22.婚約者候補なんてありえない
ノルディスが握手してくれたことがうれしくて、思わずえへらえへらと笑っていたらいきなりぱっと手を離された。
そして、コホン、とひとつ咳払い。
あ・・・これは。
「しかし君は、どうしてそんなにベタベタと・・・その、スキンシップが激しいのだ?!何度も言うが、貴族令嬢だけでなく一般的に淑女というものは男と気軽に触れ合うものではない!」
あ、やっぱり。
お説教の合図だった。
それはいたって真っ当な指摘だったので、反省する。
前世にも『男女七歳にして席を同じゅうせず』という言葉がある。つまりは、年頃になって来たなら男女の別を明らかにして、みだりに交流するなよってことだ。
12歳と言えばもう思春期。男女で手をつないで遊ぶのは、そろそろ憚られる時期だ。
ましてやここは異世界。あと2年もすれば大人への入り口となる学院へ入学し、それと同時にやれ婚約者だのなんだのという話も出てきて成人すると同時に結婚、というのもあり得る。
適齢期がそれぐらいなのだから、もうこの歳ではとっくにわきまえてしかるべきなのだ。
「はい、ごめんなさい」
「・・・素直だな」
頭を下げると、上から驚いたような声が降ってきた。
失礼な、なんだと思ってるんだ。
ちょっとムッとしながら頭を上げて、ふぬぅと鼻息をもらす。
「わかってるから、私が悪かったって。もうしないから」
「本当か?」
「・・・自信はない。魔術とか、そういう興奮するものがあったらわからない」
「君はまったく・・・」
やれやれ、と肩を落とすノルディス。
私だって別に(私の意識的には)幼い少年にベタベタ触りたいわけじゃないよ!
ちょっと初めての魔術に興奮しちゃっただけだから!!
心の中だけでめちゃくちゃ反論していると、ノルディスから爆弾が落とされた。
「・・・大体、君は兄上の婚約者候補なのだろう?」
「は?・・・婚約者候補?私が?誰の?」
聞き間違いかと思って聞き返すと、ノルディスはまずいことを言ったかなという表情になる。
婚約者候補?・・・兄上ってことは、アームズ様の??
「いやー、ないでしょ。ないない」
笑いながら手を振って否定したのにもかかわらず、ノルディスが食い下がってくる。
「今日のこの訪問だって、君に会いに来たのではないのか?」
「えー?そんなの聞いてないよ。さすがに本人には言うんじゃないの?服装だって、適当だよ?」
首をひねりながら答えるが、ノルディスは納得しない。
「しかし、おかしくないか?茶会や夜会など女性がたくさん来る催しは徹底的に避ける兄上なのに、こんなに積極的にこんなところまで・・・!」
「・・・こんなところで悪ぅございましたね」
思わずムッとして言い返すと、あっと口を押さえて「すまん」と謝るノルディス。
彼のそういう素直なところは嫌いじゃない。
「とにかく、いくらなんでも身分が違いすぎるよ。うちは伯爵家の中でもほんとに中間ぐらいの位置にいるし、私だってごくごく普通の令嬢だもの」
「・・・普通とは・・・」
ぼそっとつぶやくノルディスをうるさいな、と一睨みして続ける。
「アームズ様は侯爵家の中でもほぼ最上位に位置する、ハーディエンス家の長男だよ?それに、次期宰相の可能性が高いし。そんな相手と釣り合うのは、同じ侯爵家ぐらいでしょ」
「いや、しかし、現にアンドレア侯爵様の例もあるし・・・」
アンドレア侯爵。
急に引き合いに出されたその名前に聞き覚えがある、と考えたのもつかの間。
あれだ!有希の一推し、火のラルフィード様のお父様だ!と思い出す。
アンドレア侯爵家は代々の騎士団長を輩出する、脳筋・・・もとい、火のエレメンタルの加護を強く受けた家柄だ。
現アンドレア侯爵もご多分に漏れず現在の騎士団長で、立派な髭をたくわえた筋肉隆々のごつくて渋い方。
ラルフィード様のお父様なわけだけど、この方にはフランズベルト国内では有名な逸話がある。
ざっくりとしか存じ上げてないのだが、侯爵様がまだ騎士団員になりたての頃、珍しくはぐれ魔獣退治という任務にて小さな辺境の男爵領に赴いたらしい。
そこで、甲斐甲斐しく騎士団の世話をしてくれた村娘と恋に落ちた。
後継ぎが平民との結婚など!と当時の騎士団長だった先代のアンドレア侯爵当主は激怒したらしいが、本人の意思はどうにもこうにも固く、駆け落ちも辞さない勢いだった。
最終的にそこの男爵様が彼女を養女とすることで、どうにか貴族間での結婚という名目を保ち、晴れて2人は一緒になれたのだとか。
異世界風シンデレラストーリーでもあるし、厳つい顔の騎士の恋愛話ということで、そりゃもう貴族から平民まで皆が騒ぎまくったとか。
もちろん最初は玉の輿に対する僻みからか、貴族社会での風当たりはきつかったらしい。
それでも夫人が本当によくできた人で、表に出すぎず控えめな、昔の武家の妻のような完璧な妻像なのだから、周りの者たちも徐々に認めるようになったのだとか。
今はあまり社交界には顔を出されないらしいが、それでも美しく淑やかな方として有名だ。
「それは侯爵様とご夫人が愛し合っておられたからこその、奇跡に近い話でしょう?身分的に考えて、全く面識のない私とアームズ様が婚約どうこうって話にはならないと思うけどな」
「む・・・まあ、確かに」
「あ、でも」
私は一つ可能性を思いついて、つぶやく。
「もし私が学院でエレメンタルプリンセスになったら、それも夢じゃないのかもね」
「エレメンタルプリンセスって・・・本気か?」
ノルディスが大きく目を見開いて問うてくる。
「ちょっとその反応。失礼じゃない?」
「いや、失礼も何も・・・本気なのか?」
心底驚いているという彼の口調に、こちらも口をとがらせる。
「念押ししないでよ・・・別に目指すのは自由でしょ」
「いや、無謀すぎるだろう」
「ちょっと!なによそれ!」
「へえ、シャルリア嬢はエレメンタルプリンセスを目指すのかい?それはそれは、楽しみだなあ!」
やいやいと言い合ってたら後ろからかけられた声。
振り返ると、話が終わったのかアームズ様と兄様がそこに立っていた。




