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34.マーカスとの攻防

「駄目ですな。お嬢様にそんなこと、させられません」

フロンターレ家の調理場。

私の前にいるのは、腕を組んで仁王立ちしている料理人・マーカス。

「そこをなんとか!」

手を合わせてマーカスに頼み込む。その眉間に深く寄っていたしわが、むむむと揺れる。

マーカスの後ろでは、ハイルが洗い物をしながらこちらをちらちら見ている。

「料理を作るには、刃物と火の取り扱いを覚えなきゃなりません。意外と難しいのですよ」

「う・・・」


マーカスの言葉に、そんなことはわかってるよ~!と返したくなるが、我慢。

実際に今の私はおやつをもらいにこっそり忍び込む以外は、調理場に来ることはない。貴族が何か料理を作るというのは、趣味レベルでも滅多にない話なのだ。

前世では普通に料理していたとはいえブランクもあるし、子供の身体でどこまで同じように出来るかはわからない。

でもねえ・・・。

私は棚の上、天井そばにちょこんととまっているシマを見る。

その目が「頑張って押せ!」と言っているようで、口をとがらせて抵抗してみせた。


夢の中で聞いたシマの願いは、「王都に帰れるぐらいの大きな『循環』を起こすためには、シャルが何か物作りをして欲しい」ということだった。

物作り。今の私にとって、これほど難しいものはないともいえる。

だって、そんな環境にないのだもの!

家のことはすべて使用人がやってくれる。便利な魔道具だってある。ワイン造りにも関わることはないし、そもそも時期が違う。

紙パックやストローやセロテープやのりがあったら工作ぐらいは出来ただろうけど、そういうものもないし。


朝起きてからずっと考えていて、どうにか出来そうなもの、でまず思いついたのが料理だった。

おにぎりとか味噌汁とか・・・でもこの世界、さすがにお米とか味噌とかないのよね。完全に洋風だから。

玉子焼きとか肉野菜炒めとかその辺ならできるかな、と思ってマーカスのいる調理場にやって来た。

そして大反対を受けて今に至る。


マーカスの気持ちはわかる。

神聖な仕事場を子供に荒らされたくないだろうし、彼も他の使用人同様私に対して超過保護なんだよね。

私が刃物で指を切ったり、火傷したりなんてことがあったら責任取って料理人を辞めかねない。

でも私だって、引くわけにはいかないんだよ~!!と思ってたら、そこに救世主が現れた。


「どうしたの、シャル。こんなところで」

「兄様!視察から戻ってこられたのですか?」

シェアト兄様が、調理場の入口から顔を出してこちらを見ていた。

兄様は朝から父様と視察に出られてて、まだ外套を着たままだ。

軽くうなずく兄様に、マーカスが声をかける。

「おかえりなさい。お嬢様が無理をおっしゃってるんですよ・・・若様からも説得してください」

困った声のマーカス。兄様に訴えるなんて、ずるいぞ!

「違うのよ、兄様。あのね・・・」


「なるほどね」

シェアト兄様は私とマーカスとそれぞれの言い分を聞いて、納得したようにうなずかれた。

そして、私の方を向いて優しい声で言う。

「シャル、マーカスの言うとおりだよ。慣れない料理をして、怪我でもしたらどうするんだ?僕も剣で切ったことがあるけど、刃物の傷は痛いんだよ?」

・・・ですよねー。兄様は誰より過保護ですものねー。うん、知ってた。

私がしょぼん、とうなだれると兄様は少しおかしそうに笑って、今度はマーカスの方を向いた。

「だけどね、マーカス。せっかくシャルが新しいことに挑戦したいって言ってるんだからさ。君が手助けできるところはして、どうにかやらせてあげられないかな?」

・・・・・・!

兄様は神ですか!

マーカスは兄様のお願いにやれやれと大きなため息をつくと、渋々といった感じでうなずいてくれた。

「じゃあ、切るのと焼くのは私がします。それ以外をシャルリア様がなさるというのなら構いませんよ」

「ほんと?!マーカス、ありがとう!!」

「今から昼食の準備にかかりますので、昼食が終わり次第また来てください」


シェアト兄様と2人、調理場を退出して居間へ向かう。

シマはそのまま調理場に残っているみたいだ。

これから昼食作りならちょうど『循環』出来るからいいんだろう。

部屋の中に入って外套を脱いだ兄様はそれを控えていてくれたニーナに渡し、温かい紅茶を入れてくれるよう頼んだ。

そして、ソファに腰を下ろして私にもすすめる。

父様と母様はどうやら執務室のようで、こちらにはおられない。

私はソファに座る前に、あらためて兄様に頭を下げた。

「兄様、ありがとうございました!」

「ふふっ、どういたしまして。それで、何を作るんだい?」


問題はそれだ。

私もソファに腰掛けながら考える。

前世でもいろいろ料理は作った。両親を早くに亡くした1人暮らしとして、最低限の家事は出来なきゃいけない状況だったから。

とはいえ奨学金を受けた貧乏学生だったり、社会人になってからも夜討ち朝駆け上等な葬儀社勤務だったりで、そこまで手の込んだ料理を作ることはあまりなかった。

簡単に出来て美味しいもの、として材料切って焼くだけ、切って煮るだけ、みたいなものしか作ってなかった。

だから切ったり火を使ったりしない料理っていっても、あまり思いつかなくて・・・サンドイッチとかかなあ。

でもサンドイッチだとマーカスが材料を切ってくれたとして、私はバターぬってパンに挟むだけ?幼稚園児のお手伝いレベルだよね。

それって『私が』料理したって言えるんだろうか?

どのレベルまで必要なのか、シマに詳しく聞いておけばよかった。


お菓子なら混ぜるだけ、で出来るものもある。サンドイッチよりまだマシかな?焼くのは任せるにしても。

混ぜるだけ、といえばプリンとか?

プリンなら卵と牛乳と砂糖とを混ぜて、電子レンジで・・・ないよ!電子レンジはさすがにない!

ってことは蒸すしかないよね。火を使うのか・・・。

うーん、蒸すならマーカスにお願いしたらいいか。フライパンでも出来るし。

今は冬だし、冷やすことも出来るからきっと美味しいよね!

いや、プリンは無理か。レシピは覚えていても、材料の分量がわからない。

お菓子作りは分量がかなり大事。おかず作るときみたいに目分量は無理。

まてよ・・・分量か。あれならいける?

うまくいくかわからないけど、やってみるか。


「思いついたものはあります。兄様も手伝ってくれますか?」

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