33.シマの願い
「それでシマ、私は何をしたらいいの?」
問いかけると、シマは嬉しそうに笑ってうなずいた。
「シャルは本当に理解が早いね。うん、実はお願いがあって夢に入らせてもらったんだよ」
そりゃそうでしょ、と私は軽くうんうんと首を振る。
「シマが困っているなら、私はいくらでも力になるよ。出来ることはたかが知れてるだろうけどね」
私の言葉を聞いて、シマは体中で喜びを表現するようにくるくると回転した。
風も吹いてないこの場所でも、まるで風に乗るようにふわふわと漂う。
あっちへ行ったり、こっちへ来たり。
遊んでいるとしか思えない子供の姿なんだけど、精霊様なのよね。
私は多分、他の人に比べたら精霊様に対する崇め奉る気持ちは少ないと思う。
なにせ前世は無宗教。年末年始はクリスマスを祝い、大晦日にはお寺に行って鐘をつき、年が明けたら神社に初詣に行くという典型的な日本人。
ただ、まったく精霊に対する畏敬の念がないわけではない。
日本にも昔から『八百万の神』がおられるという考え方があり、実際無宗教という日本人もほとんどがこの考え方をしてるんじゃないかなって思う。
なのでこの世界では八百万の神じゃなくて八百万の精霊様がいるんだなあってごく自然に受け入れている。
シマに対して畏怖したり絶対的に崇拝する強い気持ちはないけれど、素直に首を垂れるというかいつもありがとうと感謝する気持ちは自然に沸く。
だから、シマが困っているなら出来る限り力になりたいとは心から思うのだ。
そして多分、シマの願いは元の居場所に戻ることだろう。
「元の場所に戻りたいんでしょ?どうやればいいの?」
シマは漂うのをやめて、また私に向き合う。少し、照れたような笑いを浮かべながら。
「そうなんだけどね。でもねー・・・なんかもう、いいかなとも思うんだよね」
「もういいって、何が?」
「もう元の居場所に戻らなくてもいいかなって」
「ええ?!」
それはダメでしょ!
呆れる私に、シマはまるでいたずらが見つかった子供のようにもじもじする。
「ここは居心地いいんだよね。シャルのそばは気持ちいいし、エルドとルーシアも優しいし。マーカスのクッキー美味しいし、お布団フカフカだし。普通に小鳥として暮らしたいよ」
「・・・そりゃ、まあ、そうして欲しいのは私もやまやまなんだけど」
私だってシマがいる毎日は楽しい。
シマは可愛いし、いい子だ。せっかく仲良くなれたし、皆が可愛がっているし、このままずっとフロンターレ領で暮らしてほしいって心から思う。
だけど、シマは風の精霊だ。自分でも言っていたように、特に物作りに特化していないここでは『循環』があまり出来なくてまた身体が弱ってしまうかもしれない。
「シマ、私もシマにずっと居てほしいけど。でも、この家ではシマの『循環』にも限界があるよ。だからやっぱり、元の居場所に戻った方がいい」
「・・・うん」
「お別れするのはつらいけど、シマが遠くで元気にやってくれるなら、その方がいい」
ちょっと目から色々零れ落ちたけど、きっと気のせいだ。
目の前のシマが歪んで見えないけど、それもきっと気のせいだ。
「シャル・・・ありがとう」
シマがふわりと飛んできて、小さな手で私の頭を包む。暖かい。
その小さな胸の中でゴシゴシと目をこすると、私はシマの両脇に手を入れて抱き上げた。
「さあ、シマ!どこまで帰るの?遠い?」
「そこまでじゃない。王都の、アルトゥース工房って所だよ」
・・・・・・。
・・・・・・アルトゥース工房?
「ええええー!ゼファス様のとこ?!」
驚いたけど、よく考えたら当たり前じゃないか!!
シマは風の精霊。この王国で一番風の加護が高く、『循環』が盛んにおこなわれるとしたら、それはアルトゥース工房に決まってる!
なぜ気づかなかった私!ゼファス様のことなのに!
「駄目よシマ!今すぐ帰らなきゃ!!きっとゼファス様が困ってるわ!」
「シャル・・・さっきの涙はなんだったの」
シマがなんだかちょっと冷たい目になっちゃってるけど仕方ない。
シマはくるんと宙返りして私の手から抜け出し、不思議そうに私を見る。
「というかシャル、ゼファスを知ってるの?」
「・・・あ」
そうだ、この世界の私はまだゼファス様を知らないんだった。
せめて王都に住んでいたのなら噂とかで聞くこともあっただろうけど、ここは王都から離れた場所。
いくら優秀とはいえ、学院入学前の少年のことが話題になることなんてまずない。
ごまかそうかとも思ったけど、そもそもシマは精霊だ。
もう全部話してしまうことにした。
「えーっとね。私には、前世の記憶があるの」
私には前世の記憶があり、その世界ではとうに成人していたこと。
そこで楽しんでいたお話の中の世界が、この世界にそっくりだったこと。
精霊王、精霊使徒、エレメンタルプリンセスの存在もそれに出てきたので知っているし、ノルディスやゼファス様のことも精霊使徒として認知しているということ。
ゲームって言って理解できるかわからなかったので、そのあたりは「お話の中の世界」といった感じでごまかしちゃったけど。
シマは驚きもせずに、すんなり受け入れたみたいだった。
「やっぱりね。なんだかシャルって、ちょっと違うんだよね。そのせいか」
またちょっと違うって言われた・・・あれかな、異世界に紛れ込んだ異物って感じなのかなあ?
「確かにゼファスは『循環』しやすいね。あともう数年したら、彼にボクの力を大量に注ぎ込んで精霊使徒にしたいって思っている」
「シマが精霊使徒を決めるんだ?ああでも、自分との相性みたいなものがあるから当たり前か」
「そういうこと。『循環』しやすいほどボクの力も強くなるから、それが一番なんだ」
そっかそっか。ゼファス様は成長株で、シマ・・・風の精霊様にも認められているんだね。
ゲームの中のゼファス様しか知らないけど、この世界でも頑張っているんだな。
今までおぼろげにしか捉えることが出来なかった『この世界のゼファス様』が、なんだか色鮮やかになったような気がする。
「よし!じゃあ、シマがゼファス様の元へ戻れるよう、私の全力を尽くすよ!!」
「そうやってボクのためじゃなく、ゼファスのためってありありとわかっちゃうのもなんか複雑だなあ・・・」
「ええ?!違うよ、シマのためでもあるよ?!」
「まあ、そういうことにしておくけどさ」
ちょっと不機嫌そうなシマをなだめつつ、私はシマが帰るための力を蓄えるのに必要なことを聞く。
それは、ある程度予想していたとはいえ、今の私には少し苦手な分野だった。




