19.初めてのダンス
とりあえずみんなから(特にノルディスから)「淑女とは」のお説教を一通り受けたところで、アームズ様が脱力した感じでつぶやく。
「なんだかもうすでに疲れた」
「申し訳ないです」
頭を下げたけど、「反省してないだろ、お前は」と言われてこつんと頭を軽く叩かれる。
「まあ、いいさ。なんかもうどうにでもなれって気分だ。そろそろ行ってくるわ」
アームズ様はそう言うなり私たちに背を向けて、ひらひらと片手を振って向こうへと行ってしまった。
「確かに、そろそろダンスの時間かしらね。戻りましょうか」
ナディア様がそううながしてくれたので、私と兄様もうなずく。
「シャル」
そこへ、ノルディスから呼び止められる。
「なあに?」
「・・・その・・・」
何か言いたいのか、口ごもっているノルディスを見て、ナディア様が「じゃあ、私たちは先に行くわね!」とウインクして兄様と一緒に行ってしまわれた。
ええ?別に気遣ってもらう必要ないのになあ。
まあいいか、とノルディスに向き合う。
「どうしたの?」
「・・・その、約束しただろう。そのドレスを着て・・・」
ああ!と思い出して、ぽんと手のひらでこぶしを叩く。
「とびきりの淑女になったら、ダンスに誘ってくれるって話?」
「あ、ああ」
ノルディスはうなずいて、ちょっと眼鏡をかけ直す。
「その・・・」
「やっぱりダメだよね。全然淑女じゃないもんね」
「・・・は?」
私はがっかりしてうなだれる。
「恰好だけは完璧だと思うのよ。我ながらめちゃくちゃ可愛いじゃない?!って思っちゃったし。でもね、マナーがね・・・やっぱり付け焼刃じゃ駄目よねえ」
私の言葉に、ノルディスが黙ってしまう。
さっきまで、淑女とは人の出したフォークの肉など食べない!なんて超具体的に怒られてた身分としては、反省しきりだ。
ちょっと役得とはいえ貴族令嬢的には失格よね、あの行為は。
せっかくノルディスと踊るのを、楽しみにしてたんだけどなあ。
「もうちょっと、夜会のマナーとか勉強し直すわ。それで、完璧になったって認めてくれたら、誘ってくれる?」
そう聞くと、ノルディスはしばらく黙って私を見ていたけれど、短く「ああ」と答えてくれた。
「ほんと?約束よ?」
「ああ、もちろん。約束する」
ノルディスの約束は、誰よりも信用できる。
それを知っているから、私は嬉しくなって笑ってみせた。
彼も笑い返してくれたけど、なんとなく苦笑に近かった気もする。
その場でノルディスとは別れて、また父様たちがおられるであろう場所に戻る。
「シャル、行こうか」
父様が声をかけて来られたので、父様にエスコートしてもらって私はダンスフロアの方へと赴いた。
この世界へと転生して、初めてのダンス。
いや、そもそも前世でもダンスなんてしたことがないんだけどね。
まだ学校で必修科目になる前に、学生時代は終わっちゃったものだから。
もちろんその経験があったところで、今役に立つかと言えば微妙ではあるけれど。
このダンスはヒップホップとかじゃなくて、男女ペアで踊る社交ダンスになるのだから。
それでもさすがに父様のリードは堂に入っていて、不慣れな私を上手に導いてくれる。
お世辞にも上手なダンスとは言えないけれど、どうせど真ん中で国王陛下と優雅に踊っておられるマリーアンジュ王女様しか皆見ていないはずだ。
多少へたくそでも、どうにかごまかせているかなと淡い期待を持っている。
どうにか転ぶことも父様の足を踏むこともなくダンスは終わり、私はほっと息をつく。
とりあえずは1回でも踊っておけば、今日のノルマは達成したも同然だ。
あとは壁の花になりつつ、隙を見てなんか食べようっと。
そんなことを考えながらすすすと移動しようとすると、兄様にがしっと腕を捕まえられた。
「どこ行くの、シャル。さ、次は僕と踊るよ」
「えええ?」
びっくりして、兄様には小声で言う。
「ナディア様と踊らないんですか?」
「まだ、正式に発表してないからね。ほら、行くよ」
ええ~また踊るの~?
と、少し不満を持ったものの。
兄様とのダンスは、とても踊りやすい。
家で練習するときはいつも兄様がお相手してくださったというのもあって、普段通りにリラックスした感じで楽しく踊っていられる。
「シャル、上達してるよ。これなら、誰とでも踊れるんじゃないかな」
「ほんとうですか?!嬉しいです!」
兄様と小声で話しながら踊りつつ、少し余裕が出来たので周りを見回す。
セカンドダンスということで今年社交界デビューした私たちだけでなく、老若男女様々な人が踊っている。
だけどやっぱり、それを見ている人の視線はある一点に集中していたと言っていいだろう。
まるで、重力などないかのように軽やかにステップを踏み、汗をかくことも疲れを見せることもなく美しく微笑みながら踊るマリーアンジュ王女様。
そして、その彼女を完璧なリードで踊らせることが出来ているアームズ様。
この2人が注目の的であり、私たち以外にも踊っている人たちだってそっちへ目線を向けていた。
「ねえ、見て。アームズ様、とても素敵に微笑んでおられるわ」
「そりゃそうだろう。王女様をあんなに間近で見て、見惚れないやつはいないよ」
そんな会話が近くから聞こえて、ふっと兄様が笑う。
ん?と首をかしげて見せると、「あれはアームズの機嫌悪い時の顔だよ」とクスクス笑いが抑えられない様子。
「え、機嫌悪いんですか?」
「機嫌悪いというか・・・機嫌悪いのを隠すために無になっている顔だな。見てみなよ、あの張り付いた笑み。あんな顔、僕たちに見せたことないだろ?」
ああ、確かに言われてみれば。能面のような笑い方になってるや。
皆の憧れ、マリーアンジュ王女様とダンスしながら不機嫌とは。贅沢極まりないな。
うほぅ、メリッサさん見つけた!めっちゃ怖い顔して王女様見てるし!不敬じゃないの?!
よかった、さっきの「あーん」見られなくて・・・また転生しなきゃいけない危機に陥るとこだったわ。
兄様と踊り終わって、最後ぐらいはときちんと挨拶。
それでも兄様は「上出来だよ、これなら誰と踊っても大丈夫だ」と言ってくださった。
大丈夫、って言われても・・・これ、かなり体力的にきついということに気づいた。
練習の時はもっと身軽な服装だったから、結構連続で何回も踊っていた。だけど、何重にも布を重ねたドレスと慣れないコルセットで締め付けられた身体には、なかなかの負担がかかっている。
これは、もうちょっと体力つけなきゃだめだわ。
それと、普段からこの重さのドレスとコルセットに慣れる訓練もしておこう。
その上で食事したりダンスしたりする練習をしておかないとなあ。要チェック、と。
問題点を頭の中にメモったところで、念願の壁の花になりに行く。
壁に背を向けて立つと、ほっと息が漏れる。やっぱり緊張していたらしい。
それでも母様からの忠告通り、背中を壁につけずに姿勢を真っ直ぐ保ったまま、軽い微笑を顔に張り付けて前を向く。
マリーアンジュ王女様が今度はラルフィード様と踊っておられるので、皆の視線はまたそちらを向いているようだ。
流石に幼馴染、先ほどのアームズ様のような優雅さは少し欠けるものの、ラルフィード様もなかなかリードはうまいようで2人ともとても楽しそうに踊られている。
「やはり、ラルフィード殿が王女殿下にはお似合いですな」
と、満足げにうなずく1人のおじさま。背格好からして、騎士団の人かな。
「いやいや、先ほどのアームズ殿の気品を見ましたか?あれはまさに王女殿下に相応しい風格と言えるでしょう」
そう反論するのは、少し細面なおじさま。こっちの人は文官?
「まあ、やはりクリシュナ様が一番でしょう?あの完璧なエスコートに、王女殿下もうっとりなさっていたではありませんか」
自分がうっとりしていたような顔と口調で話すおばさま。
マリーアンジュ王女様のお相手かく乱作戦は上手くいっているみたいでなによりだな。
それにしても。
やはり、ゼファス様の名前がどこからも出てこない。
ノルディスもなんだけど、彼に関しては現在のところアームズ様がその役目を果たしていると言える。
それに対してゼファス様もかなりの高位貴族なのに、全然話に出てこないな。
シマの話からすると精霊使徒に選ばれるのは間違いないんだから、そうなった時に一気に王女様のお相手として名前が挙がるってことになるのかな。
・・・挙がらなくてもいいんだけどな。
別に、ゼファス様の隣に立ちたいわけじゃない。
いや、そりゃあもちろん立ちたいよ?前世からずっと好きだった人なんだし。
だけど、兄様にも言った気持ちは本心だ。
あのアルトゥース工房と商会はフランズベルト王国の宝だと思う。この世界の人たちにとって、魔道具は欠かせない生活用品なのだから。
魔道具がない生活なんて、前世で水道もガスも電気も無いような生活を送るようなものだ。
だからこそ、次代のアルトゥース侯爵様となるゼファス様には、その隣に立つのにふさわしい方がおられるだろうと思っている。
マリーアンジュ王女様が降嫁されるのにはどうかな、とも思うし、ましてや万が一王配などということになったら、それはゼファス様にとってもこの国にとっても逆にもったいない気がするんだよね。
でも、と園遊会で見たゼファス様の姿を思い出す。
マリーアンジュ王女様を真っ直ぐ見つめておられた、熱のこもった瞳。
ゼファス様は穏やかそうに見えて、結構情熱家な人だ。あの想いを向けられたら、私なんか一発で振り向いちゃうけどなあ。
「シャル」
まあ、他の攻略対象の方々もそれぞれ魅力的だし、王女様も選ぶの大変だろうけどさ。
「シャルってば!」
いや、攻略対象の方々以外にもいい人いっぱいいるしね。それこそアームズ様とか、クレイモス公爵様とか・・・。
「シャールー!!」
・・・ん?なんか、さっきから呼ばれてた?
そんな気がして、辺りをきょろきょろと見回す。
部屋の端、回廊の柱の陰からマウリの顔がのぞいて手招きしていた。
・・・おっと、マウリのことをすっかり忘れていた。彼には聞きたいことが色々ある。
そして多分、マウリも同じなんだろう。いつものニコニコ笑いは引っ込めて、ひどく真面目な顔つきで私を見ている。
そっちへ行こうとした時、ちょうどダンスの曲が終了した。
踊り終わった方が休憩のためにこちらへと来られ、次のダンスをするためにフロアへ向かう人とで行きかう。
うわ、これじゃ内緒話なんて出来ないな。
咄嗟にそう思って足を止める。
さらに悪いことに、マリーアンジュ王女様もどうやらダンスはもう終わられたようで、奥へと引っ込んでいかれた。
多分、このまま少し奥で休んでからまた出て来られるんだろうけど・・・。
せめてマリーアンジュ王女様がおられたなら、皆そちらを注目するんだけどね。
さっきの少し人気が少なかったテーブルのあたりも、今は何人か休憩している人が見られる。
どうしたものか、と思っていたらすっとマウリが柱の陰からこっちへ寄ってくると、私の前で片手を胸にあてて、反対の手を差し出した。
「シャルリア様。踊っていただけますか?」
「・・・え?」
戸惑ってマウリの顔を見上げるが、彼はいつもの笑みをたたえてこちらを見ている。
これは、あれか。ダンスしながらだと身体が近くなるので、内緒話もしやすいとかなんかそいうやつか。
貴族の悪だくみをする定番シチュエーションってことかな?
別に悪だくみはしないけど、空気を読んでその提案には乗ることにする。
「ええ、喜んで」
差し出した手を取られて、私たちはダンスフロアの方へと向かう。
さて、マウリの話を聞かせてもらうことにしよう。




