27.雪の朝はお説教から始まる
フロンターレ領から王都までは1日という表記を前にしておりますが、「朝、馬車で出発するとゆっくり休憩しながら夜には着く」ぐらいの時間だと考えていただければありがたいです。
・・・静かだな。
目を開けた瞬間にそう思った。
いや、別に邸に何かあったわけじゃない。遠くで軽い物音はしてるので、今朝もいつも通り使用人の面々が頑張ってくれているのだろう。
体を起こして、ゆっくり伸びをする。
よく眠れたな~・・・心地いい目覚めだわ。
さすがに一流ホテルのベッドなんかに比べたらスプリングとかがないだけ固いのだけど、私の自宅はせんべい布団だったのだからこっちの方が断然寝心地がいい。
ふぅ、と息をつくと同時にぶるっと身を震わせる。
寒い。そして、静か。ということは・・・。
足を下ろしてベッドから出ると、本当に寒い。
ニーナが用意してくれていたのか、ベッド傍にガウンが置いてあったのでそれを羽織る。
そのまま窓の方へ行くと、分厚いカーテンをそっと開けた。
「お!やっぱり積もってる!!」
目の前に広がるのは、一面の銀世界。
だって今はもう冬2の月だ。雪が降ってもおかしくない。
お母様自慢の庭園の花壇も、夏は涼しい噴水も、すっかり雪に覆われていた。
邸のエントランスと、馬車庫に繋がる道を雪かきしてくれている使用人たちがいるのが見てとれる。
窓をぐっと押し開けると、冷たい空気に「ひゃっ」と声が漏れる。
でも気持ちいい。冬の朝の空気は大好きだ!
「カール、エスバン、ハイル!おはよう!雪かきありがとう!」
バルコニーへ出て、下に向かって声をかけると、3人は雪かきの手を止めてこちらを向いてくれた。
庭師のカールが、腰をトントンと叩きながらそのたくましい腕を振ってくれる。
もう結構いい歳で小柄なんだけどマッチョで、誰も腕相撲ではかなわないらしい。
「おはようございます、嬢ちゃん。風邪ひくから窓は閉めなされや!」
「カールもね!腰痛めないように、無理しちゃだめよ」
冬場は庭園の仕事も少ないとはいえ、母様御用達の花壇を守る大切な庭師だ。
身体は大切にしてもらわなきゃ。
「おはよう、姫さん!そんな恰好で外に出てきたら、淑女の名が泣くぞ!」
続いて声をかけてくれたのは御者のエスバン。
使用人が雇用者の娘にかける声とは思えない気安さだが、実は彼は執事長のヨアンの息子で、私の幼馴染の1人ともいえる。
少し年上のエスバンは、もう1人の兄様みたいな相手だ。
真面目で仕事熱心なヨアンに似ず、ちょっとヘラヘラしてるというか前世でいうと「チャラい」感じなのだけど、御者の仕事はもちろん真面目にやるし、ヨアン仕込みの護衛の心得もあるというなかなか優れた人材なのだ。
「子供の夜着姿なんて誰も喜ばないでしょ!でもヨアンには内緒ね?」
「子供、って・・・まあいいけどさ」
エスバンは苦笑しながら了解とばかりに片手を上げる。
そして最後に、ハイルがおそるおそるといった感じで声をかけてくれた。
「お、おはようございますお嬢様!本日は冷えますので、温かい野菜スープをご用意してますよ!」
「まあ、本当?!ハイルもちゃんと、後で飲まなきゃだめよ?きっと体冷えちゃうから」
「あ、ありがたきお言葉・・・!」
なんだか仰々しいハイルは、割と最近うちに雇い入れた料理人見習いだ。
うちは王都ではないので来客もさほどなく、夜会に行くことはあれどこちらの邸での夜会はほとんど行われない。
そういった華やかな催しは王都のお偉いさん方に任せておけばいいさ、とは父様の談。
なので料理人はマーカス1人と、メイドが交代でお手伝いする程度で済んでいたのだ。
とはいえ、最近は領内の発展に従って領民も増えてきているし、それを統治するための父様の補佐をする人も若干増えた。
なので、マーカスの希望もあって後継者兼見習いということでハイルが雇われた。
領都にある大きな食堂の後継ぎだったんだけど、店は弟に継がせればいいからってことで家族に激励されながらうちへ来てくれた。
「お嬢さま!!!そんな恰好ではしたない!!!」
げっ。
大きな声に振り返ると、そこにはいつもの私付きメイドのニーナではなく、初老の女性が立っていた。
「サ、サマンサ・・・」
「おはようございます。お嬢様」
「お、おはようございます・・・」
慌ててベランダから部屋に戻る。
窓を閉めつつちらりと横目で見ると、やれやれと首を振っているカール、お腹を押さえて笑っているらしいエスバン、おろおろしているハイルの姿が見てとれた。
おそるおそる振り返り、サマンサの方を見る。
今日も一寸の隙も無いビシッとした姿で、姿勢よくその場に立っているうちのメイド長。
サマンサ・トルニンド。平民には無い名字があるのは、サマンサはトルニンド男爵家の出身だからだ。
噂では意にそわない政略結婚から逃げるようにしてフロンターレ領にやってきて、その境遇に同情したお婆様が雇うことに決めたらしい。
まあ、学院での伝説の恋物語の主役であったお婆様とお爺様からしたら、同情して当然よね。
ひっつめた髪と細い眼鏡が、はるか昔にアニメで見た教育係の女性を思わせる。
「なぜ、サマンサがここに?ニーナは?」
「ニーナは今日から休暇でございます。ですので私が代わりにお嬢様のお支度に参りました」
「ああ、そうだったわね」
今は冬月。
フロンターレ領内は収穫で忙しかった秋月を終え、農閑期となる。
領内では農業と酪農がおこなわれているが、どちらかといえば農業が中心だ。
その中でも盛んなのがブドウの栽培。そう、ワインが作られるのだ。
この辺りは比較的温暖な気候で雨が少なく、海に面した南隣のウィンダム領から海風が吹いてくる。カラッとした乾いた土地で、前世でいうと地中海気候といったところか。
収穫とワインの仕込みで目が回るほど忙しい秋月を終えた後の冬月は、フロンターレ領にとっては休眠の月ともいえる。
領主家である我が家はもちろんワイン醸造をしているわけではないが、酒というものは利権も大きいため平和な我が領でも様々な問題は起きてくる。
それを調整するために父様と母様、ついでに休暇で戻ってきていた兄様まで忙しくしており、ようやく冬月になってそれも落ち着いた。
なので、フロンターレ家にとっても冬月はお休みの月。
使用人には交代で休暇を与え、私たちも出来るだけ自分のことは自分でやりながらのんびり冬を過ごすのが恒例だった。
なのでニーナが休暇でいないのはわかったが、なぜメイド長のサマンサがここへ・・・。
「今日から旦那様と奥様は王都へ向かわれます」
「王都へ?・・・あ、わかった。星見の宴だ」
大正解、とばかりに微笑んでうなずくサマンサ。
星見の宴は各季節に1回づつある王族主催の大きな夜会の1つで、夏と秋の宴は忙しいこともあって父様たちが行かないことも多いのだけど、絶対参加の春の芽吹きの宴と比較的暇な冬にある星見の宴は必ず参加しているのだ。
「兄様も学院だし、私だけお留守番ね」
「はい。ですので、私が奥様の代わりに今日からお嬢様をしごくように言われました」
「え!」
唖然としてサマンサの顔を見ると、彼女は不敵な顔つきでふふふと笑う。
「エレメンタルプリンセス目指して頑張るのでしょう?」
「あ、はい」
「ではまず、殿方の前に夜着でうろうろするというはしたない行為についてのお説教から始めましょう」
「ええー!!!」




