69.お説教大会の開催
アンドレア侯爵家から帰宅した後の夕食では、案の定お説教だらけだった。
アムリータ様には、お茶会の間の会話運びについて怒られた。
お茶会というのは単にお茶を飲んで話をする、というだけではなくて色々な意味がある。
同席する相手との交流はもちろんなのだけど、会話の端々からうかがえる情報を集めることであったり、あるいはこちらから情報を提供することによっての流行や噂の操作だったり。
なので同席した相手の中に特に親しくなりたい人がいたり、話をしたい方がおられたりしても表面上は皆に平等に話を振るのが大事なのだ。
「でもね、それはある意味リンナ様の役目でもあるから、あなたがそこまで考える必要もないのかもしれないけど」
アムリータ様が頬に手をあてて、ちょっと首をかしげる。
「本当は、ああやってあなたにばかり話しかけられた時は、他の人を巻き込む形でお返事するといいのだけれど・・・私が巻き込まれても困ったでしょうしねえ」
・・・そうですね。
川で上手に魚を捕まえる方法とか、新鮮な野菜の見分け方とかおばあちゃんの知恵袋か!的な話ばっかりしてましたからね。
「でも、デイジー様のドレスの話はよかったわね。私も気になっていたのよ」
そう、今日もデイジー様は園遊会の時と同じピンクのドレスを着ておられた。
絶対同じドレスを着てはいけないわけではないけれど、やはり同じ相手と会う場合はマナーとして違うドレスを着るのが普通だ。
ましてや、そのドレスはデイジー様にはあまり似合っていない。
デイジー様曰く、ドレスは現物を見もせずに注文したらしい。
園遊会に合わせてドレスを用意しなければいけなかったのだけど、リンナ様は最近の社交界の流行りに疎く、自分のセンスにも自信がなかったようでアンドレア侯爵様にお願いなさったのだとか。
で、はりきったアンドレア侯爵様が「王都で流行っている最高級のドレスを!」と注文して届いたのが、清楚で可愛らしい雰囲気のピンクのドレス。
王都で流行っていて、しかも最高級となれば誰の姿が思い浮かぶか?
当然、マリーアンジュ王女様だ。
小柄で可愛らしいタイプのマリーアンジュ王女様と、背が高くクールビューティなデイジー様とでは全然印象が違う。
誰もが「何かが違うな・・・」と一瞬思っただろうけど、王都で流行っていて最高級なのだからとあまり深く考えなかったらしい。
この脳筋一家め!ちゃんと疑問を持とうよ!!
なので、もうはっきりと指摘させてもらった。
そのドレスは似合わないから、違うのを用意した方がいいと。
デイジー様は最初ショックを受けていたようだけど、マリーアンジュ王女様をイメージして作られた流行りのドレスは、自分には似合わないだろうというのは納得された様子。
逆にマリーアンジュ王女様には似合わなくても、デイジー様ならばっちり着こなせるドレスがあるから!というと、信じられないとつぶやいていた。
なので、メイドさんから紙とペンを借りて、マーメイドラインのシンプルなドレスを描いてみせた。こういうのなら絶対似合うはずだからって。
目を輝かせながら、その拙いデザイン画を見つめるデイジー様とリンナ様。
アムリータ様も口添えしてくださり、来年の春の宴の夜会の時にデイジー様が着るドレスは、アムリータ様指導の下で1から作ってもらうことになった。
やはり、私たちの正式な社交界デビューの日だから、大事にしないとね。
トルドバール商会が大喜びするだろうな、これは。
リンナ様も自分の配慮が行き届かなかったことを謝りつつも、アムリータ様にお任せ出来たら間違いないとほっとされていた。
「ともかく、あなたの今日のお茶会の成績は30点ってとこかしら。姿勢とお茶の飲み方は美しく出来ていたと思うわ」
おお・・・辛口採点。
いや、むしろ30点もあったのが奇跡か。
はあ、と肩をおとす私を見つつ、「しかし母上」とノルディスが声をかけてくれる。
「アンドレア侯爵夫人はとても喜んでおられたし、そこまで・・・」
悪くないのでは、と言ってくれようとしたのだろうか。
ノルディスの言葉を片手を上げて止めたアムリータ様は、穏やかな笑みを浮かべて私を見つめられた。
「あくまでも、それは『お茶会に出席した貴族令嬢』としての点数よ。今日の、あなたの働きはそんなものじゃ到底評価できないわよね」
「え?」
「ありがとう、シャル。リンナ様の笑顔を取り戻してくれて。あの方を社交界へ取り戻してくれて」
アムリータ様は少し潤んだ目をそっとハンカチで押さえられた。
「私も、もっとリンナ様と本音で話をすればよかったわ。あの頃は侯爵家夫人であるという立場に気を取られて、自分だけでなくあの方にも『侯爵夫人とはこうあるべき』というものを押し付けてしまった」
震える声に、アムリータ様の深い後悔がうかがえる。
「今日、シャルがリンナ様のお好きなものや故郷の話などを笑顔で聞いているのを見て、思ったの。あの頃、こんな風に話しかけていれば何か変わったのかもしれないって」
「いや、それは違うだろう」
黙って話を聞いていたハーディエンス侯爵様が、不意にそう言われた。
今日は珍しく早めに家に戻られていたようで、私たちがお茶会から帰宅したころにはすでに家でくつろいでおられた。
なので、今日は久々に家族そろった夕食となっている。
そこに私と、この後アームズ様と一緒に学院の寮へ戻る予定のシェアト兄様も参加させてもらっている。
「あの頃はアンドレア侯爵夫人だけでなく、君もまだ王都の社交界には慣れていなかった。そんな中でそういった鄙びた会話しか出来なかったら、田舎者がと蔑まれていたに違いない」
ええー、王都の社交界こわっ!
私なんか絶対田舎者扱いされるわ・・・田舎者だけど。
思わず想像して身震いしていると、アムリータ様が「そうですわね・・・」と少ししょんぼりとしてつぶやかれた。
しかし、と侯爵様は手元のグラスに入っているワインをくるりと回しながら続けられた。
「時がたてばワインが熟成するように、人も立場も変わっていく。今の君ならアンドレア侯爵夫人が社交界へ復帰されたとしても、きちんとお守りしてフォローできるだろう」
侯爵様は顔を上げて執事さんに目で合図すると、うやうやしく1本のワインが持ってこられた。
そのエチケットには見覚えがある。うちの領地のワインだ、これ。
コルクはすでに抜かれており、デキャンタされたワインがグラスに注がれると、花と果実の濃厚な香りが、部屋中に広がる。
「今日、エルド殿から届いた15年物のだ。ちょうどあの頃になるな」
普段はあまり飲まれないアムリータ様のグラスにもそのワインは注がれて、彼女はじっとそのガーネットのような赤い色を見つめられる。
「時間が必要だったと、そういうことなのですね・・・」
若くて渋かったワインが、ふくよかでまろみのある味に変化していくように。
時が過ぎていかないとわからないことも、多々あるのだろう。
そういう意味では、前世と足すとすでに目の前のハーディエンス侯爵夫妻とほぼ同じぐらい歳を重ねていることになる私はこれでいいのかって話になるわけだけど。
まあ、その辺りは誰も知らないことなので大目に見てほしい。
「それで、だ。シャルリア嬢」
ハーディエンス侯爵様は私に顔を向け、軽く机の上で両手を組まれる。
そして、笑顔。全然目が笑ってない笑顔。
「私に王城の広間からの抜け道を聞いておく、と言ったそうだね・・・?私がそのような国家機密を知っているとでも?」
あ・・・圧迫面接かな?
前世での嫌な記憶がよみがえり、思わず視線を逸らす。
「え、いや、だって絶対そういうのってあるだろうなって思って・・・で、絶対にハーディエンス侯爵様なら知っておられそうだったから・・・」
「ほう。確信はなかった、と?」
「ないです」
言い切った私に、はあ、と返ってくるため息。
侯爵様はノルディスと似たしぐさで眼鏡を直すと、お説教が始まった。
いわく、王城には秘密の通路というものはもちろんあるが、それは王族がいざという時に使うものであり、そもそも通路の存在自体が機密事項だということ。
それをいかにも「存在し」「ハーディエンス侯爵がそれを知っている」ように人前で話すのは余計な疑惑を与えることになるということ。
アンドレア侯爵も警備上知っていることなので今回は問題ないが、うっかり全く知らない貴族の前で話したりなどしたら大変面倒くさいことになるということ。
「なので、二度とこのような軽はずみな発言はしない様に」
「はい、申し訳ありませんでした」
とりあえず謝っておこうと頭を下げた私に、クックックと笑い声か聞こえてきた。
そっと顔を上げると、侯爵様は片手で口を押さえながら笑い声を噛み殺している。
はあ?どういうこと?
ちょっと憮然としてみせるが、「返り討ちだの逃げだすだの・・・貴族令嬢の発想だとは思えない。全く、君って子は・・・」と侯爵様はひたすらツボにはまったように笑っている。
解せん。何がおかしいのかちっともわからない。
というか、誰だ侯爵様に余計なことを言ったのは。
ノルディスを見ると、「今日のは私じゃない」と言ってきたのでアームズ様を見る。
アームズ様はふん、とひとつ鼻を鳴らした。
「ああ、俺だよ。言いつけたのは」
余計なことを、と言いたいところだけど言えずにむぅと口だけとがらせてみせる。
「ふ、ふん!そんな可愛い顔しても無駄だからな!俺は怒ってるんだ」
なぜ。
それこそアームズ様に怒られる意味が全然分からない。
「なぜです!私、別にアームズ様には何も迷惑かけてないですよ?!」
分からないので聞いてみると、アームズ様ではなくシェアト兄様も少し機嫌の悪い顔で言ってくる。
「シャルはちょっと、隙がありすぎる」
え?隙?
思ってもいなかった言葉にキョトンとすると、アームズ様も大きくうなずく。
「うむ、無防備すぎなんだよ。ああいう時はうまくかわせよ」
「ああいう時?」
「ほら、最後帰り際にラルフに・・・」
ああ!あれか!
頭の中にひざまずいて手に口づけてくるラルフィード様のスチルが鮮明に浮かび上がり、ぽぽぽと顔が赤くなる。
忘れてたのに、思い出しちゃったよ!
「いや、無防備も何も・・・まさか、あんなことをされるとは・・・」
口の中でもごもごと言いながら反論すると、やれやれといった感じでアームズ様は頭を抱えられた。
「万能な妹君だと思っていたが、こんなところに弱点があるとはな」
「シャルはピュアで可愛いんだから仕方ないだろ」
「うるさい、それは社交界では弱みになるだけだぞ」
シェアト兄様のフォロー?も一言で黙らせると、アームズ様はいたって真面目な顔で私を見る。
「シャル、お前は本当に気をつけなきゃいけないぞ。学院に入ると、数多の男たちに狙われるに決まっているんだ。隙を見せるな、無防備に笑いかけるんじゃない!」
なんだそれー?!そんなこと考えて生活したことないよ!
「いや、その、私が笑ったところで別にそんな何もないでしょう?数多の男たちって、そんな物好きがたくさんいるわけでもないだろうし」
「ば、か、や、ろ、う。お前はもうちょっと自分の価値を知れ」
デコピン一発。痛い。
いや別に自分に価値がないとは思わないけど、メインヒロインが鎮座している学院でそんな目に合うかなあって疑問なんだよねえ。
おでこをさすりながらアームズ様をにらむけど、アームズ様も腕組みをしたままこちらをにらみ返すばかりだ。
助けを求めるように兄様とノルディスを見たら・・・なんで同じような顔してるの?
仕方ないので侯爵様とアムリータ様を見たら、すっと視線をそらされた。解せない。
こうして楽しかったはずの休日は、なぜかみんなから怒られて終わったのでした。まる。




