59.攻略対象コンプリート
薄クリーム色の壁が午後の日差しに柔らかく照らされ、落ち着きのある雰囲気の建物。
ああ、ここは記憶にある。
外観はあまり見る機会は少なかったけどね。すぐ中に入る感じだったし。
「あれ、あの馬車」
アームズ様が目を止めた先には、店のすぐ傍にあった1台の馬車。
派手というほどではないが見た目からしてちょっと豪勢で、いかにもお偉いさんが乗っているんだろうなあという印象のある馬車だ。
「彼だね」
シェアト兄様がうなずいて、どうする?という風にアームズ様を見る。
・・・?あまり会いたくない相手なのだろうか?
「多分、奥の貴賓室にいるのだろう。いいよ、入ろう」
アームズ様はそう答えると雑貨屋に近づき、それに気づいたお店の人が頭を下げてドアを開けてくれる。
「いらっしゃいませ、アームズ様。お久しぶりですね。奥のお部屋を使われますか?」
「いや、今日は特に私の用はないんだ。親戚の王都巡りの一環だから、気にしないでくれ」
あ、アームズ様がなんか侯爵様子息モードになってる。
「そうでしたか。どうぞごゆっくりご覧ください」
お店の人は私たちに向かってそう言うと、笑顔で店内へと勧めてくれた。
わあ、懐かしい!
店内に足を踏み入れて、最初に思ったのはそれだ。
なぜなら、ゲームの中では、学院以外で一番よく訪れていた場所になるだろうから。
現実の学院生活では、ハーディエンス学院の中で大抵生活必需品はそろうため、特にこうやって貴族街へ赴く必要はあまりないらしい。
しかし乙女ゲームに欠かせないのは、攻略対象への「プレゼント」だ。
誕生日などに加え、各宴の時に記念として送り合ったり、あるいは何かの差し入れであったり。
プレゼントが出来る機会があれば、攻略対象が喜ぶプレゼントをして、親密度を上げるのは基本中の基本。
その時にプレゼントを購入するために訪れていたのは、どうやらこの店だったようだ。
店内は前世で言うならば、宝石店と言ったところか。
ジュエリーショップ、じゃなくてブランド物の宝石店。
ショーケース内の品をあれこれ見て、気に入ったものがあれば外へ出してもらって実際に確かめて購入するといった感じの、いかにもお貴族様が喜びそうなシステムで。
「僕も来るのは初めてだな」
兄様がそうぽつりとつぶやいていたんだから、普段の私たちにはあまり関わりのない店になりそうだ。
「シャルリア嬢、この辺りを見せてもらったらどうかな」
少しよそいきモードのアームズ様が声をかけてくれたので、そこに近づいてみる。
店員さんが快くうなずいて、優雅な動作でトレイの上にレターセットをいくつか並べてくれる。
おぉ、めちゃくちゃ高そう・・・。
前世でも100均から高級志向までピンキリだったレターセットだけど、この世界でもやっぱりどこまでも値が張りそうなレターセットが存在していた。
金の箔押しや透かし模様などが入ったそれらを見せてもらいつつ、どうしたものかと考える。
でも、多分デイジー様にお手紙書くならこれぐらいの方がいいよね。
本人やアンドレア侯爵様はあまり気になさらないかもしれないけど、執事さんとか実際にこの手紙を取り次ぐ人が「マナーがなってない!」なんて怒らないとも限らないもの。
私は美しいブルーで縁取りされた、1つのレターセットを手に取った。
これ、とても綺麗だ。買うならこれだけど・・・こういう店にありがちなのか、値段がわからない。私に買える値段なのかなあ?
「お嬢様の瞳と同じ色ですね」
微笑んでそうお勧めしてくる店員さんの言葉に、アームズ様と兄様、ノルディスが私の顔を見る。
「本当だな、同じ色だ。・・・じゃあ、これをもらおう。包んでくれ」
「アームズ!」「アームズ様!」
さっさと店員さんをうながしたアームズ様に、兄様と私の声が重なる。
アームズ様はその勢いに少し気圧されたように体を反らしたが、「まあまあいいじゃないか。可愛い妹への贈り物だよ」と笑った。
「じゃあ僕も半分出すよ」
兄様がそう言ったけど、アームズ様は首を振る。
「こういうところの支払いは、1人でするのが常識だぞ。知ってるだろ」
「・・・それは、そうだが・・・」
「お前は、あそこに置いてあるのを買ってやれよ。どうせ1セットじゃ足りないだろ」
アームズ様が目線で示した方には、棚がいくつかあるスペースがあり、そこには値札もついている。
おそらく、子爵家や男爵家出身の学院生でも買えるようにと、少し安価なものも取り扱っているのだろう。
アームズ様に促されたので、私と兄様はそちらに行ってみる。ノルディスもついてきた。
「兄様・・・」
小声で兄様を呼ぶと、わかってるとばかりにうなずかれた。
「アームズにはまた僕から礼をしておくよ」
「はい。私からも何かできないか考えておきます」
そういう私に、兄様はふっと笑って言う。
「さっきのレターセットで手紙を書いてやりゃいいよ。きっとそれが一番喜ぶ」
「そうですか?」
「ああ。もう、完全にお前のこと妹扱いしてるから。兄として慕って欲しいのが見え見えだよ、全く」
やれやれと首を振る兄様だけど、本当にいいのかなあ。
困ってノルディスを見ると、「シェアト殿の言うとおりだ」と返ってきた。
「じゃあ甘えちゃおうっと」
「それでいいよ」
「私もそれでいいと思う」
3人でそんな話をしていたところ、店の一番奥にあったドアが開いた。
何気なくそちらに目を向けて・・・そして、息を飲んだ。
ドアから出てきたのは、1人の少年。
背中まで長く伸びたサラサラの水色の髪は、肩の下あたりで軽く結わえられている。
切れ長の瞳は、アメジストのような透明な紫色。
女性かと見まがうような整った顔立ちに、口元に浮かぶ穏やかな笑み。
クリシュナ・リンドグレーン。通称、水のクリス様。
フランズベルト王国で広く信仰されているのは精霊教。精霊王を崇め、その加護を受けるために善行を積むといったわかりやすい教義の宗教だ。
そこの大聖堂が王都にはあるのだが、現在の大司教と呼ばれる地位に就いているのがシドウィル・リンドグレーン。リンドグレーン侯爵家の現当主だ。
その一人息子がクリシュナで、水のエレメンタルの強い加護を受けた攻略対象だ。
「クリシュナ様、ありがとうございました」
一緒に奥の部屋から出てきたのは、この店の店長さんだろうか?
仕立てのいい服を着た、ダンディなおじさまだ。
深々と頭を下げる店長さんに向かい、クリシュナ様が鷹揚にうなずく。
「こちらこそ。いい買い物が出来たよ」
おぅ・・・絶世の美形な上に、人気声優さんが声を当てていた関係でめちゃくちゃ人気のあったキャラだけど。
声もそのまんまだわ。ものすごいイケボ。
このキャラの声優さんが高くついた関係で、他のキャラの声優さんが無名な人ばっかりだったんじゃないかって噂もあったっけ。
無名とはいえキャラに生き生きとした命を吹き込む演技をしてくれる人ばかりで、不満なんか一切なかった。けれど、それでもこうやって「あ、あの人の声だ」ってわかるキャラが実際にいると、その存在に圧倒されてしまうものなんだな。
「これは、アームズ殿」
そのクリシュナ様は、ちょうど店員さんからレターセットの包みを受け取っていたアームズ様に目を止めたようで、近寄っていった。
「クリシュナ殿。お買い物ですか」
アームズ様は満面の笑み。・・・だけど、そこまで親しくはなさそうな口調。
ひょっとして、さっき店の前に止まっていたのはクリシュナ様の馬車だったんだろうか?
「ええ。少し贈り物として頼みたいものがありましてね」
「それはそれは。幸せなお相手ですね」
「いえいえ。あなたこそ、この店にいらっしゃるのは珍しいのでは?」
「そうですね、少し用がありまして」
「そうですか。では、よい一日を」
めちゃくちゃ社交辞令にあふれた会話だわあ、と思いつつ2人のやり取りを聞く。
クリシュナ様は店を見回して私たちに目を止めると、優雅に会釈する。
慌てて私たちもそれに礼を返すと、彼は口元に微笑を浮かべたまま店を出ていった。
「シャル、どうした。見惚れたか?」
アームズ様が少し機嫌の悪そうな顔でこちらを見る。
「あ、いえ。確かに美しい方でしたけど」
「まあなあ。でも、何考えてるのかわからないから苦手なんだよな、俺」
あーそうなんだ。なんか微妙な関係なんだろうなあ、とは思ってたけど。
「僕も話はしたことがないかな。認識はしているけどね」
シェアト兄様も苦笑しつつ言う。
ふうん、意外だな。
クリシュナ様って、人当たりのいいキャラだったからてっきり人気者かと思ってた。
でも私はあまり、クリシュナ様を知らない。
さほど興味のない攻略対象だったので、積極的に攻略しようとはしなかったんだよね。
なんせ喪女だから、麗しすぎる人は現実であれゲームであれ苦手だった。
「絶世の美男子?どうせ腹黒いんでしょ」みたいな偏見を持っていたのも否めない。
この世界に転生してからは、皆美形な上に優しいので、その偏見も治りつつあるけど。
ゲーム内ではゼファス様を追いかけるので一生懸命だった、てのもあるな。
ってか、すごい遭遇率じゃない?!
まだ学院入学前なのに、すべての攻略対象に出会ったことになる。
他の3人とは違い、クリシュナ様はまだ出会ったと言ってもいいのかどうか微妙だけど。
ちょっと感動していた私に、兄様が目の前の棚を指さす。
「ほら、シャル、選びなよ」
「あ、はい!ありがとうございます兄様!」
兄様に促されて少し安価なレターセットをいくつか買ってもらい、私たちは雑貨屋を後にした。
なかなか濃い王都見学が終わったわけだけど・・・。
それより衝撃な展開が、この後待ち受けていたのだった。




