35.パウンドケーキならなんとか
ピカピカに磨かれた調理台の上に、卵が3つ。
横に並ぶのが小麦粉、砂糖、バター。すべて卵3つ分と同じだけの分量。
そう、私が作ろうとしているのはパウンドケーキだ。
パウンドケーキは1ポンドづつの4つの材料を混ぜ合わせるということから名前が付いたケーキ。
そう。分量は覚えてないけれども、1ポンドじゃなくても、全部同量で作ったらなんとかなるんじゃないの?という安易な考えに基づいたものだ。
「シャル、何を作るんだい?」
ちょっとわくわくした声をかけてくるのは、父様だ。
・・・なんでここにいるんだ。その横で同じように目を輝かせている母様にも聞きたい。
父様、母様、もちろん兄様、そしてマーカスにハイル。当然いつもの棚の上にシマ。
皆が勢ぞろいしてしまっている。
「えーっと、パウンドケーキっていう・・・」
「「「ケーキ!!」」
期せずして、父様と母様、それから兄様の声がハモる。
「ケーキって、あれでしょう・・・クレームサンタ?だとかで飾り付けたお菓子ですよね」
マーカスが聞いてくる。
クレームサンタ?もしかして、クレーム・シャンティかな・・・フランス語で『泡立てた甘い生クリーム』のことだ。
前世で亡くなった母さんが使っていたという、某有名調理師専門学校の古い料理本。
それをそのまま愛用していたんだけど、あの本ってお菓子の材料の名称が全部フランス語読みなんだよね。
クレーム・シャンティやらアマンドやらパートブリゼやら書かれてて、最初何のことだかわからなかったよ・・・。
それはともかく、生クリームで飾られたデコレーションケーキも、王都では高位貴族の式宴には出てくるらしい。
だから父様と母様、兄様はケーキとしてそれを認識したのね。
フロンターレ領で最先端を行くマーカスも、さすがに知っているだけで作ったことも食べたこともないみたいだけど。
「ううん、多分みんなが知っているケーキとは違うと思う。クリームとか使わないよ」
生クリームがあれば作れるかもだけど、スポンジケーキは分量がわからない。
まあでも、研究してみてもいいかもな。作り方はざっくりだけど覚えてるし。
言いながらも私はバターに用意した砂糖を入れ、すり混ぜる。
ほんの少しだけ砂糖は減らした。あまり分量をいじるのは良くないので少しだけ。
「マーカス、お砂糖の残りはいらないから返すね」
声をかけると、マーカスはうなずいて砂糖を片付けてくれた。
この世界の砂糖は三温糖のような色と風味だ。甘味は強くないけど、優しい味。
「兄様、こうやってぐるぐるかき混ぜてもらえますか?」
「うん、わかったよ」
シェアト兄様は嬉しそうにボウルを受け取ると、ぐるぐるとかき混ぜてくれる。
ちゃんと、私の指示でエプロン代わりに清潔な布を腰に巻いている。粉で汚れるかもだし。
頭に三角巾もつけて、料理する美少年。絵になるね!
うんうんと満足げに見ていると、そわそわしていた父様が口を出してきた。
「シャル、父様には?父様は何か手伝えることはないのかい?」
「父様には特に・・・あ」
いいことを思いついた。
「父様、父様の秘蔵のお酒ありましたよね?あれをちょっとだけくださいな」
「え?」
父様が夕飯後に居間で母様とお話ししながら、少しずつ楽しんでいるあのお酒。
匂いからして、多分ブランデーの一種だと思うんだよね。
「この小さなコップに半分ぐらいでいいです」
「む・・・わかった」
父様はなんだか納得いってなさそうだったけど、ブランデーを取りに行ってくれた。
その間に私は卵を割って別のボウルに入れて、かき混ぜる。
「シャル・・・卵が割れるの?」
母様が驚いたように見てるけど、母様は割れないのね・・・。
「マーカスがクッキー作るの見てたら、覚えちゃったんです」
「確かにお嬢様はよく見てましたね」
マーカスが言うと、母様も納得したようにうなずいた。
よかった、時々調理場忍び込んでおいて。マーカスのクッキー欲しさに忍び込んでは、見つかってしょぼんとしたふりをして作ってもらうという計画的犯罪でしたが。
「シャル、どうかな?」
兄様がすり混ぜてくれたバターも空気を含んで白っぽくなってきている。頃合いだ。
「じゃあ、卵を入れますから、かき混ぜてくださいね」
「わかった」
分離しないように卵をスプーンに少しずつ取って入れる。ここが一番面倒で気を遣うところ。
ついでにマーカスにお願いして秋のワイン用ブドウの余りを干したもの、つまりはレーズンなんだけど、それに粉をまぶしておいてもらった。
母様が卵を入れるのをやりたそうだったので、代わってもらって粉の準備をする。
大きなザル型の粉ふるい。前世で使っていたのはハンドルでガチャガチャしてふるうやつだったので、実はこれは使ったことがない。
粉を飛び散らさないようにそろっとやっていると、マーカスが見るに見かねて手伝ってくれた。
「お嬢様、これにもコツがあるんですよ・・・」
なんか憐れむように言われたけど、私だって出来るよ?!
道具が違うだけなんだから、下手でも気にしない!気にしてないんだから!!
と、そこへ父様の帰還。コップに本当に半分くらい。むしろ半分もない。
貴重なお酒だものね・・・ごめんね、父様。
「シャル、どうかしら?」
母様が言うので生地を覗いてみると。
・・・ちょっと分離しかけてるな。でもこれはもう仕方のないレベルだし、粉入れたらどうにかなるだろう。
「いい感じです!」
母様に答えて父様から受け取ったブランデーをスプーン1杯だけいれる。
「残りはもう使わないのかい?」
「あとでまた使います」
しょぼんとしないで父様。
マーカスに粉をいれてもらい、レーズンをのせると、レーズンを粉まみれにする感じで木じゃくしで混ぜ込む。
「ハイル、オーブンの準備は出来てる?」
「はい、お嬢様!大丈夫です」
出来上がった生地を2つの型に流し込み、トントンと軽く落下させて空気を抜く。
「マーカス、お願いします」
「ではここからは私が」
マーカスが生地の入った型を鉄板にのせ、オーブンに大きなスコップみたいなもので入れてくれる。
石窯ピザとかで見たことあるやつ。というか、そもそもオーブン自体が石窯オーブンだ。
あとの火力はマーカスにお任せすることになる。
170度で60分、とか言っても出来るかどうかわからないし「生地が膨らんでいい焼き色になったら取り出してね」と言っておいた。
あとは、待つだけだ。上手くできますように。




