39.芽吹きの宴に向けて
シェアト兄様に編んでいたマフラーも完成し、なのにそのマフラーの出番がなくなるぐらい暖かい日が続いている冬3の月の末。
もう春は目の前に来ているというある日の午後、私はうめき声を上げていた。
「うううぅ~苦しいです」
「お嬢様!おしゃれとはすなわち我慢すること、です!」
「はひ・・・」
フロンターレ家の応接間。
今、ここは戦場だった。
昨夜、王都から荷物が届いた。
それは、先日星見の宴で王都に行っていた母様が、王都で注文してくれていたもの。
テーブルやソファにまで広げられているドレス、装身具、靴まで。
すべて、私のためにそろえられたものだった。
そして、それを私に着付けるためのメイド達の猛特訓が行われていた。
ぎゅうぎゅうと締め付けられる初めてのコルセットに、予想はしていたもののこれほど苦しいのかと半分意識が飛びそうになっている。
「駄目です、ニーナ。こちらに留め具を付けた状態でその部分を締めないと、緩んできますよ」
「はい」
サマンサの助言にニーナがうなずくと、ぐいっとまた腰が締められる。
「く、る、し・・・」
「ニーナ!反対の手を先に抜かないと!お嬢様が窒息します!」
「は、はい!」
はあ、はあ・・・死ぬかと思った。
前世での成人式でも、せっかくだからと叔父さんが振袖をレンタルしてくれた。
着付けは住んでいた市が主催する合同着付けみたいな格安のものを利用したのだけど、その時も上手い人と下手な人がいて、上手い人に着付けてもらった子は涼しい顔をしていたけれど、下手な人に着付けてもらった人は死にそうな顔になっていた。
なので、きっとドレスの着付けにもコツがいるんだろう。
普段は着ないものだから、慣れないニーナたちが躍起になっている。
・・・うん、頑張って。手も口も出せないから、心の中でそっと応援するしかない。
ぐったりしつつも皆の頑張りを邪魔するわけにもいかず、かろうじて身体をまっすぐにして突っ立ったまま、私はぼんやりと考える。
春1の月の式典である芽吹きの宴。
四季ごとに1回づつ行われる式典の中でも、特別大きな催し。
その中でも昼の園遊会は、来年の春にハーディエンス学院に入学する貴族子女のための社交界プレデビューであり、入学に先駆けての人脈作りに勤しむ場でもあった。
つまり、私が主役なのである。
私が!主役!なんです!
・・・大事なことなので2回言いました。
いや別に「私がヒロインなの!この世界は私のためにあるの!」なんて、お花畑なことを言うつもりはない。
だけど、今まで王都で行われてきた式典ではいつも領邸にお留守番状態だったのに、今回初めて参加できるのだ。しかも、同じ年齢の貴族子女たちがたくさんいる場所へ。
興奮しない方がおかしいってものでしょう!
ここで私はまた過呼吸を起こしかけて、必死にこらえる。
考えない、考えない!「あの方」に会えるとかそういうことを考えない!!
・・・でも、ちょっとは考えた方がいいのかも。まさか目の前で過呼吸起こしてぶっ倒れるわけにもいかないしな。
『エレプリ』のゲームの中でも芽吹きの宴というのは、好感度を上げるのにちょうどいいイベントだった。
ただし、ハーディエンス学院の生徒たちが参加するのはあくまでも夜の舞踏会であり、昼間はせいぜいお忍びで市井のお祭りに遊びに行くといったイベントがあるぐらいだったように思う。
つまり、昼の園遊会に関しての情報は全く無いのだ。
園遊会への参加が学院入学前、つまりゲーム開始前にあたるので情報が無くて当然ではあるのだけれど。
だからこそ、私はこの園遊会で「知り合い」を作りたいのだ。
友達などというおこがましいことは言わない、知り合いレベルでいい。
そうしたら学院入学後、親しくなるきっかけにはなると思っている。
なぜならば、学院に入学したばかりのシャルリアは、誰も知り合いがいないようだったから。
攻略対象はもちろんのこと、女友達ですらいなかった。
転生して、王都から離れると交流も厳しいというこの環境じゃ仕方ないよなとは思いつつも、長い学院生活でボッチってのはなるべく避けたい。
攻略対象も大事だけど、やっぱり女友達が大事。仲のいい子たちときゃっきゃしながら学院生活を送りたい。
ゲームでのシャルリアにとって唯一と言っていい知り合いがマリーアンジュで、事あるごとに関わってきた。
・・・マリーアンジュの引き立て役といった役割で。
正直な話、エレメンタルプリンセスを目指すからには引き立て役で収まっている場合じゃない。
だからあんまりマリーアンジュと親しく関わる気はない。
シナリオの強制力とかそういうので引き立て役にさせられたら、たまったもんじゃない。
もちろん、敵対する気もないよ!
いやもう、せっかく断罪とか没落とかとは無縁なキャラに転生したのに、うっかりマリーアンジュ王女に正面からケンカ売って不敬罪になるとかまっぴらごめんだよ・・・。
「お嬢様、どうでしょう?苦しくありませんか?」
ニーナの声にふと我にかえり、改めて姿勢を伸ばして立ってみる。
若干まだ苦しいけれど、さっきよりはマシだ。贅沢言っちゃだめだよね。
「うん、大丈夫よー」と言いながらわきわきと両手を上げ下げしてみせると、サマンサが「コホン!」と咳払いした。やばい。
「シャルリア様。どうかフロンターレ伯爵家の息女であるということをお忘れないように、身分に合った振る舞いをよろしくお願いします」
「・・・努力します」
とりあえず一度休憩しましょうとソファに座らせてもらい、アルルが冷たいお茶を入れてくれた。
ようやくどうにか一息付けた時、応接間のドアがノックされた。
サマンサと一緒にネックレスやイヤリングなどの装身具を机に広げながら、どれがドレスに合うかと議論していた母様がちらりと私を見る。
私が大丈夫だというようにうなずき返すと、母様がアルルに合図を送ってドアを開けさせた。
「奥様、お嬢様、シェアト様です」
「まあ、あの子は・・・待ちきれないのかしら」
苦笑しながら手ぶりで入りなさいと示す母様に合わせてドアが大きく開けられ、シェアト兄様が部屋へと入ってきた。肩にはシマが乗っている、
そう、シマ。
結局シマは、まだうちにいるのだ。
王都へ帰るだけの力は問題なく回復したものの、芽吹きの宴のために私が王都に行くのを知ってその時に一緒に行くと言い出したのだ。
それはそれで私としては構わないのだけど、ゼファス様が困るんじゃないのかと思ってシマに聞いたものの、大丈夫だと言われたのだから仕方がない。
「やあ、シャル!とても綺麗だ!春の精霊様が一足早くお越しになったのかと見間違ったよ」
両手を広げて、いきなり賛美してくれる兄様。面映ゆい。
なので、立ち上がって私もきちんと淑女の礼をする。
「ありがとうございます、にいさ・・・」
言いかけた私の言葉は、不意に頭の中に響いてきた声に遮られた。
『素敵だよ、シャル!これならゼファスもきっと君に見惚れるね!』
ゼファス様が・・・。
私に・・・。
見惚れる?
「っシャル!」
「シャル?!」
「お嬢様!!」
ちょっと苦しかったのを無理してたし、急に立ち上がったし、私も色々悪いところはあるけれど。
でも、私がぶっ倒れて皆が大騒ぎになったのは、間違いなくシマのせいだと思う!




