57.郷愁の味と香り
遅くなりすみませんでした。
久々の仕事で疲れ果てて寝てました・・・。
今日からまた、よろしくお願いします!
「これ・・・は」
そう言ったきり絶句してしまった私を見て、アームズ様がやれやれと首を振った。
「ノルディス、お前あれだけ研究しておいてこれか?」
「な・・・兄上、私はですね、情報収集をして・・・」
「それでシャル嬢が喜ばなかったら意味がないだろ?」
「ぐっ・・・」
兄弟が小声で言いあうのを聞き流し、ただただ無言で目の前のお菓子を見つめる。
ノルディスとアームズ様の案内でやって来た、貴族街。
ゲームの中でも時々買い物に訪れていたため、どことなく見覚えのある風景にこっそり興奮していた。
ゲームの中では行先は雑貨屋とドレスショップぐらいに限定されていたけど、現実のお店はもちろんそれだけではない。
店先に置かれているものを見て回るだけでも楽しくて、あちこちきょろきょろしながら歩いてしまった。
中に入って詳しく見たい店は色々あるけれど、先に甘味屋に行かないと夕飯が入らなくなるだろうからと連れてこられたのがこの店。
一見、きらびやかな店々に埋もれてしまいそうな地味な佇まいの甘味屋。
言うなれば前世でお寺などに参った時に、その片隅にあった小さなお茶屋さん。そんな感じのお店。
アームズ様は「ここか?本当に?」なんて疑わしい目をノルディスに向けていたけれど、色々事前に調べてくれていたらしいノルディスは、「ここで間違いないです」と断言した。
「シャル・・・」
小さな声で私を呼んだシェアト兄様の声に、はっと我に返る。
そして、目の前の小さな丸いものを手でつかむ・・・ことはさすがに出来ないから、フォークでそっと端を切り取って口に運ぶ。
・・・!
間違いない、これは!
「美味しい・・・!」
思わず口からこぼれ出た言葉に、前に座っていたアームズとノルディス、それから横に座っていた兄様が驚いたように目を見開く。
「すごく美味しいわ、ノルディス・・・様!ありがとうございます!」
満面の笑みになっていただろう私を訝しむように、アームズ様が目の前のお菓子を見つめる。
「・・・本当か?シャル」
あれ、なんかいつの間にかアームズ様が愛称呼びになってる。
そんなどうでもいいことを思いつつも、まあ食べてみてくださいと皆に勧める。
私たちの前にある、丸いお菓子。
外側が薄いピンク色のつぶつぶしたもので、薄茶色の葉っぱが張り付いている。
そして、中を割ってみると黒っぽい色の何か。
このフランズベルト王国では、多分ほとんど見たことがなかったものだろう。
それはさっきまでの、アームズ様とシェアト兄様の微妙な反応からもよくわかる。
そして、王都民にもそこまで受け入れられていないのか、店内のお客さんもまばらだ。
だけど、その数少ないお客さんたちは皆満足げな顔をしながら、もぐもぐと口を動かしている。
それもそのはず。
これは、日本では春のお菓子として定番の和菓子、桜餅と呼ばれていたものだ。
それも関西風のもっちりつやつやした桜餅。
一度、叔父さんからの京都土産としてもらった桜餅が本当においしかったのを覚えている。
それがまさか、今世でも食べられるとは・・・!
「む」
半分ぐらいを一気に切り、口に運んだアームズ様が一言唸る。
「へえ」
同じく、半分ぐらいを食べた兄様もびっくりしたように残った桜餅をしげしげと見つめる。
ノルディスも皆の反応を確認した後、自分も食べてみてつぶやく。
「・・・うん、美味しい」
その言葉に、私も大きくうなずいて同意する。
「本当に美味しい!連れてきてもらえてよかった、ありがとうございます!」
「・・・そうか、よかった」
ノルディスはほっとしたように少し笑い、ゆっくり店を見回す。
「昔からある店らしいんだが、珍しい甘味があると聞いたんだ。それで、一度来てみたんだが・・・」
最後に目の前の桜餅に目を止めて、
「甘さはそれほどでもないが、この独特の風味がいいと思って。聞けば、この時期限定らしいんだ」
そう言うノルディスに、アームズ様がああ!と何か思い出したかのような顔をした。
「そうか、これ、サクラだ。サクラの花の匂いがする」
「あ、ほんとだ。サクラだね」
兄様もうなずいて同意する。
サクラ?サクラって、桜よね。
というか、この国に桜ってあったっけ?
私が疑問に思ったのがわかったのか、アームズ様と兄様が口々に説明してくれた。
2人曰く、ハーディエンス学院の中庭に、何本か「サクラ」と呼ばれる木が植わっているのだとか。
春1の月になると同時に花開き、満開の美しい姿になる。
あまりの美しさに皆、自分の邸や領地に差し木としてその枝をもらって帰るらしいが、どこにも根付くことはないらしい。
なので、学院内だけで楽しめる不思議な春の風物詩として、学院生の中ではお馴染みなのだとか。
そういえば確かに、ゲームの中の風景として桜の木が出てきていた気がする。
ゲームはほとんどが学院の中で進むから疑問に思わなかったけれど、確かにこうやって聞くと不思議な話だ。学院の中でしか育たない木があるなんて。
「・・・ええ。それは、ハーディエンス学院から戴いたサクラの葉を使わせていただいております」
不意にそんな声がして、見ると店員らしき女性が穏やかに微笑みながら近づいて来られた。
シルバーグレーの髪を後ろで一つにまとめた、初老の上品な女性だ。
女性は持っていたお盆から、お茶をテーブルに置いてくれる。
「学院の?」
アームズ様が聞くと、女性は詳しく話をしてくれた。
この店は先祖が遥か東方の地から王都に来たと言われており、その先祖が残したレシピがこの桜餅なんだとか。
サクラの葉は若いうちに摘んで塩漬けするのだが、この王都ではなぜかハーディエンス学院にしかその木がなく、当時のハーディエンス侯爵に頼んで毎年摘ませてもらえるようお願いしたのだという。
それは未だに続いており、現当主であるアームズ様とノルディスのお父様もご存じらしい。
「それで母上が、この店に行ってみたらと言ったのか・・・」
どうやらノルディスは王都の店を色々回ってくれたものの、これといって決め手がなかったところにハーディエンス侯爵夫人の誘導があったようだ。
突然のノルディスの甘味屋巡りに、家族が驚いたことなど私は知る由もなかった。
女性の話がひと段落したので、目の前のお茶に目を向ける。
さっきから、香りがとても気になっている。ひょっとして、と。
綺麗な薄黄色のお茶。一瞬、昨日園遊会でいただいた春摘みの紅茶かと思ったけど、違う。
思わず手に取り、一口飲んで確信した。やっぱり、緑茶だ!
「これ・・・!」
女性を見上げると、彼女はたおやかに「チャノキで作ったハーブティです。このお菓子によく合いますよ」と微笑んだ。
チャノキで作ったハーブティ・・・。
緑茶と紅茶は葉の種類は一緒で、作り方が違うと聞いたことがある。
これがそうなのかはわからないけど、味は完全に緑茶だ。
お茶の葉をお湯で煮出すのだから、確かに淹れ方としたらハーブティと同じだもの。
「美味しいです!お茶も、お菓子も!」
「まあ・・・」
なんだか涙声になってしまったのに気づかれたのか、女性はちょっと目を見開き、兄様たちも驚いた顔で私を見たのがわかった。
郷愁の思い。
別に前世に深い心残りがあるわけではないし、この異世界生活はとても楽しい。
だけど、こうやって不意に前世を思い出すようなものを目の前にすると、やはり懐かしさとか切なさとかそういった気持ちが沸き上がる。
有希、叔父さん、職場の仲間たち。
もう会えない人たち、増えはしない思い出。
ごめん、ごめんね。先に、死んじゃってごめん・・・。
そのまま沈みそうになった私に、「シャル」と小さな声。
顔を上げると、ノルディスが仏頂面で真っ白なハンカチを差し出していた。
ハンカチを見て、またノルディスを見る。
仏頂面・・・ううん、あれはとてもとても困っている顔だ。
なぜ私が泣いているのかわからなくて、でもどうにかしたいと思ってくれている顔だ。
「・・・ありがとう」
友達からの好意をありがたく受け取り、目に当てる。
そっと涙を拭くと、えへへ、と笑ってみせた。
「あんまりおいしくて、涙が出ちゃった!」
多分、そんな風には見えなかったのだろう。一瞬心配そうに揺れたノルディスの瞳も、もう一度笑ってうなずいてみせると、ようやく少しほっとしたような色に戻った。
「ありがとうございます、お嬢様」
嬉しそうに笑ってくれた女性に、さっそくお兄様がお土産用として緑茶の購入を声かけてくださった。
アームズ様も何か持ち帰れる菓子はないのか、王都じゃないところに持ち帰るので日持ちのするものを、と聞いてくださっている。
優しい人たちに囲まれて、私はこの世界でとても幸せだよ、と。
残してきた人たちに届いて欲しいと、心から願った。




