18.ぶつかってきた少女 (ノルディス視点2)
『兄上の婚約者候補を見定める』
私がこっそりそのような意思を固めていると、朝早くに出発したおかげか、思った以上に早く昼過ぎにはフロンターレ領に到着した。
領主夫妻は大変お忙しく、夜までお会いできないかもとのことだったが、たまたま一度視察から邸に戻られていてエントランスにてお目にかかることが出来た。
シェアト殿によく似た、穏やかな笑みのフロンターレ伯爵殿。ちょっと気ままそうな見た目はどこか、兄上にも似ている。
血の繋がりはこんなところにも現れるのか、と少し面白い。
フロンターレ伯爵夫人は、まるで太陽のようなエネルギーに満ちた明るい感じの方だ。
王都住まいの母上のような、見るからに洗練された淑女のお手本のような人とはまた違うものの、それでもとても好ましい印象を受けた。
お2人はとても私たちを歓迎してくれた。
すでに話は通っていたようで、1泊だけでなく休暇中ずっといてくれればいいとも言ってくださった。
本当に気のよい方々だ。
応接室に案内されたが、私は馬車の中から我慢していた用を足すために、1人離れる。
事を済ませて、応接室に向かう途中のことだった。
「・・・ここは」
廊下の途中に少しだけ開いた扉があり、見る気はなかったが中が見えてしまった。
窓からの薄明かりに浮かび上がるのは、天井まで連なる本棚。
ハーディエンス家には別館の図書館がある。
王都には王立図書館があるが、そこに勝るとも劣らない蔵書数だと聞いている。
中は広く、まるで迷路のように入り組んだつくりになっている。
そこにない書物は存在しないのではないかと思えるぐらいであったが、父上曰く親戚の家に多数渡している本があるらしい。
フロンターレ家は親戚だと先ほど聞いたばかりだ。うちから来ている本が、こちらにもいくつかあるのかもしれないな。
機会があったら、一度拝見させてもらえるだろうかと考えていた時だった。
頭に軽い衝撃を受けて、咄嗟にしまった、と思う。
見咎められてしまったか?確かに覗き見など、趣味のいいものではない。
謝らなければ!と振り返ると、「いたっ」という小さなつぶやきが聞こえた。
「あ・・・」
目の前には、おでこを押さえた少女。
まず目に入ったのは、見開かれた透明度の高いブルーの瞳。小さな口が少しぽかんと開いている。
シェアト殿の妹御、か。
見咎められたわけではない?この少女がぶつかってきただけ?
安心すると同時に、イライラとした気持ちが募る。
「余所見をして人にぶつかるなど、貴族令嬢とは思えない振る舞いだな」
言ってから後悔する。これは八つ当たりだ。
訪れた家の部屋を覗き見するなど、紳士としてあるまじき所業。
それを見咎められたと思って謝ろうとしていたのに、目の前に立っていたのは同じ年ぐらいの少女だったのだから、つい後ろめたさもあって理不尽なことを言ってしまった。
なさけない。それでもハーディエンス家の子息か。
父上の冷たい声が聞こえたような気がした。
謝るべきか。
いや、でもぶつかってきたのは相手だ。
服装を見る限り、使用人ではなくシェアト殿の妹御に間違いない。
ならば、兄上の婚約者候補だ。慎ましやかな貴族令嬢であるならば、こういった時にでも黙ってぽかんと相手を見つめているのではなく、謝罪すべきなのでは?
「だんまりか?謝罪も無しか?」
委縮しているのかと思って声をかけたが、何の反応もない。
・・・まさか。
「まさか、頭を打った拍子にどこかおかしくなったのか?」
少し心配になる。
「おい!大・・・」
「え?」
大丈夫なのか、と声をかけようとした時だった。
ようやく彼女の目が、はっきりと私をとらえた気がした。
吸い込まれそうな美しい青。大好きな夏月の空と同じ色。
こんなに間近で女性の瞳をのぞき込むなんて始めてだ。
「なんて、美しくて素敵な・・・」
咄嗟に口を抑える。自分の声が漏れたか、と思ったがその言葉が目の前の少女から発せられたのだとわかるのに時間はいらなかった。
自分に向けられたのか?今の言葉は。
「美しくて、素敵・・・?」
私が?私が、か?
そんなことは、言われたことがない。
『怖そう』『目がきつい』『話してても面白くない』
『・・・でも、次期宰相かもしれないから仲良くしなきゃ・・・』
それが、今まで私が出てきたお茶会での令嬢たちからの評価で、母上が「あなたはもう少し愛想を身に着けた方がいいわね」とため息をついていた。
美しいと、素敵だと、初めて言われた。
初対面の、この少女に。
カッと顔に血が上るのを感じ、「失礼!」と踵を返した。
激しく動揺する心を抑えながら、応接室へ向かう。
落ち着け、落ち着かなければ。
必死で自分に言い聞かせたのが功を奏したのか、応接室に入る時にはかなり平常心が戻ってきていた。
改めてフロンターレ伯爵夫妻に挨拶した後、先ほどうっかりして図書室を覗いてしまったことを謝罪する。
「領地経営の本ばかりでノルディス殿が興味を持たれるようなものは何もないかもしれませんが、もしよかったらいつでもご覧下さい」と伯爵殿は快く許してくださった。
少しほっとして息をついたところに、先ほどの少女がやってきた。
思った通り彼女はシェアト殿の妹御だった。
彼女の名前は、シャルリア。私と同じ年齢の、12歳。
フロンターレ伯爵夫妻への謝罪が終わったので、彼女にも落ち着いて対応が出来そうだと安心する。
入れ替わりにフロンターレ伯爵夫妻は退出され、兄上たちの話が始まった。




