第24話 「聖女と呪い」
会議室から退室すると、リナたちやトラフト、ギセラの全員が扉の前で渡瀬たちを待っていた。
「どうだった?」
リナが駆け寄って尋ねる。
「うん。仕事もらったよ」
「じゃあ、これからはずっとここに居るってこと?」
「多分そうじゃないかな。住む場所ももらえると思うけど」
リナが少し悲しそうに笑った。
「そっか、じゃあここでお別れだね」
リナに言われて渡瀬はようやく気付いた。
リナたちは冒険者である。未開の地を探索することが彼女たちの仕事であり、当然こんな大きな街に用などない。
またどこかの遺跡を求めて遠くの街や国に行くのだろう。
「ごめん。何から何まで世話になったのに、こんな形で……」
渡瀬は今更ながら自分の無神経さに嫌気がさした。
せめて辺境の街を出るまでにこのことに気付くべきだったと思う。
下を向いて唇をかみしめていると、リナが顔をのぞき込んできた。
「もう! そんな顔しないでよ!」
リナが渡瀬の肩をバシバシと叩く。
「貸しはそのままだからね。今後会う機会だっていくらでもあると思うし、絶対に返してもらうから」
リナがまぶしい笑顔を向ける。
「それまでは元気にしててね。じゃあね」
意外なほどあっさりとリナは背中を向けて歩き出した。
仲間たちもそれぞれ渡瀬に会釈してリナの後を追った。
「ありがとう!」
渡瀬が大声で礼を言うと、リナは振り返って大きく手を振った。
思えばリナたちと出会ってからまだ2週間程度しかたっていないが、もうずっと一緒にいたような気がする。
感傷的になっている自分が薄情に思うほどにリナがあっさりと去っていったのは、出会いと別れの多い冒険者ならではなのかもしれない。
気を取り直す。
自分の今やるべきことをしっかりやって、いつか受けた礼を100倍にしてリナに返せる男になりたいと思う。
†
ドレイク司教に案内されて、渡瀬は再び大聖堂の中を歩き回った。
どうやら担当する患者は礼拝堂にいるらしい。
渡瀬の後ろをトラフトとギセラがついてきている。
「今ちょうど起きているらしい。運がいいな」
ドレイク司教は大口を開けて笑った。
礼拝堂は大聖堂から渡り廊下でつながった所にあった。
白を基調とした石造りの建物で、隣に立つ大聖堂と比べると簡素で小さく見える。
「私が入ると差し障りがあるかもしれんな。ここで失礼するよ」
ドレイク司教は入り口の前まで案内すると、くるっときびすを返して行ってしまった。
残された渡瀬はトラフトとギセラの顔を見渡す。
「じゃあ、入りましょうか」
渡瀬はおそるおそる扉を開けて礼拝堂の中をのぞき込んだ。
礼拝堂の中は厳かな空気に満ちていた。
ステンドグラスから光が差し込み、誰も座っていない椅子を控えめに照らしている。
一番奥、聖母の像の前に一人の少女が立っていた。
目を瞑り、両手を合わせて祈りを捧げていた少女は、渡瀬が扉を開けたことに気付いてゆっくりと振り返った。
黒と白の修道服。
肩まで伸びる束ねた銀髪がふわりと浮き上がり、礼拝堂に差し込む光を反射してキラキラと輝く。
心の奥底まで見透かすようなクリアグレーの瞳が渡瀬を捉えた。
少女はまるでずっと待っていた人にようやく会えた時のように破顔すると、ハッとして口元を押さえた。
聖母そのもののような微笑みを湛えて、少女は言った。
「ワタセコウゾウさん、ですね? お待ちしておりました。ソフィア・アンジェリークと申します」
そう言うと少女は深くお辞儀をした。
渡瀬は扉を開けた体勢のまま呆けたようにぽかんと口を開けていた。
ギセラが渡瀬の背中を押して礼拝堂の中に入れる。
後ろからトラフトも入り、ゆっくりと扉を閉めた。
「あら、トラフト先生とギセラさんも。ご無沙汰しています」
「はい、お久しぶりです。お元気そうでよかった」
トラフトがニッコリと笑った。
二人のやりとりを見ていた渡瀬がハッと我に返った。
「あ、はい。初めまして。渡瀬と申します。それで、ドレイク司教にここに案内されたんですが、僕の患者はどちらでしょう?」
少女はクスッと笑みをこぼすと、嬉しそうにトーンを上げて言った。
「私ですよ。ワタセ先生」
少女が渡瀬の元に駆け寄ってくる。
「よろしくお願いしますね」
少女が渡瀬の前で満面の笑みを浮かべた。
近くに立ってみると、少女は意外なほど小さかった。渡瀬の胸ほどの背丈から顔を見上げている。
渡瀬は狐につままれたような顔をしたまま、ぼんやりと返事をした。
「は、はぁ。こちらこそ」
†
「そうですね。起きている間はいたって健康だと思います」
渡瀬は礼拝堂と隣接する少女の宿舎に場所を移していた。
ベッドと机と来客用のソファがあるだけの簡素な部屋だった。
トラフトとギセラは礼拝堂に残っている。
渡瀬は健康診断でやるような一通りの診察を続ける。
服の前をまくり、聴診器で胸の音を聞く。
心音にも呼吸音にも異常はない。
「ちょっと、僕が呼ばれた理由がわかんないんですが」
てっきり老人の延命治療だと思っていたから、荷物の中は点滴やら中心静脈カテーテルキットやらが満載だ。
司教たちの意図が分からん、と渡瀬は首をかしげる。
「いえ、それで合ってますよ」
少女が渡瀬の考えを先読みしたような返事をした。
渡瀬はぎょっとして、目を見開いて少女を見つめた。
少女は何でも無いことのように話を続けた。
「私、どんどん寝ている時間が長くなっているんです。司教様たちは、私がいつか一日中寝ているようになって餓死してしまうじゃないかって心配しているんです」
一日中寝ているなんて、そんなバカな話があるかと渡瀬は思う。
「いえ、本当ですよ」
やはり少女が心の内を先回りして答えた。
顔に出ていたかと渡瀬は自分の頬をムニムニと触った。
少女が立ち上がって、机の引き出しから両手で重そうに紙の束を取り出した。
ソファに座っている渡瀬に手渡す。
「これ、私の睡眠時間の記録です」
渡瀬は手渡された紙の束をテーブルに置いてパラパラとめくっていった。
中には日付の他にびっしりと様々な数値が刻まれていた。
街にいる間に数字はなんとか読めるようになっていた渡瀬だが、まだ読み取るのに不自然なほど時間がかかってしまう。
少女が身を乗り出して記載を指さした。
「ここが日付です。ここが睡眠時間。こっちが食事量ですね。何か変わったことがあったらここに」
それはこの少女の日々の膨大な記録だった。
記録をつけはじめたころの睡眠時間は一日9時間。自分からすると長いが、このくらいの年齢なら普通だと思う。
「そういえばソフィアさんって何歳なんです?」
「12歳です。来月で13になります」
言動や態度が大人びているからもっと年長かと思ったが、年齢は見た目の通りだった。
ノートを読み進める。
最初の数ヶ月は、睡眠時間は9時間のままだった。
しかしその時間は徐々に延びていき、ここ一月の睡眠時間は、じつに22時間に及んでいた。
一日の内、2時間しか起きていないことになる。
「ね? 心配にもなるでしょう?」
「いや、これはそんなもんじゃ……」
渡瀬は絶句した。
確かにこれでは自分が呼ばれるのも分かる。
ドレイク司教はきっと、膵炎の治療の時に点滴を見て、自分をこの場所に呼ぶことに決めたのだ。
しかし、一見健康そうに見える少女にこのような事が起こる病気の心当たりが全くない。
ナルコレプシーとも違う。
徐々に増えていく睡眠時間がまるでこの少女の寿命を削り取っているように見える。
「知っているんですか? 自分の病気のこと」
渡瀬が震える声で尋ねる。
少女は悲しそうに笑って答えた。
「病気というより“呪い”ですね。もちろん全部知ってますよ。ずっと近くで見てきましたから」
日時、年月の単位は現実世界と同じということで宜しくお願いします




