45.園遊会の始まり
「フロンターレ伯爵御夫妻様、息女のシャルリア様ですね。ようこそいらっしゃいました」
うやうやしく家臣の礼をとる、王城の侍従さん。ロマンスグレーを絵に描いたようなダンディさ。
「今年はなかなか人が多いね。大変だろうけど、今日はよろしく頼むよ」
その人に対して気さくに声をかけてねぎらう父様も素敵だ。
よく晴れた春1の月。
王城の一角で、園遊会が始まろうとしていた。
場所は、なんと昨日私たちが散策した中庭。少し広くなった場所に、今日は真っ白なテーブルクロスがかかったいくつかの丸いテーブルと、その上にお菓子らしいものが置いてある。
この園遊会はいわゆる「お茶会」なので、食事は出ない。ケーキや焼き菓子といったものや、軽くつまめるサンドイッチ程度なのだ。
色んな方々と交流するという目的があるため、テーブルのそばに椅子はなく、少し離れたところにいくつか置いてある。
前世でもこういった形の立食パーティには何度か参加してきたので、違和感はない。
なんか、見たことのないお菓子がある!・・・けど、まだ誰も食べていないっぽいな。
さりげない感じで会場を見回しつつ、そんなことを思う。
夜会の場合は身分が低い者から順に会場へ入場し、最後王族が入場して挨拶があって始まるものらしいけど、今日の園遊会は始まる時間が決まっているので、そこまでに入場すればいいことになっていた。
とはいえ、やはり爵位的には一番下になる男爵家が一番最初に入場するような慣例があり、伯爵家であるうちとしては遅くもなく早くもない時間に行くのがいいらしい。
なので、会場にはまだそこまで人はおらず、あちこちで親2人と子供1人、という小さなグループが点在しているのがわかる。
この園遊会の主役は、来年にハーディエンス学院入学を控えた子供たち。
社交界へのプレデビューとのことで、どの子も少し緊張した面持ちで親の傍に控えている。
特に、私たち王都住まいじゃない者にとっては、初めての大勢の集まり。
こんなに同世代が一斉に集まることもなく、ここで誰か仲の良い友人が見つかるなり、逆に失敗するなりすれば学院生活に影響が出るのは必至。
会場に入ってきた私たちにも、こっそりではあるものの多くの視線が向けられるのを感じた。
ダンディな侍従さんは近くの侍女さんに声をかけ、その人が私たちを伯爵家が数組集まっているあたりに案内してくれる。
立席なのでどこにいても自由なのだそうだけど、最初はやはり同じぐらいの爵位の者同士で集まるものだとか。
その中に昨日仲良くなったパトリシア様・・・ううん、パティ様を見つけ、思わず笑いかける。
パティ様もはにかんだ笑みを返してくれると、傍らのお父様らしき方に声をかけた。
そして、その方と一緒に2人でこちらに向かってくる。
「フロンターレ伯爵。お久しぶりですな」
「おお、エステンス伯爵。星見の宴以来ですね。無事に娘さんがお生まれになったとか。おめでとうございます」
声をかけられて、にこやかに返事をする父様。
やっぱりエステンス伯爵、つまりパティ様のお父様なんだ。
うちの父様は若くて素敵なんだけど、逆に言うとちょっと威厳がない。それに対して、エステンス伯爵は恰幅もよくていかにも貴族らしい感じだ。
でもとっても優しそうで、垂れた目がパティ様によく似ている。
昨日、パティ様と仲良くなったことはむろん父様と母様には報告済みだ。
お友達が出来るかもということだけに浮かれて、全く父様の派閥とか考えてなかったのでちょっとドキドキしながら報告したのだけど、問題なかった様子。
そもそも派閥云々は王都で仕事をしている人たちの間ではいろいろあるらしいけど、うちみたいなところはあまり関係ないらしい。
ただ、近隣の領地貴族とはどうしても協力し合うことが多いため、自然に仲良くなるのだとか。
しいて言えばフロンターレ領の南側はウィンダム侯爵家が治める土地であるため、ウィンダム侯爵を中心とした「王都南部地域」の派閥に所属している感じらしい。
パティ様のエステンス家は王都の北東なので派閥は違うのだけれども、別に敵対しているわけでもなく、エステンス伯爵様もお優しい方なので以前から同じ伯爵家としてそれなりに交流があったのだとか。
なので、シャルは自由に交流を広げなさいと言ってくれた父様と母様には感謝しかない。
エステンス伯爵は父様のお祝いの言葉に顔をますますほころばせ、嬉しそうにうなずく。
「おかげさまですくすくと育っております。これで娘3人、にぎやかになりそうです」
ハハハ、と快活に笑って私の顔に目を止め、穏やかに微笑むエステンス伯爵。
「昨日、娘からフロンターレ伯爵のお嬢さんと仲良くなったと聞きましてな。これはご挨拶しておかないとと思った次第でして」
「それはそれは、ご丁寧にありがとうございます」
父様が私の肩に手を置き、母様が私の腰を軽くたたく。いつもの合図だ。
片足を斜めに引いて行うカーテシーも、ずいぶん慣れてきた。
「お初にお目にかかります。シャルリア・フロンターレと申します」
「ご丁寧にありがとう。コルドン・エスタンス、パトリシアの父親です」
エスタンス伯爵は丁寧に礼を返してくれた後、そっとパティ様の肩に手を置く。
パティ様は一歩踏み出すと、姿勢の綺麗なカーテシーをする。
「パトリシア・エスタンスです。お、お初にお目にかかります」
緊張しきった顔のパティ様に、にこやかに父様は挨拶を返される。
「ご挨拶ありがとうございます。エルド・フロンターレと申します。こちらはルーシア・フロンターレ。シャルリアの父と母です」
「パトリシア様、シャルリアと仲良くしてくださってありがとうございます」
父様に続いて母様がそう言うと、パティ様は嬉しそうに「こちらこそ・・・です」と微笑まれた。
そのまま父様たちが談笑されていたので、私とパティ様は改めて2人で向かい合った。
「パティ様、今日もお会いできて嬉しいです」
「シャル様・・・!私こそですわ」
パティ様は少し緊張が解けたのか満面の笑みになると、胸の前で指を組まれる。
昨日もされてたけど、そのポーズ癖なのかな?彼女らしくて、可愛らしい。
「私、今日のこの園遊会がずっと心配で・・・淑女らしく振舞えるのかとか、お友達が出来るのかとか・・・ここへ来てからもずっと緊張してて」
少しうつむきがちに言うその言葉に、わかるわかると同意のうなずきを返す。
そりゃ心配だし、緊張もするよ。
前世で入学式やクラス替えの前日は眠れないとか、よくある話だったもの。
自分がいい印象を与えることが出来るのか、その上で友人を見つけて仲良くなれるのか。
その第一歩だものね。
「だから、先ほどシャル様がいらっしゃって微笑んでくださったときに、とてもほっとしましたの」
「私もですわ、パティ様。頑張って、一緒に園遊会を乗り越えましょうね!」
ぐっと両手でこぶしを握り、胸の前でガッツポーズをしてみせると、パティ様は一瞬きょとんとした後でくすくすと笑い始めた。
「シャル様ったら・・・面白い方ですわね」
「面白い?・・・普通だと思いますけど、みんな言うんですよね」
ちょっと大げさに首をひねってみせると、ますますパティ様はおかしそうに笑う。
よかった、ずいぶん緊張も解けたみたいだ。
人脈作りも確かに大事だろうけど、こういう場に慣れて普段の自分らしさを出せるようにするのも大事だと思うんだよね。
そうすることで人を惹きつけたり、友達の輪を広げることにも結び付くだろうから。
パティ様は十分魅力的な方だから、心配しなくてもそんな彼女と仲良くなりたい人はいっぱい出てくるはずだからね。
そんなことを思いながらも、緊張の解けたパティ様と、気楽におしゃべりを楽しんでいた時だった。
『シャル』
ふと、シマから呼ばれたような気がして周りを見る。
昨日、あれからシマとほとんど話す機会がないまま、シマはまたアルトゥース工房へと戻っていった。
ニーナたちの目を盗んで少しだけこっそり聞けたのは、アルトゥース工房にて溜まっていた精霊力の『循環』を行い、精霊としての力はかつてないほどに大きくなったらしいということ。
なので、ある程度はふらふらと移動しても何の問題もなく、さっそく私の顔を見に来たのだとか。
これからしばらくアルトゥース工房でまた『循環』を繰り返したら、楽にフロンターレ領までも行けるから、またマーカスにクッキー作ってもらっておいて!と言い残して飛び立ったシマを見て脱力してしまった。
いや、嬉しいんだけどね。嬉しいんだけど・・・あの涙の別れは何だったのかと思わなくもない。
シマ、またこっちに来てるのかな?
そう思いつつ、入り口の方へ眼をやった私は、そのまま固まることになる。
短い黒髪、濃い緑の瞳。周りの人からすでに頭1つ飛び出ている背の高い姿。
知らない人が見たら、怒っているのかと思いそうな険しい表情で立っているその彼は。
ゼファス・アルトゥース。
私が会いたくてたまらなかった攻略対象者だった。




