63.いつかは国を越えて
この世界にはフランズベルト王国しか国がないわけではない。
フランズベルト王国が存在しているのは、アジアンタム大陸と呼ばれている。
この大陸には少なくとも3つの国がある。
3国のうち、一番南側にあって一番小さい国がフランズベルト王国。
『エレプリ』の舞台であり、現在私が住んでいる国だ。
フランズベルト王国の北東側に位置しているのが、ハイゴッサム国。
面積的にはフランズベルトより少し大きいぐらいの国なのだが、その国土の大部分が険しい山々だ。
大きな鉱脈を抱えた山脈がいくつもあり、その麓に小さな鉱山町が点在している。
その鉱山町が多数集まって一つの国になっているのだが、決して貧しい国ではない。
鉱山とそれを支える町と聞くと、どうしても前世のイメージに引っ張られて暗くて貧しく、治安の悪いところのような気がするのだが、そうではないらしい。
魔鉱石と呼ばれる魔道具作りに欠かせない鉱物が、その鉱山からは取れる。
どういう仕組みなのかはわからないけれど、この鉱物は枯渇することはないらしい。
それも精霊王の加護なんだろうか?シマに聞けばわかるかもだけど。
とにかく、潤沢に溢れる魔鉱石を掘り、それをフランズベルトに売り、そして利益を得てフランズベルトの魔道具を仕入れて、それを使ってまた効率よく魔鉱石を掘る。
そんな理想的な循環の下、過酷な労働条件でもないので常に人や物があふれている、活気のある国なんだとか。
一方、北西側に位置しているのがナシャーヴ連合。
遥か彼方まで広がる広大な高原地帯に、限りない草原が広がっている。
そこで馬と一緒に暮らしている、いわば遊牧騎馬民族といった民族がナシャーヴ族。
彼らはいくつかの集団に分かれて生活しており、季節が変わるごとに住みやすい場所へと移動する。
そういった行動エリアが似ている集団同士が集まって1つの単位となり、狩りなどの色々な面でお互い協力し合う。
国としての明確な線引きがあるわけではなく、フランズベルトでもなくハイゴッサムでもない部分がナシャーヴ連合だと認識されている感じだ。
こちらは国と言っていいのかが微妙なんだけど、一応ナシャーヴ族には族長が存在し、その族長一族のみが使える「伝達の魔術」にて各集団が統率されているのだとか。
この3国の間では建国当時は多少の小競り合いがあったらしいが、今はいたって友好な関係を築いていると言える。
フランズベルト王国とハイゴッサム国は魔鉱石と魔道具で持ちつ持たれつな関係であるし、技術者同士の交流や平民レベルでの人や物の移動も盛んにおこなわれている。
ゲーム内では、ゼファス様がハイゴッサムに技術交流に向かう話もあったはずだ。
ナシャーヴ連合に関しては、国同士としての付き合いはほとんどないと言える。
ただ、別に関係が悪いわけではない。
ナシャーヴ特産の馬はフランズベルトでも人気だし、フランズベルト産の魔道具はナシャーヴでも重宝されているので、商人は普通に行きかっているのだ。
中には商売関係なく旅人としてフランズベルト王国を訪れるナシャーヴ族の者もいるし、そのままフランズベルトに住み着くこともある。
逆にフランズベルト王国からナシャーヴ連合へは、あまり人が訪れることは少ない。
訊ねる相手が移動するのでどこにいるのかわからないというのもあるが、大きな理由が『魔の国』だ。
アジアンタム大陸には「少なくとも」3つの国があると言われるのは、この『魔の国』がまだまだよくわかっていない存在であり、国と言っていいのか不明だからだ。
ナシャーヴ連合のテリトリーである広い草原地帯の遥か北方に、魔物たちが生息すると言われている『魔の国』が存在していると言われている。
『魔の国』のことは、詳しくはわかっていない。空と海と森があり、そこにそれぞれ魔物が生息していて、噂では魔王と呼ばれる存在もいるとかいないとか。
「先生、『魔の国』は本当に存在しているのですか?」
3国の位置関係と歴史についてモーリス先生に習う中、ふと疑問に思って聞いてみた。
「存在している、とは言われていますね」
「誰か、実際にそこまで行って見た人がいるんでしょうか?」
突っ込んで聞いてみると、モーリス先生はふむ、とつぶやいて1つの資料を出してこられた。
「こちらを見てください。これは、ナシャーヴ族に伝わるおとぎ話や子供向けの童話を集めた本になります」
年季の入った古い本のように見える。
先生ははらりとページをめくり、目次の部分を指した。
「4つめの話ですね・・・『森には行かないで』。このお話に出てくる『森』は、おそらく魔の森を示しているのだろうと言われています」
私とノルディスが本を覗き込むと、先生がページをめくってそのお話の挿絵の部分を開けた。
「ナシャーヴはその土地のほとんどが草原地帯であり、ところどころにある森もさほど大きいものではありません。ですが、このお話に出てくる『行ってはいけない森』は、真昼でも奥が見えないほど深く、少し入るだけで日も差さない場所と記されています」
挿絵には、真っ黒な森が大きく口を開けている様子が書かれている。
子供向けの話を集めているはずの本なのに、トラウマになりそうな怖い挿絵だ。
「おそらく、たまたま『魔の森』周辺にその時の集落を構えてしまったナシャーヴ族の集団が、子供たちにうかつに近寄らないようにさせるために作った話なのではないかと言われています」
なるほど・・・。
子供たちへの注意喚起としてお話にする、というのはありがちな手段だろう。
となると、やはり『魔の森』しいては『魔の国』は存在するのか。
これは、是非いつかは国を越えて・・・。
「自分が行って確かめてみたい、とか思ってるんじゃないだろうな」
なぜバレた?!
思わずばっと首をノルディスの方へ向けると、「やっぱりな」と返ってきた。
「いや、別にすぐ近くまでいくつもりはないよ?こう、ちょっと離れたところからこっそりというか、あれが魔の森かあ~って感じで眺めるだけでいいんだけど」
慌てて取り繕った私の答えに、はぁ~と大きなため息をついて額に手を当てるノルディス。
「そこへ行くための手段はどうするんだ。馬車はないぞ」
「うーん、馬を借りる?そういえば、乗馬は学院で習うんだっけ?」
「習う。だが、とりあえずはナシャーヴ連合まで行くのも大変な上に、その魔の森がどの位置なのかもはっきりしていないのではないか」
「ああ、もう少し文献とか調べて地域を絞る必要があるよね。王都図書館で調べてみるかな」
「・・・そもそも、1人で行くつもりなのか?」
「え、ノルディスついてきてくれるの?」
「・・・嫌だ」
「ですよねー」
私たちの会話を面白そうな顔で聞いていたモーリス先生が、ついに笑い出した。
「シャルリア殿は間違いなく、ロートレック様の血を引いておられますなあ」
「お爺様?」
はい、とうなずくモーリス先生。
そして、懐かしそうに目を細めながら、昔を思い出すように遠くを見つめられる。
「ロートレック様は大変公平な方で、よく学院では揉め事の仲裁をなさっておいででした。
その時には必ず当事者すべてから分け隔てなく話を聞き、時には実際に事が起こった場所まで確認しに行ったり、根気よく目撃者を探したり。『自分の目と耳で確認しないと判断はできない』が口癖でしたね」
モーリス先生は私を見て大きくうなずいた。
「大変好奇心旺盛で、手間を厭わずなんでも知ろうとしておられました。時には周りが驚くような無鉄砲なこともされましたが、そういう生き生きした姿に皆が憧れたものです」
へえ、お爺様ってそんな方だったんだ。
でも、ちゃんと自分の目と耳で確認するってのはすごくいいことよね。
誰かの伝聞だとどうしてもその人の主観が混ざってしまうことも多いから、正確な判断が下せなかったりはするんだよね。
それでもその辺りをあまり明らかにせず、なあなあで終わらせちゃうのもまた日本人的・・・いや、貴族的にありがちなことだから、お爺様も苦労なさったのかもしれない。
「シャルの無鉄砲さはご祖父上譲りなのか」
なんだかノルディスは違う部分に耳を止めたようで、なるほどといった様子でうなずいている。
「魔の国があるのか無いのか不明なままもロマンだとは思うけど、せっかくだからこの目で確かめたいって思うのが普通じゃないの?」
「普通じゃないと思うぞ」
あっさりとノルディスに否定されたので、すがるようにモーリス先生を見る。
モーリス先生はすっと目線を外して、天井付近を見ながらもごもごとおっしゃった。
「まあ・・・伯爵家のご令嬢としては、なかなか普通とは言い難いかも・・・しれませんなあ」
やっぱり普通じゃないのか。
ごく普通の貴族令嬢として転生したはずなのに、納得がいかない。
「でも、ロートレック様のお孫さんですからの、仕方ないですじゃ」
お爺様の名前を出して慰めてくれたモーリス先生だけど、その優しさが逆に辛いのは言うまでもない。




