36.前の私と今の私
パウンドケーキが焼けるのを待つ間、後片付けを手伝うつもりだったんだけど、それはマーカスとハイルに拒否された。
仕方ないので調理場の隣の小部屋、いつもマーカスとハイルが休憩したり私がおやつをもらって食べたりするところで椅子に座って待つことにした。なぜか兄様も一緒だ。
ハイルが気を使って冷たい果実水を入れて来てくれた。
井戸から汲んだミネラルウォーターに、オレンジやレモンやハーブを入れたもの。とても美味しい。
フロンターレ領はワイン用のブドウだけでなく、他の果物の栽培も盛んだ。
山間の地域を除くと水も豊富なので、恵まれているなと思う。
パタパタ、と小さな羽音がして調理場の方からシマが肩に飛んできた。
ずっと棚の上にいたけれど、うまく『循環』出来たのだろうか?
「シマ?どうだった?」
この言い方でわかるかな、と思いつつ聞いてみる。
「ピチュ」
・・・さすがに何言ってるのか、わからないな。またお話をするために、夢の中に来てくれたらいいんだけど。
でも、なんとなく「食べてからね」と言われたような気がする。
ふと、隣にいるシェアト兄様の方を見る。
さっきから言葉少なく、何かを考えているように見える。
「兄様?どうかされましたか?」
「ん」
兄様は我に返ったかのようにこちらを見る。
私を見つめるその表情に、どこか訝し気な節があるのを見て戦慄する。
・・・これはひょっとして、『私、また何かやっちゃいましたか?』案件だろうか。
よく考えたら、パウンドケーキのレシピはどこから知ったんだって話よね。
兄様には、私が前世の記憶持ちだって言っておいた方がいいのかな。
でも、兄様に頭のおかしい妹だって嫌われるのは結構辛い。
いや、むしろ嫌われるより今よりもっと過保護になりそうで、どっちかといえばそれが辛い。
このフロンターレ家が没落する、とかあるいは私が断罪されるとかなら打ち明けて色々協力をお願いするのも一手だとは思う。
だけど、エレメンタルプリンセスになれようがなれまいが、正直あまり変わりはない。
今の生活で満足しているから、チート領地経営も新しい流行の生み出しもするつもりもない。
ならば打ち明ける必要があるのか疑問。
「ねえ、シャル」
どうしようかと考えていると、兄様が呼びかけてきた。
真剣な表情に、瞬間的に覚悟を決める。
「はい、兄様」
「シャルは、本当にエレメンタルプリンセスになるのかもしれないね」
・・・・・・え?
思いもよらなかった言葉にきょとんとして兄様の顔を見返してしまう。
兄様は照れたように笑って言葉を続ける。
「シャルは僕には興味がないのかと思ってた」
「はあ?!」
何を言い出すの兄様!
「いや、昔の話だよ?昔、と言うほど昔でもないけど、そうだな、君が12歳になったころぐらいまで」
「・・・なぜですか?」
私が前世の記憶を取り戻したころぐらいまでの話?
でも確かに、優しい家族の姿は記憶にはあるものの、ちょっと朧気な部分がある。
それまでは毎日を何考えて過ごしていたのか思い出せないというか、特に大きな出来事がなければ変化のない日々を送っていたような気がする。
「なぜ、と言われたら難しいんだけどね。シャルはどことなく心ここにあらずな感じで、毎日笑ってはいたけど本当に楽しいのかなっていつも思ってた」
兄様は思い出したのか、少し寂しそうな顔になって続ける。
「僕に、というよりも何にも興味がない感じ。だけど時々ふっと顔に生気が出てマーカスのクッキーをもらいに調理場へ忍び込んでたり、ニーナと遊んでいたり、エスバンに馬にのせてもらっていたり。なぜその顔を僕に、家族に見せてくれないのかなって」
・・・・・・。
それは・・・。
それは多分、私が「家族」を知らなかったからじゃないだろうか。
「家族」を知らないというか、「家族との付き合い方」を知らないというか。
前世の家族である父と母は私が小学生の時に、事故で亡くなっている。
そこからは祖父母に育てられたが、祖父母も忙しい人たちで衣食住は保証されたがどこかに遊びに連れて行ってもらうとかそういうことはなかった。
当時大学生で1人暮らしをしていた叔父とも、当時はほとんど関わることはなく。
子供時代は寂しい思いを何度もしてきた。
幼い頃は前世の記憶を取り戻していたわけではないのだけど、家族への甘え方や関わり方がわからなかったんじゃないかな。
「・・・ごめんなさい、兄様」
「あああ、謝らなくていいんだよ、シャル!」
兄様は慌てたように両手を目の前で振る。
「本当にそれは、以前の話だから。今の君は毎日生き生きとして楽しそうだ。父上と母上もそう言っているから」
そうか、私がいないところでそんな話も出てたんだ。
兄様だけじゃなく、父様と母様もそう思ってたんだね。
出来れば、生まれた瞬間に記憶を取り戻したかったな。
そうしたら、今度は家族の愛情をたっぷり感じながら幼い頃を過ごせたのに。
いや、違うか。それはちゃんと覚えているし感じている。
ただ私が上手く返せなかっただけで。
私は思わず目の前の兄様にぎゅっとしがみつく。
「シャル?!」
「兄様、私、兄様が大好きです!もちろん父様と母様も大好きです!この家が大好きで、この世界が大好きです!」
「ピュッ」
「シマも大好きよ、もちろん!」
「ピュピュ」
兄様はあわあわしてたけど、落ち着いたのかそっと抱き返してくれた。
「うん、僕もシャルが大好きだよ。君が僕の妹でいてくれて本当によかった」
そっと私の髪をなでる兄様。優しい優しい手つきだ。
「だから、シャルは何も心配しなくていいんだ。君は気づくと父様や母様や僕に甘えるようになって、面倒がっていた視察も楽しむようになって、逃げていた教養や礼儀の勉強も積極的にこなすようになった」
・・・なかなかひどいな、記憶が戻るまでの私って。
でも、冷静に思い出してみると確かにそうだ。
子供だからとも思ってたが、何に対しても無気力だった気がする。
「それどころか全く知ろうともしなかった学院の話を聞きたがったり、魔術や剣術に興味を持ったり、周りに気を配れたり、知らないお菓子を作ろうとしたり。誰なんだ君は、と思うこともあるけどね」
・・・うん、これは色々察してるな。さすが兄様だ。
色々察したうえで「心配ない」「大好きだ」って言ってくれたんだ。
心が温かくなる。私の大好きな兄様。大好きな家族。
兄様はそっと私の身体を離し、肩を軽くつかんで目を合わせて言う。
「シャルの心境の変化が何かはわからないけど、僕は今の君がとても素敵だと思うよ。シャルならきっと、エレメンタルプリンセスになれる」
いつか、シェアト兄様には話そう。私の前世のことを。
多分、理解してくれる。いや、理解できないかもしれないけど、私が思ってきたことは感じ取ってくれるに違いない。
「・・・はい。兄様、私、頑張ります」
私もにっこりと兄様に向かって笑ったところに、調理場のマーカスから声がかかった。
「お嬢様、どうでしょう?結構いい色になってきましたよ」
「・・・いい匂いだ」
兄様の言葉にスン、と鼻を鳴らすと確かにこの部屋にも調理場から、甘くて香ばしい匂いが漂ってきている。
「兄様、焼けたようですわ!行きましょう」
兄様に向かって手を伸ばすと、兄様は満面の笑みでその手をぎゅっと握ってくれた。
そうして私たちは、仲良く手をつないで調理場へと向かった。
土日はどちらも予定があるため、「土曜日は更新出来たらする、日曜日はお休み」になります。
楽しみにしていただいている方には申し訳ございません。




