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16.ご挨拶した相手は、実は・・・

クリシュナ様は今日は濃い紫色の上着に、黒のズボンだ。

歩くたびに水色の長い髪がさらりと揺れて、端正な顔立ちを余計に際立たせている。

その高貴な笑みは横を歩くマリーアンジュ王女様に向けられていて、彼女を敬愛しきっているのを感じさせる。


「クリシュナ様が王女殿下の婚約者候補なのか?」

「いやでも、アームズ様やラルフィード様はどうなる?」

周りでこそこそと繰り広げられる、うわさ話。

まあそりゃあこんな公式の場に、エスコートして現れたなら当然ともいえるんだけど。


・・・ん?エスコート?

なんだかその言葉に引っかかるものを感じて、必死で頭の中の引き出しを探る。

そういえばエスコートイベント、があったような・・・気がする。


芽吹きの宴だけでなく、王城での大きな夜会は年間で4回開催される。

春月の芽吹きの宴、夏月の灯花の宴、秋月の豊穣の宴、冬月の星見の宴の4回だ。

そのたびに夜会が開かれ、その時に一番親密度が高い相手がエスコートに来てくれる。

恋愛ゲームではよくあるイベントなのだけど、シャルリアルートでは1回も誰にもエスコートしてもらったことがないので完全に忘れてた。

(今回は誰にも迎えに来ていただけなかったわ・・・)っていうテキストログを何回見たことか。

今回は、じゃなくて今回も、だぞ!なんてツッコミ入れたりしたけど。

てっきり1人で会場入りしたのかと思ってたけれど、ひょっとしたらゲーム内でもシェアト兄様にエスコートしてもらったのかもしれないな。

そう思うと、なんだかちょっとほっとした。


ちなみにマリーアンジュルートでは、攻略対象全員が1回づつ来てくれたような気がする。

芽吹きの宴は、クリシュナ様だったってことかな。

ってことは、あと3回はまた別の人がエスコートするんだよね。どういう順番なんだろ。

親密度順なのだとしたら、今一番親密度が高いのはクリシュナ様か。

まあ、幼馴染だし当然と言えば当然か。

可能性はあっただろうけど、ラルフィード様はデイジーのエスコートがあったから今回の相手には選ばれなったのかな。


「・・・狙いは既成事実、か?」

ぽつりとまた兄様がつぶやく。

さっきからなんだか、色々考えておられるような気配がしている。

私も同じように考えているから、お互い様と言えばお互い様なんだけど。

だけど、さっき兄様がアームズ様に連れていかれた先から戻られた後は、微妙に機嫌が悪かったらしいんだよね。

私はすでに別室で着替えを始めていたから知らないんだけど、お茶を出したアルル曰くいつもの笑顔も見せずに何かをじっと考えておられたらしい。

去年、アームズ様がノルディスと訪ねて来られた時も、何か密談されてたしね。

きっと、色々あるんだろう。兄様は優秀な方だからね。


王族方が壇上に登られると、すっとクリシュナ様が一礼して脇へと逸れられる。

それと同時に流れていた音楽がゆっくりフェードアウトして行くと、周囲のざわめきは一気に収まった。

国王陛下が壇上の中心で両手を広げられると、一気にその場にいた全員が同じように両手を広げる。園遊会の時もあった、精霊王様に感謝する挨拶だ。

「春の芽吹きの訪れと、今日の宴の開催を心より精霊王に感謝します」

胸の前で両手を交差してそうおっしゃられた陛下は、ずいぶん長く祈っておられたように思う。

同じポーズを取っている周囲が、少し戸惑ったような空気が流れ始めたころ、ようやく陛下は祈りを終えられて「よい」と一言だけおっしゃった。

ゆっくりと列席者を見回し、陛下は一言一言をかみしめるように話し始められた。


「すでに存じている者も多いと思うが、現在我が国は未曽有の危機に面している」

湧き上がるざわめき。驚き、戸惑い、やっぱりかというため息、色んな反応が混ざり合っている。

「精霊王様には何度も私から呼びかけている。この数年間、何度も何度も。しかしながら、一向に返事はないのだ。ただ、精霊様たちが『精霊王様は眠りにつかれている』と教えてくださるだけで」

初めて聞いた者もまだまだいるのか、お互い顔を見合わせたり声を上げそうになって口を押さえたり、様々な反応がある。

「そんな中、宴などを行う場合ではないのかとも考えた。しかしながら、精霊様はおっしゃったのだ。『人間の健やかな生活の営みが精霊の力になるのだから』と」


・・・それはそうか。

シマの言う『循環』は、人が生活を止めてしまうと出来ないことになる。

そしたら精霊様たちも力を失ってしまうし、かえって物事を悪化させかねない。

そういったことをちゃんと、国王陛下には説明してあるのか。


陛下は憂いを帯びた顔を穏やかな笑顔に変え、再び両手を広げられた。

「今は、私たちの精霊様、精霊王様に対する祈りが重要なのだ。宴を開催し、料理を作り、食べ、演奏し、歌い、踊り、話す。それがすべて祈りに変わる」

私たち1人1人と目線を合わせるようにうなずき、陛下は続けられる。

「どうか、この夜の宴を心の底から楽しんでほしい。それが、私の願いであるし、精霊様の願いでもあるのだ」

その宣言と同時に賑やかな音楽が再び奏でられ始め、一気に拍手の嵐が巻き起こる。

さあ、いよいよ芽吹きの宴の開始だ。



初めての夜会。

さあ、なんて意気込んだものの、別に何が始まるわけでもないんだよね。

とりあえず周囲の人たちと新年おめでとう、みたいな挨拶が交わされる。

大人同士は今日の午前中に挨拶も一通りすましているようで、ゆっくりのんびりしているので私はどうしていいのかわからない。

「・・・あの、兄様?どのタイミングで料理食べていいんですか?」

「え?」

兄様はポカンとした顔で私を見ると、いきなりぷっと吹き出した。

「シャル、もうお腹空いたの?」

「いえ、空いたというよりはいつから食べていいのかな、と・・・マナー的な問題で」

私はいたって真面目に言っているのに、兄様のクスクス笑いは止まらない。

はぁ・・・と小さなため息が聞こえて、振り返ると呆れ顔の母様と笑いをこらえている父様の姿。

「シャル。淑女が、いきなり料理のことなど気にするものではありません」

・・・早速怒られたよ。しょぼん。


夜会でも結局は園遊会と同じで、まずはあいさつ回りかららしい。

特に私は今日社交界デビューなのだから、いわば主役なのだ。忘れそうになってたけど。

なので父様と母様に連れて回られながら、挨拶巡業を開始した。

とはいえ、園遊会ですでに挨拶していたりもあってわりとさくさくと巡業は進む。

こちらから話しかけても問題にならない男爵家や子爵家の方々に挨拶をして回った後、ようやく今日の一番の目的であるウィンダム侯爵様のところへとたどり着いた。

フロンターレ領がある王都南部地域の取りまとめ役であるウィンダム侯爵様への挨拶は必須なのだけれど、ようやく今日初めてお会いすることが出来たのだ。

私たちが近づいていくと、ちょうど周囲から人が引いたところだったウィンダム侯爵様は、すぐにこちらに気づいてくださった。


「シャルリア・フロンターレと申します。どうか、よろしくお見知りおきください」

鍛え上げたカーテシーで挨拶すると、背が高くて褐色肌の初老の男性が丁寧にお辞儀を返してくれた。この方がウィンダム侯爵様だ。

「ダグウッド・ウィンダムだ。こんな綺麗なお嬢さんがいたとはな、エルド殿。さぞかし、縁談の話がたくさん舞い込んでいるのでは?」

ウィンダム侯爵様が父様にそう言うと、父様は笑って私の肩を叩かれた。

「いやもう、困ったことにまだまだ子供でして。居並ぶ好青年たちより、よっぽど後ろに並ぶ料理が気になるようです」

ちょっと!父様ったら、何を言いつけているの!

思わず目を見開いてばっと父様の方を見ると、父様はお茶目な顔つきで笑っておられる。

「ハハハ、油断してはいけないぞ。子供だと思ってたら、あっという間に嫁に行ってしまうのだからな」

ウィンダム侯爵様も陽気な顔つきで笑われて、2人の関係がとても友好的なのを感じさせる。


「おお、そうだ。シャルリア嬢にはうちの娘も紹介しておかないとな。ナディア!」

ウィンダム侯爵様の呼びかけた先には、真っ赤なドレスに黒髪の女性。

ぱっと振り向かれたその顔には、見覚えがある。確か、入学式の日にメリッサ先輩やアームズ様と一緒に忙しそうにしていた運営会の方じゃないかな?

お父様と同じ褐色肌の持ち主で、私の周りではあまり見かけなかった肌の色だったから覚えていたんだ。

そういえば、1度だけお会いしたナシャーヴ族のヴァネッサさんと似た印象だ。

ひょっとして、ナシャーヴ族の血が混ざっているとかなんだろうか?


「娘のナディアだ。シェアト殿と同じ年齢になる」

「よろしくね。ナディア・ウィンダムよ」

ニッコリ笑った彼女は、制服姿でも美人だったけど、ドレス姿だとますます華やかさが際立っている。お父様のウィンダム侯爵様と似た印象で、明るくて気さくな感じだ。

一応うちのお隣さんだから存在は知っていたんだけど、この方だったのか。

「シャルリア・フロンターレです。入学式では、お世話になりました」

そう言うと、ナディア様は少し驚いたような顔つきになる。

「あら、私を覚えているの?」

「はい。メリッサ様の傍にいらっしゃった記憶があります」

あーなるほどね、という顔をしたナディア様は兄様に向かって肩をすくめてみせる。

「妹さん、さっそくメリッサの洗礼受けちゃったのよ」

「ええ?!」

驚いた声を上げた兄様は、ぱっと私の方を向いて言う。

「シャル、何をしたんだ?」

いや、何もしてない・・・してないよね??

私が首をかしげると、ナディア様はくすくすと笑ってお父様方に「飲み物を飲んできますわ」と告げられた。

そして「向こうで話しましょ、シェアトもシャルリアもいらっしゃいな」というなり、くるっと後ろを向いて歩き始められたので、私と兄様は顔を見合わせた後、彼女について会場の端へと向かった。


大広間の周囲は、少し広めの回廊になっている。

回廊には大きな窓があり、季節柄今は全開になっている。会場の中は人の熱気で少し暑かったので、窓から入り込む風が涼しくて心地よい。

小さなテーブルがいくつか置かれており、その周囲で飲み物や食べ物片手に歓談している方の姿もちらほらと見られた。


ナディア様はそのテーブルのうちあまり周囲に人がいない場所の1つを陣取ると、近くのメイドさんに流れるようなしぐさで飲み物を頼まれた。

すぐに果実水が3つ持ってこられて、私たちは軽く乾杯する。

「入学おめでとう、シャルリア」

「ありがとうございます、ナディア様。どうぞ、シャルとお呼びください」

「そう?じゃあシャルと呼ばせてもらうわ。・・・この果実水、イマイチね」

ずいぶんはっきり物をおっしゃる方だ。

メイドさんが持ってきてくれた果実水は、去年園遊会でも飲んだオーソドックスなものだ。

ミネラルウォーターに果実の汁をしぼったもの。まだ成人していない私たちには、これしか飲み物は無いと言える。

「あなたの領から戴いた、ブドウの果実水がとても美味しかったから。ねえ、まだ発売しないの?」

ああ、なるほど!あれと比べたらそりゃイマイチと言えるな。


去年の秋、ブドウの収穫からワインの製造まで、勉強になるからと思って見学させてもらった。

その時にふと、思ったのだ。この、ワイン酵母を入れる前のブドウの汁って、いわゆるブドウの100%ジュースなんじゃないの?って。

なのでワインにするには適さない少し潰れたブドウや熟れすぎたブドウなどを少しもらって、邸の厨房でマーカスと一緒に煮てぶどうジュースを作ってみた。

そしたら、それがびっくりするほどおいしくて。

当たり前だけど水に果実の汁を絞っただけの果実水とは濃さが違うし、もともとワイン用のブドウだからすごく味もいい。

家族全員で美味しい美味しいと飲んだ後は、そのまま食卓で商品化に向けての話し合いが行われていたっけ。


「あれはまだ、試作品なんだよ。商品化するにはウィンダム侯爵様のお力添えもいただく必要があるからね」

兄様がそう説明する。

「僕が卒業してから本格的に力を入れる予定なので、あと数年は先になると思うよ」

「なんだ、残念だわ。でも、それじゃあ嫁入りを早めさせてもらおうかしら。そうしたらいつでも飲めるんでしょ?」


・・・・・・え?


今聞き捨てならない言葉を聞いた気がして、シェアト兄様を見る。

兄様は、あちゃー・・・という顔をして額を押さえておられる。

・・・嫁?誰が?誰の?嫁?

私は2人の顔を順に見比べる。がっくりうなだれている兄様と、ふふんと少し誇らしげなナディア様。


これは、その、つまりはそういうことなんだろうか?

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