2 信じられるものは
あれから数年の時が経ちましたわ。
私達はもはや14歳となり、来月からは王立魔法学園に入ることになっておりますの。
その学校は魔法がある一定上の水準で使える者を集めて、より実用的、あるいは軍事的に鍛えるとともに、物事をよりよく判断するための学力を鍛える施設ですの。
そのため、平民も貴族も貴賎のいわれなく通うことができましてよ。まあもっとも、過去に平民で突出した力を持った家系は、既に貴族として爵位を与えられているか、上位貴族のお抱えとして男爵の地位を与えられているので、本当に平民が通うことは少ないのですけれどね。
私たちは、あれからあの屈辱を与えてきた女を見返すべく、血の滲むような努力をしましたわ。
まず生活を改めましたの。
セバスチャンに「クソガキではない」とはどういうことかを事細かにきき、その通りに実践しましたわ。
つまり、面白半分の嫌がらせをやめ、勉学と礼儀を身につけましたの。
そこから、さらにスカーレットはお父様の跡を早く継ぐための勉強を重ねましたわ。領主としての知識や、国家中枢の政治会議に呼ばれるための情勢の把握など、それはそれはもう熱心でしたのよ。
私の方はといえば、あの女に目にもの見せてやるために、同じく勉学と礼儀を身につけましたわ。スカーレットが政治や計算、この国の歴史の知識を主に身につけたのに対して、私は文学、美術、音楽、そして、この国の貴族の顔と名前を全て覚えましたわ。
私の覚えた学問は一見、実生活になんの役にも立たなさそうに思われがちですけれど、ちょっとした絵を見たときに伝える反応、音楽への造詣の深さは、私に威厳と教養深さを印象づけますの。
また、美しさも磨き続けましたところ、私はあまたある候補を差し置いて、第1王子の婚約者と成り上がったのですわ。
まあもともと、公爵家は候補の一つとして有力だったのですけれど、本来学園卒業までは婚約者候補のままであることが通例のことを鑑みると、ずいぶんせっかちな囲い込みであることがわかりますわ。
私の有能さが王族の前例を崩したと言えますわね。ふふふ。
そういえば魔法についても2人で修行しましたわ。私の火がスカーレットに消されるのが悔しくて、闇魔法とかけ合わせて消えない魔炎を出せるようになりましたの。
反対にスカーレットは火が消せないことが悔しくて、闇魔法と組み合わせて催眠作用のある毒水を作り出しましたわ。それを私が蒸発させてしまうと術者本体である私が眠らされてしまうので、非常に煩わしいんですの。
それが鬱陶しいので、私も術者本体に作用させるものを作ろうと思いましたの。でも火の魔法を使うと相手を干上がらせることしかできず、仕方がなく闇魔法を鍛えましたの。そうしたら、相手の魔力を吸収する魔炎ができたのですわ!全く同じ魔力量のスカーレットには、これは効果覿面でしたわ〜!毒煙が発生する前に毒水の魔法ごと吸収するので、私が草の上で眠りこけることなどなくなりましたの。
あの悔しそうな顔を思い出すたび、胸が震えますわね…。そこからはスカーレットが剣技を磨き始めたので、私も扱いやすい短刀で相対していたのですが、剣技の方はさすがにスカーレットのほうが優勢ですわね。まあ私が身体強化を覚えた暁には、また悔しい顔をさせてやりますわ…!
とにかくそんな感じで、日々研鑽に明け暮れる毎日でしたの。セバスチャンは「そこまでしなくてもよろしいのでは…」と何度言っていたけれど、あの通りすがりの平民ごときに、もしも万が一ばったり出会った時、やっぱりこの程度かと思われるのが癪ですの。
…ただ、私たちも機械ではありませんの。
こんなに頑張っているのに見向きもしない両親に対して、何も思わないわけではありませんのよ。
私もスカーレットも、何も言わずとも寂しさはずっと胸の中にありましたわ。…どちらからともありませんでしたわ。私とスカーレットが疲れたときに、ああいう関係性になるのは。
ーーーーーー
「ルージュ、戻ったよ」
「あらスカーレット。おかえりなさい。家庭教師は帰ったの?」
「うん。僕にはそろそろ教えることがなくなってきたって言ってた」
「そうでしたの。私もちょうど今日、同じことを言われましたわ」
「そうか…ねえ、ルージュ、部屋に行かない?」
「…いいですわよ」
2人でどちらかの自室に行く、これが知らず知らずの間に決まった合図でしたわ。
部屋に行くと、まずスカーレットがベッドに横になりますの。次に私が彼の頭を膝に乗せて、座りますの。
そして…
「ねぇさまぁ、僕頑張ったからよしよししてえ」
「まあまあスカーレット、今日も頑張っていて偉いでちゅわね〜、よちよちよち〜!」
そう言って弟の頭をよしよしと撫でると、スカーレットは満足げな顔をして、膝の上でうんうんと頷きますの。
「ふふん、そうだろう、偉いだろう。ねぇさま、ん」
そう言って自分の頬を指さすスカーレット。私は「かわいいでちゅわね〜、はい、ちゅっちゅっ」とスカーレットの頬にキスをする。
スカーレットは、「ふふん。お返し」と私の頬にもキスをしてくれますわ。
「まあ!今日はずいぶんご機嫌さんなのね」
「そうだよ。ねぇさまの膝の上でこうしてふんぞり返ってるのが一番体にいいんだ」
「ふふふ、お馬鹿さんだこと」
…そう、私とスカーレットは疲れた時にこうして、お互いに愛情を爆発させることでストレスを発散していたのですわ。
思えば、幼い頃に私とスカーレットが喧嘩ばかりしていたのは、両親の愛情の奪い合いでしたの。
でもその両親は雀の涙ほどの愛情しかくださらないので、熾烈な争いへと発展していったのですわ。
周囲への嫌がらせも同じこと。どうにか両親に見てほしくて、怒られたくてやっていたことですわ。…まあ、全てスルーされるという意味のない行動でしたけれど。
こうしてスカーレットと愛情を確かめるようになって、私達は非常に落ち着きましたわ。私達の間の愛情には一切の嘘がありませんの。
本当にスカーレットは可愛いですし、甘やかすという行為は双子とはいえ姉としての威厳も保ちつつ、私の心を癒してくれますわ。
スカーレットもおそらく外ではずっと気を張っているからこそ、家では甘えたいんでしょう。
ただ、こうして甘え甘やかす関係になった頃に、セバスチャンから条件をつけられましたわ。
それは、必ず部屋のドアを少し開けておくこと、というものでしたの。
一体どういう意図があるのかは分かりませんが、特に害もないのでそのまま言う通りにしてありますわ。
最初の頃は私たちの幼少期を知っているメイドが、私たちを見かけてゾッとした顔をしていましたけど。
別に天変地異の前触れでもないと理解したのか、単に慣れたのか、特にそれ以降はこちらを気にかけることなどありませんでしたわ。
一定以上の時間が過ぎると、セバスチャンが入ってきますの。
「失礼します。…お二人ともそのあたりで」
「えぇー、もう終わり?早いよセバスチャン、僕まだ足りないよ」
「最後にぎゅってしてあげますわ」
「わーい、してして〜!」
スカーレットを抱きしめて上げていると、セバスチャンがポツリと呟きましたわ。
「……旦那様と奥様が、もう少し家にいてくだされば良いのですが」
その瞬間、腕の中のスカーレットが顔を上げてセバスチャンに向き合いましたの。
私もセバスチャンを見つめて、私達は声を揃えて言いましたわ。
「統治するべく家を開けて浮気相手と遊ぶ父親なんて要りませんの」
「守るべき家を放っておいて不倫にふける母親なんて要らない」
私たちに気圧されてなのか、セバスチャンは口をつむぎましたわ。
何か言いたそうな顔をして、けれど言うことはなく、慇懃に頭を下げましたの。
「……差し出がましいことを申しました。…お客人がまもなくおいでです」
私はにっこりと微笑み、「分かったわ」と準備にとりかかりました。スカーレットは後ろで私の枕を抱きしめながら、「またあいつかよ、ルージュ、そろそろ婚約破棄したら?」などと不貞腐れていましたわ。
「そういうわけにもいかないでしょう。将来の二人の安泰のためよ」
「ルージュとだったら何でもいいけど…。まあ馬鹿にされるのは気に入らないしね」
やれやれ、と言わんばかりにスカーレットも起き上がり、客人を出迎える準備をするのでした。




