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64.彼女が与える影響 (ノルディス視点)

シャルがこの家に来てから半月。

彼女が一緒に暮らし始めてからというもの、この邸の雰囲気は劇的に変わったと言って過言ではないと思う。


まずは、母上だ。

私たちの手前、おっしゃることはなかったのだが本当はずっと娘が欲しかったらしい。

親友の娘だからか、シャルのことを心底可愛がっておられる。

正直、ちょっと貴族令嬢らしくないシャルが母上とうまくやれるのか心配していた。

蓋を開けて見たら、2人はまるで本当の母娘のようだと言っていいほど、親しくなっている。

それに母上とシャルの茶会に時々参加するが、母上はかなり厳しい方だとわかった。

そんな細かいこと、気にするのだろうか?といった些細な言葉の選び方や、あるいはお茶の種類やそれに合うお菓子、場に相応しい服装といったことについてシャルに叩き込んでいる。

シャルはそれに対して真剣に取り組んでいるように見える。

自分が教えることに対して、そこまで真剣に聞かれたら教える側も夢中になる。

茶会は女性の戦場だと母上もシャルも言っていたが、ちょっとわかる気もする。


そして、兄上。

今までは休みの日にすら碌に帰ってこなかったのに、最近は2日おきぐらいに顔を出す。

そして、この甘味が今流行っているだの、女生徒に聞いた人気のマスコットだのを持って来てシャルに渡すのだ。

最初はシャルも遠慮していたが、ほんの小さなお菓子であったり、露店で二束三文で売られているようなほとんど物的価値はないものだからと言われて、今ではちょっと楽しみにしているみたいだ。

「やっぱり兄上は君に甘すぎる」と彼女に言うと、「うひひ、兄様が取られて妬いてる感じ?」とニヤニヤしながら返ってきた。

ばかばかしい。

別に、兄上は今まで私に土産など買ってこなかったのにとかそういうことは思ってない。

・・・ちょっとは思ったが、お菓子などは私の分も一緒に買ってきてくれるので問題ない。


そして、父上。

誰が想像しただろう。小さな女の子の頭を、微笑んで撫でる父上の姿なんて。

最初見た時には、衝撃すぎて幻かと思ったぐらいだ。

大体、父上が貴族の少女と向き合うことなど今までは全くなかった。

どうしても必要があって母上と共に茶会へ赴かれる時もあったが、その場合も主家の当主と話をするか、ただ黙って茶を飲んでいるだけだったらしい。

当然、そんな父上に話しかけようなんて物好きはいなかったようで、園遊会の時も紹介された令嬢たちは全員、挨拶が済むと同時にそそくさと離れていた。

でも、シャルは違う。

忙しくてあまり家にいない父上だが、1日に1回は必ず母上に父上のことを聞いている。

昨日は遅くに帰ってきたとか、睡眠時間が短いだとかそんな話を母上から聞いては、体力回復に役立つレシピとしてフロンターレ領ではこのような料理が出るとか、良い睡眠を得られるハーブティーなんかの話をしていた。

先日の勉強が休みだった日は、カインツと一緒にケーキを焼いたらしい。

お菓子など作れるのか?!と私やカインツだけでなく母上も驚いていたが、フロンターレ領で前に作ったという蜂蜜とレモンが入ったそのケーキは、素朴な味で美味しかった。

そして甘みと酸味で疲れが取れるからと、父上に差し入れに行ってくれとカインツに頼んでいた。

本当は自分が差し入れに行きたいが、誰何されたら仕事の邪魔になって申し訳ないからと。

何も考えていないようで、そういった心配りはきちんとするのだな。


それに、ケーキと言えば白いクリームの塗られたものすごく甘いもの、というイメージがあったのでそのケーキには驚かされた。

見た目は地味だが、ふわっとしてしっとりとして食べ応えがある。甘みと酸味のバランスも良くて、とても食べやすい。

母上もカインツも絶賛しており、今度から我が家の茶会にも使いたいと2人とも張り切っていた。

そんな2人に、シャルは果物やクリームなどで飾ったり、ハーブの葉を添えて彩りを出したり、ケーキの生地に蜂蜜とレモンではなく他の果物やあるいはお酒を混ぜる方法などを楽しそうに提案していた。

彼女は、このような見たことのないお菓子をどこで知ったのだろうか?


前から不思議には思っていたのだが、シャルは王都出身でないわりに割と博識だ。

兄上曰くシェアト殿も優秀らしいので、血筋的なものなのかもしれない。

だが、時々驚くような発言をする。

勉強が始まったばかりの頃も、モーリス先生と歴史の勉強方法について議論していた。

私たちはフランズベルト王国の建国からまずは習うはずだったのだが、シャルは現在からさかのぼる形で教えてほしいと言い出した。

「この争いが起こったのはこの原因があったから。その原因はこの出来事によって作られた。そういう風に聞いた方が、歴史の流れがよりよくわかるから」とのことだった。

正直、私としてはそんな考え方をしたことがないので衝撃だった。

子供は皆、建国史としておとぎ話である立国の英雄譚から聞き始めるのだ。

そんな古い話より、最近の物事から歴史をさかのぼって欲しいと言われたモーリス先生は愕然としていたが、やがてそのやり方は確かに理にかなっていると言い出した。

彼女のあの、一見突拍子もないようで実はよく考えられている発想は何なのだろう。


そして、エレメンタルプリンセスを目指しているという言葉は真実のようだ。

モーリス先生の授業は真剣に受けているし、よく考えて質問をしている。

そんな風に積極的に物事を学ぼうとするのだが、残念ながら物覚えはあまり良くない。

特に人の名前と土地の名前がややこしいと言っては、唸りながら目をつむっている。

かと思えば、計算などは早いし正確だ。算術盤を使わずに、すいすいと解いてしまう。

聞けば、領地で執務の手伝いとしてよくやっていたとか。なるほどと思う。


「・・・ふむ。地理と歴史に関しては、この辺りでよろしいでしょう。これぐらいを押さえておけば、今後の自主勉強にも支障はないでしょう」

モーリス先生は、満足げにうなずきながら私とシャルを見比べる。

私はともかく、シャルはいつまでも王都にいるわけではない。

この1か月で出来るだけの基礎知識を仕入れて、あとは領に戻って自分で勉強する必要がある。

それを踏まえたうえで、モーリス先生は本や資料を読むだけではわからない話を中心とした勉強をさせてくれた。

「はい、ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

嬉し気に礼を言うシャルと一緒に、私も頭を下げる。

「明日のお休みを挟んで、休み明けからは魔術の勉強に入りますかな」

「魔術!!!」

ガタっとシャルが立ち上がる。

「本当ですか、先生!私、魔術も勉強できるんですね!」

「ええ。でも、危ないので最初は基礎の基礎からですじゃ」

にこやかに答えるモーリス先生に、シャルはぱああっと満面の笑みを見せる。

サファイアのような青く澄んだ瞳が、キラキラと輝く。

最初に会った時も思ったが、シャルの瞳は彼女の感情をよく表す。

いつもキラキラと常に輝いていて、くるくるとよく動く。

その色が、怒りや悲しみに彩られることはないのだろうか。

ふと、そんなことを思う。

出来れば、そんな色に染められる日など来なければいいのだが・・・。


モーリス先生が邸を辞去するのと入れ替わりに、兄上が帰ってきた。

シェアト殿も一緒だ。

「シェアト兄様!」

嬉し気にシャルがシェアト殿に飛びつく・・・かと思ったが、彼女は綺麗に膝を曲げてカーテシーをする。

「おかえりなさいませ、アームズ様。シェアト兄様も、いらっしゃいませ」

「ただいま!シャル!」

「僕にはおかえりじゃないんだ・・・仕方ないんだけど・・・」

ニコニコ顔の兄上と、ショックを受けた顔のシェアト殿。

無自覚なんだろうが、なかなかひどい仕打ちだとシェアト殿には同情する。

でも、流石にすぐに首を振って気分を切り替えたようだ。

微笑んで「シャル、お辞儀の仕方がますます洗練されて来たね」と妹の成長を喜んでいた。

「うん、エレメンタルプリンセスも夢じゃないな!」

兄上もよしよしとシャルの頭を撫でる。

彼女を前にすると、どうも皆が甘やかしたくなるようだ。

「おかえりなさい、兄上。シェアト殿もようこそ」

私も近づいて声をかけると、兄上たちはこちらに気づいた。

「ノルディス、お前もいたのか」

「・・・いるに決まってます。私の家ですから」

「ワハハ、いや、すまんすまん」

そして、シャルと同じように私の頭も撫でる兄上。

もう小さい子ではないのだからと言いたい気もするのだが、シャルが受け入れているのだから私だけ反発するのもなんだか気が引ける。

それに、まあ、嫌な気持ちでもない。


「こんにちは、ノルディス殿。今夜は私もここへ泊らせていただくことになってます」

相変わらずの優しい笑顔で、私にも挨拶するシェアト殿。

「はい、聞いてます。ゆっくりなさってください」

うなずくと、横から兄上が口を挟んできた。

「明日はお前とシャルも休みなんだろう?どこかに連れてってやるよ」

シェアト殿もその言葉に同意するようにうなずくと、シャルを見て言う。

「シャル、どこか行きたいところはあるかい?王都見学の続きをしよう」

「ほんとですか?!じゃあ・・・!」

シャルは意気込んで何かを言いかけて、少し口ごもった。

珍しい、いつもは何でもかんでも好きに話すのに。

今、ここには母上も父上もいないから、遠慮するような相手もいない。

「シャル?どうしたの?」

案の定、シェアト殿も不思議に思ったようでシャルの顔を覗き込む。

シャルは何かを言いかけては迷うような、そんな感じで口をぱくぱくと動かす。

「なんだよ、シャルらしくないな。どこでもいいんだぜ?」

兄上もそう言い、私もうなずく。

うつむいて少し指先をもじもじとこすり合わせていたシャルは、やがて顔をあげて思い切ったように言った。

「あの、私、アルトゥース工房に行ってみたく、て。その・・・」


アルトゥース工房?

確か、アルトゥース侯爵家が取り仕切っている魔道具工房だったはず。

そんなところにどうして?

不思議に思ったが、園遊会の時の光景を思い出す。

あの時、白い小鳥と共に現れたゼファス・アルトゥース。

彼の前に立つシャルは、なんだか様子がおかしかった。

真っ直ぐ彼を見たかと思うとうつむいて、とめどなく話をしたかと思うと急に無言になって。

最初は知り合いなのかと思ったが初対面のような話をしていたし、前から知っていたわけでもないようだった。

その割になんだか懐かしい人を見るように、まるで大事な人を慈しむように、揺れる青い瞳がひどく気になって・・・。


その時のことを思い出すと、チクリと胸が痛んだ気がしたが、気のせいだろう。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

盆休み中に書いていたストックが切れてしまいました・・・。

日曜日以外は頑張って毎日書くつもりですが、更新なかった場合は察してください|д゜)


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