18.ローストビーフが食べたい
「それにしても、メリッサ殿の一方的な敵視も困ったものだな」
兄様がため息をついて言う。
アームズ様が何を考えておられるのかはわからないけれど、本当に私なんかがライバルになるとでも思っておられるのだろうか?
むしろ、弱小伯爵家の小娘なんかよりよっぽどマリーアンジュ王女様の降嫁とか、そういうことを警戒すべきなんじゃないの?って思う。
そう兄様たちに言うと、「さすがにマリーアンジュ王女様相手なら、諦めるだろう」とのこと。そりゃそうか。
「まあ、そのうち誤解も解けると思うので構いませんよ。私なんかにかまけていたら、あっさり別の人に取られちゃう可能性もあると思いますけど」
「シャルがいいならいいんだけど・・・」
兄様はまだちょっと困ったような顔をしている。
確かに女の先輩ににらまれるというのは、学院生活の今後が心配ではあるけれど。
「それに関しては、私もメリッサが不必要にシャルにきつく当たらないように気を付けておくわ」
ナディア様がそう請け負ってくださる。頼もしい味方が出来て、嬉しい。
「そうだね。ナディア、よろしくお願いするよ」
兄様もやっとほっとしたような顔を見せてくれた。
何か食べる?とナディア様がおっしゃってくださったので、ありがたくその提案に乗ることにする。
兄様が気を利かして何か取ってこようと言ってくれたのだけど、どんな料理が出ているのか見たかったのでそう言うと、3人で料理台の方へ向かうことになった。
この後、もう少ししたらダンスが始まるみたいなので、今のうちに少しお腹に何かを入れておいた方がいいらしい。
「あなたなら結構ひっきりなしにダンスの申し込みが来るだろうから、身体が持たないわよ」とナディア様。
確かにナディア様ならそうかもしれないけれど、私にダンスを申し込む人なんているのかなあ?ちょっとなんだか想像がつかない。
最初のダンスは父様が相手してくださるらしいけど、その後は申し込みを受けるも受けないも自分次第なのだとか。
あんまりダンスは自信がないから、別に踊らなくてもいいんだけどなあ。
料理台の方にはすでに何人かの人が集まっていて、思い思いに料理を取っている。
料理の内容は、と・・・おお、さすがに豪華だ!
前世で1度だけ行ったことがある、高級ホテルのビュッフェみたいだ。
ステーキらしきもの、スモークサーモンらしきもの、さすがにお寿司は無いんだ。
お、あれはひょっとしてローストビーフ?!わあ、食べてみたい!前世でも食べたことない!
憧れの食べ物に思わず目を輝かせてしまったものの、ちょっと肩を落として諦める。
そして、サンドイッチとか小さなタルトとか前菜をちょこちょこと皿に取る。
兄様が横であれ?という顔をしているけど、これは苦肉の策なのだ。
慣れない夜会だから、もしこぼして自分や誰かのドレスを汚したらと思うと気が気じゃない。なので、なるべく数口で食べられて、たとえ落としてもあまり汚れそうにないものを選んだ。
ローストビーフは、また出ることもあるだろう。ドレスと夜会に慣れたらのお楽しみにしよう。
そうやって料理を取った皿を手に、また元のテーブルへと移動する。
誰も居なくても飲み物等が置かれていたら遠慮するのか、やはり周囲に人はあまりいない。
私たちが戻ると同時にメイドさんが現れて、また新しい果実水を置いてくれた。
と、そこへ。
「なんだ、こんなところにいたのか。探したぞ」
噂をすれば影が差す。アームズ様とノルディスが、連れだってやってきた。
2人とも、料理の皿を両手に持っている。どれだけ食べる気だ。さすが男の子。
兄様が露骨に顔をしかめて、アームズ様に言う。
「お前が来ると、余計なものまでついてくるから夜会では寄るなって言っただろう」
おう、辛辣だ。さっき、ナディア様の話を聞いたから怒ってるんだな。
「あ、ノルディス殿のことではないですよ?アームズを狙う数多の女性陣のことです」
笑顔で毒舌を吐く兄様にノルディスが少し身を引きつつも、あいまいにうなずく。
どうしたんだ、と言いたい顔でこちらを見るが黙って肩をすくめておいた。
初対面のノルディスとナディア様の挨拶が終わると、「腹が減ったよ、シェアトの話は後で聞くから」とアームズ様がさっそく料理を食べ始めた。
こそっとナディア様に「アームズ様はお2人のことご存じなんですか?」と聞いてみると、「知ってるらしいわ。すぐばれたんだって」とおかしそうな声色で返事が返ってきた。
さすがアームズ様というか。よく周りを見ておられる。
それにしても、アームズ様もどことなく機嫌が悪そうだ。額に眉を寄せたまま、むしゃむしゃと料理を食べている。
兄様も気づいたのか、さっきよりかは幾分優しい口調で「どうした」と問いかけた。
アームズ様は口の中のものを咀嚼して飲み込むと、機嫌の悪そうな声で言った。
「・・・王女殿下の、セカンドダンスの相手を務めろだとよ」
「え?!」
ノルディス以外の3人が驚きの声を上げる中、アームズ様は果実水を手に取って飲む。
「それはまた・・・ずいぶんな大役を仰せつかったのね」
感心したようにナディア様が言われて、私もうんうんとうなずく。
社交界におけるファーストダンスは、その日開かれた夜会で最初に踊るダンスを指す。
配偶者や婚約者がいればその相手と、いなければ身内と踊ることが多い。
私のファーストダンスの相手は父様が務めてくださるように、マリーアンジュ王女様のお相手は国王陛下がなさると聞いている。
そして、まずは今日社交界デビューの者だけが最初に踊る。
その次のお相手が問題で、陛下は王妃様と踊られるので、マリーアンジュ王女様のお相手を誰かが務める必要がある。
これは実質ファーストダンスに等しいので、入場時のエスコートと同じく王女様の婚約者候補として挙げられているという証にもなるだろう。
それをアームズ様がお相手されるということは・・・そういうことだ。
「・・・ラルフじゃないのか?」
兄様が不思議そうな顔で聞く。
ああ、そうだよね。クリシュナ様がエスコートなさったんだから、次に選ばれるのはラルフ様の可能性が高い。
「それが、あいつどうしても妹君と踊りたいらしい」
アームズ様が言うには、もちろん最初にラルフィード様に打診が行ったのだとか。
だけどラルフィード様はデイジーのファーストダンスの相手がアンドレア侯爵様なことがショックだったらしくて、次のダンスは父上と母上が踊るなら俺がデイジーと踊る!と息巻いていたらしい。
まあ、家族思いなラルフィード様らしい話ではあるけれどね。
「久々の母君の社交界だ。なるべく家族で一緒にいたいというラルフの気持ちはわかる」
アームズ様はため息をつきつつ、腕を組む。
「かといって、昼の一件があっただろ。下手な奴にやらすとまた厄介だから、父上が頭下げてこられたんだよ」
「ハーディエンス侯爵様が?!・・・それは受けざるを得ないな」
昼の一件が何かわからないけど、多分兄様がアームズ様に連れていかれたアレかな。
「結局、セカンドダンスの相手は俺が受けて、ラルフはその次だ。王女殿下はそれでダンスを一旦終わられる予定だ。最後に、ラストダンスの時にクレイモス公爵様がお相手してそれで今日はどうにか乗り切る」
アームズ様の説明に、ナディア様が首をかしげる。
「そういうこと、事前に決めておくんじゃないの?えらく急なのね」
「王太子殿下が戻って来られるかも、って情報があったらしいんだよ。それが確定しないことには決められなかったんだとよ」
幻の王太子殿下か。レアキャラ過ぎて、なかなかの混乱を引き起こすんだな。
学院でパティ達とも話していたけれど、マリーアンジュ王女様の婚約者選びは水面下で着々と進んでいるのだろう。
場合によったら王配候補になるとまで思われているんだもの。重要な選択だ。
これでセカンドダンスをまたクリシュナ様と踊られたら、お相手がクリシュナ様で確定かと周囲には映ってしまう。
今の段階ではまだ、そういうのを避けたいのだろうというお偉いさん方の思惑が透けて見えるようだ。
だからセカンドダンスであったりラストダンスであったり、そういう重要なお相手はわざとばらけさせておきたいのだろう。
「どうせ、王女殿下とのダンスが終わったら余計な推測をされないように、別の令嬢たちと次から次へと踊る羽目になるからな。今のうちに食っとかないと」
そう言いながら再びぱくつくアームズ様。
高位貴族も大変だ。マリーアンジュ王女様のお相手が決まったわけじゃないですよ、のアピールと同時にアームズ様のお相手が決まったわけじゃないですよ、のアピールもしなきゃいけないわけね。
優良物件はつらいよ、といったところか。
ふと、ノルディスが私のお皿に目を止める。
「シャル、それだけしか食べないのか?体調でも悪いのか?」
・・・ものすごく心配そうな顔で、ものすごく失礼なことを聞かれている気がするけれどきのせいだろうか。
「体調は元気です」
それだけ答えてサンドイッチをもぐもぐとほおばる。うん、これも美味しい。
「・・・ひょっとして、我慢してるのか?」
「もう、追及しないで!食べたくなっちゃうでしょ!」
意外に察しが良かったノルディスに、思わず文句を言ってしまう。
「なぜ我慢する必要があるんだ」
不思議そうに言うノルディスに、まあまあとナディア様が笑いかける。
「女の子は色々複雑なのよ、ね?」
「そうなのか?」
聞いてくるノルディスに、仕方ないので本当のことを言う。
「だって、こぼしちゃいそうなんだもの。ドレス汚したら嫌なの」
「ああ、そうか。・・・まあ、綺麗な色のドレスだからな」
「でしょ?ありがとう」
ノルディスに褒められたので、嬉しくなってカーテシーを披露する。
彼は満足そうにうなずくと、「ずいぶん上手くなったな」と笑った。
「あなたたちって随分仲が良いのね」
私たちのやり取りを見ていたナディア様が、微笑ましそうにそう言う。
「はい」
「いや、その、別に・・・」
私は素直にうなずいたのに、急におたおたとするノルディス。なんなの、一体。
「ちょっと!私たち友達でしょ?」
「え?あ、ああ、そうだな。うん、そうだ。友達、だ」
詰め寄ると、ノルディスは視線をさ迷わせてそう答える。
なんだか無理やり言わせたような気分になるけど、友達だって言ってくれたからまあよし。
ナディア様は私たち2人を見比べて、クスクスと笑った。
「なるほどね。今のやり取りだけで、関係性がよくわかるわ。友達、なのね」
うんうんとうなずいてみせると、ノルディスは少しため息をつき、ナディア様は「頑張るしかないわね」とノルディスの肩を叩いていた。なんなんだ。
兄様と何か話しつつももぐもぐ食べていたアームズ様が、私のお皿を見て「確かにもう何もないじゃないか」とつぶやく。
そんなアームズ様のお皿には、なんと食べたかったローストビーフがてんこ盛りだ!ずるい!
「ひょっとして、これが食べたいのか?」とフォークに差して見せびらかしてくる。
言葉にはしなかったつもりだけど、その気持ちはバレバレだったらしい。
「・・・今日は我慢しますけど、次は食べます」
「バカだな、次もあるかはわからないぞ」
そう言いながらアームズ様はローストビーフを一口サイズに切り分けてフォークに差し、ソースをつけて「ほら」と私に差し出してきた。
え?これを取れと?
この場合、マナー的にはフォークでもらっていいものなの?
箸渡しはダメだけど、フォーク渡しは大丈夫なものなの?
そもそも、人の取り分けた料理を分けてもらうのってありなの?
一瞬で色々考えるが、何が正解なのかはわからない。
わからないことの中、一つだけわかることがある。
それは、多分アームズ様が良かれと思ってつけてくれたのであろうソースが、今にも垂れそうだってことだ。ちょうど私のドレスの上に。
ぱく。
「おまっ・・・」
目を白黒させるアームズ様。
彼の手にはフォーク、そのフォークの先にあったローストビーフをくわえた私の口。
失礼してアームズ様の手を支えさせてもらって、フォークからローストビーフを引っこ抜いてもぐもぐする。あ、めちゃくちゃ美味しい。
「ありがとうございます。美味しかったです」
「お、おう・・・」
気圧されたようにうなずくアームズ様だけど、心なしか顔が赤い。
そうだよね、なんか期せずして「あーん」してもらっちゃったことになるよね。
でも、これは不可抗力だもの。ドレスを汚すわけにはいかないの、不可抗力なの。
イケメンに「あーん」してもらってラッキーだなんて思ってないよ?
「シャル・・・」
「シャル・・・」
「君は、どうしていつも・・・!」
頭を抱える兄様と、笑いをこらえているナディア様。
そして、顔を赤くして憤慨しているノルディス。
はい、やりすぎました、すみません。




