60.ハーディエンス侯爵からの提案
予想はしていたけど、ハーディエンス家の夕飯もまた素晴らしいものだった。
特にこのメインのお肉!
めちゃくちゃ柔らかいし、めちゃくちゃ美味しい!
これってあれだろうか、A5の黒毛和牛とかそういうのだろうか・・・いや、黒毛和牛はこの世界にはいないか、と心の中でセルフツッコミしながら堪能する。
「・・・シャルリア殿は本当に興味深い」
おもむろにハーディエンス侯爵様にそう言われて、首をかしげる。
気づくと、皆が私を見ていた。どうしてですか。
シェアト兄様がくすくすと笑いだす。
それにつられるようにハーディエンス侯爵夫人も、にっこり笑って言う。
「そうね。どうかしら、カインツ?」
名前を呼ばれて「はい」と短く返事をしたのは、さっき目の前でお肉をサーブしてくれた料理人さんだ。
白い御髭の柔和そうな眼をしたおじさんで、なんていうか前世のフライドチキンで有名なあの人を思い出す。
「お嬢様が大変美味しいと思っていてくださっているようで、まこと料理人冥利に尽きますな」
どうやら顔に出ていたようで、そう言ってくれたのだからと
「こちらこそ、美味しいお料理をありがとうございます!」
と返すと、カインツさんは破顔して何度も嬉しそうにうなずいてくれた。
「羨ましいわ、ルーシア。女の子がいる生活っていいわね」
侯爵夫人が頬に手をあてて、ほぅとため息をつく。
母様はふふと笑うと、「それはそれで苦労も多いのよ」と答える。
「苦労なんて・・・ねえ、シャルリアちゃん」
シャルリアちゃん?!そんな風に呼ばれるのは初めてで、ちょっとこそばゆい。
「はい、なんでしょうか」
侯爵夫人は少し真面目な顔つきになって、私に言った。
「アームズかノルディスのお嫁さんになって、うちに来てくれないかしら?」
ぷふー!っと吹き出したのは、アームズ様だったか。
辛うじて堪えたノルディスとシェアト兄様、それから目を白黒させていた父様。
冷静だったのはハーディエンス侯爵と、苦笑している母様だけだった。
あ、私も一応びっくりはしたものの表面上は平静を保っているはずだ。
まあ、前世でも「うちの娘になって欲しいわあ~」的お世辞はよくあったしね。
社交辞令、社交辞令。本気になんかしませんよ。
「ありがたいお話だけど、無茶を言わないでちょうだい、アムリータ」
母様は諭すように侯爵夫人に話しかける。
「そ、そうです。その、侯爵家に嫁がせるにはシャルは少し・・・」
言葉を濁す父様に、ハーディエンス侯爵が少し面白がっているような口調で言う。
「シャルリア殿はエレメンタルプリンセスになるのだろう?我が家としても、そのような女性を息子の妻に迎え入れることが出来たらありがたいのだが」
うわぁ。単なる社交辞令なのに、侯爵様まで乗ってきた。
誰だ、侯爵様に余計なこと言ったのは。
じろりとアームズ様を見ると、メイドさんからもらったナフキンで口を拭いていたアームズ様は、自分じゃないというようにぶんぶん首を振った。
あれ?じゃあノルディス?
そんな余計なことを言いそうな人じゃないけどな、と思いつつノルディスを見ると、ノルディスが困ったような顔をして頭を下げてきた。
「・・・すまない。父上に家の蔵書を借りる相談をしたら、君のことを聞かれたものだから・・・」
あーそうか。
貴重な蔵書だろうから、他人に貸すには当主の許可がいる。それは当然のことで、しかも誰にどういう目的で貸すのかを明らかにするのも当然だろう。
そして、なぜ学院にも行ってない一介の伯爵令嬢が本を読みたいのかと聞かれたら、エレメンタルプリンセスを目指したいらしいと答えるしかないよね。
「・・・ノルディス様の言う通りです、侯爵様」
私は改めてハーディエンス侯爵様にお願いする。
「私は、エレメンタルプリンセスを目指しています。そのためには、学院に入る前に少しでも4大エレメンタルの加護を上げたいのです。なので、まずその第一歩として、蔵書を読ませていただけませんか?」
背筋を伸ばして言葉を尽くしてから頭を下げると、少しくつろいだ表情でワイングラスを傾けていた侯爵様は、コトリとグラスを置いて真っ直ぐに私を見た。
眼鏡の奥の厳しい瞳が私の真意を探るように動くが、正真正銘これが私の本心なので何も揺るぐことはない。
やがて、侯爵様はふっと表情をゆるめた。
「いいだろう。ノルディスとともに、勉強するがいい」
「父上・・・」
「ありがとうございます!頑張ります。ノルディス様も、ありがとうございます」
私がお礼を言うと侯爵様はひとつうなずいた後、父様と母様に顔を向けた。
「エルド殿、ルーシア殿。シャルリア殿を、しばらくうちに滞在させてはどうか」
「えっ・・・」
いきなりの提案に父様と母様だけでなく、私と兄様も驚いて思わず顔を見合わせる。
侯爵様は同意を求めるように、侯爵夫人の方を見る。侯爵夫人が微笑んでうなずくのを確認すると、またこちらに向かい合う。
「先ほどシャルリア殿が言ったように、学院前に勉強をしておくのは大変有意義なことであると私も常々思っている。なのでアームズには学院前から教師をつけていたし、そろそろノルディスも始めさせる予定だった」
その言葉にアームズ様もうなずく。
侯爵様は父様と母様を見ながら言葉を続ける。
「シャルリア殿が本気でエレメンタルプリンセスを目指すのであれば、今から基礎だけでも身に着けておくのがいいだろう」
「いや、しかし・・・」
「なに、ノルディスと一緒に学ばせるだけなのだから、1人でも2人でも変わるまい」
ものすごくありがたい申し出だけど、甘えていいものなんだろうか。
困ってしまって父様と母様を見るが、2人とも同じようにちょっと眉を下げて私を見ている。
そんな私たち家族に、侯爵夫人が追い打ちをかける。
「エルド様、ルーシアも遠慮なんかしないでちょうだい。さっきも言ったけど、私、女の子がいる暮らしを体験してみたいのよ。一緒にお茶を楽しんだりしたいわ」
「アムリータったら・・・」
母様は困ったように苦笑する。そんな母様に、侯爵夫人は身を乗り出すようにして説得にかかる。
「ね、せめて春1の月の間ぐらいでいいから、ねえダリウム様?」
「うむ。それぐらいが妥当だろう」
侯爵様もうなずいて、「シャルリア殿はどうかね」と私に聞いてきた。
「・・・出来るなら、甘えさせていただきたいです」
腹をくくってそう答える。
これは本当にチャンスだ。
フロンターレ領では、出来ることにも限界がある。
王都にいれば、勉強もさせてもらえるし多分図書館にだって行ける。
侯爵家の教育を少しでも受けられたら、きっとその後の自習にも役立つはずだ。
「本当によろしいのですか、侯爵様」
父様が、聞いてくれた。
さっきまでは動揺してたようだけど、多分私と同じように覚悟を決めてくれたのだろう。
落ち着いた声で、そう侯爵様に問いかける。
「無論。大切な愛娘をお預かりするのだから、不自由はさせないと保証しよう」
そう言ってくれる侯爵様。その横で、侯爵夫人も言う。
「親戚の娘を行儀見習いとして、預かったということにするわ。そうしたら、変な噂などは立たないはずよ」
「アムリータ・・・そこまで、考えてくれたのね。ありがとう」
母様が感謝の気持ちを込めて侯爵夫人に頭を下げる。
「ふふっ、お嫁さんにもらいたいのは山々だけど、シャルリアちゃんはもっと素敵な男性と巡り会うかもしれないものね」
「アムリータ様、お気遣いに感謝します」
父様もほっとしたように笑う。
「俺も、シェアトを連れて週末は帰ってくるよ。シェアトも、今まで以上にシャルに会えるから嬉しいだろ?」
「それは、そうだけど・・・」
兄様はアームズ様の言葉に少し逡巡していたけど、両親が納得したようなので自分も何も言うまいと思ったのだろう。
あらためて侯爵夫妻に向け、頭を下げてくれた。
「妹を、よろしくお願いします」
「ああ。君ももっと遊びに来なさい。アームズと一緒に、この2人に教えてやってくれ」
侯爵様はそう言うと、先ほどのカインツさんと執事さんに合図する。
「大体話もまとまったから、食後のお茶を用意させよう」
急転直下のこの展開。
なんだか、夢を見ているようだ。
だけど、これはエレメンタルプリンセスへの第一歩。
チートなメインヒロインに負けないための道が、少し開けた気がした。




