22.攻略対象そろい踏み
火の攻略対象、ラルフィード・アンドレア。通称、火のラルフ様。
心底楽しそうに満面の笑みで、並みいる面々を見回している。
水の攻略対象、クリシュナ・リンドグレーン。通称、水のクリス様。
いつも通りの穏やかな笑みをたたえ、真意の読めない紫の瞳を細めている。
風の攻略対象、ゼファス・アルトゥース。通称、風のゼファス様。
急な招き入れにもかかわらず落ち着いた態度だけど、ちょっと困惑しているようにも見える。
土の攻略対象、ノルディス・ハーディエンス。通称、土のノルディス様。
口角を上げただけの社交辞令的笑み。なんかまた機嫌が悪そうだ。
わぁ~なんだかこの図、スチルで見たことある~。
ちょっと現実逃避したくなって、そんなことを考える。
いやでも、あのスチルは真ん中はマリーアンジュだった。そして、囲んでいる皆も誰もが笑顔だった。
こんな、取り繕った笑顔や腹に一物ありそうな笑顔じゃなくて、もっと楽しそうだった。
真ん中にいる人間が違うだけで、ここまで変化するのかと思うと泣けてくる。
しかし、この人たち高位貴族なのにこんなとこに集まってていいんだろうか。
さっきからアームズ様やノルディスの話を聞いていると、なかなか忙しそうなんだけど。
「あの・・・ラルフィード様はもうダンスされなくてもよろしいのですか?」
この中で比較的話しかけやすいのは、おそらくその表情通りにこの邂逅を楽しんでいるのであろうラルフィード様だ。
ずっと黙ったままなわけにはいかないので、そう言葉をかけた。
すると、ラルフィード様はますます目を輝かせて、パッと笑みを広がらせた。
「えっ、シャル、踊ってくれる?いいよ、踊ろうよ!」
・・・誰もそんなことは言ってない。
呆れてそう言いそうになったけど、さすがに不敬かとぐっとこらえると、クリシュナ様がクスリと笑った。
「ラルフ。お嬢さんが困っているだろう?今休憩している様子なのに、そんな無理を言っちゃいけないよ」
おお、さすがクリシュナ様だ。
そう感心しかけた私を見て、クリシュナ様はますます目を細める。
「・・・普通の子なんだけどねえ。マリー王女のエスコートを断って、この子をエスコートしたいという者たちが多いのだから、何かあるんだろうね」
・・・なんだって?
クリシュナ様が言っている言葉の意味がよくわからずに、内心首をかしげる。
マリーアンジュ王女様のエスコートを断った?誰が?そんな人存在するの?
そして私をエスコートしたい?誰が?・・・あ、兄様かな?
ひょっとして昼間の話っていうのはそれなのかな。
何かあるも何も、兄妹なんだから全く知らない王女様よりかはエスコートしやすいだけじゃないの?
思うことは色々あるけれど、口には出せないので少し困った表情を作っておく。
ひょっとしてケンカ売られてるのかなーとも思うけど、それを買いたいとは思わないので。
クリシュナ様はじっと私を見ていたけれど、フッと息を吐いて視線をそらした。
口元が小さく「・・・考えすぎか」と動いたようにも見える。
そして、改めていつもの穏やかな笑みを浮かべると「いや、失礼なことを言ったかな」と柔らかな口調で言う。
「普通じゃないよね。きわめて可愛らしく、愛らしいお嬢さんだ。そのドレスの色も素敵で、よく似合っているよ」
あ、思い出した。そうだ、ドレスの色が攻略対象からの好感度を上げるんだった。
なので、エレメンタル・プリンセスになるためには宴ごとに攻略対象者の好きな色のドレスを着て、まんべんなく好感度を上げる必要があるんだっけ。
今回私が着ているのは、たまたまなんだけどクリシュナ様の好きな紫のドレスだ。
なのでとりあえず、ドレスの色を褒めるという定番のイベントは起きたわけね。
それはゲーム内でも唯一と言っていい褒められイベントだったからなあ。
たったそれだけでも普段見向きもされないサブヒロインとしては、嬉しかったのを思い出しましたよ、うん。
「・・・じゃあ、行こうかラルフ。そろそろマリー王女が戻って来られる頃だ」
「えっ、俺も行くの?」
なんとなく私たちに視線を向けて、名残惜しそうにしているラルフィード様にクリシュナ様の笑みが深くなる。あ、怒らせた。
「ラルフ。マリー王女がお待ちだよ」
「う・・・わかった。じゃ、シャル、ノルディス、ゼファス、またね!」
ラルフィード様は軽く手を振り、そしてクリシュナ様は優雅にお辞儀をして、来た時と同様にさっといなくなってしまった。
慌ただしい人たちだけど、成人前の高位貴族ともなれば夜会で忙しいのは仕方ない。
マリーアンジュ王女様のお迎えか。そんなこともあの2人がやってるんだ。
・・・それにしても。
私、なんかクリシュナ様に嫌われてるんだろうか?
全く心当たりがない。
いや、当たり前だ。ちゃんとお会いして挨拶したのは今が初めてなのだから。
クリシュナ様の初対面イベントは、シチュエーション的にはゲーム内でも似たような感じだった。
夜会の時に発生するもので、いつものようにマリーアンジュ王女様を取り囲んでいた取り巻きーずたちのところへクリシュナ様が現れる。
そして、挨拶をしてマリーアンジュ王女様を連れて行くというそれだけのものだ。
こんな風にケンカ売られるというか嫌味を言われるというか、そういう展開ではなかったはずなんだけどな。
「・・・気にしなくていいぞ」
不意にそんな声をかけられて、びっくりする。
その声の主ゼファス様を見ると、彼は少し眉をひそめて去って行ったクリシュナ様たちの方を見ていた。
「シャルリア殿に嫌味を言うのは、お門違いだ」
「・・・ゼファス様?何かご存じなのですか?」
珍しく不快感を露わにしたゼファス様の声色に、びっくりして問いかける。
言っていいものかと少し逡巡しているような彼に、ノルディスが声をかけた。
「ゼファス、昼間の話なら私も兄上から少し聞いている。それに、シャルは余計なことを言いふらすような人ではない」
おお、なんかノルディスがゼファス様のこと呼び捨てにしてる!いつの間に?!羨ましい!
って、なんかちょっといいことも言ってくれている。それは嬉しい。
ゼファス様はそれにひとつうなずくと、今日の昼間にあった「マリーアンジュ王女様のエスコートに関する話し合い」について教えてくれた。
ゼファス様の話を聞き終わると、はーっと大きなため息をついてノルディスは額を押さえた。
「兄上から聞いていた話と微妙に違う・・・完全に兄上やクレイモス公爵様が余計なことを言ったせいではないか」
つまり、だ。
マリーアンジュ王女様のエスコートの件で皆が集まった時に、シェアト兄様とラルフィード様が妹のエスコートを理由に断られたと。
で、その時に何故か私の話になって私のエスコートをしたいとアームズ様やクレイモス公爵様が悪ノリされたと。
それを王女様がないがしろにされたと思ったクリシュナ様がぶちぎれて、自分がエスコートすると宣言したと。
なるほど、そういうことね。うんうん、よくあるある・・・ねーよ!
「なんで私が巻き込まれてるの?!完全とばっちりなんですけど!」
思わずそう言うと、ゼファス様がちょっとしょぼんとして「すまん」と一言言われる。
「は、いえ、ゼファス様は何にも悪くないですよ?ゼファス様以外の人は、皆どうかしてるとは思いますけどね」
「・・・まあ、そうかもな」
ゼファス様は苦笑している。
しかし困ったな。どうやらクリシュナ様の好感度は、私の知らないところですっかり下がってしまっているらしい。
お約束のプレゼント攻撃などをしたくても、元々興味のないキャラだったもので、あまり彼には詳しくないのだ。
ここからどうやって好感度を上げていくか、ちょっと苦労しそうな気がする。
「あれっ、ゼファスが増えてる」
陽気な声に顔を上げると、マウリとデイジーが踊り終わったようで戻ってきていた。
なぜか、パティとアルも一緒だ。
「パティ!」
「シャル、こんなすみっこにいたの?どうりで見つからないと思ったわ」
言いながら近づいてきたパティは、一瞬ノルディスとゼファス様の存在にためらう様子を見せた。
まあ、そりゃそうか「天下のハーディエンス家子息」と「天下のアルトゥース家子息」が並んで立っているんだ。ちょっと気後れしても仕方がない。
「パティ、私の友達を紹介するわ。こっちがノルディス、それからこっちがゼファス様よ!」
あえてなんでもないように呼び掛けると、すかさずノルディスが「ノルディス・ハーディエンスだ。よろしく頼む」とパティに片手を差し出してくれた。
さすがノルディス、出来る子だわ。
パティはおずおずとその手を握り、「パトリシア・エスタンスと申します・・・」と小さな声で挨拶した。ノルディスは穏やかに笑ってうなずく。
・・・なんだか、彼はずいぶん変わった気がする。
ゲームほどじゃないけど、最初はやっぱりとっつきにくくて、ちょっと怖そうな印象を周りに与えていたのは否定できないと思う。
だけど、初めて会った時に比べるとずいぶん優し気な表情をすることが多くなった。
なんか、心境の変化でもあったのかな?とてもいいことだけどね。
そしてゼファス様も「ゼファス・アルトゥースだ」とパティに片手を差し出す。
うわ、いいなあ、パティ。私の時はまだ学院生同士じゃなかったのもあって、きちんとカーテシーしたから握手なんてしてもらえなかったよ!
2人が笑顔で握手を交わすのを羨ましそうに見ていたら、マウリがこっそりと「なんだよ、シャルはゼファス推しなのか?」と聞いてきた。
なぜバレる・・・そんなにわかりやすいかなあ。
ちらりとマウリを見ると、ふふんと自慢げに胸を張られる。うわ、なんだか腹が立つ。
でもその向こうのアルが、すごく剣呑な目つきでゼファス様を見ているのが怖い。
「アル、落ち着いてよ」
思わず声をかけると、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。男の子は難しい。
「マウリはどうだったの、デイジーとのダンスは」
先ほどの意趣返しも兼ねて聞いてみると、さっと顔を赤らめるマウリ。
「マウリはなかなかの腕前だったよ」
デイジーはとてもにこやかに言うものの、マウリは何となく悔しそうだ。
「・・・ちょっと身長が・・・」
小さくつぶやく声に、ああと納得する。
マウリは男の子にしては少し小柄だ。私より少し大きいぐらいなので、私とは問題なくダンスを踊れたのだけれども、デイジーとは少し彼女の方が身長が高かったものだから、若干リードが取りにくかった様子。
でも、こればっかりは仕方がないよね。
「成長期だもの、これからでしょ」
そんなフォローを入れると、マウリはうんとうなずいてデイジーを見た。
「・・・次は完璧なリードを見せるので、また踊ってもらえるかな?」
デイジーはとても嬉しそうに笑ってうなずく。
「うん、是非に。また踊ろう」
「マウリは、とても勇気がありますわね」
そんな2人のやり取りを見ていたパティがそう言う。
その意見には私も納得だ。
「そうだよね。正面からきちんとぶつかっていくその態度は、私も見習いたいな」
「・・・ま、それがあいつのいいところだよ」
アルもそう言う。
私たちがマウリについてそう話していると、ノルディスが横から聞いてきた。
「パティ殿とマウリ達は元々友人なのだろうか?」
「あ、はい、そうです」
「領地が隣同士だからな。小さい頃から知ってる」
パティとアルが口々に言うと、ノルディスは納得したようにうなずいた。
そういった会話が繰り広げられる中、黙っていたゼファス様を私はふと見上げる。
「・・・?ゼファス様?どうかなさいましたか?」
「・・・いや、その・・・」
何か言いたそうだけど、少し口ごもるゼファス様。なんだろうとじっと見つめていると、やがて彼は少し照れたように笑った。
「こういった、会話に慣れていなくてな。どうしてもうまく会話に入れないんだ」
「まあ・・・」
そういえば、ゼファス様は1人っ子だ。
小さい頃から一緒だったパティ達3人や、兄のいるノルディスやデイジー、そして私と比べると同じ年代の子供たちと一緒に過ごす時間は少なかったのだろう。
それなら、こういった軽いやり取りに慣れていないのもわからなくもない。
「じゃあさ、まずは親し気に呼んでみようぜ!ほら、シャルって呼んでやってくれよ!」
ちょ、マウリ?なんてことを言い出すの?
「・・・シャル」
「・・・!は、は、はい・・・」
マウリの突拍子もない提案に、なぜか素直にそう呼んできたゼファス様。
照れくさそうなその顔が心臓に響いて、呼吸をするのを忘れてしまいそうだ。
いや、多分、間違いなく忘れていた。
その証拠に、私の意識はそこでブラックアウトしてしまったのだから。
「シャル!」
「シャル?!」
皆の声が遠く聞こえる。
あとはラストダンスで終わりそうなのに、一足先に私の芽吹きの宴の夜会は終了を迎えたのだった。




