70.魔術訓練
ハーディエンス侯爵家の裏庭には、剣術や魔術の練習場がある。
アームズ様が休日に訓練していたり、護衛の皆さんが訓練していたり、毎日どうしてもデスクワーク中心になっているハーディエンス侯爵様が身体を動かしていることもあるらしい。
その練習場の一角で、いよいよ魔術訓練が始まろうとしていた。
「では吸って・・・吐いて・・・呼吸を整えながら、自分の中にある魔力を感じて」
瞑想のように目をつむり、ただただ自分の体内に集中する。
暖かいような冷たいような、液体のような固まりのようなものが動く。
それを細く長く広げながら体中に染み渡らせて、血液にのせて毛細血管の先にまで運んでいくイメージで。
「これ、は」
モーリス先生の驚いたような声に、ふと目を開ける。
・・・なんか私の手、発光している?
うっすら金のオーラが体中にまとわりついているのがわかる。
これが魔力、精霊力。
今までも経験していたことなので、驚きはない。
シマと『循環』した時にも見ているし、昨日ラルフィード様を取り巻くオーラだって見た。
ふと見ると、ノルディスも金のオーラに囲まれている。
量的には同じぐらいかな?少し、ノルディスの色の方が濃いかも。
「いや、驚きました」
モーリス先生は、何度も大きくうなずいた。
「ノルディス様は土のエレメンタルの加護が強いご家系にお生まれなので、ある程度は予測しておりました。かなり大きな土の加護を受けておられるようで、強い魔力を感じます」
ノルディスは自分の手のひらをゆっくり開いたり閉じたりしながら、力を感じているようだ。
「そして、シャルリア殿」
モーリス先生はモノクルの眼鏡をかけ直し、しげしげと私を見る。
「思っていた以上に素晴らしいお力ですな。火、水、風、土、それぞれの加護があるように見受けられます。しかも珍しいことに、風の加護が強めなのですな」
それは多分、シマの影響だね。
シマが力を取り戻せるように『循環』出来るために、いろいろ頑張ったもの。
ハーディエンス家でも、パウンドケーキ作っちゃったし。
風の精霊そのものと何度も『循環』してるんだもの、そりゃ風の加護ぐらいはシマもくれるだろうなあとは思う。
モーリス先生はうんうんと満足げにうなずくと、私たちを見比べつつ言った。
「お2人とも魔力調整の基礎は出来ているようなので、すぐに魔術詠唱に入りましょうか」
「魔術詠唱、ですか」
なんだろうそれ。確か前はファイア、の一言で魔術は発動したように思ったんだけど。
ノルディスを見ると、彼もわからないようで首をかしげている。
そんな私たち2人に、モーリス先生が説明してくれた。
使いたい魔術の種類、たとえば攻撃魔術とか治癒魔術とか。
そういうのに応じて、対応する精霊に祈りをささげる必要があるのだという。
この内容は気持ちさえこもっていればいいようで、別に長ったらしい呪文を唱える必要はない様子。
発動したい魔術の内容を具体的に思い浮かべて、精霊にお願いする。
その時に魔術効果の発動タイミングを計るために、短く詠唱をするというのが主流らしい。
「我焦がれ、誘うは焦熱への儀式・・・」とかそんな風に唱えてみたい気もしたけど、実際はあまり長々と時間をかけないのが普通で「ファイア!(の効果を発動したいから精霊様お願いね!)」ぐらいの感じになるのだとか。
そうか。
弱ったシマを見つけた時に、治癒魔法の詠唱呪文がわからなかったからひたすら元気になれ~って願っていたけれど、あれもちゃんと効いていたのだろう。
ということは、これは癒しの呪文なんだ、と思い込んで「ケアル」と言えば癒しになるのかな。
「まずは、試しにあの的に向かってやってみられてはいかがかな」
モーリス先生の言葉にノルディスを見ると、お先にどうぞというように手で示された。
とりあえず、実践してみよう。
頭の中でゲームの1場面を思い浮かべる。
私のキャラが杖を持ち、火の魔物に対峙して氷の呪文をカーソルで選ぶ。
選んだその力を手のひらに集めて・・・。
「ブリザド!」
的に向けて差し出した手のひらから氷の塊のようなものが飛んで行き、的をバキバキっと凍らせる。
今度はそれを氷の魔物に見立てて、炎の呪文をカーソルで選ぶ。
ファイアじゃ弱いだろうな、ここは一発・・・。
「フレア!」
火柱が立ち上って的を包んだかと思うと、バンっと弾けるように爆発する。
・・・あっぶな!
離れてるからいいけど、この魔術ヤバいなあ。ここまで熱さが飛んできたよ。
でも、すごいなこれ!ゲーム内で見てきたエフェクトそのものだわ。
これなら色々組み合わせて、オリジナル魔法とか作れちゃったりして~!
うっきうきで振り返ると、ぽかんとした顔でノルディスとモーリス先生が突っ立っていた。
・・・これは、ひょっとして「やっちゃいましたか?」案件だろうか。
「なん・・・なのだ、それは」
しばらくフリーズしたように固まっていたノルディスが、ようやく声を振り絞るように出した。
「聞いたことのない詠唱呪文ですな・・・しかし驚くべき威力で・・・」
それにつられたようにモーリス先生も唖然としたままつぶやく。
「今のは、思い描いた通りの魔術が発動しましたか?」
先生に確認されたので、ちょっと考えてから答える。
「はい。私が本で読んで想像していた通りの魔術でした」
本当は前世でプレイしてきたRPGゲームで使ってた魔法なんだけどね。
「なんと・・・シャルリア殿の想像力は大したものですな」
今の魔術を思い出すようにモーリス先生が的を見つめながら言う。
そして、首をゆっくり振りながら言葉を続けた。
「騎士団の魔術部隊に実は所属しているとかおっしゃられても、不思議じゃないレベルの練度ですな。自身の想像を広げ、それを精霊様に伝え、具現化する力にかなり優れておられる」
「想像を広げ、伝え、具現化?」
ノルディスが聞くと、モーリス先生は手にしていた魔術書らしきものを開いてみせてくれた。
「魔術を発動するためには、まずはどういった効果の魔術にしたいのかをかなり具体的に考える必要があります。オーブンに火を入れるための小さな炎から、魔獣を焼き尽くすほどの大きな炎といった大きさや、その発動範囲。冷たくなるだけなのか、凍るのか。そよ風なのか、吹き飛ぶのか」
モーリス先生が的の方を見たので、私たちもつられて見る。
さすがに侯爵家の訓練用的だけあって、びくともしていない。
「そういった魔術を発動したいということを精霊様にお願いし、そのお力を借りる。これもまた精霊様に好かれていて、その加護が大きいものほど届きやすいと言われています」
シマのおかげってことかな?
でもシマって風の精霊よね?魔術の発動に関してはあまり関係ないような気もするけれど・・・。
いや、ゲーム内でどの攻略対象も多少の得意不得意はあったものの、そこそこ何でもできてたような気がする。
1つの精霊の強い加護を受けていたら、他の精霊の加護も受けやすいとかそういうことだろうか。
「実際、魔術が発動してもそれを具現化した上で制御する必要があるんですな」
モーリス先生の手のひらに、小さな炎の玉が生まれる。
「今、私がこうやって炎を生み出しましたが、私はこうやっていても熱くありません。しかし、魔術に慣れていない者には熱く感じてしまう場合もあります」
確かに、とノルディスがうなずいた。
「最初、私もそうだった。どうして炎を生み出した手の平が熱くないのだろうと思った瞬間に手の平が燃えるように熱くなり、火傷をしてしまった」
「え、大丈夫だったの?」
思わず聞くと、ノルディスは私を見て苦笑する。
「ああ。すぐに父上が治癒魔術をかけてくださったから平気だ。勝手にやっていたから、かなり叱られたが」
へえ、ノルディスも結構やんちゃなところがあるんだ。
ゲーム内では規則や常識に縛られた、融通の利かないやつだと思ってたけど、やっぱり実際はかなり違うものだなあ。
そうですな、とモーリス先生が言う。
「物事を深く考え、何故どうしてその現象が起こるのかといった理論的な方ほどそういったことに陥りやすいと言われます。逆に、そういうものなのだと割り切った理解をされる方の方が魔術は得意な傾向にあるらしいですじゃ」
あー・・・だから脳筋なラルフィード様は剣術だけじゃなく、攻撃魔術も得意なわけね。
あんまり深く考えずにやってそうだものなあ。
なるほど、とうなずいていると視線を感じる。
そっちを見ると、ノルディスと視線がぶつかって慌てて目をそらされた。
「・・・ノルディス。あなた今、『ああ、だから何も考えてないこいつはさぞかし魔術が得意なんだろうな』とか思ってたでしょ!!」
「まさにその通りのことを考えていた。よくわかったな」
クックッと肩を震わせながら笑うノルディスに、ぶーっとふくれっ面をしてみせる。
私も同じようなことを考えていたけど!ごめんなさい、ラルフィード様!
「ほっほっほ。なんにせよ、シャルリア殿はそういった段階を踏まえたうえできちんと魔術を高威力で発動できるという優れた力をお持ちじゃ。今でも十分学院レベルには達しておられるが・・・」
「いえ、先生!」
失礼ながらモーリス先生の言葉をさえぎって、私は宣言する。
「私、もっと魔術を勉強したいです!攻撃だけじゃなく、癒しやその他色々な魔術を教わりたいのでよろしくお願いします!」
同じようにノルディスも少し姿勢を正して、モーリス先生に言う。
「私も勉強したいです」
そしてなぜか私の方をちらりと見る。
「本で勉強しただけでは、わからないことがあるということがわかりました」
ノルディスの言葉に、モーリス先生は満足そうに何度もうなずいた。
「知らないということを知る」か。
それは大事なことだよね。
こうして、初めての魔術訓練を行った日の夜。
私は再び、不思議な夢を見ることになった。




