40.その頃王都では (アームズ視点)
ノルディスの兄・アームズ視点です。
部屋はその主そのものを表すと聞いたことがある。
本棚に隙間なく詰め込まれた本、塵一つ落ちていない床、鈍い艶が出るまで磨かれた年代物の机。
その上に置いてある大量の書類は、未処理と処理済にきちんと仕訳けられている。
きっちりと隙なく整えられたその部屋の中で、窓際に揺れている可憐な花と壁に飾られた家族の肖像画が、かろうじてその主の人間味を示していると言える。
そんな部屋でこの部屋の主と対峙している僕の気持ちは、誰が理解してくれるのだろう。
いや、正確に言うと対峙はしていない。
こちらに背を向けて立っている主に向かい、報告だけ行っていたのだから。
「・・・では、引き続き学院での調査をシェアト殿と協力して行うように」
「はい」
部屋の主であり僕の父親でもあるこの国の宰相、ダリウム・ハーディエンスの指示に僕は肯の返事を返してうなずいた。
父上がなぜそれを調べているのか。
なぜ自らではなく、僕たちに調べさせようとしているのか。
わからないが、聞けるはずもない。
聞いたところで父上の考えなど理解できるとは思えないし、すんなり教えてくれるはずもない。
「アームズ」
「はい」
不意に名前を呼ばれて思考をやめて父上を見る。
父上は振り返ってこちらを向いていたが、何かを言い淀んでいるように見える。
いつも即断即決とばかりに無駄な会話をせず切り込んでくるのに、どうしたんだろう。
「・・・ノルディスのことなんだが」
「はい」
「アムリータが心配していたのだ」
「母上が?ノルディスをですか?」
珍しく歯切れの悪い父上の言葉に、何が言いたいのか全く分からなくて首をかしげる。
父上が、ノルディスのことを話す時にこんな風になるのは珍しい。
ノルディスは僕の弟だが、まるで父上をそのまま小さくしたかのようにそっくりだ。
眼鏡の奥のきつい眼差し、冷たく見える銀髪。
僕も銀髪であるけれど、母上に似て少しくせのある髪なので柔らかい風貌と言われる。
そして、なんといっても土のエレメンタルの加護を大きく受けた琥珀色の瞳。
僕はともかく、父よりもずっと強い加護を受けているのがわかる。
当然周りは思う。次期宰相に相応しいのは、僕ではなくノルディスだと。
一時期はそのことに苛立ちもし、兄という立場を利用してノルディスにきつく当たったこともあった。
だが、母上からそのことを激しく叱られた。
「あなたが自由を望まない限り、ハーディエンスを継いで守っていくのはあなたです」
そう泣きながら言われた時は、本当に反省した。
僕は自分で言うのもなんだけれど、何かに縛られることなく、自由に生きていく方が性に合っていると思う。
そんな僕が宰相一族を継いで、守っていく。その重さに耐えられるのかと。
そうやって僕を理解し、心配してくれている母上に迷惑はかけられない。
父上が何を考えているのかはよくわからないが、少なくとも僕もノルディスも次期後継者として同じぐらいは厳しくされていると思う。
もちろん学院入学前のノルディスに比べると僕の方がよっぽど色々させられているし、厳しい対応もされているが、それは僕が兄なのだから仕方がない。
ノルディスは自主的に勉強をし、それを時々父上に質問するだけだ。
特に父上の不興を買うこともなく、心配されるようなこともないはずだ。
「何か、ありましたか?」
問うと、父上には珍しく当惑しきった顔で答えが返ってくる。
「貴族通りの店に入り浸っているらしいと聞いた」
「貴族通りの店?」
貴族通りとは、王都の中心にある王城の近くにある様々な商会が固まっている場所だ。
普通貴族の買い物というのは、贔屓の商会を邸に呼びつけて行われるのが一般的である。
しかし王都ではなく離れた領地から買い物に来る貴族も一定数いるために、そういった場所があるのだ。
ハーディエンス学院も近くにあるため、学院の生徒たちが身支度のために利用したりもする。
そんな貴族通りの店に、一体何の用だろう。
うちも侯爵家であるからして、何か欲しいものがあるならば商人を呼ぶのが普通だ。父上は無理でも、母上に話をすればいつでも呼んでもらえる。
まさか。
「その、怪しげな店に通っているとかでしょうか?」
あのノルディスにありえないとはいえ、あいつも男だ。
女性の色香に惑わされ、貴族通りの外れにある色街やら賭け事が行われている店にでも嵌ってしまったのだろうか?
「いや、それは違う」
あっさり否定されてほっとしたものの、じゃあ一体どこへ?という疑問しか湧かない。
困惑して父上を見ると、父上は目を閉じて軽く眉間を揉みながら言った。
「どうやら、名だたる甘味処や茶店へと順番に足を運んでいるようだ」
「・・・は?」
甘味処。父上から出るとも思えない単語に目が点になる。
いや、それよりもノルディスが甘味処や茶店で何を?いや、甘味を食べに行っているのか。
一瞬考え込みそうになって、ふとよみがえってきた少女の声。
『お店、選んでおいてくださいね!』
「あー・・・あれか」
「何か、知っているのか?」
「知って・・・ええ、知っています・・・ブフッ」
こらえきれずに吹き出してしまい、腹を押さえながら体を折る。
「・・・笑い事ではないだろう」
不機嫌な声で父上が言うが、これが笑わずにいられるか!
あの、あの堅物なノルディスが!彼女との約束を果たそうとしています、なんて!
完全に眉間にしわを寄せてしまっている父上に早く説明しなければと思うものの、こみ上げてくる笑いがなかなか止められない。
ひとしきり笑った後、改めて僕は父上に言う。
「あー・・・その、大丈夫です。ノルディスは、友達になったシャルリア嬢との約束を果たそうとしているだけですよ」
フロンターレ領からの帰り際、ノルディスとシャルリア嬢が仲良く次の約束をしているのを聞いてしまったので、馬車の中でからかったのだ。
「シャルリア嬢と、デートの約束かい?」と。
ノルディスは「違います」とあっさり否定していたものの、シャルリア嬢に請われて友達になったということ、今度王都に来た時には本の貸し借りや甘味を食べに行こうという約束をしたことを教えてくれた。
それと同時に、シャルリア嬢は僕の婚約者候補ではないかと思っていたということも。
それはないと答えると、シャルもそう言っていましたが・・・とノルディス。
ふぅん、『シャル』ねえ。随分仲良くなったことで。
フロンターレ領に伺ったのは、シェアトと少し込み入った「仕事」の話をする必要があったということと、どうせなら自慢の妹君を拝見したかったからだ。
思った以上によく出来た妹君だと思ったが、どうやらすっかりノルディスも彼女が気に入ったらしい。
ともかく、シャルリア嬢の話などをしているうちに馬車は王都へと到着し、久しぶりにノルディスと話が弾んだように思った。
これも彼女のおかげなんだろうか、と思うと我々兄弟にとってかけがえのない存在になりそうな気がする。
「シャルリア嬢・・・エルド殿の娘御か。ふむ、先日の訪問時のことだな。星見の宴で会った時にお前たちの話が出ていた」
父上はうなずいて、話を促す。
父上とエルド・フロンターレ卿は従兄弟にあたるからか、時折王都で会うことがあると、少し会話をする程度の仲ではあるらしい。
先日の星見の宴でも、その少し前にフロンターレ領を訪問した僕たちの話になったのだろう。
「シャルリア嬢とノルディスは、王都の甘味を食べに行こうと約束しておりました。いい店を調べておいて欲しいとシャルリア嬢がお願いしていましたので、ノルディスはその下見にでも行っていたのでしょう」
「ほう」
「あと、本の貸し借りや王都図書館の案内などもするようです」
「ふむ」
僕の報告に短く相槌を打ちながらも、何か思案していた風の父が机の引き出しからカードと封筒、封蝋とハーディエンス家の印璽を取り出す。
さらさらとカードに何かを書き付けて封をし、封筒を僕に渡してきた。
「これを、フロンターレ家に届けるように。芽吹きの宴の後、我が家へと招待しよう」
珍しくふっと笑ってそう言う父上の顔は、完全に何か期待しているような表情だった。
・・・ごめんね、シャルリア嬢。
うちの父上が、君に興味を持っちゃったみたいだよ。




