第23話 「聖都にて」
馬が2頭がかりで引く大きな馬車の乗り心地は思っていたよりもずっと快適だった。
「ところで、君は聖国のことをどのくらい知っているんだ?」
対面に座っているドレイク司教が渡瀬に問いかける。
渡瀬は苦笑いを浮かべた。
「すいません。実はほとんど何も知らなくて。ベルコ教の総本山だとか、それくらいで」
渡瀬の返事を聞いて、司教が驚いた表情を浮かべた。
一つ咳払いをして落ち着きを取り戻す。
「ん、まぁいい。誤解があるよりはいいだろう。聖都に着いたら、君にはまず教皇に会ってもらう。失礼の無いよう最低限のことは知っておいてもらいたいのだが、いいかね?」
「はい、お願いします。」
「ん。そうだな、せっかくだ。最初から説明しようか。そもそも、周辺諸国からベルコ教の信徒が集まって建国されたのがこの聖国だ。教皇と司教で作られる大集会が国のあらゆる事柄を決めている。余所でいうところの元老院のようなものだな。ここまではいいかね」
渡瀬が頷くのを確認して司教は話を続ける。
「建国はもう100年近く前になるが、最初は聖都しか持たない都市国家だった。周囲にも多くの街を持つまでに発展したのはここ20年ほどのことだ。発展した要因はまぁいろいろあるのだが、一つは租税が安い点だな。これで周辺祖国から人が移ってきて、それぞれの集団が聖都の周辺に街を作っていった。民の数だけなら王国や連合に追いつくのも時間の問題だろう。そこでだ」
司教は一息置き、渡瀬をまっすぐに見据えた。
「今回、君にお願いするのはこの国の発展の根幹となった極めて重要な人物の健康管理だ。詳しいことは向こうに着いてから聞くことになるが。とにかく、この件は君や私の進退に大きく関わることになる。最善を尽くして欲しい。……なにか、質問は?」
渡瀬がおずおずと尋ねた。
「あの、なんで自分なんでしょう? 健康管理でしたらそれこそトラフト先生でもいいんじゃないかと……」
「ああ、それはな」
「それは私からお話しします」
司教の言葉を隣に座っていたトラフトが遮った。
「実は、ワタセ先生のおっしゃるように私もその方を診ていたことがありました。しかし、少し前に自分の意思で辞めさせていただきました。もしかしたらワタセ先生も私と同じように感じられる事があるかもしれません。またこれも、詳しい話は聖都で実際に見ていただいてからがよいでしょう」
「はあ、わかりました」
ワケありなトラフトの様子に渡瀬は引き下がる。
街道が石畳から未舗装路になり、とても和やかに会話などできないほどの騒音が馬車の中を包みこんだ。
†
宿場町での中継を挟んで出発から2日後、一行は聖都に到着した。
聖都はその名に恥じない大きな街だった。
石造りの建物が舗装された道の両端に整然と並び、まるで現代のヨーロッパを見ているような清潔感と近代感のあるその街並みを眺めて渡瀬は感嘆のため息をついた。
馬車は石畳の道をまっすぐに進んだ。
行き着いた広場の奥に、ひときわ大きな建物が見える。
ゴシック建築を彷彿とさせる荘厳な作りのその建物こそ、大聖堂と呼ばれる、聖都の中心となる場所であった。
渡瀬とリナのパーティーはドレイク司教の先導で大聖堂の中に通された。トラフトとギセラが最後列に並ぶ。
廊下を歩いていると、すれ違う人々が司教を見るなり深く頭を下げている。
その様子を見ているだけで司教がこの国でかなりの地位の人間であることが見て取れた。
いくつかの階段を上り、一つの大きな扉の前に着いた。ドレイク司教がノッカーを鳴らし、扉を開く。
そこは会議室のような部屋だった。
大きな円卓を囲んで10人ほどの人が座っている。そのうちの半分ぐらいは白髪の老人であった。
ドアから見て真正面には、この中で最も高齢と思われる痩せた老人が座っていた。
渡瀬だけが部屋の中に案内され、導かれるままに司教の後ろを歩いた。
全員の値踏みするような視線を感じる。
「連れて参りました。後任の医師のワタセです」
ドレイク司教が円卓の前に立ち、全員に渡瀬を紹介した。
最も年のいった老人がゆっくりと話す。
「報告書には目を通させてもらった。だが、思っていたよりもずいぶんと若いな」
「はい。ですが、腕は確かかと。報告書の記載は全て私自身が経験した事実です」
ドレイク司教が胸を張って答える。
「……わかった。では直接聞こう。ワタセと言ったな」
「は、はい!」
渡瀬はうわずった声で答えた。
「私がこの聖ベルコ教会の第113代教皇、ミケウスである」
渡瀬がゴクリと唾を呑んだ。
痩せた老人でありながらその威厳のある声、振る舞いにただ者ではないとは思っていたが、こうしていると改めて緊張する。
就職活動に置き換えればいわば社長を交えた最終面接だ。
一つのミスも許されないつもりで挑む。
教皇が低い声で続ける。
「一つ聞きたい」
「はい」
「ドレイク司教に行った治療の内に、なにも食べずとも生きていける薬があると聞いたが、本当かね」
「はい。点滴のことでしたら、事実です」
「それはどれほどの間、人を活かすことが出来る?」
「はい。理論上は、寿命か別の病で死ぬまではいつまででも」
部屋の中がわずかにざわめく。
自分の発言が面接官たちを驚かせているのを感じる。
事実、かつての渡瀬の患者の中には寝たきりのまま点滴で10年以上に渡って生き続けている患者もいた。
だが、すぐには信じられないのも仕方ないと思う。
教皇は懐疑の目線を向けて質問を続けた。
「そのような技術をどこで学んだ?」
「はい。古代文明の遺跡を調べる内に、発見しました」
「彼らの文字はまだ解読できていないと聞いたが?」
「……。私は一部ですが解読出来ました」
これは知らなかった。この世界の誰も日本語が読めないのか。
しかし今更引き下がれない。実際に読めるのだから問題ないはずだと思う。代わりにこの世界の文字はからっきしだが。
「分かった。まぁいい。全てを話せないのはお互い様だろう」
教皇が薄く笑みを浮かべる。
全てを見透かされていたような気がして背筋に寒気が走った。
「ワタセよ。お主には今日から一つ仕事を引き受けてもらいたい。これから案内する人物をできるだけ長い間生きながらえさせること。我々が求めるのはこれだけだ。どうかね?」
「はい。全力で務めさせていただきます」
渡瀬が深く礼をする。
採用だ。渡瀬は心のなかでグッとガッツポーズをとった。




