17.未来のお義姉様でした!
「あの・・・お姉さまとお呼びする日がそのうち来る、という認識でよろしいでしょうか?」
そうナディア様に聞くと、彼女は満面の笑みを浮かべた後で「正解!」とパチンとウインクされた。またそのしぐさが良く似合っているんだ、これが。
「・・・ごめん、シャル。黙ってて」
ふと見ると、兄様が心底しょんぼりしてうなだれている。
それはもちろん隠されていたことがショックじゃないといえばウソになるけど、こういう世界では簡単に大っぴらに出来るわけじゃないというのも理解している。
「いえ、兄様。こういった情報は、しっかり公表できる時期が来るまで秘匿しておくのは当然ですから。私に気をつかわれる必要はありませんわ」
そう答えると、兄様は少しほっとしたように笑みを浮かべられた。
兄様が傍らのナディア様を見られると、ナディア様はとろけるような笑顔になって、軽くうなずかれる。さっきまでの少し勝気な笑顔とは違って、恋人に向ける気を許した顔だ。
うわあ、なんかいいもの見ちゃった!と少しドキドキする。
兄様はまた私の顔を見て、少し真面目な顔で言われた。
「僕とナディアは、卒業して1年後に結婚することになっている。もうすぐ婚約発表も行う予定だよ」
おお、やっぱりそうなんだ!それはすごい!
「もちろん、両家とも承知の上だ。父様は最初、話をしたら卒倒しそうになってたけどね」
その時のことを思い出したのか、苦笑している兄様。
そりゃそうだよね。侯爵家のお嬢様が一介の伯爵家に嫁に来るなんて、何の苦行だともいえる。
2人の話によると、学院へ入学するまではお互い存在ぐらいしか知らなかったらしい。
同じクラスでもさほど交流はないままだったけれど、去年の秋の学院祭で同じ実行委員をやることによって一気に親しくなったのだとか。
兄様からしたらナディア様は雲の上の存在ともいっていいので、全く意識せずに友人付き合いをしていたらしいのだけれど・・・。
「ふふふ、なんか、そうやって私を侯爵家の娘扱いしないのがいいなあって思って」
年齢が上がるにしたがって、どうしても婚活に力を入れるというか猛禽度が進むというか、とにかくがっつく人はがっつく傾向にあるらしい。
ナディア様も超優良物件なのでそういう人たちにうんざりしていたところに、兄様と仲良くなったのが決め手だった様子。
と、言うわけでどうやらナディア様の押しの一手が兄様の心を動かしたようだ。
まあ、兄様は女性に対してはおっとりした優しい人だから、それくらい積極的な相手の方がいいだろうなあとはなんとなく思っていたので、納得する。
ナディア様の上にはウィンダム侯爵家を継ぐお兄様もいるし、まだ少し小さいけど弟さんもいる。
王都住まいの侯爵家などからたくさんの縁談が舞い込んでいたものの、可愛い一人娘を遠い王都に嫁がせるのに難色を示していた侯爵ご夫妻は、この話を大歓迎してくれたのだとか。
そりゃあ、だってお隣の領地だものね。王都よりかは断然近い。
それに、元々うちの両親とウィンダム侯爵様ご夫妻は仲も良く、発展著しいフロンターレ領を目の当たりにしていたのもあって、そうなればいいなあという希望もあったみたい。
「私は卒業したらすぐでも嫁ぎたいって思ったのだけど、シェアトがどうしても1年待って欲しいって言うものだから」
「当たり前だろ、生活の基盤を作る必要があるんだから。君に苦労はかけたくないからね」
さらっと超男前な発言をする兄様に、ナディア様が少し頬を染めて乙女のような表情になる。
いや、なんかもう、ごちそうさまですとしか言いようがないな。
2人の間に流れる空気は、間違いなく穏やかで優しいもので。
きっと、力を合わせてフロンターレ領を発展させていってくれるに違いない。
政略結婚ではないのに家のためにもなる結びつきで、うちとしては上々の縁談だ。
・・・やっぱりちょっと寂しい気がするけど、それは言わぬが花だよね。
そんな気持ちを振り払って、私は兄様の両手を取って握り締めた。
「兄様、少し早いけどおめでとうございます!私、兄様が幸せになってくれたらそれだけで満足です!」
「シャル・・・ありがとう」
兄様は優しい笑みを私に向けて、そう言われた。
そして、傍らのナディア様に向かっても私はとびきりの笑顔を向けた。
「ナディア様、おめでとうございます!私、早くナディア様をお姉さまとお呼びしたいですわ!」
「まあ、シャル!ありがとう!」
ナディア様は感極まったように両手を広げて、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
その温かさにほっとする。きっと、この方は兄様を大事にしてくださるに違いない。
そんな打ち明け話が終わったところで、兄様は果実水を一口飲んでナディア様に問いかけた。
「それで、メリッサ殿の話は本当なのか?」
あ、そうだった。メリッサ様の洗礼って何??
それがね、とナディア様はため息をついた後、話し始められた。
「最初はね、そもそもあなたの妹ってだけで気に入らないみたいだったのね」
「またそれか・・・」
「え?兄様、メリッサ様に何か悪いことをなさったんですか?」
「するわけないだろ」
こつん、と額を軽く兄様に小突かれる。いや、もちろんそうだとは思うけど。
人に嫌われるような兄様じゃないし。
「僕がアームズと仲が良いってのが気に入らないんだよ、彼女は」
兄様の発言に驚く。
アームズ様?アームズ様と仲のいい兄様が気に入らない?
それはどういう意味なのだろう。
国内でも屈指の高位貴族であるアームズ様と、うちみたいな普通の伯爵家の兄様が一緒にいるのが気に入らないってこと?階級至上主義なの?
それとも、ひょっとして。
「・・・やきもち、ですか?」
「まあ、早い話がそうね。彼女、めちゃくちゃ嫉妬深いのよ」
それさえなければいい子なんだけどね、とため息をつくナディア様。
要するに、メリッサ様はものすごくアームズ様のことがお好きなんだそうだ。
お互い王都住まいだから小さい頃から交流はあったらしいんだけど、その頃は特になんとも思っておられなかった様子。
どうやら学院へ入学される前のアームズ様はお茶会さぼりの常習犯で、レアキャラと化していたらしいからあまり認識もされていなかったようで。
ところが学院に入学後は、めきめきと頭角を現してこられたらしい。
もともと優秀な方だから、あっという間に女生徒の憧れの的となり、メリッサ様もその中の1人なんだとか。
ただ、メリッサ様は王都住まいの侯爵家令嬢なこともあり、他の女生徒よりは立場的に一歩先へ行く存在。
単に憧れているというだけでなく、実際に妻の座も狙える位置にいるものだからかなり本気なのだそうだ。
同じ学院祭の実行委員や運営会などに所属して、必死にアピールしているのだとか。
ただねえ、とナディア様は困った顔。
「アームズは、これっぽっちもメリッサの方を見てなくて。彼に今一番近い位置にいるのは間違いなくシェアトで、メリッサはそれが憎らしくて仕方がないのよ」
おう、それはとんだとばっちりだわ。
ちょっと兄様に同情する視線を向けると、諦めたような苦笑が返ってきた。
「どうにかして僕を排除すれば、自分が僕の位置に立てると思ってるみたいでね」
「それは・・・恋人と友人は全く違うのだから、無理じゃないですか?」
私の言葉に兄様とナディア様は顔を見合わせて、うなずかれる。
「まったく、学院に入学したばかりの1年生にもわかることなのにね」
「シャルは優秀だからね。まあ、優秀じゃなくてもわかりそうだけど」
なるほどねえ。これでなんだか最初から目をつけられてたっぽい理由が分かった。
メリッサ様との初対面時に「あなた、シェアト君の妹?」という発言があったことからして、私が兄様の妹だってことは入寮時から把握していたみたいだからな。
でも、と首をかしげる。
「もうすぐ婚約発表なさるなら、学院内でも兄様とナディア様が一緒におられる機会が増えてくるわけでしょう?そうしたらメリッサ様の気も少しはおさまるんじゃないですか?」
婚約発表後は、いわゆる公認カップルになる。
こういった宴の時のエスコートはもちろんだし、そもそも婚約者がいる身ではあまり他の異性とも接しなくなっていくのが普通だ。
まあ兄様とアームズ様は同性ではあるけれど、多分アームズ様のことだからそこそこ遠慮もなさるだろうし、自然に兄様とは別行動も増えると思うんだけど。
私の言葉に兄様はうなずいてくれたけれど、ナディア様は渋い顔をして首を振った。
「それがね、どうも今度はシェアトじゃなくてあなたの存在自体を警戒しているみたい」
「はあ?」
思わず間抜けな返事をしてしまったけれども、いったいなぜだ。
マリーアンジュ王女様を警戒するというのなら話はわかるんだけど、私みたいなごく普通のしかも身分違いの伯爵令嬢なんか鼻にもかけなくて当然なんじゃないの?
「最初はあれね。入学式前に、女子寮に連絡のためにアームズ君がやって来たでしょ。私もあの時いて、すごくびっくりしたんだけど」
・・・あ。ひょっとして、あれか。
「思い出した?そう、あなたに向かって彼、今まで誰も見たことがないような顔で笑ったわ。いかにも大事な存在を見つけたというような、嬉しさに溢れた表情で」
「・・・バカアームズめ・・・」
兄様が地の底を這うような低い声でつぶやく。怖い。
ナディア様は苦笑して兄様の肩を軽くたたく。
「その時はね、笑いかけた相手があなただとはわからなかったのよ。てっきり、アンドレア侯爵家のデイジー様にだと思っていたみたいで」
あの時周囲にいた人は、多分間違いなく全員そう思ってただろう。
私とアームズ様の接点は兄様の存在だけだし、まさかその兄様を通じて親しくさせてもらっているとまではわからなかったみたいだし。
デイジーが相手ならさすがの自分も太刀打ちできないと思ったのか、メリッサ様はしばらく無言で作業をしていたのだとか。
これで少し早く兄様への無駄な敵対心が収まるか、と内心ほっとしていたナディア様は、そのあとの出来事に衝撃を受けることになる。
あのアデル先生の私に対する頭撫で事件は、ナディア様は別の仕事中で全然見ていなかったらしい。
だけど周りが騒いでいたことで状況を理解し、兄様が青い顔で私を待つために廊下に出て行ったものだから心配になって、様子を見るために教室の入り口付近にいたのだとか。
私と兄様の会話を聞き、気の毒にと同情していたところにアームズ様が現れた。
兄様とアームズ様が教室に入り、ナディア様がアームズ様と一緒に来たメリッサ様に話しかけようとした時に、彼女がすごい形相で私の背中をにらんでいることに気が付いた。
「メリッサ?どうしたの、怖い顔して」
「・・・あの子だわ」
「え?」
「あの子が、アームズが笑いかけた相手だったのよ」
恋する女の勘って怖い。
あの一瞬のアームズ様のささやきで私たちの親しさに気づいたらしいメリッサ様は、どういった伝手をたどってなのか知らないけれど、どうやら王都で私がしばらくハーディエンス侯爵家に滞在していたことを調べ上げたらしい。
そりゃナタリーさんと一緒に出掛けていたし、なんならアームズ様たちとも貴族街にいたし、調べようと思えば簡単かもだけど。
「あの、でもアームズ様には確かにかわいがってもらっていますけど、あくまでも妹扱いであって恋愛対象とかそういうのじゃないと思うんですけど・・・」
おそるおそるそう言うと、ナディア様と兄様が顔を見合わせる。
「・・・あの表情は、さすがに妹に向けるものとして考えるには無理があると思うんだけど」
と、ナディア様が言う。
「正直、僕にも判断がつかないぐらいだから、他人に誤解されて当然だと思う」
と、兄様も言う。
ええー・・・そういうこと、軽々しく元喪女に言わないで欲しいなあ。
勘違いしちゃうよ?・・・なーんて、しないけどね!
あんなハイスペックな人が私みたいなのを好きになるわけないって!




