53.シマの誘い
マリーアンジュ王女はそれからも何人かに声をかけ、皆が感極まったかのように傅く。
私はそれに少し離れてついて歩きながらも、ちらちらとゼファス様を見る。
ゼファス様は時折両親と話したりしつつも、ふとその目がさ迷ってマリーアンジュ王女様を探しているのがわかる。
「はぁ・・・」
「・・・シャル、もう終わるみたいだ。あと少しだよ」
私がこっそりついたため息はデイジー様には聞こえていたらしく、そんななぐさめが飛んできた。
ため息をついた理由は違うけれど、彼女のやさしさに感謝して笑ってみせた。
「そうですね、もう終わりそうですね」
「うん。あ、終わったよ」
見ると、マリーアンジュ王女様はどこからともなく運ばれてきた座り心地のよさそうな椅子に座り、侍女さんたちから紅茶を受け取っていた。
紅茶を持つ手も優雅で、差し出されたお菓子に顔を輝かせているところなんて、誰もが虜になってしまうレベルで可愛らしい。
さっそく上位貴族の息子たちが周囲を取り巻き、その息子たちを王女様の取り巻きーずが取り巻く。
私とデイジー様はお互い顔を合わせてうなずくと、そっとその場所から少し離れた。
慌てて飛んできたのは、うちの父様と母様だ。
「シャル、今のは・・・」
意気込んで聞かれたものの、「わかりません」と首を振る。
「あなたたちも一緒に行きましょうって言われて、断れないままついてきただけです」
横でうんうんとうなずくデイジー様。
いつの間にか来ていたアンドレア侯爵様が、「王女殿下にお目通りがかなったのは悪いことでもあるまいよ」とおっしゃるが、その通りだ。
「来年から同じ学院とのことで、軽く仲間意識を持たれただけかと思いますよ」
そう言うと、父様と母様は顔を見合わせて少しほっとされたようだ。
わかるけどね。王城とは無縁のしがない伯爵家が、目をつけられて目立つと大変だからね。
「ならいいが。シャルは良くも悪くも目立つからな・・・」
どういう意味ですか、父様。
とにかく、色々あって少し疲れてしまった。
デイジー様はアンドレア侯爵様に挨拶周りへと連れていかれてしまい、パティ様も周囲には見当たらない。
父様に聞くと、この後は特に私が挨拶をしなければならない人はいないみたいなので、ちょっと失礼させてもらって空いたテーブルへお菓子を食べに行くことにした。
父様と母様に見える場所にいるから、と言って一番端っこのテーブルへと向かう。
侯爵様の集団から割と近くにあるものの、皆が挨拶で忙しいのかこのテーブルは結構手付かずで残っているお菓子が多い。
しかも椅子もいくつか近くにあったので、これ幸いと座ってお菓子を堪能することにした。
気づいた侍女さんが紅茶を入れてくれたので、それと一緒に食べようと目の前の焼き菓子を1つ取る。
これは、タルト?
食べてみると、前世で言うプリンタルトに似た味。美味しい。
あ、こっちのタルトはイチゴがのってる。美味しい。
さすが王城主催のお茶会だわ。
もぐもぐと口を動かしていると、ふと手元に影が落ちたので誰か来たのがわかった。
「・・・挨拶は終わったのか?」
声ですぐにわかったので、口の中の物をごっくんと飲み込んでから見上げる。
「久しぶり、ノルディス」
片手を上げて挨拶すると、ノルディスからは眉間を揉みながらのため息が一つ返ってきた。
いきなりため息かい。それこそご挨拶だな。
少なくとも私たちの声が聞こえる範囲には、誰もいなさそうだからいいじゃないか。
「挨拶は多分終わった。今は休憩中」
「そうか」
「ノルディスこそ、こんな端っこにいていいの?さっきご令嬢方に囲まれてたでしょ」
「見てたのか?!」
焦ったような声が帰ってきて、逆にこっちが驚く。
「そりゃ見てたよ。で、もう今日は話すの無理だろうなーって思ってた」
「私もそう思ったが・・・」
語尾を濁しつつ、隣の席に腰掛けようとしたノルディスを慌てて止める。
「ちょ、ダメだって!少し離れてくれないと!」
「は?」
「こんなところで2人でお茶してるのなんて他の人が見たら、何言われるかわかったものじゃないでしょ」
ノルディスは不機嫌な顔つきで押し黙る。
それから私から2つ離れた椅子に座って、これでいいかとばかりにこちらを見る。
正直良くない。私はともかく、ノルディスは変な噂が立つと大変な立場だろうに。
だけど、そういうリスクは多分分かった上で話しかけて来てくれた友人を無下に出来るほど、私も冷たい人間ではない。
いざとなったら他人のふりするか、と決めてそれとなく美味しかったお菓子を指さして「これ美味しいから、一緒に食べよう」と教えてあげた。
ノルディスは少しだけ眼鏡の奥の瞳を緩めて、「ああ」とだけ答えた。
テーブルの端と端、小声がかろうじて聞こえる程度の距離で私たちは会話を続ける。
「なんかこの辺りは人が少ないね」
だからこそこうやって話が出来る機会に恵まれたので、かえって良かったんだけど。
ノルディスは、どこからともなく現れた侍女さんに入れてもらった紅茶を飲みながら答える。
「皆、今はマリーアンジュ王女殿下のご学友として認めてもらおうと必死なんじゃないか?」
確かに先ほどまでマリーアンジュ王女様が座っていた辺りは人の群れが出来ていて、そのお姿もここからじゃよく見えない。
「あーほんとだ。すごいたくさん人がいるね」
そういえば、とさっきから気になっていたことを聞いてみる。
「ノルディス、王女様に一目ぼれしなかったの?」
ノルディスは大きく目を見開き、
「・・・君はどうしていつも、そう突拍子もないことを・・・」
と呆れたような声で言った。
だってスチルゲット出来るかと思ったのに出来なかったから、とは言えないけど。
ノルディスだけじゃなくて、ほぼほぼ全部の攻略対象が(ひょっとしたらそれ以外も)マリーアンジュ王女様に一目ぼれするってのが「エレプリ」のお約束だったから。
「・・・噂通りの美しさと、気品あふれる姿には感嘆したよ」
ノルディスは遠くの王女様の方に視線を向けて言う。
「それだけ?」
「それだけ?って・・・いや、私たちにも気さくに話しかけてくれたり、話題一つにも聡明さが感じられたり、素晴らしい王女殿下だと思う」
「それだけなの?見た瞬間稲妻に打たれたようだった、とかこの王女様のためなら命を投げ出しても構わないと思った、とか」
「・・・どうしても君は、私が王女殿下に一目ぼれしたと決めつけたいのか?」
あらら、怖い目でにらまれてしまった。
うーん。
ノルディスの反応を見る限り、やっぱり初対面の一目ぼれイベントは起きなかったと判断するべきか?
もし一目ぼれされていたら、これからの交友関係にも大きく響いてきただろうと思うから、それはそれでエレメンタルプリンセスを目指す身としては大歓迎か。
このゲームとの差異点は、少なくともこちら側に多少は有利になるだろう。
「よかった!これでなんとかなりそう」
何を言っているんだか、という顔をしてこちらを見ていたノルディスは、ふと何かに思い当ったかのように急にそわそわし始める。
「ひょっとして・・・いやまさか・・・」などとぶつぶつ言いながら。
そんなノルディスを尻目に、今度はレモンパイらしきものに手を伸ばす。
おおーこれも美味しそうだ!
「シャル、君は」
話しかけられて、もぐもぐしながらノルディスの方を向く。
彼は私から目をそらしたまま、問いかけてきた。
「君は、僕が王女殿下に一目ぼれしてなくて、それをよかったと思っているんだろうか」
もちろん思ってるよ。エレメンタルプリンセスになりたいもん。
あ、でももし後からでも惚れちゃったら全力で応援するよ!友達だからね!
そう答えるには口の中のパイが邪魔なので、とりあえずもぐもぐを続ける。
ごっくんと飲み込んで紅茶を一口飲んだ後、その問いに答えようとした時だった。
『シャル』
シマの声が聞こえた気がして、きょろきょろとあたりを見回す。
私が目をやると同時に、庭のトピアリーの向こうから人影が現れた。
黒い髪、緑の瞳。そして、その肩にとまっているのは小さな小鳥・・・シマだ。
思わず立ち上がると、隣でノルディスが何事かと驚いた顔で見ているのがわかった。
でも今は、それを気にしている余裕はない。
シマはついと彼の肩から飛び立つと、そのまま真っ直ぐ私のところへ飛んでくる。
思わず両手を差し出して待つと、シマは私の手のひらにちょこんと降り立った。
「シマ・・・」
呆然としたまま声をかけると、シマはくりくりとその丸い瞳をうごかす。
『会いたかったんだろう?ゼファスに』
いたずらっ子のような響きの声が頭に届いて、改めてその人物へと目を向ける。
ゼファス様。
ゼファス様が、私を見ている。目が合っている。
そして、その唇から私の好きだった少し低い声が流れてきた。
「その小鳥を、知っているのか?」




