもないと思う。
マリーアンジュ王女の力が弱まっている、というのはそういう部分にも影響が出てくるのだろうか。
でもゼファス様に関しては、ちゃんとスチル通りだったしな・・・。
「とにかく」
考えていたことを、火の精霊様の一言が遮る。
「あなたの言葉で、少し希望が持てたわ。ありがとう」
「そう言っていただけて嬉しいです」
「それから」
そう言葉を続けたものの、その先を言うのにためらっているような様子。
ん?と首をかしげると、火の精霊様はまたぷいっと横を向いた。
「し、仕方ないからアタシの加護もあなたに与えるわ!それぐらいの余裕はあるから」
え、ほんとに?!火のエレメンタルの加護をもらえたら、攻撃魔術が得意になれるかも。
「いいんですか?」
「別にあなたが気に入ったとかそういうのじゃないわよ、この世界のためなんだから!」
うわ、火の精霊様、絵に描いたようなツンデレだ!めちゃくちゃ可愛いんですけど!
「はい、もちろん!エレメンタル・プリンセスになれるよう頑張ります!」
そう宣言すると、火の精霊様はそっぽを向いていた顔を元に戻して「ほんとに頑張りなさいよ」と小さく言ってくれた。
「じゃあさ、『火の』もシャルに名前をつけてもらいなよ!」
突然、シマがそんなことを言いだした。
いやいや、さすがにそれは無理でしょ。
「シマ、私はあなたが小鳥さんだって思ったから名前つけたのよ?火の精霊様に、そんなこと・・・」
「悪くないわね」
「え?」
なぜかふふんと得意げに笑いながら、火の精霊様が言う。
「アタシに名前を付けても構わなくてよ。相応しい名前にしてよね」
ええー・・・ちょっと自信ないんだけど・・・。
名づけセンスが自分にないのはわかり切っているので、断りたかったものの。
なんだかちょっと期待しているらしい火の精霊様に、そういうわけにもいかず。
ちょっと機嫌よさそうに、鼻歌なんか歌っている火の精霊様を見ながら、うーんと頭を悩ませる。
火・・・火の精霊かあ。ファイア、とか。そりゃダメか。
でも火はファイアだよねえ。それ以外に全く思いつかない。
じゃあ、別の表現として・・・炎、炎・・・えん、エンジュ、とか?
エンジュ、つまり天使。悪くないんじゃない?
あーでも、マリーアンジュに似てるからイマイチかな。ややこしいよね。
炎って英語でなんて言うんだっけ?フレイム?
フレイム、もちょっと座りが悪いよね。それならばフレアの方がいいかな。
・・・フレア。結構女の子の名前としては、ポピュラーじゃない?
「じゃあ、『フレア』でどうでしょうか?」
「フレア?あんたが唱えてた呪文よね。炎が立ち上って爆発してたわ」
「見えてたんですか?」
「見えてないわよ。イメージとして伝わってくるのよ、こういう形で力を使いたいって」
なるほど、精霊様にはそうやって自分の思いが伝わるのか。
私の頭の中にはゲームの1シーンが浮かんでいたけれど、それと同じような絵が伝わったってことでいいのかな。
「私が前にいた世界では、炎とか火の最大級の魔術をそう呼んでいたんです」
とあるゲーム内では、という注釈がつくけど。
その説明にシマも火の精霊様も不思議そうに首をかしげる。
「シャルの前世では、魔術はなかったんでしょ?」
シマの質問に、そういえばそうだなと私も一緒になって首をかしげてしまう。
「なかったんだけどね。でも、お話の中では普通に魔術は存在していたのよ」
「ふうん、面白いね」
シマが感心したようにつぶやいた。
「フレア。フレア・・・ね。ふん、まあ、悪くないわ」
口の中でフレア、と何回か繰り返していた火の精霊様はどうやら付けた名前を気に入ってくれたようで、そう満足そうに言った。
「よかった、じゃあこれからはフレア様と呼ばせてもらいますね」
「それよ」
・・・どれ?
「そうやって、畏まらなくてもいいわ。アタシがあなたに加護を与えると決めたのよ、あなたはアタシと親しくする権利があるわ」
・・・そうなの?親しくする権利なの?
「だから、これからはフレアと呼びなさい。それに、『風の』・・・じゃない、シマに話すように親しく話しても構わないから」
本当に親しく話してもいいんだろうか?
思わずシマを見ると、シマは軽く肩をすくめてみせた。
なんとなくだけど、そうしないと納得しない性格っぽいしなあ。
「じゃあ、フレア。これからどうぞよろしくね」
私が手を差し出すと、火の精霊様・・・フレアは、ニッコリ笑ってその手を握った。
「ええ。アタシがついてるんだから、絶対エレメンタル・プリンセスになりなさいよ!」
「はあ、まあ、頑張ります」
「弱気な顔見せないでよね!」
いやまあ、努力はするけどね。
なんだか気の強い妹?姉?が急に出来たようで、嬉しいような怖いようなデス。




