50.デイジー様の事情と思いがけない出会い
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・・・何もしゃべらないよ、この子。
園遊会は立食形式のお茶会のため、テーブルの周りに椅子はない。
その代わり、あまり邪魔にならないところにいくつかの椅子や数人掛けのベンチなどが置かれている。
滞在している部屋のソファのようにふかふかで居心地がいいものではないが、少し休憩するには十分だ。
その中の一角にデイジー様と並んで腰を掛けているが、彼女がさっきから一言も発しない。
パティ様とは同じ伯爵家同志ということもあり、私からも彼女からも話しかけて色々と楽しくおしゃべり出来たのだが、今回の相手は侯爵家だ。
それも、国内に名高き騎士団長・アンドレア侯爵の娘。
いやもうほんと、全然知らない存在だったわ・・・まあ私はゲームの中ではぼっちだったし、転生してからは領地から出てないんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど。
ラルフィード様に似た明るくて裏表のない性格なら仲良くなれるだろうけど・・・明るくはない、かなあ?
そっとデイジー様の様子をそっと横目でうかがって、ぎょっとした。
彼女は椅子に浅く腰かけて、軽く腕を組んでいる。
それだけでも少し令嬢としては微妙な姿勢なのだが、驚いたことにドレスのスカート部分が妙に膨らんでいるのだ。
これって・・・中で足組んでるでしょ・・・。
さっと周囲を見回すが、誰もこちらには注目してなさそうでほっと息をつく。
あまり私から話しかけるのはマナー的にどうかとは思うが、仕方がない。
「あの、デイジー様」
「・・・なんでしょうか」
「さすがに、その、足は組まない方がよろしいのでは?」
「!!」
慌ててデイジー様は足を組むのをやめ、ついでに腕を組むのもやめて、膝に手を置く。
それからはぁ、と大きなため息をついた。
「見苦しいところをお見せした」
「いえ」
「こういったドレスというものはあまり着ることがないので、どうしていいのかわからない」
「はあ」
「こういった場所で誰かと話すこともないので、何を言っていいのかわからない」
「・・・」
「すまない」
「いや、謝る必要はないですよ?!」
なんとなく、わかった。
アンドレア侯爵様と兄のラルフィード様はおそらくこういった場にも慣れておられるだろうけど、デイジー様は今日が本当に初めてなのだろう。
私が今日も母様をこういった場での振る舞いのお手本にして動いていたように、当然デイジー様だって誰かをお手本にしなきゃ難しいのだ。
だけど、アンドレア侯爵家はシンデレラストーリーのご夫婦だ。
結婚されたばかりの頃は、陰口にもめげずあちこちの社交場へと顔を出しておられた夫人も、子供を産んでからはめったに公の場所へと顔を出されなくなったらしい。
それはそうだ。男爵家の養女になったとはいえ、もともと平民だったのだから気苦労が絶えない貴族の社交場へ行くのはかなり辛かったのだろう。
幸いにもアンドレア侯爵様はあまり世間体を気にする方ではなく、その上夫人を心の底から愛して大事にしておられるので、夫人の適所が邸の中ならばそこでのびのびしてくれたらいいという考えだった。
社交界へと出て来られない奥方に対して色々言われても、どこ吹く風と無視しておられた。
アンドレア侯爵とラルフィード様はそれでよかったのだろうけど、問題はデイジー様だ。
さすがに侯爵家なのだから一通りの礼儀作法の教育はされているだろうけど、いざ実践となるとうまくいかないのはよくあること。
やはり、こういった場での指導者というかお手本になる人は必要なわけで。
今日のドレスが、残念ながら彼女に似合ってないのもそのせいだろう。
「デイジー様、私も一緒ですよ」
「一緒?」
「はい」
私はデイジー様に向かって大きくうなずく。
「私も、こういったドレスを着るのは慣れてないんです。さっきから上手く歩けなくて、困りました」
そう言うと、デイジー様もああといった感じで自分のドレスを見下ろす。
「確かに、裾がまとわりついて上手く歩けないな」
「でも、先ほどご挨拶させていただいたときは、とても綺麗な歩き方で近寄ってこられたように思いますが?」
「ああ・・・歩き方に関しては、母上に教えていただいた。ドレスの裾を蹴るようにして歩けば、歩きやすいらしい」
なかなか豪快な教え方をするな、アンドレア侯爵夫人も。
私はすっと立ち上がって、軽くドレスの裾を蹴りながら少し歩いてみた。
おお!確かにこれは、歩きやすいかも。
「ほんとですわね!これならば少し楽に歩けそうですわ」
「だろう。今のシャルリア殿の歩き方は、なかなか美しかった」
満足げに微笑むデイジー様。
そのクールな口調と言い、佇まいと言い、宝塚の男役の人を見ているみたいでちょっとカッコいい。
私がまたデイジー様の隣に腰を下ろすと、今度はデイジー様がしげしげとご覧になる。
「シャルリア殿は座っている姿勢がいかにも令嬢らしく、可愛らしいな」
そう言って微笑まれると、女同士なのになんだかドギマギしてしまうのはどうして?!
まあ、前世の学生時代にもその辺の男子よりカッコいい女子なんて普通にいたからね。
きっとデイジー様もそんな感じで、イケメンなご令嬢だわ。
「デイジー様、これもコツがあるらしいのです」
「コツ?」
「こうやって身体を軽く揺らしてみてください」
2人でゆらゆら揺れてみる。
「ゆれても椅子から離れないお尻の部分ありますよね?そこを椅子に突き刺すような感じで意識して姿勢を伸ばすんです」
「・・・こうか」
「はい。それから足を軽く斜めにして」
「ふむ。そういえば、向こうで座っておられる方も同じような姿勢だな」
確かに、あちこちで疲れたのか休んでいる女性たちの姿が見られる。
私たち世代の少女たちは、残念ながらだらりと座っている者もいるが、さすがに母様世代の貴婦人たちはみんな姿勢よく座っている。
「はい。こうやって貴婦人ウォッチングするのもいいですわね」
「貴婦人ウォッチング?」
「ええ。たとえば、あの方。紅茶のカップの持ち方が綺麗ですよね」
私がそっと目線だけで示すと、デイジー様はそれを追って1人の婦人に目を止めた後、深くうなずく。
「確かに綺麗だ。だけどその右隣の人は、あまり上品には見えないよね?どうしてだろう」
「多分・・・指をカップの持ち手に深く入れすぎなのでは?その上で小指を立てておられるので・・・」
「ああ、なるほど!」
周りに人がいないのをいいことに、私とデイジー様は園遊会出席者の人たちを観察しながら、あれこれと言いあった。
その時。
「デイジー?」
不意に後ろから声がかかり、私たちが振り向くと。
そこには、1人の少年が立っていた。
赤錆色の髪に、ルビーのような赤く透明な瞳。いたずらっ子のような笑みを浮かべた顔つき。
ガタッ!
思わず立ち上がると、横に座ってたデイジーも私につられたように立ち上がる。
そして、その少年の姿を確認してふぅ、と息をついた。
「兄上。お越しでしたか」
「今来たところだよ。王女殿下の護衛の交代だ」
言いながら近寄ってくる彼から目が離せない。
まさか、今日ここで会うとは思いもよらなかったから。
固まっている私に、彼は少し困ったように立ち止まって頭をかく。
「・・・びっくりさせちゃったか?」
「兄上は声が大きいのです。・・・シャルリア殿、大丈夫ですか?」
「え、あ、ええ。ごめんなさい、大丈夫です」
びっくりした。
本気でびっくりした。
振り返ったら、攻略対象が立っているとかマジでやめてほしい。
まだ動揺している私の前まで来ると、彼はおもむろに私の手を取る。
「君はデイジーの友達?初めまして、俺はラルフィード。デイジーの兄だよ」
陽気で快活、親しみやすい彼のキャラがよく表れているこのシーンは。
初対面イベントだ・・・!
ゲームの中ではデイジーではなくマリーアンジュと一緒にいた私に、マリー王女の友達?って聞いてくるのがそれだったんだけど。
火のエレメンタルの加護を強く受けた攻略対象。
有希の一推し、火のラルフィード様とまさかこんなところで出会うとは。




