28.雪の中を散歩する
「いたたたた・・・」
私はベッドに横たわり、うめく。
「お嬢様、しごかれてましたねえ」
苦笑しながら背中をマッサージしてくれているのは、メイドの1人であるアルルだ。
ニーナと同年代の15歳。ニーナのように幼馴染ではなく、2年前にうちに入ってくれたメイドで、普段は家の中の細々とした作業をしてくれているが、今日からニーナがいないのでその間は色々私の面倒を見てくれるらしい。
サマンサが朝は来てくれたが、彼女はメイド長。忙しいのだ。
サマンサの「淑女とは」という朝からのお説教、美しい所作で食べてくださいと厳しい視線を受けながらの朝食、その後の姿勢のレッスン。
この姿勢のレッスンがきつかった・・・本当に基礎の基礎です、とサマンサは言ってたしそれはわかるんだけど、普段使わない筋肉を意識したからか背中がもう痛くて痛くて。
「でも痛いってことは姿勢が悪いってことよね・・・ちょっと反省」
「ふふっ、お嬢様は他の貴族家の方々とは少し違いますからね」
アルルはここに来る以前は、王都在住の伯爵家に勤めていたらしい。
お兄様が学院に入る少し前に紹介されてうちへ来てくれた。
王都からフロンターレ領なんて大都会から片田舎に引っ越すみたいなものだし、その環境のギャップが辛いんじゃないのって思ったけど、元々アルルはうちよりもっと王都から離れた領の出身らしく、逆に落ち着きますと笑っていた。
「違うってどう違うの?他の伯爵家のお嬢様はめちゃくちゃ姿勢がいいの?」
聞いてみると、アルルはんー・・・と少し考えながら話す。
「なんというか・・・あまり動かれません。普段はずっと椅子に座っておられて、刺繍をされたりお茶を飲まれたり。動かれるのはダンスの練習の時ぐらいで。その時はすっと姿勢を伸ばしておられますから」
「あーなるほどね」
そういえば、前世で本か何かで読んだ記憶がある。
ヨーロッパの昔の貴族なんかは働かないということが動きの前提。しゃがみこんだりかがんだりってことはあまりないのだ。社交で必要なダンスが動きの基本となっているから、姿勢をすっと伸ばして胸を張って遠くを見る。
私みたいに猫背になって本を読んだりしてないってことね。
ううう、気を付けないと・・・。
「はぁ~随分ましになったわ、ありがとうアルル!」
起き上がって肩と首をぐるぐると回す。うん、さっきよりかなりいい。
「いいえ、どういたしまして。あとでメイド長の手が空き次第お声がけされるようなので、またその頃にお茶をお入れしますわね」
「うぇ・・・今度はお茶会レッスンかあ。私、今日おやつなしかも」
うんざりして言うと、アルルはまた笑いながら部屋を出て行った。
さて。
遅くなったけど・・・。
私は防寒着を羽織って、部屋を出る。
廊下はやはり寒く、朝から気温が上がってないことがわかる。
これならきっと、雪もあまり溶けてないだろう。
エントランスまでやって来ると、玄関の扉の所でエスバンと出会った。
「姫さん。メイド長の特訓は終わったのか?」
「おかげさまで無事終わりましてよ、おほほほほ」
口に手を当てて楚々と笑って見せると、エスバンは微妙な顔つきになる。
「その顔は何・・・」
「いやいや、いいんだよ。別に『姫さんは残念だなあ』とか思ってないから」
「はあ?!」
全く遠慮がない!
小さなころから兄弟のようにして育った割に常識も立場の違いもわきまえているニーナに比べ、本当にエスバンは昔から変わらない。
シェアト兄様に対してはちゃんと接しているのに、私に対しては相変わらずやんちゃなお兄ちゃんの態度だ。
私のことは使用人の中で唯一「姫さん」と呼んでいるものの、ちっともお姫様扱いしてないのも解せない。
「散歩か?」
外をくいっと親指で指すエスバンのしぐさにうなずく。
「うん。雪が積もってたみたいだから」
「寒いぞ?」
「寒いから、まだ溶けてないでしょ?」
「まあ、それはそうだけど」
やれやれと肩をすくめて、エスバンは大きくて重い扉を開けてくれた。
とたんにびゅうっと風が吹き込んで、思わず身をすくめる。
「やめておくか?」
「行く!」
意気込んで言うと、エスバンは笑いながら外へエスコートしてくれた。
「あんまり長い時間、遊ぶんじゃないぞ。風邪ひくからな。雪が固まってる部分もあるから、よく見て歩くんだぞ」
・・・どうして誰もかれも私に対してはお説教・・・じゃない、過保護なんだろう?
私が頼りないからですか、そうですか。
「わかった!ありがとう、エスバン。行ってくる!」
エスバンの忠告もそこそこに、まずは雪かきが終わっている門までの道をたどる。
門までまっすぐ続く広い道は、きれいに雪かきがされている。
向かって右側に噴水、左側に母様の花壇と小さなガゼボがある。
今は全部雪に埋もれているけれど、これはこれでまた趣があっていい感じだ。
少しだけ陽が差してきて、雪がキラキラ光っているのを眺める。
雪の日は好きだ。
前世ではあまり雪が降らない、降っても積もらない場所に住んでいた。
フロンターレ領でも実はあまり降らない。乾燥した、降水量の少ない地域なのだ。
だけど、ごくたまにこうやって降るときがある。多分、もう少ししたら溶けてしまうけど。
そのほんの少しのひと時のために、こうやって散歩に出てきたのだ。
邸の裏側は小さな林のようになっているけれど、正面側は少し低めの生け垣になっている。
これは前世でもあったけど、あまり高い塀の家だと逆に人目がなさ過ぎて悪い人に狙われやすいといった弊害を防ぐためのものだ。
セコムとかアルソックとかそういうものはないからね。
まあ、うちの領では領主を襲おうなんて人はいないだろうけど、用心に越したことはない。
「・・・ん?」
何か、声がしたような気がして振り向いた。
私をエスコートして外に出てきたエスバンが、そのまま外で雪かきした雪を寄せているのが見える。
ひょっとして、護衛か何かのつもりだろうか?
襲ってくる暴漢はいないだろうけど、屋根から落ちてくる雪に埋もれることはあってもおかしくないので、感謝しておく。
でも、エスバンの声じゃなかったな。もっとかん高かったというか・・・。
考えていたらひゅうっと冷たい風が吹いて、防寒着の前をかき合わせる。
と、裏の木々の方から雪がどさっと落ちるのが見えた。
雪と一緒に、何か動いているものも。
「雪・・・じゃないのが、今、あったような?」




