第39話 「死の受容」
「あれから何があったのか、教えてもらっていいですか」
ソフィアが蚊の鳴くような声で渡瀬に尋ねた。切実さと心細さが伝わってくるようだった。
後ろめたさから、渡瀬はソフィアの方を向くことができなかった。正面を向いたまま質問に答える。
「君が眠ったあと、夜の2時ぐらいだったかな。地震があったんだ。建物を覆うような火の柱も見た。テスラさんは魔法災害だって言ってたけど、僕には何が何だかさっぱりだった。でね、テスラさんが『今ならソフィアをつれて逃げてもバレない』『今なら監視の目も離れているから』って。だから君を連れて逃げてきて、この村にたどり着いた。それだけ」
渡瀬は淡々と話した。
「……魔法災害、ですか」
「うん。君は見たことある?」
「いえ。ですが、テスラは魔法災害に遭ったことがあるはずです。魔法災害で家族と家をなくして途方に暮れていたところを司教様に拾われたと聞きました」
「……なるほど」
道理で、と渡瀬は納得した。
あの日、自分が地震だと思ってソフィアの部屋を訪れたとき、テスラは既にあれが魔法災害だと確信していたような口ぶりで話していた。
以前同じ災害に遭ったことがあるのなら、あの時点で何らかの予兆を感知していたのかもしれない。
「あの、聖都はどうなったんですか?」
「ああ……そうだね」
心配そうなソフィアの様子を見て、渡瀬は迷った。あの惨状を話すべきかどうか。
だが遠からず分かることだと思う。あの被害ではこの村にもすぐに影響が及ぶだろう。
「地震で建物が軒並み倒れてたのもそうだけど、一番ひどかったのは火災かな。木造の家が多いところは全滅だったと思う」
「そう、ですか。……では、テスラは?」
「テスラさんは礼拝堂に残って……。ごめん、その後は分からない」
「……そうですよね」
ソフィアが気を落としている空気が伝わってくる。
初めて会ってから一月にも満たない自分とは違い、テスラはもう何年もソフィアと一緒にいた人だ。
ソフィアにとって唯一の、気の置けない仲と言える人だ。
渡瀬はソフィアに掛ける言葉を見つけられなかった。だから、ソフィアが再び顔を上げるのを隣でじっと待っていた。
ソフィアが静かに流していた涙を擦る音がした。
まだ嗚咽の余韻が残る声でソフィアが話しはじめる。
「私がいなくなれば、魔獣がまた聖国を襲うようになるって話は……」
「知ってるよ」
「災害でめちゃくちゃになった所でもし魔獣が出たら……」
「酷いことになるだろうね」
今にも大声で泣き出しそうなソフィアの震える声にも、渡瀬は淡々と返事をした。ソフィアが渡瀬の隣に座ってから、渡瀬は感情が決して表に出さないように努めていた。
「何で、私を逃がすようなことしたんですか?」
ソフィアがついに核心に触れた。
渡瀬が口ごもる。
「ワタセ先生はお医者さんじゃなかったんですか? お医者さんは人を救うのが仕事なんじゃないんですか? 被害が酷くなることが分かっていて、どうしてそんなことをしたんですか?」
ソフィアの質問に耐えきれず、渡瀬がついに感情を表に出した。ソフィアの方を向いて両手で細い肩を掴み、声を荒げて言った。
「君は! 死ぬところだったんだぞ! もう二度と目を覚まさず! そのまま痩せ衰えて! 人の心配など」
「私のことはどうだっていいんです!」
ソフィアが渡瀬の腕を掴んで反論した。渡瀬をまっすぐと見つめるその瞳からいくつもの大粒の涙が流れた。
嗚咽にまみれながら、ソフィアはゆっくりと話続けた。
「私のことはいいんです。もう覚悟は出来てましたから」
涙でぐしゃぐしゃになった泣き顔を隠すように、ソフィアが下を向いた。
「ワタセ先生に会って、最後に幸せな一時も過ごせました。もう思い残すことなんてありません」
渡瀬はその言葉に衝撃を受けた。
まだ幼い少女が、自分の運命を受け入れていたなんて、到底信じられなかった。
「じゃあ君は、あのまま死んだ方がましだったとでも言うつもりか」
ソフィアが顔を上げて、はっきりと告げた。
「はい。あなたが苦しむのを見るよりは、ずっと」
その言葉に渡瀬は図星を付かれたように感じた。
心の奥底に封じ込めて見ないようにしていた罪悪感、後ろめたさを覗き見られたのだと思った。
「わかった。もういい」
渡瀬はソフィアの肩から手を離し、ふらりと立ち上がってその場から歩き去った。
†
孤独を感じたのは異世界に来て初めてかもしれないと思った。
渡瀬は村の端、木の柵のそばで木陰にしゃがみ込んでいた。俯いて、さっきソフィアと話したことを振り返る。
ソフィアに聖都やテスラのことについて話したことよりも、自分の心を覗かれたことよりも、ソフィア自身が逃げることを臨んでなかった事が一番辛かった。
自分のやったことは何だったのだろうか。
誰にも望まれてないことを、自分は勝手な思い込みで先走ってしまったのだろうか。
無力感が身を苛む。
ソフィアに合わせる顔がないと思った。
このまま消えてしまえたらどれだけいいか。
渡瀬が鬱の泥沼にはまっていたその時、近くで人の足音がした。
無視して俯いていると、頭上から声が振ってきた。
「おい、あんただろ。クレアさんとこに転がり込んだ二人組って」
若い男の声だった。
クレアさんというのは、あの家の主っぽいおばさんのことだろうか。
明らかに自分を指している発言を無視するのも悪いと思い、ゆっくりと顔を上げた。
男は渡瀬の面倒そうな仕草にも気付かず、大きな声で話した。
「いや、俺これから用事があってさ。悪いんだけど、暇なら見張り代わってくんない?」
男が親指で自分の背後を指さした。そこには、村の周囲を見下ろす櫓が立っていた。
「すぐ代わりが来るから。じゃ、よろしく」
渡瀬の返事を待たず、男は言うだけ言ってさっさとどこかに行ってしまった。
こうなってしまっては仕方ないと、渡瀬は木に手をついて立ち上がった。
櫓を見上げる。3階建ての小さなビルぐらいの高さがある。
はしごに手を掛けてゆっくりと登りだした。
†
ソフィアは渡瀬が怒って去ってしまうのを呆然と見送っていた。
とぼとぼと歩きながら考える。
自分はいつもこうだ。
心を勝手に覗いて、人のことを分かったような気になる。
だから結局はみんな自分の元を去ってしまうのだ。
やっぱり、自分は人から助けてもらうような価値のある人間ではないのだと思う。
考えて居る内に、泊めてもらっていた家の前にたどり着いていた。
中に入るかどうか悩んでいると、突然家の扉が開いてクレアおばさんが現れた。
「あら……。どうしたんだい?」
泣き腫らして真っ赤になったまぶたを見て、クレアは一瞬で察したようだった。
両腕を広げて優しく笑いかけるクレアを見て、ソフィアは我慢できなくなってその胸に飛び込んだ。
涸らさんばかりに流した涙が再び目を覆った。顔をクレアのエプロンにぐりぐりと押しあてながら、ソフィアは唸るような声で鳴いた。
クレアは困った子だと呆れたような、嬉しいような顔をしてため息をつくと、ソフィアを抱きつかせたまま家の中に戻った。
ぐずるソフィアをリビングの椅子に座らせて、ミルクを温める。
一口飲む頃には、ソフィアは先ほどの行為を恥じるほどには落ち着いていた。
クレアが自分の分のカップを運びながら話した。
「なにか辛いことがあったんだろう? 話せることなら話してしまうと楽になるよ」
ソフィアは悩んだ。
この人に悪意はないと思う。裏もない。自分のことは機密だが、少しぐらいなら話してしまってもいいのではないか。
動揺と不安がソフィアの口を軽くしていた。
「あの、実は……」
ソフィアは慎重に言葉を選びながら話し始めた。
今日中にもう一遍上げて話を一旦完結させようと思います。




