46.お相手探しの前哨戦
「シャル様?」
「あ、ごめんなさい。シマの・・・シマの声が聞こえた気がして」
「まあ、シマちゃん」
嬉しそうに笑ってシマの話をするパティ様に笑顔で相槌を打ちながら、私は心底パティ様がいてくれてよかったと実感する。
でなければ、また呼吸困難で倒れてたかもしれない。
会えた。ようやく会えた。
前世でずっと見てきた、私が知っているゼファス様そのものだ。
だけど、今は姿を見つめ続けるわけにはいかない。
ともすればゼファス様に向きそうになる意識に必死に抗いながら、パティ様との会話に集中する。
その集中は、会場内のざわめきによってふと途切れる。
なんとなく皆の目線が入り口に集中しているような気がして、私とパティ様もつられるようにそちらへと目をやる。
あ、ノルディスだ。
会場の入り口から姿を見せたのは、ノルディスだった。
その前に立っているのは、ノルディスとよく似た風貌の男性。きっとあれがノルディスのお父様だ。2人の後ろにそっと控えている女性がお母様なのだろう。
「宰相様ご一家、ですわね」
「・・・パティ様、よくご存じですわね」
パティ様が漏らした言葉に少しびっくりして聞くと、パティ様は秋月にあった豊穣の宴の時に王都へと来ていたらしい。そこでお見かけしたのだとか。
豊穣の宴は学院入学前の子供でも参加できるのだけれど、私は行ったことがない。
秋月は忙しいので、両親すらめったに参加しないからなあ。
領地持ち貴族はそういった方々が多く、豊穣の宴には王都外からの参加者が少なくなる傾向にあるらしいのだ。
なので、年齢制限を撤廃してにぎやかさを演出しているのかもしれないな。
さすが宰相一家はこのような場も慣れているのか、周囲からの視線を一身に集めていることにも全く気後れする雰囲気もなく、堂々とした様子で会場入りしてくる。
一番奥の方へとためらいもなく足を進める宰相に、ついて歩くノルディス。
宰相が挨拶のためか少し足を止めたところで、彼はぐるっと会場内を見渡し、私のところで目を止めた。
・・・やっぱりここで、「やっほー!」なんて手を振ったらおおごとになるよね。
わかってるからやらないけど。でもやったら、ノルディスがまたお説教してくるんだろうなと思うとちょっとおかしくなって笑ってしまった。
そんな私にノルディスは一瞬頬を緩めそうになったのに、焦ったようにぎゅっと眉をひそめると、ふいっと視線を逸らす。
あ、なんだよ!笑ってくれるかと思ったのに!このツンデレさんめ!
心の中だけで毒づいていると、周囲にいたご令嬢たちから小さな歓声が上がる。
「ノルディス様、今、私を見てくださっていたわ・・・」
「えっ、私を見てくださっていたのよ?」
おや。意外にノルディスは人気者なのか。
よくよく周りを見ると、キラキラした目でノルディスを見送っているご令嬢たちのなんと多いことか。
あ、そういえば攻略対象者なんだった。意外でも何でもないか。
「ノルディス・・・様、は人気があるのですね」
そう言うと、横のパティ様も深くうなずかれた。
「豊穣の宴でほんの少し顔をお出しになったのですが、その時にも次から次へと皆様方からご挨拶を受けておられましたよ」
「まあ・・・パティ様も挨拶をなさったの?」
パティ様は苦笑して首を振られる。
「いいえ。私は小さな領地の娘ですから。次期宰相様と名高い方にお目通りをお願いするほど不作法でもありませんわ」
おぅ・・・そんなこと言ったら、私なんて不作法の極みみたいな態度取っちゃってるけど。
やっぱり先日のあの態度は良くなかったかなあ、なんて今更ちょっと反省する。
初めて攻略対象に出会って、ちょっと浮かれてたんだよね。そういうことにしてもらおう。
仕方ない、この園遊会ではノルディスに会うのも楽しみだったんだけど、近寄らないことにするか。
パティ様はともかく、このキラキラ通り越してギラギラした目でノルディスを見ているお嬢様方の前でうっかり親しい態度を取っちゃったら、私の学院生活やばくなりそう。
「私たちは貴族ですものね」
不意に言った私の言葉に、パティ様が何のことだろうという顔をされる。
「貴族だから、家のためにどこか良い家柄の家へと嫁ぎたいというのは貴族令嬢として生まれた者の宿命ですわね」
「・・・そうですね」
私が続けると、パティ様は深くうなずかれて答えられた。
「エスタンス家は娘3人ですから。妹たちとは少し年齢も離れておりますし、私が婿を取る必要があると言われています」
「パティ様・・・そうなのですね」
「ええ。ですから、学院を卒業したらどなたか我が領地へと来てくださる方とのご縁をお願いすることになると思います」
パティ様は貴族令嬢らしい、覚悟を持った瞳でそう告げられた後で
「でも、学院でどなたか素敵な方に巡り合いたいなって思っています。できれば次男や三男の方に」
と、お茶目な笑顔を見せられた。
ハーディエンス学院って、ひょっとしてそのためにあるのかもなと最近思う。
だからこそ恋愛ゲームの舞台となるのだろう。
家のために結婚するのは、貴族として生まれたからには必須の使命。
でも出来るならば望み望まれて一生を共にしたい。そんな思い。
自由恋愛が出来ない貴族子女たちの、最後の砦とも言うべき場所。
「すでに学院の前哨戦が始まっているのがわかりますものね」
言うと、パティ様が前哨戦?と首を傾げられる。
私は周囲のご令嬢たちを見回しつつ、こっそりパティ様にささやく。
「皆様、ノルディス様に猛禽類みたいな目を向けておられますもの」
「猛禽・・・」
パティ様はつぶやきながら周囲を見回し、ぷっと思わず吹き出された。
「や、やめてくださいなシャル様・・・!」
「だって・・・!」
つられてくすくすと笑いあう私たちのところに、お父様たちが近寄ってこられた。
「お嬢様方、お話が弾んでいるところを申し訳ないが、もうすぐ王族の方々がいらっしゃるよ」
父様の声に会場の奥の方を見ると、周囲より少し高く舞台のようになっているところで、最終チェックなのか椅子の角度等が整えられているのがわかった。
「シェアトの時は、王族の方々は挨拶にいらっしゃっただけですぐに退出なさったが、今日はマリーアンジュ王女がいらっしゃるからね」
そう言う父様に、ああなるほどと私だけでなくパティ様もうなずく。
「では、国王陛下がいらっしゃるのですか?」
聞くと、今度はエスタンス伯爵が答えてくださった。
「いや、王妃様がいらっしゃると聞いているよ」
王妃様か・・・ゲームでは王様と共にちらっと出てきただけだったなあ。
これぞ王族って感じの威厳に満ち溢れた王様と、美しい王妃様だったけど。
そんなことを思いながら再び舞台の方へと目を向けると、その前方あたりにゼファス様とノルディスの姿が見えた。
ちょうど宰相一家とアルトゥース侯爵家が挨拶を交わしたのか、ゼファス様とノルディスが何か話をしているのがわかる。
皆の目が同じような方向を向いているのにまぎれて、これ幸いとゼファス様の姿を堪能する。
・・・スチルそのままだ。
もう、この時期から背が高かったんだ。肩幅はまだ少し狭い気もするけど、きっとこれからどんどん筋肉もつけて成長していくんだよね。
今日のために服も新調したのかな。なんとなく馴染んでないというか、学生がいきなりスーツ着ました的雰囲気が出ちゃってる。
普段は工房で仕事するために、ちゃらちゃらした格好はしないものね。平民と同じような、動きやすい恰好をして作業しているスチルもあったもの。
いいなあノルディス。
何話してるんだろ・・・2人とも友好的に話してるように見える。さすが高位貴族だ。
あ、今ゼファス様笑った!あれは、素の笑い方だ。
くぅ~悔しい!あれは是非間近で見たかった!!
いやでも、間近であの笑顔見てたらキュン死にしてたかもしれないからセーフ。
色々な感情をぐるぐるさせながら2人を遠くから見ていたその時、案内の声が会場に響き渡った。
「エルスタシア・ディア・フランズベルト妃殿下、マリーアンジュ・ディア・フランズベルト王女殿下、ご入場です」
ついに、メインヒロインの登場だ。




