第22話 「旅立ちの日に」
三人が宿屋に着いたのはもう日が沈む間近だった。
その日、リナとギセラは肉料理をどうにも食べる気にならず、パンとスープだけを取ってそれぞれの部屋に戻っていった。
渡瀬は司教の様子を見に部屋を訪れていた。
「司教、今日はありがとうございました。おかげさまで勉強になりました」
ドレイク司教は何のことを言っているのかと一瞬怪訝な表情を浮かべた。
「……ああ、死刑囚の喧嘩。私には理解できないが、役に立ったのなら何よりだよ」
「はい、ありがとうございました」
お礼を述べながら、渡瀬は司教の診察に戻る。
「だいぶいいですね。明日から普通の食事に戻しましょう。脂っこいものとお酒はダメですが」
「ああ、それはいい。これでようやく生き返れるよ」
司教がほっと息をつく。
「で、どうされるんですか? 聖都というところから来られたんですよね。明日普通の食事を食べて悪くならなければ、もういつでも戻って大丈夫だと思いますが」
「そのことで一つ提案があるのだが、聞いてくれるかね?」
司教が真剣な表情になり、渡瀬も姿勢を正した。
話は要約するとこんな内容だった。
今、聖都に長い間具合の悪い人が居る。
以前から万全ではなかったが、ここ1ヶ月で更に容態が悪くなった。
食も細くなり、体重も徐々に落ちてきている。
また、ベッドで寝ている時間も長くなって、今は一日に数時間しか目を覚まさない。
普通ならそのまま様子を見るところだが、その人は教会にとって非常に大事な人で出来ることならなんとか長生きして欲しい。
もし渡瀬の持つ知識と古代文明の遺品が役に立つのならば、是非力を貸して欲しい。
報酬は教会にできる限り望みの物を用意する。
司教の話を聞いて、渡瀬は頭の中で素早く推理を展開する。
おそらく教皇だかなんだかの偉い人が老いて、寝たきりになってしまったのだろうと思う。
自分は病院では敗戦処理科とも揶揄される呼吸器内科の人間である。
担当する患者は平均年齢80歳。寝たきりで食事も取れない、意識レベルも低いままの状態で10年入院している患者もいる。
医師としては複雑な話だが、そんな患者の点滴管理は得意中の得意となってしまった。
それにしてもまさか異世界で、現代と同じ仕事をして飯にありつける時が来るとは思ってもみなかった。
願ってもない美味い話に、これぞ神の巡り合わせだと渡瀬は生まれて初めて神に感謝した。
「是非、私にやらせてください。できる限りのことはしたいと思います」
渡瀬は身体を乗り出して力強く頷いた。
ドレイク司教もニッコリと笑って、右手を差し出す。
「では、よろしく頼むよ。先生」
二人は固く握手を交わした。
†
渡瀬は自分の付き添いでリナたちまで聖都に行くのは申し訳ないと思ったが、「教皇に興味がある」とのリナのひと言で結局リナのパーティー全員も聖都まで行くことになった。
馬車の追加が必要になり、その準備なども含めて出発は2日後ということになった。
聖都はこの聖国辺境の街から馬車で一日半の距離にあるらしい。
一旦聖都に移ったら、病院まで往復して医薬品の類いを補給するのは難しくなるだろう。
渡瀬は、出発までの間にもう一度病院に赴いて医薬品を充実させておく事に決めた。
聖都への出発を翌日に控えた朝、渡瀬は一階の食堂で仲間たちに話した。
「できれば出発までにもう一度遺跡の方に行っときたいんですけど、よろしいですか?」
この渡瀬の提案にまずリナが大きく手を挙げて参加を表明し、ついでガヤルドも二つ返事で了承した。姫様が行くならばとソニアがしぶしぶながら提案を受け、レヴェ爺はみんなが行くならばと腰をあげた。
これであの遺跡に入るのはもう4度目になる。
ハウンドウルフの群れが他の冒険者パーティーを排除し続けているおかげで、街から遺跡への道は今やリナのパーティー専用ルートになっている。
一度撃退しただけでも過剰に警戒して二度と手を出さなくなる特性を持つハウンドウルフは、このパーティーにとって今や用心棒にも等しい存在だ。
あの獣に殺されかけた渡瀬でさえ、奴らが頼もしく思えてくる。
唯一遺跡に入れた自分たちも大きな収穫があったと報告してはいないから、あの遺跡を狙う冒険者はもういないのではないか、とリナは得意げに話した。
「じゃあ、あそこは僕たちの秘密基地みたいなもんだね」
渡瀬が冗談めかしてそういうと、リナは目を輝かせた。
「いいわねそれ。そうしましょう。あの女も来れないし」
クックックと急に黒い笑みを浮かべるリナに渡瀬は困惑する。
あの女とはおそらくギセラの事だろうとは思うが、いつの間にそれほど仲が悪くなっていたのだろうか。
そもそもあの二人の間に接点が思い浮かばない。
なにやら企んでいるリナと首をかしげる渡瀬の様子を後ろから眺めていた残りの三人は揃って肩をすくめた。
†
遺跡に着いて最初に行く場所は今までと同様に、大量の医薬品を保管している薬剤部である。
今回は寝たきりで食が細くなっている老人の世話ということで、そのための物品を持って帰るつもりだった。
高カロリー輸液やビタミン剤、また高齢者の栄養補給用の缶ジュースまで持って行くことにする。
その上で、袋の余ったスペースには手当たり次第にいろいろな薬を入れていった。何が役に立つか分からないのが世の中だと渡瀬は実感を込めて思う。
†
聖都への出発の日。
ドレイク司教一行やリナパーティーはそれぞれ別の馬車に乗ることになったが、渡瀬がどちらの馬車に乗るかで出発前に一揉めした。
渡瀬としてはどちらでもよかったのだが、結局はドレイク司教から依頼の詳細な話を馬車の中で聞くということになり、司教一行と同じ馬車に乗ることになった。
サリアにぐいぐいと袖を引っ張られ、渡瀬はよっこらせと馬車に乗り込む。
後ろを振り返るとギセラがどうだと言わんばかりに勝ち誇っていて、その一方でリナが悔しそうに唇を噛んでいるのが気になった。
何か賭けでもしていたのだろうか。
かくして一行は辺境の街を離れ、聖都に向かった。
第2章 『定命の肉体は弱きもの/Mortal Flesh Is Weak』 END




