37.フロンターレ家の気取らないお茶会
どうにか更新間に合いました!
バターの香ばしい匂いと、砂糖の甘い匂い。
こればかりは自分でお菓子を作らないと得られない快感だ。
その匂いがいっぱいに広がる調理場で、マーカスは石窯オーブンからパウンドケーキを2つ取り出してくれた。
さすがマーカス・・・!めちゃくちゃ美味しそうに、黄金色に焼けてるし!!
「美味しそう、ですね」
ハイルが思わずといった感じでつぶやき、ごくっとつばを飲み込んだのがわかる。
「ハイル、まだ仕上げが残ってるよ!」
「仕上げ?」
私はマーカスにあらかじめお願いしていたものを持ってきてもらう。
1つは、さっきケーキに入れたブランデーの残り。
もう1つは、湯煎してゆるめた蜂蜜をレモン汁でのばしたものだ。
その2つを、2つのパウンドケーキそれぞれにスプーンで塗っていく。
蒸気と一緒に広がる蜂蜜レモンの香りと、ブランデーの香り。
「これはまた・・・うまそうですな」
マーカスがくんくんとブランデーケーキの方を匂ってそう言う。
「お父様のおすそわけだからね!ありがたく使わせてもらったよ」
私がえへん、と胸を張ると「上出来です」とサムズアップしてくれるマーカス。
「シャル、こっちも美味しそうだね。いい匂いだ」
兄様は蜂蜜レモンケーキの方を気に入ったようで、いい笑顔になっている。
うん、ブランデーの匂いと味は子供にはなかなかきついからね。
ちなみに前世の私は割といける口だったので、ブランデーケーキは大好きだ。
パウンドケーキを焼くときは、バニラエッセンスではなく大抵ラム酒やブランデーで香りづけするのが主だった。
今は子供なのでさすがに飲むわけにはいかないけど、ケーキぐらいならいいだろうと思うとちょっとわくわくしてしまう。
「あとは固く絞った布巾をかけて乾燥を防いで・・・明日のお茶の時にいただくことにしましょう!」
そう宣言すると兄様が驚いたように「今日のお茶ではないのかい?」と聞いてきた。
「はい。このケーキは少し時間を置いた方が美味しいんですよ」
「そうなんだ・・・すぐに食べたかったなあ」
「ピチュ!」
・・・シマもなんか訴えてるけど気にしない。
そして、翌日のお茶の時間。
よく晴れた小春日和の気候だったので、庭のガゼボでお茶をすることになった。
それを聞いて集まったのは私と兄様とシマ、そして母様と父様。その他大勢。
いつもなら私と母様と2人のことが多いのだけど・・・なにこの人数。
「だって、私が食べないと同じものを作れないでしょう!」
胸を張って言うマーカスと、その横で目をキラキラさせているハイル。
この2人はまだわかる。昨日作ってる時にさんざんお世話になったから、元から食べてもらう気だったし。
それ以外にずらっと並んだメイド陣。
私付きのニーナはともかくアルルや他のメイド達、なぜかサマンサまでいる。
「私は別にケーキ目当てではありません。お嬢様のお茶会の作法を監督しに参りました」
それ、今日する必要あるの・・・?
そしてなぜかエスバンとヨアン。あと、カールも遠くで花壇の手入れをしながらこっちを見ているのがわかる。
「いや、なんか姫さんが美味しいものを作ったって聞いたんで」
と、エスバン。うんうんと横で真面目な顔でうなずくヨアン。
この親子は似ていないようでやっぱり似ている。
「まあいいじゃないの。サマンサ、せっかくだからあなたがお茶を入れて頂戴」
「かしこまりました、奥様」
「シャル、サマンサの見本となる作法をよく見ておくのよ」
「はい、母様」
母様が許可を出されたので、サマンサがティーポットを持ってお茶を入れてくれる。
それを父様も何も言わず、ただ穏やかに微笑みながら見ておられる。
お茶会のホストは「女主人」だ。つまり、この場では母様。
その母様がOKをだしたのならOKなのだ。それがお茶会のルールだから。
だから時々うちのお茶会にはサマンサやニーナ、他の使用人たちが混ざることもある。
これは雇用側と被雇用側の距離が近いフロンターレ家ならではの光景で、他の伯爵家やあるいはそれよりもっと上の侯爵家などではありえない図だと思う。
実は私は、こんな気さくなお茶会をとても気に入っている。
最近は私のレッスンを兼ねていた関係で私と母様2人だけというのが多かったので、今日は楽しくなりそうだ。
「アンヌ」
母様が母様付きのメイドであるアンヌに声をかける。
アンヌは心得ているとばかりにうなずくと、脇テーブルから綺麗に切りそろえられたパウンドケーキを2種類持ってきてくれた。
ブランデーケーキと、蜂蜜レモンケーキ。どちらもしっとり馴染んで美味しい頃合いのはず。
私と母様、父様と兄様のお皿にそれぞれを一つずつのせてもらい、あとは下げてもらう。
サマンサが配ってくれたお茶を一口飲んだ後、母様が声を発した。
「では、いただきましょう」
さっそく口にブランデーケーキを運ぶ。
さっくりとした外側と、しっとりした内側。上出来だ。
卵を共立てして作ったパウンドケーキは、少しどっしりとした重さがある。
ベーキングパウダーを使ったもののようなふわふわ感は少ないが、個人的にはこのどっしりした感じが好きだ。
レーズンとほのかに香るブランデーが相まって、大人の味だ。
「これは・・・香りがいいね」
父様が嬉しそうに笑ってブランデーケーキを食べている。
そう、父様がおすそ分けしてくださったお酒の味ですから。気に入ってもらえて何より。
「甘くておいしいけど、甘いだけじゃなくて少し酸っぱいのが癖になるね」
兄様はやっぱり蜂蜜レモンケーキの方が好みだったようで、もぐもぐと嬉しそうに食べている。その姿はいつもよりどこか子供っぽい無邪気さがある。
「とても美味しいわ。お茶会に出すにはもう少し華やかさが欲しいけれど、どうにかなるかしら?」
さすがの母様は目先にとらわれず、そんな質問をしてこられる。
「もう少し薄く切って生の果物やクリームを添えたり、ハーブで飾るのもいいのでは」
「そうね。そのあたりはまたマーカスに研究してもらいましょう」
私の答えにうなずかれた母様は、マーカスにも目配せされた。
マーカスが待ってましたとばかりに大きくうなずくと、さっそくナイフを手に取る。
それから集まった人数を確認して、残ったケーキをさらに何等分かしている。
うんうん、みんな食べてね。いつもお世話になってるからね!
「まあ、これは」
「美味しいです!」
「ほう、いけますな」
「姫さんが作ったのか?本当に?」
若干1名引っかかる発言もあるけれど、おおむね好評のようでよかった。
「シマ、どうかな」
そして、実は今回の一番の目的であるシマ。
私の席の横で、かなり小さめに切られたケーキをつついている。
精霊だったら大丈夫かな?とは思いつつも、上のブランデーやシロップがかかった部分は避けて、真ん中の柔らかい部分を切ってある。
それを器用にくちばしでつまんで食べているシマが、ふるっと身体を震わせた。
不意に、シマの羽の色が一瞬輝いたように見えた。
シマを包むようにして碧色のオーラが広がり、すうっとシマの身体に吸い込まれていく。
「シマ?」
声をかけると、シマは黙って私の顔を見た。
それから飛びあがって、私の肩に乗る。
「シマ、美味しかったの?どうだった?」
聞いてみると、シマはそっと私の耳に身体を擦り付けた。
『美味しいよ、シャル。ありがとう』
耳元ではっきりと聞こえたその言葉に驚いてシマを見る。
シマの小さなくちばしから、小さな声がこぼれだす。
『シャルのおかげですごく大きな『循環』が出来たよ。あともう少しだ』
シマが・・・しゃべった・・・!
明日は予定通りお休みします。
また月曜日から投稿再開いたします。




