65.アンドレア侯爵家からの招待状
「アームズ、おかえりなさい。シェアトさんもよく来てくれたわね」
奥から声がして、アムリータ様が出てこられた。
「只今戻りました」
「こんにちは。お世話になります」
兄様方がそれぞれ挨拶すると、アムリータ様は微笑んでうなずかれた。
だけど、その微笑を少し陰らして困ったように頬に手をあてられる。
「でもねー楽しい計画が聞こえたところ悪いんだけど、明日はちょっと私と一緒に来ていただきたいのよ」
「母上と?私たちもですか?」
アームズ様が驚いたように尋ねられ、私たちもアムリータ様に注目する。
アムリータ様が片手に持っておられた封書を差し出された。
貴族が使う、真っ白な封筒の招待状だ。
封蝋の印璽に描かれた家紋に、見覚えがあるような気がする。
「・・・アンドレア侯爵家?」
思い当った家名を思わずつぶやくと、アムリータ様はよくできましたというようにひとつうなずく。
「そうよ、アンドレア侯爵家のリンナ様からご招待いただいたの」
「リンナ様・・・アンドレア侯爵夫人、ですね」
ハーディエンス侯爵家では、もっぱら午前中がモーリス先生の授業だ。
昼からはハーディエンス家の図書館で読書をしたり、アムリータ様とお茶会をしながらマナーを学んだり、王都に住む高位貴族について学んだりしている。
王都には公爵家、侯爵家、伯爵家と多数の貴族たちが住んでいるが、その中でも特に有名なのは五家。
1つ目は、ハーディエンス侯爵家。
ハーディエンス学院の創始者で、王都内務省のトップとなる代々の宰相を輩出している優秀な文官家系。
土のエレメンタルの加護が強いノルディスもその1人。
2つ目は、リンドグレーン侯爵家。
王都だけでなくフランズベルト王国全体で信仰されている、唯一の宗教と言ってもいい精霊教。その精霊王を祀る大聖堂において、大司教という要職に代々就いている癒しの力に優れた神官家系。
水のエレメンタルの加護が強いクリシュナ様もその1人。
3つ目は、アンドレア侯爵家。
王都の治安を維持して王族を守る役目を持ち、時折湧くことのある魔獣をも退治する王都騎士団。世襲ではないはずのその騎士団長を、ここ数代続けて輩出している、剣術に優れた家系。
火のエレメンタルの加護が強いラルフィード様もその1人。
4つ目は、アルトゥース侯爵家。
フランズベルト王国の経済を支えていると言ってもいい魔道具の作成と流通を手掛ける、大工房と大商会を牽引している。代々当主自らが、超一流の魔道具技師でもある。
風のエレメンタルの加護が強いゼファス様もその1人。
そして、5つ目。
ゲームの中では「王都で数少ない公爵家」と言われていたクレイモス公爵家。
本当にそれだけの扱いで、攻略対象とかいなかったから全然知らなかった家系。
でもここは、なかなかすごいのだ。
数代前の国王の妹姫がハイゴッサム国の王族に嫁がれて、その国で生まれて育った娘が今度はフランズベルト王国の公爵家の1つであるクレイモス家に嫁がれた。
それ以降クレイモス公爵家はハイゴッサム国はもちろんナシャーヴ連合との繋がりも深め、現在では王都外務省の外相として代々世襲されている。
ただ、乗りに乗ってその手腕を発揮していた前当主が、昨年急逝。息子である現当主は外相を継いだもののまだ20歳。なので周りを優秀な補佐官が固めているとか。
ちなみに未だ独身で、血を途絶えさせないためにも早急な嫁選びが必要らしい。
20歳なんてまだまだ若いって言いたいところだけど、16歳で成人扱いだからちょうどいいお年頃ではある。
前当主の奥様もすでに亡くなられているクレイモス公爵家をのぞくと、夫人が存在する高位貴族は4つ。
その4つの侯爵家夫人が社交界では中心となり、派閥とまでは言えないものの彼女らを中心とした集まりがいくつか存在するのだとか。
「正直ちょっと、面倒だなって思わなくもないんだけど」とはアムリータ様談。
アムリータ様も王都出身ではないからか、どちらかといえば幼い頃からお茶会とは無縁な生活を送っていたらしい。
それでも領地持ちの侯爵家として同じ地域の貴族たちを取りまとめるための集まりはアムリータ様のお母様が仕切っておられ、それを見ていたのでなんとかなったらしいけど。
そのなかでやはり苦労されたのは、アンドレア侯爵夫人であるリンナ様。
アンドレア侯爵と結婚するために男爵家の養女となったものの、元は平民。当然かなりの苦労と努力をして社交界へ出てこられたらしい。
そして、そんな彼女を受け入れなかった方々も沢山いらっしゃったわけで。
結局派閥らしい派閥も作らないまま、今はもう社交界からは遠ざかられている。
リンナ様とはアムリータ様もそれなりに交流があったらしく、時折気軽な集まりにはお誘いの手を差し伸べられていたようだけど、やんわりとお断りの返事が来るばかりだったとか。
その、リンナ様からの招待状。一体どういうことなのか。
招待状の内容は、すごくシンプルで久々にお茶会を開きたいのでぜひお越しくださいといったものだ。
ただ、あて先はハーディエンス侯爵夫人であるアムリータ様なのだけど、一緒に来て欲しいと言って私の名前も書かれていたらしい。
そして、主人であるアンドレア侯爵様が会いたがっているので、アームズ様、ノルディス、シェアト兄様もぜひ一緒にとのこと。
「先日、私が出したデイジー様への手紙の影響でしょうか?」
聞くと、アムリータ様は「おそらくそうでしょうね」とうなずかれた。
ハーディエンス侯爵家に滞在することは、パティ様とデイジー様にはすでに手紙で知らせてあった。
手紙をやり取りしようと約束していたのに、フロンターレ領に届いてしまうと読めないからだ。
パティ様からはさっそく返事が返ってきていた。
模範的な淑女として有名なアムリータ様から色々と教われるなんて羨ましい、教わったことをまた教えてほしいと書かれていた。
デイジー様からは返事がなかったけれど、あまり手紙とか書く方ではなさそうだったので、そのうちまた来るだろうと思っていたのだけど・・・まさかこう来るとは、という感じだ。
「デイジー様とは、仲良くなったのでしょう?」
アムリータ様からの質問には迷いなく「はい」と答えると、彼女は安心させるような柔らかい笑みを見せてくれた。
「じゃあ、きっとあなたに会いたくなったのでしょう。娘が仲良くなった初めての女友達ですもの」
それからね、とアムリータ様は言葉は続ける。
「私もリンナ様に会うのが楽しみなのよ。どうしておられるのか、ずっと気になっていたから・・・」
アムリータ様は優しい方だ。半月一緒に暮らしただけだけど、それはよくわかる。
きっと、平民上がりのリンナ様を社交界でもずっと気遣っておられたに違いない。
だからこそ、家庭に引っ込んでしまったリンナ様を今も思いやっておられるんだろう。
そのことがよく分かったから、一緒に行ってくれるかしら?という問いには一も二もなく快諾した。
後ろで一緒に聞いていた兄様方も、もちろん。
私たちの答えに大変喜んでくれたアムリータ様は、今日の昼からはいつものレッスンをせずに明日の準備をしましょうと言ってくれた。
「この間シャルちゃんが作ってくれた、パウンドケーキだったかしら?あれを持っていくのはどうかしら」
「あ、それならクルミやナッツなどをキャラメリゼして入れてみませんか?リンナ様の出身の男爵領は、確かいくつかの森が点在しているんですよね。そういった森の木の実には多分なじみがあるんじゃないかと思うんですよ」
「まあ、シャルちゃんは本当によく勉強してるわね」
ほめていただきましたが、それはゲームに出てきていたので覚えている知識です。
ラルフィード様もそういうナッツの入ったお菓子が好きだったので。
きゃっきゃっと楽しそうに計画を練る私とアムリータ様を尻目に、これはもう放っておこうとばかりに苦笑した兄様方が動き出すのがわかった。
多分、3人で久々に話でもするのだろう。
明日の王都見学ツアーは中止になってしまったけど、また行く機会はあるだろう。
ゼファス様の姿を一目でも見たいという気持ちはあるけれど、とりあえずはこの優しいアムリータ様の希望を叶えてあげたいのだ。
そしてもちろん、デイジー様にも会える。
それが何よりの楽しみです!




