43.王城の中庭で
王都に着いてシマがいなくなったり、謎の招待状が届いたり、色んなことがあった翌日。
この日は芽吹きの宴を明日に控え、朝からぞくぞくと各地から貴族たちが王城を訪れていた。
父様と母様は、少し社交があるらしく朝から出かけている。
元々王都に来る機会が少ないため、王都住まいの懇意にしている伯爵家や学院時代の友人などを訪問する必要がある場合は、こうやって宴などで来た時にまとめて交流をこなすことにしているらしい。
今回1日早く王都に来たのもそのためらしかった。
ましてや、昨日ハーディエンス家から届いた招待状のせいでいくつかの予定を変える必要があったらしく、今日は1日中帰ってこないらしい。
「恨むよ、シャル・・・」なんて父様は冗談めかして言ってたけど、あれは本気で面倒がっているな。
でも、私のせいじゃないと思うんだけどなあ・・・。
兄様も「ちょっとアームズがいたら招待の意図を聞いてくる」と言って学院の寮へ行ってしまった。
本当はハーディエンス学院なら私もついていきたかったんだけど、警備の問題もあって行事の時以外は部外者立ち入り禁止らしい。
まあそりゃ王女様とかも通うことになるんだから、仕方ないよね。
というわけで、やることがなくて暇なのは私1人だ。
ニーナを連れてぶらっと王都を見学に行こうと思ったら、ヨアンからめちゃくちゃ怒られた。
穏やかで領主一家を敬愛してくれているフロンターレ領内ならともかく、誰1人知り合いのいない王都で迷子になったりトラブルになったらどうするんですかと言われたら、その通りですねと諦めるしかない。
じゃあ王城を見学したい、とシェーラにお願いしようと思ったものの。
うちだけじゃなく他の貴族の対応もしているようで、常に忙しそうに行ったり来たりしている彼女を見ていたら、到底そんな邪魔になるようなことは出来ないなと諦めざるを得なかった。
・・・シマもいないし、つまんないな。
ソファに1人座って、しょんぼりする。
ここは領邸ではないので、服装も外出着と言うか正装ではないものの一応ドレスだ。
ニーナたちはいつものようにのんびりしてくださいなと言ってくれるけど、この格好でゴロゴロするわけにもいかない。
そんな私の姿を見るに見かねたのかヨアンがシェーラに交渉してくれたらしい。
忙しい時間の合間を縫って、シェーラが部屋へ来てくれた。
「シャルリア様、この部屋の前の回廊を抜けたところに、中庭がありますよ」
「中庭?」
「ええ。まだ春月になったばかりなので少しですが、花も咲いております。そちらでしたら城の警備兵もあちこちにおりますし、散策していただいても問題はないかと」
「ほんと?!」
ばっと振り向いてヨアンの顔色を窺うと、ヨアンは苦笑しながらうなずくと
「ニーナとエスバンをお連れください」と言ってくれた。
とたんに嬉しくなって、ニーナに軽く身支度をしてもらう。
その間に連絡を受けたエスバンも部屋へ来てくれて、晴れて王城の中庭へと向かったのだった。
「わぁ!」
「まあ」
「こりゃすげえな」
中庭に着くと、三者三様で声を上げる。
王城の正面は幾何学模様に美しく整えられたいわゆるフランス式庭園の様相だったが、この中庭は自然なままの植物や花が楽しめるように植えられていて、さながらイングリッシュガーデンだった。
うちの領邸もカールが頑張っているので素晴らしいイングリッシュガーデンの様相をしているが、さすが王城だけあってここは広さも花の種類も比べ物にならないぐらい多かった。
「中庭?これが中庭なの?すっごく広いね」
思わず私がそうつぶやくと、「向かい側にまた城の回廊がみえるから、中庭だろうなあ」とエスバンが遠くを見やるようにして答える。
じゃあここで間違いないよね、と足の赴くまま中庭に足を踏み入れ、散策することにした。
シェーラは少しと言っていたけど、中庭には春の花がたくさん咲いていた。
早春の季節は、チューリップやスイセンのような球根の花が多く見られる。
そのあたりも前世とはあまり変わらないのね・・・。
「あら、ハーブガーデンですわね」
ふと、ニーナが足を止めて傍らの緑ばかりの花壇を目にとめた。
よく見ると、小さかったり目立たなかったりするものの、可憐な花も咲いている。
「これ、全部ハーブなの?」
「ええ、私の知っているものだけですが全部ハーブですね。これがカモミール、ローズマリー、セージ、あちらがラベンダー」
「ラベンダー!知ってる!紫色の花が咲くのよね?」
「あら、よくご存じですね」
修学旅行で北海道へ行った時に、富良野で見たよ!
言いたいけど言えなくて、黙ってうんうん、とうなずく。
「これもそうか?」
エスバンが指さしたのは、ギザギザのよもぎのようなよくある葉っぱ。
だけど、それは私がよく知っているハーブだった。
「あ、ローズゼラニウム!」
「ローズゼラニウム?」
ニーナも知らなかったようで、首をかしげる。
「いい匂いがするんだよ、ほら!」
私は葉っぱを軽くこすってそのこすった手をニーナの鼻の前へと差し出す。
ニーナはふんふんと私の手を嗅いで、「まあ、確かにローズの香りがしますね」と驚いたように言った。
「エスバンも嗅いでみて!」
そう言いながらエスバンの前に手を差し出すと、エスバンはちょっと体を引いてためらった様子を見せた。
・・・なに?
ためらう要素があるのか?と首をかしげると、エスバンは少し目を泳がせた後で、えいっとばかりに鼻を私の手に近づけた。
「・・・甘い匂いがする」
「で、しょう?!これもね、ハーブなの」
私もしゃがみこんで、ローズゼラニウムの葉っぱに顔を近づける。甘い、懐かしい香り。
前世で亡き母が家で育てていた、唯一のハーブがローズゼラニウムだった。
いい匂いがするでしょう、と母が差し出してくれる柔らかい手を嗅いで、ほんとだ!いい匂い!とはしゃいだあの頃。
母がローズゼラニウムと赤ワインで煮込んだリンゴは、薔薇の香りの薔薇色のジャムになった。
まるで魔法のようだった母の手。
目をつむって思いを馳せていた私は、自分をエスバンが見つめていたことも、そんなエスバンをニーナが見つめていたことにも気づかなかった。
「シャルリア様、あちらへと行ってみませんか」
ニーナの声に、私は立ち上がる。次は少し花壇から離れて広くなっている場所に向かうことにした。
歩きながらよく見ると、庭のあちこちには帯剣した護衛兵が立っていて、時折ちらりとこちらへ視線が飛んでくる。
私たちだけじゃなく、同じように暇を持て余したのであろう奥様方や小さい子供たちが庭を散策しているのも見える。
その子供がふと空を指さしたので、私も釣られてそっちを見た。
まっすぐにこちらに向かって飛んでくる、白い鳥。
「シマ!」
私の声に、ニーナとエスバンも驚いて空を見上げる。
シマはピュイ!と返事をするように鳴くと、思わず伸ばした私の手の上へと降りてきた。
「シマ!どうしたの、戻って来ちゃったの?」
『うん、ただいま!シャル!』
「おかえり!・・・って、おかえりじゃないよ!どうするの!」
『どうもしないよ?また必要な時はあちらに行くけど、シャルのところにもちゃんと戻ってくるよ』
シマは可愛らしく首をかしげて、ピュルピュルと甘えたように鳴く。
『またね、って言ったでしょ。だから、またよろしくね、シャル』
明日は日曜日なので、投稿お休みいたします。
明後日月曜日も予定があり、投稿お休みいたします。申し訳ありません。
また火曜日から投稿再開しますので、よろしくお願いいたします。




