3 要らぬもの
「ご機嫌よう殿下。本日もご足労いただきまして恐縮ですわ」
私はスカーレットとともに婚約者を出迎えますの。帝国の太陽と言われた国王が愛してやまないとされる、麗しき小さな太陽。
私たちよりも一つ年上の15歳である、ユリウス・カイザーウッド殿下ですわ。まだあどけなさの残る顔立ちをしておりますが、その吸い込まれるような青い瞳には、その年に似合わない理知的な意味を宿していることが窺えますの。
「やあ、ルージュ。それからスカーレット。学園の入学準備で忙しい時に来てしまったかな」
悪いとも思っていないような態度で殿下は微笑まれますが、スカーレットが少し不貞腐れている意外は特に問題はございませんわ。
「いえ、ちょうど休憩していたところですから。それに準備はほとんど終わっておりますのよ」
「それは良かった。婚約者と学園生活をおくれるなんて夢みたいだよ」
「まあ。学年も違いますし、生徒会活動もお忙しい所聴いておりますわ。あまりともに過ごす時間などないのでは?」
「僕もルージュが入るときには最終学年になるからね。生徒会は前期で終わるし、ルージュと過ごす時間のほうが大事だと思っているんだよ」
殿下の言葉を聞きながら、私は考えますの。この婚約はそもそも家同士のものですわ。私が他の家のご令嬢よりも優秀であるということは、他の家に私が嫁ぐと、王家の威厳に傷がつくということですの。
あの優秀なルージュ・コレルリは王家よりも〇〇家の方を選んだらしい。
こんな噂が広がるのを恐れて、王家は私を囲い込んだのですわ。私が何を言わずとも、両親が勝手にサインをしてきたその日から、私はまだ会ったこともないこの殿下の婚約者になりましたの。
だからこそ、殿下は私の言動を見張っておきたいのでしょうね。王位を継承するためにも、ね。
まあ、私としては舐められたりバカにされないためにも、この婚約者の立場は最大限に利用してやろうと思っていますわ。
どうせどこかの家に嫁がないといけないのなら、拒否する必要性もありませんもの。どうせ適当なタイミングでお世継ぎを作ったら、後は結構自由に過ごせるはずだから…。スカーレットと共に両親を早々に引退させて、公爵家でスカーレットとふたり暮らしでもしようかしらね。
ああ、子どもは放置なんてしませんわ。どうせ教育係がつきっきりになるもの。私からはある程度教育して、落ち着いたらたまに会うくらいでいいでしょう。
…貴族の夫婦の間に愛などありませんわ。私が真に愛するのはスカーレットだけ。私の分身であり、私自身でもある彼だけですわ。
決して離れない愛など、そう簡単に築けないことはもうとうに分かっておりますもの。
そんなことを顔にも出さずに考えていると、スカーレットが横から口を挟んできましたわ。
「殿下が来なくていいですよ。ルージュは僕と学園生活過ごすので。どうぞ勉学や研鑽にお時間をお使いください」
王族への態度とは思えないほどあけすけな態度てすが、殿下は咎めることはありませんわ。殿下はスカーレットも気に入ってるそうですの。婚約者として有益な私に対して甘いのは分かるのだけれど、スカーレットに対して甘いのは、また何か考えがあるのかもしれませんわね。
「そう冷たいことを言わないでくれ、スカーレットとも僕は時間を過ごしたいと考えているよ」
「僕たちのような影のものと関わらずに、日の当たるところでお過ごしください」
「君たちの夜の闇のように黒い髪も、太陽の宝石のような紅い瞳も、影と称するには綺麗すぎると思わないかい?」
「太陽だなんて恐れ多い、気味が悪いだけですよ」
「やれやれ、君たちはいつも僕の言葉に耳を貸してはくれないようだ」
君たち、と言われて私は少し意外に感じましたわ。スカーレットのようにあからさまに否定してはいなかったのに、よく人を見ているのですわね。
再度表情を引き締めて笑顔を作り、殿下をご案内する。殿下は気にしないと仰っているけれど、私たちにとってこの髪と瞳は呪いの象徴だ。
詳細は知らないですが、両親が家に寄り付かないのは私たちの髪色や瞳の色が影響しているらしいわ。…まあ、両親がどちらもよくあるブラウンカラーであることを考えれば、私たちの髪は不貞の証拠か呪いの現れか、ということになるのでしょうね。
顔立ちも人形のようで、顔色も血の気がない。どうみても不気味な子どもだわ。
更に闇魔法を使うとなれば、もう言い逃れもできないほど、善とは程遠い風貌だもの。
ほどほどに殿下と時間を過ごしていると、話題は自ずと王立学園の話になりましたわ。
「そういえば殿下、王立魔法学園では平民も貴賤のいわれなく入学できると聞きましたが、実際どのくらい在学しておりますの?」
「うーん、そうだな。実際のところ本当に平民の学生はいないかもしれないな」
「やはり下位貴族になっているのがほとんどですの?」
「まあそうだね。…まあ、今年はもしかしたら少し違うかもしれないがね」
そう言う殿下の顔がやや曇るのを感じて、私はその後も何だか気になってしまいましたわ。
何かあるのかもしれない、ですわね。
スカーレットもそれを感じたのか、殿下に「どういう意味ですか?」と訪ねているけれど、答えてはくださらないようだし…。
「まあ、そんなことより。君たちは僕を疑いがちだけど、僕は本当に君たちとこの国を守っていきたいと思っているということを覚えておいてくれ。ルージュは婚約者として、スカーレットは公爵家をしながら側近になってくれてもいい」
またその話か、とスカーレットがげんなりとした顔をしていますわ。殿下は度々この話題を出しますの。まるで私たちにおまじないをかけるように、ことあるごとに何度もこのセリフを聞きましたわ。
ですが、私達は殿下の言うような地位にはついても、殿下の言うように国を守っていきたいとは思っていませんの。
あくまでも自分たちが権力を持って誰にも嘲笑われないようにすることが目的ですもの。
どうでもいいですわ、国を守るだの、愛だの恋だの。
顔だけはにこりと笑い、「まあそれは素晴らしいことですわね」と返事を返しましたが、殿下は私の言葉に何の想いも含まれていないことを読み取られたようですわ。
やれやれ、とわざらしく困ったような顔をして、「じゃあまたくるよ。次は賄賂にお菓子でも持参しようかな」と懲りない宣言をしておられましたわ。
ただ数年前に婚約をしただけの人間に、熱心なことですわね。
殿下はお帰りになるのを見届けてから、私たちは今日の魔法訓練に移りましたわ。
といっても、そろそろ全力でやると中庭や屋敷を壊してしまうので、加減したものになってしまうのは避けられませんわね。
そういった意味でも、学園に入学することは楽しみですわ。殿下が問題なく通えているということは、思い切り魔法が使えるような設備や機会があるということですもの。
ちなみに、入学手続きは全て自分たちでやりましたわ。両親の顔を最後に見たのは半年前かしら。お父様が一年前、お母様が半年前だった気もしますわ。
彼らが帰ってくるたびにセバスチャンが何か苦言を呈しているらしいけれど、雇用されている身だからあまり強くは言えないようですわね。
セバスチャンには少し前に、もう何も両親に言わなくて良いですわ、とお伝えしましたの。歴代公爵家に努めている専属執事の家系がセバスチャンなのだけれど、こんなところでクビにされて、次代の私たちの専属執事がいなくなる方が損失ですわ。
…両親と会話をしたのはもう、十年以上前になると思いますけれど。もはや他人ですわね。殿下を話した回数のほうが多いような気がしますわ。
まあ、そんなこんなで、私たちは学園入学の準備を進めましたの。




