41.初めての王都
「シャル、起きて。王都だよ」
声と同時に肩を軽く揺すられる感覚があり、意識が戻ってくる。
朝早くまだ薄暗いうちにフロンターレ領邸を出発したため、昼食をとった後は馬車に揺られるがままいつのまにか寝てしまっていたらしい。
・・・王都?
そうか、王都だ!!
ばっと身体を起こすと、横でシェアト兄様が「おはよう」と優しく微笑んでいた。
「あ、兄様、おはようございます!王都ですか?!」
「うん、ほら、もう見えるよ」
兄様が馬車の窓から外を指さす。
窓の外には、初めて見るはずなのに既視感のある景色が広がっていた。
まずパッと目を引くのは真ん中にそびえたつ白亜の城。
ネズミの国のお城みたいだ、と思ってしまったのも無理はない。
確か『エレプリ』の王城は、ネズミの国のお城と同じくドイツのノイッシュヴァンスタイン城がモデルになっているはずだ。
今はちょうど太陽が傾きかけた時間帯。少し柔らかい光に照らされて淡く浮き上がるように光るその白いお城は、まさしくファンタジー世界の象徴ともいえるものだった。
その王城を中心に、円錐状に街が広がっているのがわかる。
少し小高い中心部には城、そのすぐ周りには貴族が住む大きな館が、そこから少しずつ小さくなってきて平民の家が増えていく。
ここからは外壁に囲まれて端まではよく見えないが、おそらくそうなっているはず。
「すごい・・・本物の王城だ・・・」
思わずつぶやくと、横から身を少し乗り出すようにした兄様が教えてくれる。
「王城の横に見えるのが、ハーディエンス学院だよ。ほら、あの大きな建物」
兄様が指さす方には、これまた重厚なヨーロッパのお城ですと言わんばかりの建物。
そうだ、あの赤っぽい建物がまさしくハーディエンス学院。
赤レンガで囲われた強固な外観の中に、私の知っている世界があるはずだ。
ついに、ついに王都へとやってきたのだ。
『エレメンタル・プリンセス』の主要舞台の地へと。
私たちは、明後日に控えた芽吹きの宴のために王都へと向かっていた。
昨日までその準備で邸中がまるで台風のようにあれこれ騒がしかったわけだけど、どうにか準備も整って朝早く邸を出発できたのだ。
馬車の中には兄様と私だけではなく、もちろん父様と母様が一緒だ。
そして、私の肩にはシマがとまっている。さっきまで私が寝ていた時は、どうやら一緒に寝ていた様子で、今も『眠い・・・』とつぶやきながら羽で顔?をこすっている。
馬車の前方では御者のバートが、馬の手綱を握っている。その横には護衛のブランダン。
私たちが乗っている馬車の後ろにはもう1台小ぶりな馬車がついてきていて、そこには私付きのニーナと最近私付きになったアルル。それから母様付きのアンヌとイルゼという4人のメイド達が乗っていた。ちなみに御者はエスバン。護衛もできる執事長のヨアンがその横。
貴族と言えばお供を引き連れて大行列、みたいな印象があったんだけどそうでもないらしい。
父様と母様が王都に向かう時も大体この2台に収まる人数だし、今回は私と兄様も一緒とはいえやっぱり2台だ。
必要最低限の人数で動いた方が効率がいい、とは父様談。
それに、あまり大人数では行けないという理由があるのだ。
それは、滞在場所が王城の中ということ。
昔のフランズベルト王国の貴族は王都と領の両方に邸を持ち、そこを行ったり来たりするというのが普通だったらしい。
しかし先代のエレメンタルプリンセスと精霊王の加護により平和な時代が続き、どんどん人口が増えた結果、王都がすっかり人口過多になってしまったのだとか。
それと同時に完全分業化も進み、王都内のことは侯爵家と一部の伯爵家が取り仕切り、そこから離れた領地は伯爵家、子爵家、男爵家によってそれぞれ統治されるようになった。
王都から離れるとなかなか王都に来るのも大変で、足が遠ざかるのも当然で。
年に4回の宴にしか来ない、という貴族の館をそのまま王都に残しておくのも防犯面でも経済面でもあまり良くないとの判断があり、多くの貴族の王都邸が無くなった。
それにしたがって平民たちの住む場所は広がり、多くの商店や工房などが立ち並ぶようになり、その結果が魔道具溢れる便利な生活と言うわけだ。
こういった宴の時は、王城の一部が遠くからくる貴族の滞在場所として開放される。
そこでまた新しい交流が生まれたりなどと、社交場としての役割も果たしているのだ。
やっぱりエレメンタルプリンセスってすごい存在だよね。
それを目指すのか・・・やっぱり無謀だよね・・・。
チートな王女様ならともかく、私はほんとありふれた伯爵令嬢だからなあ。
深く考えるとちょっとめげそうになる。考えるのはやめておこう。
なんとかなる!なんとかなるなる!
気を取り直して外を見ると、もう馬車は王都の外れの外壁へと近づいていた。
ここで検問を受け、王都内へと入場するのだ。
『ようやく戻って来れた』
肩でシマがぽつりとこぼした。
私は声を出さず、黙ってうんとうなずく。
・・・ついに、その時がやって来たのだ。
シマは王都に入るとすぐに、アルトゥース工房へと向かうらしい。
そこでおそらく溜まっているであろう風の精霊力で『循環』を行うのだ。
これでお別れね、シマ。
そんな思いを込めて、シマの頭を撫でる。
シマも甘えるように、私の手に頭を擦り付ける。
そのすべすべの手触りに、覚悟はしていたものの泣きそうになる。
ここで泣くわけにいかない。さすがに兄様や両親に不審に思われる。
でも、もう、ダメかも。
そう思った時、検問が終わって馬車が進み始めた。
窓の外に広がる、初めて見る王都の街の景色。
オレンジや黄色といった明るい色づかいの建物がたくさんあり、石畳の上を大勢の人が行きかう、活気あふれた街。
近くにマーケットがあるのか商店からの呼び込みも、人波からの喧騒も聞こえる。
この景色を、ゲーム画面で見たような気がする。そう思ってはしゃぎたいのに、心は深く沈んだまま。
ずっとずっと、転生してからずっと訪れたくてたまらなかった場所を、この目に焼き付けたいのに。
でも、もう、涙で曇って何も見えない。
そして、シマは羽ばたいた。
「シマ!」
叫ぶと同時にシマがすーっと窓から外へ出て、くるくると馬車の周りをまわる。
『またね、シャル』
そんな声が聞こえて、シマはそのまま一直線に飛んで行ってしまった。
「シマ?」「シマちゃん?!」
父様も母様も思わず、といった形で声を上げる。
「シマ・・・王都に住んでいたのかな」
兄様はさすがにわかったようで、そう小さくつぶやいた。
「・・・はい。お家が王都だったんだと思います」
ぼろぼろと泣きながら答える私に、兄様はそっとハンカチを渡してくれる。
「きっとまた会えるよ。そんな気がするんだ」
「はい・・・はい」
兄様の優しい言葉に、私は何度もうなずいた。
王城に着くまで泣き続けていた私の頭を、兄様はずっと撫でてくれた。




