42.王城と招待状
王城の周りを囲む城壁を抜けると、真っ直ぐな道の両脇に見事な庭園が広がっていた。
残念ながら、それを見て楽しむ心の余裕はなかったわけだけど。
後ろについていた使用人用の馬車がついと離れ、横のわき道から城の裏側の方へと向かう。
多分、あちら側に専用の入口があるのだろう。
私たちの馬車が無論正面の方へと向かうと、広々としたロータリーにいくつか馬車が止まっているのが見えた。
そこから城の入口までには広い階段があり、その階段の上に大勢の使用人らしき人々が待っている。
馬車についている家紋を確認したのか、ロータリーで待ち構えていた者が控えていた使用人達に合図すると、その中から数名が下りてきた。
馬車は、その前にゆっくりと停車する。
泣き腫らした目で馬車から降りると、出迎えのために控えてくれていた王城の侍女さん達がぎょっとしたように固まった。
「ま、まあまあ!お嬢様、ご気分が悪いのですか?」
その中でも侍女さん達の前に立っていた少し恰幅の良い女性が、慌てた様子で近寄ってくる。
「ちがうのよ、シェーラ。少し悲しいことがあっただけ、心配いらないわ」
その人に向かって母様が苦笑しながら言うと、彼女は少しほっとしたように肩の力を抜いた。
「ならばよいのですが・・・」
「やあシェーラ、今回も世話になるよ」
父様が快活に声をかけると、シェーラさんはお腹の前あたりに手を置いて、深々と頭を下げた。
「いらっしゃいませ、フロンターレ伯爵様。この度もまた私がお世話を担当させていただきます。よろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく」
父様は答えると、私と兄様の肩に手を置いた。
「シェアトは覚えているね?」
「はい。シェアト様、お久しぶりでございます」
シェーラさんが目を細めて兄様を見ると、兄様もうんとうなずいて
「去年の芽吹きの宴以来だね」とにっこり微笑んだ。
「ますますご立派になられて」
シェーラさんはまるで自分の息子を見るような慈愛に満ちた笑みを見せた。
「そして、こちらが今日初めての登城となる我が娘、シャルリアだ」
父様は私をシェーラさんにそう紹介すると、私に向かって「いつも私たちが滞在するときに担当してくれる、王城侍女のシェーラだよ」と教えてくれた。
父様に肩を叩かれ、母様にそっと背中を押される。
「シャルリア・フロンターレと申します。お世話になります。シェーラさん、よろしくお願いいたします」
そう言って淑女の礼を取ると、シェーラさんは驚いたように目を見開いた。
「まあ!まあまあ、なんてしっかりして可愛らしいお嬢様なんでしょう・・・!」
・・・可愛らしいとか言われちゃったよ。
私が戸惑っていると、シェーラさんはとても優しい顔で
「ご丁寧にありがとうございます。でも私のことは単にシェーラ、とお呼びくださいね。こちらこそよろしくお願いいたします」と微笑んだ。
そこへ別の入口から入って来たのであろうヨアンが来たので、私たちは滞在場所となる城内の一角へとシェーラさん、じゃなかったシェーラに案内してもらった。
初めて訪れた王城の中は、予想とは少し違うものだった。
ゲームの中でもマリーアンジュが王女なのだから王城はよく出てきていたのだけれど、もちろん細部まで描かれていたわけではない。
背景として描かれていたのは真っ白な壁と柱だったような気がするのだが、そんな作り物のような場所ではなかった。
実際の王城は長い年月を経た歴史ある建物に相応しい、威厳と風情に満ち溢れていた。
夕刻の日差しが窓から差し込み、広い回廊をオレンジ色に染める。
テレビで見た、外国の博物館や美術館などがこんな感じだったような気がする。
きょろきょろするのはさすがにはしたないとわかっていたので我慢していたものの、隣を歩く兄様にはバレバレだったようでクスクスと笑い声が降ってきた。
「・・・兄様」
「いや、ごめん。だけど、ちょっと気が晴れたようでよかったよ」
軽く睨んでみたものの、そう言われると怒るに怒れない。
そうこうするうちに、「こちらです」とシェーラが足を止めた。
部屋の前にはブランダンが立っている。
そういえば、ここに来るまでにあちこちこうやって部屋の前に立っている人がいたけど、あれって護衛なのか。
ってことは、もう結構たくさんの貴族が集まってるってことね。
ヨアンがブランダンにうなずくと、ブランダンが扉を開ける。
ヨアンは部屋の扉を開けて中を確認した後、どうぞ、と身振りをした。
開かれた扉の中は、まさに一流ホテルのスイートルームか!という部屋だった。
そしてすでにニーナたち4人のメイドが部屋に待機しており、私たちを迎えてくれていた。
ゆったりしたソファと複雑な飾り彫りがされたテーブルのあるリビングと、大きなベッドが置いてある寝室が3つ、トイレとお風呂もちゃんとある。
あーそういえば、マリーアンジュの部屋もこんな感じだったかも、と思うとなんとなく懐かしい気分になった。
「シャルリア様・・・目を冷やしましょう」
皆がソファに座ってアンヌがお茶の用意をしてくれていると、ニーナがそう言って水で濡らしたタオルを渡してくれた。
「ありがとう、ニーナ」
おそらくニーナたちも、シマが飛んでいくのを見たのだろう。その気遣いをありがたく受け取って、タオルを目に当てた。
「アイス」
横で小さな声がしたかと思うと、タオルが一気に冷たくなる。
驚いて目からタオルを離すと、兄様がタオルに手をかざしていた。
「・・・本当は、学院以外の場所ではあまり使ったらダメなんだけどね」
え?!あれ?魔術?
「兄様!私が見てない時に魔術を使うなんて!!見たかった!!」
思わず抗議したら、やれやれって顔をした父様と母様、肩をすくめた兄様に
「シャルリアはそうでなくっちゃね」と笑われた。
皆でお茶を飲んでくつろいでいると、扉がノックされる音が聞こえた。
ヨアンが出ていき、一言二言ブランダンと言葉を交わした後、1通の封書を持って戻ってきた。
「旦那様。ハーディエンス侯爵家からの封書です」
「なんだって?!」
ヨアンの言葉に、父様だけでなく母様も「まあ・・・」と驚きを漏らす。
私と兄様も思わず顔を見合わせた。
父様がヨアンから渡されたペーパーナイフで封を開け、中のカードに目を通す。
「・・・招待状だ」
「招待状?ハーディエンス家へのですか?」
驚いたように母様が聞くと、父様はうなずいて私と兄様の方を見た。
「しかも、シェアトとシャルリアも一緒にと書かれている」
「僕たちもですか?」
兄様が驚いたように言う。
父様と母様が王都へ滞在している間にこうやって誰かから招待を受けることはたまにあるらしいのだけど、その場合は父様単独かせいぜい母様までだ。
まだ成人していないシェアト兄様ですら招待を受けることはまずない。
「それは一体・・・シェアトはともかく、シャルもですか?」
母様は、その形の良い眉を少しひそめて父様に聞く。
「ああ。先日の訪問のお礼がしたいと書かれているが・・・」
父様も困惑しきった顔でつぶやいた後、私をまじまじと見る。
その視線に釣られるように母様も、そして兄様も私を見る。
・・・いや。
・・・いやいやいやいや、私は何もしてないよ?!
ホントだよ?!
明日は16時更新です。




