38.もう一つの物作り
「じゃあそれは、言葉を発しているわけではないということ?」
せわしなく手を動かしながら私が問うと、シマは器用に首を動かしてうなずいた。
『うん。まあ、念話みたいなものかな?精霊界から直接シャルに話しかけてるよ』
それは・・・ひょっとして(こいつ・・・直接脳内に?!)みたいなこと?
「あれ、それなら私がこうやって喋ってたら、1人で喋ってるおかしな人みたいに思われるとか?」
『そうだね』
「ええ~・・・それはそれでやだなあ」
『シャルがちょっとおかしいって思われるのは日常茶飯事でしょ』
「そんなことないよ?」
そんなことない・・・はず。あんまり自信ないけど。
「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・ここで交差して・・・でもさ、私はシマとお話しできるのが嬉しいからまあいいよ」
『いいんだ?!』
シマはピュフッピュフッと鳴きながら小さな身体を震わせる。
ひょっとして、それって笑ってるのかな?
可愛いなあ、と思わず手を伸ばしてシマの頭をなでる。
「あ、しまった。手を離したらわかんなくなっちゃった」
目の前の木箱に止まっていたシマは、また1から数える私を見ながらおかしそうにぷるぷると身体を揺すった。
先日、お茶会で披露したパウンドケーキはなかなかの好評だった。
マーカスが、手順は覚えました!と言ってくれていたので、きっとそのうちおやつに出てくることになるだろう。
このレシピをどこで?!といった騒ぎになったらどうしよう、と少し危惧していたものの、マーカス曰く平民の間でありふれている焼き菓子に似たようなものがあるらしく、あれをきちんとした材料で作るとこうなるんでしょうねえと言ったものだから、あまり詮索されなかった。
兄様も普段と変わりなく、私と接してくれている。
多分何かしらのことは考えているんだろうけど、そういうのを全部飲み込んでくれると決めたんだろう。
私も、「今は」黙っているけれど、いつかその時が来たら前世のことを話すと決めた。
そう決めたら少し気は楽になったし、兄様にはいつも通り甘えさせてもらうつもり。
そして、なによりシマ。
『循環』がとてもはかどったらしく、一気に大きく力を取り戻したのだとか。
その結果がこのおしゃべり。
夢の中でなくても、現実の鳥の姿でも話が出来るようになったのだ。
私は鳥として言葉を発しているのかと思っていたんだけど、どうも違うらしい。
いやだって、前世ではしゃべるインコとかいたから、てっきりそれだと・・・。
「むしろシマ、私が言葉を教え込んだから話せるようになりました!の方がいいんじゃないの?そしたら、私だけじゃなく兄様とも話せるよ」
『シェアトと話してもねえ』
残念ながら兄様は風のエレメンタルの加護はあまり高くないらしく、シマ的には『循環』に適さないらしい。
邸に戻ってきたときには、学院生活でたまっていた風の精霊力を『循環』したものの、これから邸にいる間はそこまでたまらないだろうという予測だとか。
いやいや、普通の貴族は物作りしないもの、仕方ないよ。
「マーカスにクッキーちょうだい、とか言えるのに」
『それは魅力的だけど』
シマは羽をひゅるっと動かす。それだけで肩をすくめたように見えるのは、やっぱり言葉で意思疎通が出来るようになったからだろうか。
「うーん。長さ的にはこんなものなんだけど、シマはどう?『循環』は?」
『うん、いい感じだよ』
シマは集中するように目を閉じると、身体が淡く碧色に光る。
その碧色のオーラに反応するように、私の手元も淡く光る。
私の手元・・・毛糸、棒針、そして編みあがったばかりのマフラー。
その全部が淡い碧色に光ると、すうっとシマに吸い込まれていった。
編みあがりの端っこを始末していると、そこからもオーラが溢れてくるのがわかる。
シマは吸い込んだオーラを体全体で感じるようにしばらくじっとしていたけれど、やがてゆっくりと目を開けてふるっと体を揺らした。
『ありがとう、シャル。もうほとんど完全に力を取り戻したと言ってもいいと思う』
「ほんと?!よかったー!」
ほっとして、私はうーんと大きく伸びをする。その拍子に、首のあたりからポキッと小さく音がした。
ここしばらく、結構根を詰めて作業をしていたので肩が凝っているのかも。
「あーでも、さすが若い身体だなあ。ちょっと肩が重いかな程度で済んでるんだもの。前世の身体なら寝込むレベルで肩凝るよ、きっと」
『ふふっ、ごめんね、シャル。無理させちゃって』
「いいよいいよ、シマのためだもの」
そう答えながら、私は持っていた棒針をかざしてみせる。
「これだって、エスバンの手作りだから『循環』の足しになったんでしょ?」
『そうだね』
でも、とシマは少し楽しそうな声色で続ける。
『まさかシャルにこんな特技があるなんてね』
特技、というわけでもないのだけれど。
シマはパウンドケーキの作成による『循環』によって、私と話すだけの力は取り戻した。
だけど、王都まで戻るには何があるのかわからないから、念のためもう少し力を取り戻した方がいいんじゃないかって思ったんだよね。
そのために何が出来るかって考えた結果が、この編み物だった。
普通、貴族令嬢の嗜みと言えば刺繍というイメージだ。
だけど、かぎ針を使ったレース編みも結構ポピュラーな趣味らしい。
でも残念ながら私は前世からかぎ編みはやったことがなくて、今世では刺繍の時間はほんとに嗜み程度。
それならば、前世で趣味の1つとしてやっていた棒針編みならなんとかなるんじゃないかなって思ったわけで。
棒針編みをやろうと思い立ったものの、フロンターレ家ではなのか貴族家ではなのかはわからないけど、棒針編みというのはあまりする人がいないらしい。
なので、棒針がなかった。
なければどうする?作るしかないよね。
とはいえ、さすがに自分で作るのは無理だったのでエスバンにお願いして、ニーナからもらった毛糸と同じぐらいの太さの棒針を2本作ってもらった。
さんざん何に使うんだって聞かれたし、なんならちょっと目の前で編んでみせなきゃいけなかったけど、おかげでつるつるした素材のとてもいい棒針を作ってくれた。
『ところでさ、シャル』
「なに?」
『それって、誰にあげるの?シャルのじゃないよね?』
編みあがったのは、落ち着いた茶色のマフラー。
二目ゴム編みとなわ編みを組み合わせただけの、いたってシンプルなマフラーだ。
さすがに私が使うには、少し渋すぎる。
「父様のよ、もちろん」
もう今は冬3の月で、春月、つまり暖かくなる季節は目の前だ。
とはいえ、馬で毎日のように領内を駆け回っている父様からしたら、思わず首をすくめたくなるような冷たい風が吹く日だってまだまだある。
なので、何か編もうと思った瞬間、思いついたのは父様のマフラーだった。
さすがに編み図も無しで編もうと思ったら、それぐらいが精一杯だ。
シマがどことなくおそるおそるといった感じで聞いてくる。
『エルドにだけ、なの?』
「そうだけど?この間は父様の秘蔵のお酒をもらっちゃったしね。それに、マフラーって母様と私はさすがに使わないし、兄様だってもうすぐしたら学院に戻るでしょう?多分いらないだろうなって思って」
『ええー・・・』
知ーらない、って小さくつぶやいていたシマに首をひねったものの。
その訳は、すぐにわかることになった。
夕飯時にマフラーを渡した父様が、小躍りするかの如く大喜びしたのは想定内だったけど。
自分の分はない、ってわかった時のシェアト兄様のショックの受け方がひどかった。
まじでこの世の終わりかってほどの絶望感溢れるその落ち込み方に、シマが言ってたのはこの事かと反省したのも後の祭り。
結局、またこの日から私はマフラー作りに再度取り掛かることになったのだった。




