56.ハーディエンス侯爵家での会食
お休み前ということで、ちょっとだけボリュームアップでお送りします。
「・・・宴の夜会より緊張する」
父様が大きなため息をついた、馬車の中。
園遊会の翌日、私たちは招待を受けたハーディエンス家に行くために馬車に揺られていた。
王城から貴族街へは目と鼻の先で、歩いていくのかな?と思ってたんだけど、さすがに貴族は歩かないらしい。まあ、そりゃそうよね。
なので、もうすぐ着くというのにまだ父様は心の準備が出来ていないらしくて、さっきからため息ばかりついている。
「ハーディエンス侯爵様、そこまで怖そうな人じゃなかったですけど」
私がそう言うと、父様は別に侯爵様が怖いわけじゃないけど、と言って
「なんで呼ばれたのかがわからないのが怖い」とまたため息をつく。
「アームズもなんか知っている素振りだったけど、濁されたんだよなあ」
昨日の園遊会の最中は、学院で宴の夜会に備えて準備をしていたらしいシェアト兄様も首をひねる。
「行ってみないとわからないですわ。もう、覚悟を決めましょう」
父様とは反対に、母様は落ち着き払っている。母様のこういうとこは見習いたい。
そんな話をしていると馬車が止まり、ヨアンが馬車のドアを開けてくれた。
今日は御者兼護衛としてヨアンがついてきてくれている。
昼食と夕食をお呼ばれして王城へ戻る予定なので、他の使用人たちは全員今日はお休みを与えている。多分今頃は、王都を満喫していることだろう。
初めて王都に来たニーナとアルルは、どこへ行こうかと朝から大はしゃぎしていた。
エスバンもマーカスに頼まれている食材を探しに行くと言っていたし、ブランダンは生まれたばかりの娘に何かおもちゃを探すと言っていた。
みんな、楽しく過ごしているといいな。
「うわ、大きい・・・」
馬車を降りて、ハーディエンス侯爵家を目の前にして思わずそう漏らす。
シェアト兄様が「僕も最初来たときはびっくりしたよ」と同意してくれる。
うちの領邸の2倍ぐらいはある広い庭と、大きな屋敷。
王都でも有数の最高位にあたる侯爵家なのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど。
それでもこの屋敷を維持するのって、さぞかし大変なんだろうなあ。
「ようこそいらっしゃいました。フロンターレ伯爵様、令夫人様、シェアト様、シャルリア様」
エントランスから進み出てきた、執事らしき落ち着いた物腰の男性が、綺麗な姿勢で礼をする。
ハーディエンス侯爵家は仕えている人も一流なのね、やっぱり。
「ああ。今日はよろしく頼むよ」
さすがに父様も腹をくくったのか、落ち着いた物腰でうなずく。
執事さんに案内されながら屋敷へと入ると、またその内装に驚く。
うわあ、これは映画で見たような世界だわ・・・!
吹き抜けの玄関ホールから2階へ上る階段が両脇に分かれていて、天井からは見事な細工のシャンデリアが下がっている。
重厚な作りの室内は無駄な調度品もなく、古いけど清潔で機能的になっている。
昔、写真集で見た英国のマナーハウスみたいだ。とても素敵。
向かって左側のダイニングルームに通されると、ハーディエンス侯爵をはじめ、その奥様、アームズ様、そしてノルディスが迎えてくれた。
「よく来てくれた、エルド殿」
「ダリウム様。ご招待いただき、ありがとうございます」
今日の招待は公的なものではなく、あくまでも私的に親戚づきあいですよーということで、こうやって名前で挨拶し合うらしい。
公的だと内務省への申請がいるらしく、王族への反乱等余計なことを企むものたちの集まりを防ぐためなんだとか。日本でもあった気がするな、そういうの。
平和なフランズベルト王国では、ほとんど形骸化しているけどねとは兄様談。
「ルーシア、久しぶりね」
「ええ、アムリータ様。ご無沙汰しております」
今度は母様方が挨拶を交わされる。
母様の返事を聞いた侯爵夫人が、少し悲しそうな顔つきになる。
「ねえ、ルーシア。今日はあくまでも私的なご招待だってダリウム様もおっしゃっていたわ。だからどうか、昔のように話をしてちょうだい」
その言葉に侯爵様もうなずくと、「それで構わない」と一言おっしゃられた。
「・・・・わかったわ。本当に久しぶりね、アムリータ!会いたかったわ」
「まあ、ルーシア!私もよ!」
母様方はそう言うなりぎゅっと抱き合うと、手を握り合って笑顔になられた。
「何年振りかしら?あなたったら、全然宴にも来ないんだもの」
「冬と春には来てるわよ!でも、アムリータも忙しそうだからなかなか声をかけれなくて」
「それは仕方ないのよ・・・これでも頑張ってハーディエンス侯爵夫人をやってるんだから」
まるで女学生のようにきゃあきゃあと笑いあう母様方に、私たち子供陣はポカン状態だ。
苦笑していた父様が説明してくれたところによると、母様とハーディエンス侯爵夫人は学院時代の大親友だったのだとか。
王都の西側に位置するサンチェス侯爵家に産まれたのが、アムリータ様。そしてそのすぐ隣の領地であるアンダーヒル伯爵家に産まれたのが、母様。
2人は同じ地域出身とのことで学院に入ると同時に仲良くなり、身分差を越えて大親友となったらしい。ちょうどアームズ様とシェアト兄様のように。
学院を卒業するとアムリータ様はすぐにハーディエンス侯爵家に嫁がれて、母様も学院時代からお付き合いしていた父様と結婚。
それからも時々は手紙のやり取りや、夜会で会うと話をしたりしていたらしいが、うちのお爺様が亡くなった後はフロンターレ領の領地経営で忙しく、めっきり疎遠になっていたのだとか。
「先日、アームズとノルディスがフロンターレ家へお邪魔した時は、本当は私も一緒に行きたかったぐらいなのよ」
「まあ、アムリータったら。いつでもいらっしゃいな!」
盛り上がっている母様たちはそっとしておいて、私たちは大きなテーブルに向かい合って座る。
侯爵様が片手を上げると、控えていた使用人たちがきびきびとした動きで配膳を始めた。
慌てて母様方も着席し、あらためて昼食会の開始となった。
「先ほども言ったが、今日は本当に私的な集まりなので、どうぞゆっくり食事して語らっていただきたい」
侯爵様がそうおっしゃったおかげか、いたって和やかに食事会は進んでいった。
こういった食事会の時は、ホストの話題の振り方などその手腕が問われるのだが、さすがにハーディエンス侯爵様といったところかいたってスムーズに会話が進む。
大人だけでなく私やシェアト兄様にもきちんと話を振ってくださるし、丁寧な返事が返ってくる。
これが高位貴族の嗜みかあ~と、ちょっと感心してしまった。
しかも、料理の美味しいこと!
前世で言うランチコースのような、スープ、前菜、メインのお肉、そしてデザートのようなものだったけれど、どれもこれも絶品だった。
特にデザートは・・・これ、アイスだよ!この世界でアイスって初めて見た!
イチゴのアイスに、イチゴのタルト。
そして、レモンパイ。昨日食べたのと同じようなやつだ。
わあ~と目を輝かせていると、斜め前に座っているアームズ様がぷっと吹き出した。
「シャルリア嬢は本当に甘味が好きなんだなあ」
「・・・すみません」
「あら、あやまることなんてないわよ?」
と、優しくフォローくださったのは侯爵夫人。
ニコニコと笑いながら私を見て、それからノルディスを見て少しいたずらっぽく微笑まれた。
「ノルディスがね、あなたはこのレモンのパイが園遊会で気に入っていたようだって言ってたものだから」
「は、母上・・・!わざわざおっしゃらなくても・・・」
慌てたように言うノルディスに、嬉しくなって笑いかける。
「そうなのですか?ありがとうございます、ノルディス様!」
それに対して虚を突かれたように黙った後、ノルディスは「うちのシェフもなかなか甘味作りが上手いんだ」と苦笑交じりに答えた。
「溶けないうちにどうぞ」と促されたので、さっそくアイスにスプーンを入れて、一口食べる。
んー!冷たい!美味しい!人工香料じゃない、ちゃんとしたイチゴの味だ!
思わず両頬に手をあてて「美味しすぎて、ほっぺたが落ちそうです・・・」とつぶやくと、一瞬きょとんとした後でみんなが一斉に笑い出した。
アームズ様やシェアト兄様だけでなく、母様たちもそして侯爵様までクックックと小声で笑っておられる。
「・・・いや、確かにシャルリア殿は興味深い。面白い表現をする」
侯爵様はそうおっしゃられたけど、この世界ではほっぺが落ちるって表現はしないっぽいな・・・。
異世界の常識はいまだによくわからない。うん。
食後はサロンに場を移し、食後のお茶を頂きつつまた話をする。
母様方が楽しそうに話をされているのは、当然のことだったとしても。
気を使ってくださったのか食事中の飲み物として提供されたワインはフロンターレ領産のものだったので、昨年のワインの生産量や今年の天候による影響具合などを色々と話す父様と、それを聞きながら具体的に改善案などを出してこられる侯爵様という組み合わせも、それなりに無難に会話が弾んでいるように見える。
私たちも子供たちだけで固まって座り、さっそくアームズ様が提案された。
「この後、夕飯までの時間はどうする?王都見学に行くか?」
「そうだね。シャルはどうしたい?」
まずは私の意見を聞いてくれる兄様にちょっと恐縮しつつ、考えてみる。
王都見学はしたい。めちゃくちゃしたい。でも、時間は大丈夫なんだろうか?
「王都見学はとても魅力的なのですが、お時間は大丈夫ですか?」
アームズ様は壁の時計をちらりと見上げられ、うーんと唸られる。
「あまり遠くへはいけないかな。貴族通りの散策ぐらいだ」
そう言った後、ニヤリと笑ってノルディスを見る。
「ノルディス、お前、シャルリア嬢を案内したい店があるんだろ?」
ノルディスはぐっとつまったように口を引き結んだけれど、私に向かってコホンとひとつ咳払いした。
「その、甘味の店を調べてほしいと言っていただろう」
言った!確かに言った!こないだの別れ際だ!
「え、本当に調べてくれたの?嬉しい、ありがとう!」
「シャル・・・」
あ、やばい。つい素でしゃべっちゃった。
思わず口を押さえて父様たちの方を見るが、誰もこちらを気にした様子はない。
唯一、後ろで控えている執事さんが目を剥いたのとその隣のヨアンがやれやれというように肩を落としたぐらいだ。
「えーっと。・・・私の望みを叶えようとしてくださって、ありがたく思いますわ・・・おほほほほ」
取り繕ってみたけれど、後の祭りだったみたいで兄様は顔を覆っているし、アームズ様は大爆笑だ。
怒られちゃうかな、とそうっとノルディスの顔を窺うと、彼は意外にも口元が笑いそうになっているのをかろうじて堪えているようだった。
「本当に仕方のない人ですね、君は」
ため息はつかれたけれど、笑いを含んだその声は予想に反して優しかった。
それでは皆様、よいお盆休みを!




