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02 新城 悠木 の 過去

 僕の下腹部を襲った痛みは精巣捻転症というものだった。

 それは腹部と精巣を繋ぐ動脈静脈や精子が通る精管が束になった精索という部分が絞ったタオルのように捻じれて精巣への血流が止まってしまう症状で、普通はどちらか左右の片方、とりわけ左に多い症状らしいのだが僕の場合はそれが左右の精索におこっていた。

 一般的には発症から六~八時間以内に捻れを戻さないと精巣は回復せず、血流が回復して精巣を残せた場合でも手術までに時間がかかっているとあとで精巣が小さく萎縮して機能が悪くなってしまうことがあり、僕のようにさらに手術が遅れて捻じれをもとに戻しても血流が回復しないほど壊死が進んでいた場合は精巣を摘出となる。

 つまり僕は揶揄でも比喩でもなく本当の玉無しになってしまったのだ、しかし玉無しになったところで気に病むこともなく、あの痛みからは解放された安堵感の方が先に立った。

 外科手術後はやはり捻転症とは違う痛みが患部に残ったが痛み止めと化膿止めの点滴を打ちながら、様子をみるためということで入院となり三泊四日を病院で過ごした。

 入院中は毎日一五時頃に母親がお見舞いに来てくれたが、そこでの会話といえば「なぜもっと早く痛いと言わなかったのか」や「痛い時に我慢しないで早く病院に行っておくべきだった」とか「だからあんたはダメなんだ」ということを延々と言われるだけ。

 でも僕は知っている。捻転症が原因と思われた一度目二度目のように痛みがすぐに治まっていた症状を訴えたところで、うちの両親は気にも留めず「ふーん」で終わり、もし痛みが治まらずどんなに苦しがっても胃腸薬を渡されるだけで、睾丸摘出という結果は変わらなかっただろう。

 母親が本当に言いたい僕への文句はそこじゃないのだ。

 入院から四日目のお昼、退院の手続きが終了し母親が迎えに来てくれた車に乗って僕は家に到着する。

 母親が鍵穴に鍵を差し込み回して解錠し、玄関ドアノブを引いて開けるとそこにはいつもの光景が広がっていた。

 玄関とそこから伸びる廊下には足の踏み場もないくらいに床を埋め尽くした物、それは玄関と廊下だけに限らず、リビングやキッチンに至るまで物が散乱し整理されていない物置き状態になっている。

 僕は玄関で靴を脱ぎ、いつものように物に覆われていない微かに露出した床面に足を付けて廊下を進んでいく。いつものルートを外れて普段足を付けていない床に足を置いた場合、一〇年単位で掃除がなされていない空間だ、足の裏が埃だらけになってしまうのだ。

 家族がいつも歩いている部分だけに足を付けていつものように洗面台に向かい手洗いとうがいを始める。

 母親は無言で後ろをついてきて、僕が洗面所で動きが止まったところで口を開いた。

「あんた、本当は私への当てつけのために救急車呼んで他人をこの家に入れたんでしょ」

 また始まった。

 僕は母親の言葉に反応することなく薬用石鹼を手で泡立て始めた。

「救急車なんて呼ばずに具合が悪くなったなら自分で病院に駆け込めばよかったじゃない、腹痛くらいで情けない」

 僕は手を流水にさらして付いた泡を落としていく。

 母親になにを言っても無駄だ。

「そんなにね、この家が気に入らないんなら自分で片づけるか出ていけばいいのよ」

 僕自身がこの家を片づけるということは何度も行い、そしてその都度両親に阻止されている。

 そのとき、母親の言い分は「止めて! 当てつけのように掃除しないで! そんなに家が気に入らないなら出ていけばいいじゃない」だった。父親の方も「母さんはちゃんとやってるんだから余計なことをするな!」の一点張りで、この家を片づけるという行為は悪だとでも言わんばかりにいつも僕が責められる。

 今母親が提示した、出ていくか、自分で片づけるか、という選択肢。

 それを真に受けて、この瞬間に家の片づけを始めようものなら自分の粗を指摘されることを極端に嫌がる母親だ、狂乱し自分のことは棚に上げ、僕の行為を蔑み片づけを止めさせることだろう。

 手の泡を落とし切った僕は両手でつくった杯に溜めた水に顔を近づけて口に含んだ。

 洗面台に置かれたコップなんか怖くて使えない。

「あなたが勝手に救急車呼んだりするから病院の先生にだって、子供の体調の変化を見逃さないでくださいとか言われたりするのよ、世間体も考えなさいよね。まるで私がなにもやってないみたいじゃないの」

 僕はうがいを終えた水を吐き出すと、洗面台横に掛けられたタオルで手を拭いてその場を離れ、母親を尻目に二階の自室へと向かった。

 母親はまだ言い足りないのか僕の背中に向けて言葉を投げかけていたが、それをまともに受けて反応していては家の中で静寂が訪れることはない。

 僕は物が散乱したなかで僅かに覗いた、いつも踏んで埃の積もっていない床を選んで自室ドア前に到着すると、そのドアを開いた。

 物が少なく我ながらよく整理整頓してある状態の自室へ入りドアを閉めると、幾分か心が和らいだ。

 僕はベッドに腰掛けると、そのまま上半身を後ろへ倒し伸びをした。全身の筋肉を伸ばしたいが、下半身に無理に力を入れるとまだ痛むのでそこはほどほどに。

 数日振りの自室、こんな家のなかでも唯一リラックスできる場所だ。

「病院は静かで清潔だったな……」

 僕は伸びのあと、溜め息と一緒にそう言葉を漏らした。



 両方の精巣を摘出するも、男としての弱点がなくなったくらいの軽い考えでしかなかった僕だが、次第にそれが身体に対してどのような影響を及ぼすのか入院中と退院後の通院時に受けた医者からの説明とは別に、身を持って知ることになった。

 男性ホルモンのテストステロンなどを総称したアンドロゲンは九五%が精巣で作られ残り五%は副腎で作られているステロイドの一種で、第二次性徴にかかわる筋肉や骨の形成をうながしたり、精子の産生や男性機能に深く関係する重要なホルモンだ。

 一三歳でまだ第二次性徴がきてなかった僕の身体から、男性器の形成と発達、変声、体毛の増加、筋肉増強の作用があるアンドロゲンの生産が九五%なくなってしまったのである。

 中学校のクラスメイト、成長期真っ只中の男子は身体つきの変化が見え始め、肩幅が広くなっていき、運動部に所属している友達はどんどん筋肉がついて、運動部同士で互いに筋肉を見せ合う光景のなか、僕の二次成長といえば身長こそ伸びたものの、気持ち低くなったくらいの声変りと、男子とは別の成長が身体にあらわれ始めた。

 全身に薄く脂肪が付いたように皮膚がふっくらと柔らかくなり、とりわけ尻や太ももに肉が付き始めて下半身は大きくなってしまった。

 下半身の肉付きだけなら誤魔化すのは容易だっただろうが、女性化乳房という女子のように乳房が張り膨らんでしまうという身体の変化まであらわれ、周囲には「少し太った」と誤魔化さなければならないほどだった。

 そんな身体の変化に筋肉を鍛えて抗おうと、腕立て伏せをしてみたがアンドロゲンの生産が激減した僕の筋力は女子並みにまで衰えていて、まったく数ができず……これくらいの重さならば、と一つ三㎏のダンベルを二つ買って筋トレを試みるもやはり僕には三㎏ですら重くて長くは続かなかった。

 僕が筋トレを止めたのが親に知られると案の定、母親からは「本当になにをやっても長続きしないなんて情けない」と父親からは「お前が一つのことやり続けられるわけないだろう、ダンベルなんて買ってもったいない」といつものように僕を否定する言葉を投げかけられた。

 小さいころからそうだった。僕が「将来飛行機のパイロットになりたい」と母親に言うと「あなたになれるわけない」と言葉が返ってきて「僕、将来役者になりたい」と父親に言うと「お前になれるわけがない」と言葉が返ってくる。

 そのくせTV番組で子役が出演しているのを観るたびに、

「悠木、この子はあなたより年下なのに、もうテレビに出てお金稼いでるのよ…」

「それに比べてうちの悠木はな…」

と両親で僕と子役を比べては嘆くことを目の前でやられる。

 両親は僕のやることなすことをいちいち否定し、蔑まなければ気が済まないのだ。



 散乱した物で家中に築かれた山の高さが更に増し、それと反比例するように足の踏み場がさらに狭く少なくなってきた高校生のとき。

 散乱した山の中には、紙パック式、サイクロン式、サイクロンスティック式の掃除機三台もその一部と化して埋もれてしまっている。

 新しい掃除機を見るたびに母親はそれを欲しがり購入をするのだけど、僕が把握している限りではあるが、購入後箱から出すだけで実際に電源を入れられたことはない。

 掃除機をかけるためには、まず家中に散乱し築き上げた物の山をどける必要があるということを母親の頭はどうも理解できないらしい。

 高校生になった僕は男子のようなゴツゴツした身体にはならずに、柔らかそうな皮膚と肉付きの良い下半身に、一時的なもので一~二年ほどで消滅するだろうと淡い期待を抱いていた女性化乳房も相変わらず…いや大きさを増した女性化乳房が今もここにある。

 さすがにここまでくると「太った」と言い訳するには難しく、かといってブラジャーをするわけにもいかないので幅三四㎝長さ一〇mのさらしを通販で購入し、それを幅一七㎝長さ五mと四等分にしたものを胸部にキツく巻いて誤魔化し学校生活を送っている。

 そして高校生になると見えてくるのは大学生になり、それに伴う一人暮らしである。

 家の中は酷いが、とくにお金に困窮していない稼ぎのある父親は「大学までは出させてやる」と世間体も考慮してか言ってくれている。

 僕の高校の成績や大学入試センター試験の結果なら医学部や一部の一流大学を狙わなければ、そうそう落ちることはないだろうという判断が出たことを踏まえて父親に進学したい大学名を伝えたところ「お前にそんないい大学が受かるはずがない、もっと誰でも入れるような大学にしておけ」と、予想していた通りの言葉が返ってきた。

 父親は僕のことを必要以上に過小評価しているのとセンター試験の仕組みを理解できておらず、どんなに説明をしても「うるさい! お前には絶対に無理だ!」の一点張りで怒鳴り散らされ話にならず理解しようともしてくれなかった。

 両親との話し合いの進展がないまま、願書受付期限が差し迫ってきたころ。担任の先生を間に挟み、先生の口から僕が今までしてきた説明を一から父親にしてもらうと「なんだ、それならそうとちゃんと言えばよかったじゃないか」と柔和な態度へと豹変させて、さも今まで願書が出せないでいたのは息子一人の落ち度です、というような含みを持たせたていで先生の話を聞き対応していた。

 両親にとって僕の言葉は理解するに足らない、なんの意味もなさないものなんだ、そんなことは分かっている。

 僕は思うところがあるのをグッと堪えて、素直に先生の話を聞き納得していく父親の姿を視界から外し、僕の説明が足りなかったという言い分を聞き流して時が過ぎるのを待った。

 今を耐えれば、ゴミ屋敷のような家と僕を否定しかしない両親から離れ、晴れて大学生となり、一人新生活を送ることができるようになる。ここでなにかを言って両親の機嫌を損っては元も子もない、自分を殺して無言を貫くことくらい日常茶飯事、慣れたものだ。


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